金銀花(すいかずら)は夜に咲く
火消しシリーズ

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第9回
「失われた楽園 I」



三峰は地下の寝所で昼の眠りについていた。白き守護者は、幸彦の声に、暗闇の中で目を開いた。それと同時に、強き風の力を感じた。寝所の扉がひとりでに開き、黒き影が入り込んで来た。三峰は素早く起き上がった。それが誰であるか、三峰にはすぐに判別出来た。

「しばらく場所を借りるぞ」
白く長い髪をなびかせた者は言った。両腕に何かを抱えていた。三峰は理由を問う事はしなかった。
「はい、ご自由にお使い下さい。兄さん」
「そうさせてもらう」
「私は、幸彦様と真彦様の許へ参ります」
竹生の方が三峰に尋ねた。
「お前の風は健在か?」
二人の白い髪が舞い上がった。
「ええ、変りはありません」
「ならば良い」
村で何かあったのだと、三峰は思った。真彦の悲鳴が、三峰の鋭敏な耳に届いた。三峰は竹生に一礼し、寝所を出ると二階へ駆け上がった。

三峰が部屋にたどり着くと、真彦は自分のベッドに寝かされていた。傍らの椅子に幸彦が座り、息子の寝顔を見守っていた。
「真彦様は?」
「大丈夫だ、眠らせた」
三峰は、自らも昼間の激痛で蒼褪めた顔をしていたが、幸彦の顔色の悪さが気になった。
「幸彦様も、ご無理はなさらずに」
「真彦よりは鈍い分、我慢出来るよ。この子は僕より影響を受けやすいから」
「何があったのですか」
「分からない。村で何かあったのだけは分かるが、今はそれ以上探れない。あまりに混乱した感情が・・痛みを・・」
幸彦の身体がぐらりと傾いだ。
「幸彦様」
三峰が素早く支えた。
「ありがとう、お前も昼間で辛いだろうに」
「いえ、私の事はお気になさらずに」
三峰は幸彦に微笑んでみせた。三峰の穏やかな白い顔を見た幸彦は、緊張がたちまちに解れ、安らぐ思いがした。それが三峰であった。

「失礼致します」
白神(しらかみ)を先頭に数人の”盾”達が足早に入って来た。三峰は彼等に言った。
「お二人とも、ご無事だ」
白神がほっとした顔をした。だがその顔はすぐに厳しい表情となり、三峰に訴えた。
「村と連絡が取れません」
幸彦が言った。
「三峰、村へ戻って様子を見て来てくれ。お前が行けば、村人も心強いだろう」
三峰は戸惑った。
「しかし、お二人を置いてはいけません」
「朱雀を呼んでくれ」
意外な幸彦の言葉に三峰は驚いた。
「朱雀をですか?」
「ああ、彼もお前に劣らず強いのだろう?」

朱雀と幸彦は、かつて同じ女性を愛した。『奴等』に心を奪われた彼女の命を朱雀が奪った。それはお役目の上の事だと、もちろん幸彦も納得している。しかし朱雀が幸彦に対して負い目を感じているのを、幸彦は返って辛く思っていたのだ。
「朱雀が引き受けてくれるならばだが」
「分かりました」
幸彦と朱雀とのわだかまりは、もちろん三峰も知っている。
「朱雀に、ただちに連絡致します」
三峰は白神を見た。
「私の不在の間の指示をする。詰所で待機を」
「はい」
三峰は、白神の隣に立つ背の高い盾に言った。
「須永、村へはお前も同行しろ」
須永は頭を下げた。
「はい」
後ろに控えている部下を振り返り、白神は言った。
「霧島と陣岳(じんがく)、お前達はここへ残り、お二人をお守りしろ」
三峰はそっと幸彦の身体から手を放した。
「それでは、用意が出来次第、お知らせ致します」
「ああ、頼むよ」
幸彦は三峰を頼もしげに見た。かつては村の長であり盾の長であった三峰の、こういう時の手際の良さを、幸彦は知っていた。


「承知した」
電話の向こうの朱雀の声は落ち着いていた。三峰の”絆”は朱雀の心の揺れを感じたが、それは微かなものだった。それよりも、次の朱雀の言葉の方が、三峰を驚かせた。
「柚木が和樹の所にいる。忍野が『奴等』の計略で殺されたと言っているそうだ」
「何だと」
「お前が村に戻るなら確かめて来てくれ。柚木の件は・・」
「ああ、内密にする」
「柚木は戻りたくないと言っている」
「向こうの事情が分かり次第、それも手を打とう」
「磐境(いわさか)を先に送る。白神と警備の打ち合わせをさせてくれ。私もすぐにそちらに向かう」
「分かった。私もすぐにここを発つ」
「三峰」
「何だ」
「私の寝る場所はあるのかね」
「気づいていたか」
「ああ」
「私の部屋の客人の件は」
「ああ、内密にする」
「適当な部屋を用意させておく。必要なものは後で進士に持って来させるがいい」
「心遣い、感謝する」
「お前に感謝されてもな」
朱雀は良く通る声で笑った。三峰は電話を切った。

三峰は幸彦の部屋へ行った。
「朱雀は参ります」
「引き受けてくれたのか」
「はい」
幸彦は真彦の寝顔を優しく見守っていた。
「三峰」
「はい」
「真彦も僕も、朱雀を恨んではいないよ。それを朱雀が分かってくれるとうれしいな」
「ええ、きっと。朱雀もお二人を大切に思っておりますから」
「朱雀とは、良い友達になれるといいと思っているのだ」
幸彦もずっと孤独の中にいたのだと、三峰は今更ながら思い知った。夢の力を持つ者は、人の負の感情を身体の痛みと受け取ってしまう。幸彦に痛みを与えない強い心を持つ者は少ない。
「朱雀はまだ、幸彦様が酒に強いのを知らないでしょう。落ち着いたら、ゆっくりと飲みましょう」
幸彦は三峰を見て微笑んだ。
「ああ、いいね」

三峰は声の調子を変えた。
「時に幸彦様、村の事でお話が」
「何だい」
「柚木がこちらに来ております」
「え、柚木が?どういう事だい?」
「和樹様の所に居るそうです。忍野が『奴等』に騙された村人達に殺されたと言ったとか」
「ああ・・何て事だ」
幸彦は額に手を当て、苦しげに目を閉じた。
「この感情は・・そういう事か・・」
「大丈夫ですか」
幸彦の顔色は相変わらず良くない。

「少し、時間をいいかい?」
「はい」
幸彦は大きく息を吐き、そして吸った。腰掛けたまま背筋を伸ばし目を閉じた。柔らかい光と暖かさが幸彦から広がるのを、三峰は感じた。
(夢の力だ、村を視ていらっしゃるのだ)
「ああ・・」
幸彦は辛そうに息をした。
「三峰・・」
「はい」
「村は、土地の加護を失った・・」
「何ですと!」
思わず三峰は声を上げた。
「柚木が消えた時に、一切の力が消えた様だ。”壁”は生きている。これは土地とは別の力だから。だけど”結界”も風の力も・・消えている」

三峰の白い髪がふわりと舞い上がった。
「私の力は健在です」
「僕もだ」
幸彦は言った。
「おそらく、僕らは、忍野を断罪しなかったからだろう」
「今、”外”にいる村の者達は、ほとんど”力”はありません。もし影響を受けた者がいても、こちらの体制には大きな変化はありません。後は私が直接見て来ましょう」
「頼むよ、これ以上は僕も・・」
幸彦は更に蒼褪めた顔で無理に笑おうとしたが、上手くいかなかった。三峰はそれに気がつき、幸彦をそのしなやかな腕に似合わぬ力で抱き上げた。
「三峰」
幸彦は驚いた。
「真彦様とご一緒に、お休みになっていて下さい」
三峰は二人を並べてベッドに寝かせると、夜空の月よりも美しい笑顔で幸彦を見た。
「朱雀も、そこまで来ております」
”絆”がそれを知らせていた。

布団の中から幸彦が呼んだ。
「三峰」
「はい」
「鵲(かささぎ)は、やはりお前の子だね」
突然出て来た息子の名前に、三峰は戸惑った。
「鵲がどうかいたしましたか」
「混乱した村の中で、真っ直ぐな強い光を感じた。今はそれが村を支えている。それは鵲の光だ」
「そうですか」
三峰はうれしそうな顔をした。
「お前も早く行っておやり」
「はい、行って参ります」
三峰は幸彦に頭を下げた。





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070904


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