金銀花(すいかずら)は夜に咲く
火消しシリーズ

HOMEmenesiaのプロフィールオリジナル小説二次小説Gallery 掲示板


戻る

第12回
「真紅の渇望」



「何度もやって来るとは、良く飽きないものだな、キミ達も」
夜風に吹かれ、赤い髪をなびかせながら、朱雀は楽しげに言った。古本屋のビルの屋上に、朱雀は立っていた。ベージュのスーツを粋に着こなし、手には愛刀”焔丸(ほむらまる)”を携えていた。

悪鬼と化したモノ、まだ人型を保っているモノ、幾つもの異人の影が、朱雀を囲んでいた。だが低く獣の如く唸りながら、異人達は一定の距離を保ち、それ以上誰も朱雀に近寄ろうとはしなかった。この男は容赦をしない、彼等の本能がそう告げていたからである。
「こちらから、行っても良いかね?」
朱雀は爽やかな笑顔で、異人達を見回した。業を煮やし、雄叫びを上げ、一匹の悪鬼が朱雀に襲い掛かった。朱雀の身体が宙を舞い、刀身が閃いた。悪鬼は上下に真っ二つとなり、屋上に転がった。コンクリートの床が鮮血に染まった。好ましき血の匂いに、朱雀は思わず軽く舌先で唇を舐めた。異人達は後退った。朱雀は正眼に構えた。
「次は、誰かね?」
魔性の目が赤く燃えていた。異人達は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。

逃げながら、濁った声で、異人達はわめき散らした。
「守護者は留守ではなかったのか?」
「あれは、白き守護者ではない」
「”人でない者”は、いないはずではなかったのか?」
「向こうの奴がしくじったのか?」

朱雀の耳には、その声が聞えていた。朱雀は口元に笑みを浮かべた。
「どうやら、三峰への評価は高いらしいな」
朱雀はくるりと向きを変え、いつもの何かを面白がる様な笑顔で、背後に控えていた”盾”達に声を掛けた。
「お客様はお帰りだ。私も退散させてもらうぞ」
朱雀とはあまり顔を合わす機会がなかった、白神(しらかみ)配下の盾達は、驚嘆のまなざしで朱雀の後姿を見送った。

「朱雀様はお強い」
「三峰様は優雅、朱雀様は華麗。お二方の剣技を間近に見られるとは」
「うむ、こんな幸運はめったにないぞ」
「三峰様と同じだ。お召し物をまったく汚す事もない」
「返り血なぞ浴びている、我等が恥ずかしいな」
「しかし良いスーツをお召しだな」
「羨ましくても、きっと我等の安月給じゃ買えないぞ」
興奮した若い盾達の私語の上に、白神の怒声が響き渡った。
「お前達、いい加減にしろ!さっさと後始末をしないか!」
朱雀の耳にはその騒ぎも聞えていた。朱雀の口元に再び笑みが浮かんだ。

地下の部屋に灯はなかった。だが暗闇を見通す朱雀の目には、何の不都合もない。部屋の奥に寝台があり、床に座り込み、寝台に寄りかかっている者がいた。寝台の上には横たわる者がいた。朱雀は床に座る人物に向かい、頭を下げた。
「私が”それ”を見ておりましょう。どうか”狩り”にいらして下さい。今宵は獲物も近くに沢山おりますよ」
白く長い髪が、さらさらと夜の闇に揺れた。燐光の如き薄明が人影の輪郭に散った。
「しばらくは、お前がここを守るのか」
「貴方が気配を抑えていらっしゃらなければ、恐れて誰もここへは近寄らないのですがね」
「それはお前も同じ事であろう?」
「私なぞ、とてもとても」
「過度な謙遜は嫌味になるぞ。何事も程々にだ、朱雀」
「恐れ入ります、竹生様」
竹生は立ち上がった。
「私がここにいると知られては、隠れている意味がなかろう」
朱雀は横たわる人物に目を向けた。”それ”は朱雀の良く知る者であった。
「”それ”の具合は、如何ですか?」
「眠っている・・それだけだ」
竹生は”それ”に目を落とした。竹生のまなざしには情があった。
(やはり、そうであったか)
朱雀は柚木を運んだ風の主を知った。

「竹生様」
「何だ」
「ありがとうございました」
「何の礼だ?」
竹生は”それ”から目を離さぬまま言った。
「柚木は、私が引き取る事に致しました」
竹生は顔を上げた。朱雀を見た顔からは、何の考えも読み取れなかった。ただただ美しく、その顔は朱雀の前にあった。暗闇に青い魔性の目が輝いた。
「出かけて来る」
「はい、後はお任せを。私のすべてをかけて、この場所を、大切な方々をお守り致します」
朱雀は深々と頭を下げた。
「朱雀」
月の光が音となり、朱雀の耳に届いた。朱雀は顔を上げた。目の前の美影を見詰め、心地良さに陶然となりながら、朱雀は答えた。
「はい」
月光の音楽に、軽妙な悪戯っぽい響きが加わった。
「何事も程々にと言った筈だ。私への返事もな」
「はい」
朱雀はもう一度、頭を下げた。二人の唇には共に微笑が、夜を渡る花の香の様に淡く漂っていた。


白く長い髪が夜風になびいていた。摩天楼の屋上に黒き美影が立っていた。真夜中の街は、通常の眠りと眠らない夜が入り乱れ、街を見下ろす眼に、瞬く無数の灯が、倦み疲れた夢の名残りを見せていた。狩りから戻る前に、美しき者は何を思ったのか、この場所で先程から佇んでいた。美しき影はゆっくりと振り向いた。向こうから歩いて来る、もうひとつの影があった。

「わざと気配を消さずにいましたね」
白く長い髪がさらさらと流れ、月明かりの下に神の美貌があらわになった。
「抑えてはいる」
「それでも十分に強いではありませんか。ほら、生き物達が怯えている」
「お前は、まったく動じていないだろう」
やって来た影は、くくっと笑った。
「私も動物扱いですか」
白き顔は静かに笑う者を見ていた。影は笑うのをやめた。
「そんなに怒らないで下さいよ」
「怒ってなぞ、おらぬ」
影は両手で己の身体を抱き締め、二の腕の辺りを手でさすった。
「ほら、鳥肌が立ってます」
「ここは寒いからな」
影はまた、くくっと笑った。
「貴方がそんな事をおっしゃるとは」
「私はお前と無駄話をしたいとは思わぬ、鞍人(くらうど)」
鞍人と呼ばれた男は、片手をタキシードの胸に当て、大げさな身振りで頭を下げた。
「これは失礼を」

「今回の事は、お前の仕業ではなさそうだな」
「あれは私の趣味ではありません。照柿(てるがき)という、無粋な輩の仕組んだ事」
「そうか・・では、今はお前を斬らずにおこう」
鞍人は肩をすくめた。
「敵に情けをかけられるとは、私も落ちぶれたものですね」
「お前を斬るのは、元より朱雀の役目だ」
鞍人は笑った。不意に笑いが途切れ、鞍人の笑っていた口が耳まで裂けた。
「あの男を斬るのが、私の役目ですよ」
今までの軽妙な口調とは打って変わり、低く濁った声だった。
「憎しみは、私達を強くしますから」
白き顔は無表情のまま、何も言わなかった。

濁った声が言った。
「この街は、今日も血の匂いがする」
鞍人は踵を支点に、くるりと一回転した。そして白き美貌ににやりと笑ってみせた。その顔は普通の人間の顔であった。普通の人間の声で鞍人は言った。
「私達を幾ら狩っても無駄ですよ。人が人である限り、欲望は幾らでも生まれ、心を売り渡す者は絶える事はないのです」
鞍人の身体が空に舞い上がった。
「所詮は悪あがきですよ。いつか私達の主人たる”あの方”達が、この世界を覆い尽くすでしょう」
鞍人は宙で止まった。
「では、今宵はこれにて」
深々と頭を下げた姿は、突如湧き出た灰色の霧に包まれて消えた。

後に残った美しき”人でない”者はつぶやいた。
「あれでも、あれなりに借りは返したつもりなのだな」
黒い外套を翻し、白く長い髪の美影も又天空を目指し、欠けた月の照らす果ての何処へか消えていった。





第11回へ  第13回へ

目次
071002


HOMEmenesiaのプロフィールオリジナル小説二次小説Gallery 掲示板