楽しみを知ったのは・・・
山登りの楽しみを知ったのは、小学生のころです。よく家族で日光にハイキングに出かけました。
たいてい暑い夏休みに出かけたのですが、最初は「何でこんなことするんだろう」って思いながら歩いていました。リュックを背負って、水筒をもって(今、思えばお金がないからハイキングにばかり行っていたのかな・・・)
高校の部活動
高校に入り、山岳部に所属しました。
初めての合宿は、北アルプスでした。新宿のアルプス広場に集まり、深夜発の夜行に乗って、富山まで行き(初めて鱒ずしを食べました)、そこからバスに乗って、飛騨高山へ。そして新穂高温泉へと行きました。初日の目指す山は「笠ガ岳」。登りが本当に辛かった。今までで一番辛い登りと記憶しております。新人だったので、ザック(いわゆるキスリングっていう帆布のザックです)に大きな鍋やら、パイナップルが入っていたのを記憶してます(重さは30kgです)。翌日は、双六小屋にキャンプして、大雨に降られました。びちゃびちゃになってしまいました。そしてその翌日、目的地「槍ヶ岳」に。天気が悪く、視界ゼロ。登山の記念に小屋でピンバッチを買って、槍沢ロッジに下り、そこで泊。翌日は晴れて、上高地から新島々を経由して、松本から帰りました。
その年の秋の山行は、八ヶ岳でした。赤岳に登りました。行者小屋のテント場に宿泊し、翌日荷物をおいて、赤岳をピストンしました。
翌年、夏の合宿は、南アルプスでした。北岳を目指して、草すべりを登り、間の岳、農鳥岳、塩見岳を経由して、山伏峠に下りました。塩見に行く途中、蝙蝠岳って山があるのですが、そこを走ってピストンしたのが死ぬほど辛かったです(初めてバテた)。
南アルプスは緑が多い山ですね。高村薫さんの小説「マークスの山」の舞台でもあります。(直木賞を受賞したこの小説が今までで最も短期間に読み切りました。おもしろい。読んでいない方は是非ご一読を)林道が長く、東洋的な感じのする山で、親しみが持てます。
北アルプスは、ちょっとクールな感じのする、西洋的な山々ですね。初めての3000m級の山でしたので、印象深いです。雪や、お花畑のイメージが強烈に残ってます。そうそう、雪渓では、少しバッチーのですが、雪をコップにとり、ポカリスエットの粉をかけて、かき氷を食べましたね。のどが乾いていたので、おいしかったです。
初の冬山(といっても、3月ですから春山でしょうかね。)は北八ヶ岳に行きました。天狗岳(東だったかな)に登るときに、吹雪いていて、本当とばされそうになってやばいかと思った。アイゼン履いて、ピッケル持って登りましたよ。雪山はキャンプが楽しいですね。雪を溶かして、お湯沸かし、温かい紅茶を飲みました。でも寒くて寝れたんだっけ?て疑問です。青苔荘という山小屋の脇にテントを張りましたね(確か・・・)もちろん山小屋は雪で埋もれて閉鎖されてましたけど。
埼玉の高校でしたので、奥多摩と秩父の山はよく登りました。雲取山(東京、埼玉、山梨にまたがっています)には何回いったかな?春の大会で毎年行ったし、個人的にも何度か行ってますね。頂上から東京側に下りたところにある、風景が好きです。草原のように一面緑で覆われていて、崖が下の方までのびています。下から吹き上げてくる風が気持ちよくて1日中横になって昼寝をしていたいです。
高校の時の山登りの大会は、いくつもの高校が参加して、大きく開かれました。2年目の時の大会では、関東大会(日光の白根山でやりました)に行きました。先輩と後輩たちと一緒に行きましたが、楽しい思い出ができました。あの頃は、山のことしか考えていなかったなー。休日のたびに、山に出かけたり、お茶の水の近辺のアウトドアショップに出かけてました。歩荷(ぼっか)というのがあって、合宿前のリハーサルみたいなもので、荷物を20〜30Kg持って山登りに行くんです。砂や水を持って、登り、下りる山道に捨てて帰ってくるんです。単なる、練習ですね。普段の山岳部の練習は、高校の周りを走ったり、近所の歩道橋まで走りに行って階段で人をかついで、上り下りの練習をしたり、と今思えば、何してんだろう、っていうことをやってましたね。