エリトリア

2000年の11月、サウジアラビアの帰りにエリトリアに寄り、1週間ほど滞在しました。入国ビザはサウジの領事館でとりました。エリトリアはつい最近までエチオピアと長期にわたる戦争をしていましたが、訪れた首都アスマラは、自動小銃を持った兵隊が町のいたるところにいるものの、おおむね平和な町でした。アスマラはこじんまりとしたクリーンかつ美しい街で、街の人たちも、気性が大変おだやかで、とても親切でした。私がエリトリアに到着する直前に、数百人のピースボートの日本人がエリトリアに来ていて、ボランティア活動に励んでいたようです。そのせいか、日本人に大変友好的でした。ここなら、1年くらい住んでもいいなと本気で思ったくらいです。しかしながら滞在中、私はひどい腹痛に悩まされ、サウジアラビアでの強制禁酒あけにも関わらず、思う存分アスマラビール(勿論、アルコール入り)を味わうことができませんでした。

Cathedral教会
アスマラの街の中心部にあるCathedal教会。街のシンボル的存在。アスマラはこじんまりとした街なので、この塔を目印にしていれば道に迷うことはない。教会の職員に登りたいと頼めば、鍵を開けて、塔の最上部まで連れていってくれる。もちろんエレベータのようなものは存在しないので、階段をひたすら登る。足を踏み外せば、確実に地面に落下するような危うい場所が多数あり、高所恐怖症の人や足腰の弱い人には絶対にすすめられない。連れてきてくれた職員は70才くらいの腰のまがったおじいさんだったが、お猿さんのように瞬く間に最上部まで登ってしまった。写真を撮ってもらったがなんだか傾いてしまっている。入場料(寄付金)は好きなだけ払ってもいいし、勿論払わなくてもよい。

子供達
その国がどうゆう国か知るには、社会的弱者である老人や子どもの表情を見ればわかる、とよく言われている。この国の子ども達は非常に人懐っこく、表情が豊かである。道で目が合えば必ず笑顔が返ってくるし、モノや金をくれとせがんでくる子どももいない。子どもに限らず、街の人々の表情には笑顔があふれている。エリトリアは数十年も隣国と戦争を続けていた国で、決してモノや食べ物が豊かな国とはいえない。むしろ街角には物乞いがいたりするかなり貧しい国だ。それなのにこの国の子供達がそこぬけに明るいのは何故なんだろうか?学校や学習塾ではカリキュラムとお受験勉強に追われ、家庭ではファミコン漬けで、なんだかこむずかしいことを得意になって話す、ニホンの無表情な眼鏡君達とは対照的である。ニホンの子供達は、はたして本当に幸せなのだろうかと思ってしまう。すくなくとも私は中高生時代に自分が幸せだと思ったことは一度もない。

街の若者(カップル)
サウジアラビアでは大人の女性の顔が全く見れなかったし、アフリカに行くのは今回が始めてだったので、是非ともアフリカの女性の写真を撮ろうと思っていた。エリトリアの女性には美しい人が多いようだ。しかしながら、街ゆく若い女性にカメラを向けると、恥ずかしがって顔を手で被ってしまい、なかなか写真を撮らせてくれなかった。それがカップルだと、喜んで写真を撮らせてくれる。なかには頼みもしないのにキスシーンを見せてくれる大胆なカップルもいたりした。男女ともに屈託のない笑顔がとても素敵だ。

市場
エリトリアの街の中心部から15分くらい歩いたところに野菜市場と穀物市場がある。野菜の品数は少ないがとにかく安い。バナナ一房が、1Nakfa(=約10円)くらい。一方、穀物市場では穀物の種類は多く、見たことのないようなマメ類や穀物がたくさん売られていた。主食のインジャラという穀物も何種類かあった。エリトリアでは法外のふっかけやボッタクリというのがあまりなく、安心してモノを買える。

土産物屋
街の主要道路であるIndependence Str.にはたくさんのこぎれいな土産物屋が並んでいる。この店は街の中心から少し離れたところにある土産物屋さん。あまり整理はされていないが、いろんな品々がたくさん積まれている。ただし、骨董品のようなものはあまりない。店主もあまり商売っ気がなく、勝手に見てちょうだいといわんばかりに、すぐに奥に引っ込んでしまう。値段の交渉も、客を騙してボッてやろうというところが全くなく、なんでも言えば素直に値切ってくれて、サウジアラビアの骨董屋でよくやったギリギリの駆け引きというものがない。むしろあまり値切り過ぎると良心が咎めるので、言い値で買ってしまうこともあったくらいだ。それでも物価自体が安いこともあり、こちらでは気持ちよく買い物ができる。