| 金銀花(すいかずら)は夜に咲く | 火消しシリーズ
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| 第8回 | |
| 「歪められた断罪 」 | |
佐原の屋敷の大広間に人々が集まっていた。収拾がつかない事態に、高遠が村人を集めて話し合いをする事にしたのだ。高遠と村の長老格の者達が前に座し、一同は彼等と向かい合って坐っていた。麻里子は桐生と共に露の家の屋敷に残っていた。それは高遠の心遣いであった。高遠は母親の間宮が噂を信じていない事を確かめた上で、麻里子の側に付いてくれるように頼んだ。 「こんな馬鹿げた事、早く終わらせておやり。それが篠牟(しのむ)様にも一番の供養だよ」 間宮は息子の高遠に言った。 一体この噂がどこから出てどう広まったのか。高遠は一同に尋ねたが、誰もそれをはっきりと知る者はいなかった。ただ異様な憎悪だけが彼等の中に渦巻いていた。村の長の高遠と共に前に座していた佐原の村の長老の臥雲(がうん)、そして霧の家の長の霜月、露の家の長の劉生、彼等はその中に禍々しい何かを感じ取っていたが、それを口にはしなかった。 柚木が屋敷に辿り着いたのは、その時であった。大勢の人の気配を感じた柚木は、大広間に飛び込むと必死で叫んだ。 「お父さんが死んじゃう!お父さんを助けて!」 女の声がした。 「死ねばいいのよ」 先日も真っ先にそう言った声だった。声の主は厨(くりや)の手伝いをしている姿子(しなこ)であった。ずんぐりとして色黒の地味な女だった。姿子は甲高い声で笑った。さすがに、姿子に批難の目を向ける者もあった。姿子はかつて忍野と良い仲だと言いふらしていた女だった。それが嘘である事は誰もが知っていた。 「口を慎め、姿子」 高遠は不快げに言った。姿子は立ち上がった。前かがみになり、上目使いで居並ぶ村の者達を見渡した。 「あんな男は、死ねばいいのよ!」 柚木は姿子の前に駆けて行った。そして姿子を見上げ、怒りを込めて叫んだ。 「お父さんが死ねばいいなんて言うな!」 姿子は嫌な目付きで柚木を睨んだ。しかし柚木は怯まなかった。 「お父さんは盾の長だ!いつだって村を守って、僕らを守ってくれたんだ!」 姿子はにやにやと笑いながら言った。 「忍野は、アンタの本当のお父さんを殺したんだ」 「お前は嘘つきだ!」 柚木の澄んだ声が言った。柚木の風が吹いた。柚木の髪が舞い上がった。 柚木はベルトに挟んであった”風斬(かぜきり)”を抜いた。短刀ながら魔を討ち破る名刀の、白く光る刀身を見た姿子の顔に、怯えが走った。 「私を殺すつもり?」 刀身には姿子の姿が真っ黒に映りこんでいた。柚木は劉生の方を向いて叫んだ。 「おじいさま、この人、黒いよ!」 姿子は柚木に掴みかかろうとした。劉生が素早く立ち上がり、鋭い声で術を唱えた。雷にでも撃たれたかの様に、姿子は悲鳴を上げ、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。 劉生は静かに言った。 「お前がこの憎悪の元凶だな・・心奪われし者よ」 一同はざわめいた。心奪われし者、それは『奴等』の手先となった者、”異人”である。 「風斬は、我らが宿敵を見破る剣よ。その刀身に嘘をつく事出来ぬ」 姿子は顔を上げた。その顔はすっかり悪相となっていた。吊り上った目はぎょろぎょろとして、異様な光を放っていた。歯を剥き出し、吼える様に姿子は言った。 「そうよ、嘘よ。全部嘘!あんなお人良しに、人殺しなんて出来るわけない」 村人達から発していた憎悪が一気に消えた。臥雲は真っ青になりつぶやいた。 「何と・・我等は、異人にまんまと」 「皆、馬鹿で単純なんだから。平和ボケって本当ね」 姿子は笑った。狂ったように笑いつづけた。 三隅は広間の入り口で警備の任に着いていたが、たまらずに叫んだ。 「お前は、忍野様に何と言う事を!」 姿子は立ち上がると、壁際にじりじりと後退した。 「余所者なんか村に入れるからよ・・私より余所者を選ぶからよ・・いい気味だわ」 姿子の指先が鉤爪に折れ曲がり、口が裂けた。獣じみた唸りがその口から漏れた。姿子は悪鬼に変貌したのだ。 「余所者ナンカ・・シンデシマエ!」 村人達は悲鳴を上げ、逃げ惑った。三隅が抜刀し宙を跳んだ。鮮やかな一刀で姿子は倒された。血の泡を吹き、姿子は大広間の床に転がり、その身体は痙攣した。人々は恐怖に慄いた目で、それを見ていた。 霜月が呻いた。 「柚木は、子供の心は正しかったのだ」 高遠は柚木に駆け寄った。 「柚木、忍野はどこだ」 高遠を筆頭に、村の主だった者達は、柚木の案内で、禁忌の山の麓の森へ急いだ。 雨は激しさを増していた。 (お父さん、今行くから) 柚木は懸命にぬかるむ畦道を走った。 禁忌の山の麓の森の奥の大木の下に、横向きに倒れた忍野の姿があった。忍野は息をしていなかった。うちひしがれた心は二度と哀しむ事はなかった。柚木は忍野の傍らに膝を着き、忍野の顔についた泥を小さな手で拭った。 「お父さん・・」 柚木の小さな背中が震えていた。高遠は解っていたとはいえ、無実の忍野をこんな目に合わせてしまった事を後悔していた。劉生は蒼白となり、息子の変わり果てた姿を呆然と見ていた。柚木の全身から膨れ上がる怒りに圧され、誰も二人に近寄る事は出来なかった。 柚木の声がした。 「僕は、僕は許さない!」 二人の周囲を強い風が取り巻き、轟音と共に吹き荒れた。柚木は振り返った。幼い目が怒りに燃え、皆を睨んだ。 「許さない!絶対に・・!!」 篠つく雨音も吹きすさぶ風も制して、柚木の声が村人達の耳に響き渡った。 幾つもの叫び声が上がった。 「結界が消えてゆく!」 「風の力が失われていく!」 誰もが一切の力を失っていくのを感じていた。人々は怯え、戸惑いながら、柚木を見詰めた。柚木の口から、老人の如く低くかすれた声が流れ出した。 「この村は・・加護を失った・・それが・・土地の意志・・」 霜月が叫んだ。 「何を言う、柚木」 臥雲は霜月を制した。 「いや、これは柚木ではない」 柚木の顔からは表情が消えていた。 高遠が問いかけた。 「では、『奴等』は、異人はどうなるのです?この世界は、誰が守るのですか?」 それは土地の意志へ対しての問いかけであった。再び柚木の口からかすれた声が流れ出した。 「それは・・お前達の・・心配する事では・・なくなった」 柚木の口を借りた何者かは、言葉を続けた。 「恩を忘れた者達よ、愚かな者達よ・・最後の清い魂は傷つき、村を追われた・・村の守護者も、もはやいない・・」 風が吹いた。土地の意志を宿した柚木は、風に乗り、天空へ舞い上がった。 「すべての力は、ここを去る・・」 雨と共に強風が吹き荒れ、村人達は地に伏した。風がやみ、一同が顔を上げた時には、柚木の姿はなかった。忍野の身体も消えていた。 日曜の昼下がり、古本屋は定休日だった。真彦は床に寝転んで本を読んでいた。村にいた時は”当主様”として周囲の目が厳しかったから、こんな気楽な格好は出来なかった。お父さんと暮らす様になり、真彦は子供らしい楽しみを大分覚え、伸び伸びとして表情も明るくなった。そんな真彦の様子が幸彦や三峰を喜ばせた。キッチンで二人の昼食の後片付けをしていた幸彦は、真彦に声をかけた。 「お前も珈琲を飲むかい?」 「うん、ミルクとお砂糖入れてね」 「はいはい」 幸彦は真彦が自分に甘えてくれるのがうれしかった。やっと手に入れた親子の幸福な時間だった。 突然、激しい頭痛に襲われた真彦は頭を押さえ、海老の様に身体を折り曲げた。真彦は苦悶の声をあげた。 「お父さん!お父さん!」 幸彦はすぐに側に駆け寄り、真彦を抱き起こした。 「お父さん・・村が・・」 「ああ、分かってる」 異様な気配が二人の中に雪崩れ込んで来ていた。刺すような頭痛をこらえなから、幸彦は気配を断ち切る為、二人の周囲に夢の力で障壁を築いた。そして叫んだ。 「三峰!三峰!」 目次 |
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| 070904 |
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