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RURAL LIFE U
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ルーラルとアーバン
戦後そして高度成長時代から今日に至るまで、日本はアーバン・ライフの
全盛といえる時代でした。
敗戦の焼け跡から驚異的な復興を遂げる中で、第二次産業〜第三次産業
に従事する人々の生活空間として都市部は急速に膨張して行きました。
政治や文化(?)も都市を中心に発展し、産業もそれを追随する形で都市
部へと集約されていきました。 それらを支える為に交通手段や情報の伝達
方法等のインフラストラクチャーが都市部を中心にして発展を遂げたのは
当然の事であったと言えるのではないかと思います。
しかし最近になって都市部においては過度の人口集中による様々な弊害
が発生し始め、先ず産業界が都市からの撤退を開始し始めたようです。
生産部門を持つ多くの企業は大都市周辺から地方都市へそして更なる低賃
金労働力を求めて海外へと拠点を移していきました。 本社機能の東京からの移動も時間の問題ではないでしょうか? 文化については展示会の多さと文化人(と称する)の多さでは都市部に一目置かざる
を得ませんが、果たして意味のある物なのかどうかは皆さんの個人的な判断にお任せ致しましょう。
思うに、高度成長期には都市に人々を集中させる事でしか産業も文化も維持・発展させる事ができなか
ったのではないでしょうか。 産業が都市離れを起こしているのは自立した状況になったからで、文化が
未だに都市部に停滞している様に見えるのはその実質に問題があるのかもしれません。 文化的な物を
展示会やその会場などのハードに求めれば都市部の優位は変わることはないでしょうが、その内実とな
ると都市とは無関係である事の方が多いようです。 現代は”価値の多様化の時代”であると言われてお
ります。 偏差値教育を推進してきたような都市文化にこれからこの国の文化を創造していく力があるとは
私にはとても思えないのですが、どうお考えになられますか?
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都市住民の感覚にも変化が起きてきているようです。 生活環境の劣悪な
都市部から、少しでも快適な生活環境を求めて農村部への移住を望む人々
が増えているのです。 初期の頃は、所謂リゾートブームと呼ばれた、週末
移住のような形でしたが、やがて本格的に定住を目指す傾向に変わってき
つつあります。 その一つが、”定年帰農”と呼ばれているものです。
定年帰農とは文字通り定年後に農業生活を始めるというものですが、この
場合の農業生活とは自給自足的な色彩の濃い物で本格的に農業に取り組
もうとする方は少数派のようです。 定年帰農を志す多くの方は年金生活を
ベースにしたルーラルライフの設計をしておられます。 自分の趣味や、生
きがい、安全で快適な生活を求めて移住を決心なさる方が多いのですが、
その中に、私の取材に興味深い回答をくれた方がおいでになります。
その方は、都内に自宅を持ちかなりの金融資産もお持ちになっておられるのですが、都市部でのこれからの生活には不安があるとおっしゃるのです。 理由を伺うと、都市生活に掛かるコストが膨大な事、都市生活基盤の荒廃が進み安全性に不安を感じる事、親戚や頼りになる人が身近におらずいざと言う時に心細い事、家で何かしようにもやる事もなければ、その場所もない事、自分が役に立たない人間のような気がして仕方がない事などを話してくださいました。
この方は、所謂バブル経済の犠牲者なのかもしれません。 高級サラリーマンという範疇からはじき出さ
れ、今は悠悠自適にも見えるのですが、未だ60歳に手が届いていません。 数々の経験を積んでこられ
た方なのに、本人の責任とは何の関係もない事柄から現在の状況に追いやられた方とも言えます。
簡単に言えば、リストラ組なのです。(私もそうですが私は40歳台ですし、悔しい事に財産はありません)
このような方の考えるルーラル・ライフとは”定年帰農”をお考えの方よりよりもう少し積極的で建設的な
考えをお持ちの様です。 それは農業をビジネスにできないだろうかというものです。 ビジネスといっても
大規模な産業というのではありません。 自給自足をベースにして其処から特色のある、収入を得られる
農業をやれないだろうかというものです。 目の付け所には、なるほどと思わせる部分があります。 我国
の穀物自給率の低さや、耕地利用率の低さは必用不可欠な農作物を生産している産業とはとても思えま
せんし
生産から集荷販売に至るシステムの旧弊な事は新規参入へのビジネスチャンスを充分に含んで
いると考えられます。 共同仕入れや、農作業の専門化を進め、収益を働きに応じ
て公平に分配するシステムを作る事ができれば立派にビジネスとして通用すると
いうのが彼の言い分です。 更に、自給自足を基本にした定年帰農者の方々に
とっても移住するチャンスに恵まれる事になるだろうし、そうなれば別の意味で
ビジネスチャンスは膨らんでいくだろうとおっしゃってました。
これは、アーバン文化から生まれて来た発想であろうと私は思います。
彼らが経験してきた事からはじき出された予測というものです。 しかし、悲しい事に
彼には農業の実体験がありません。 又、その経験を積む場所や機会を求めても
満足に得られないのというのが現在の状況なのです。(無論、彼自身がもっと就農
への努力をすべきである事は否めませんが…)
定年帰農者や都市からの就農希望者が農村地域にもたらす影響とは一体どのような物でしょうか?
意外な様に聞こえるかもしれませんが日本の農業人口比率は4.5%で他の先進
国よりも高い比率になっています。 アメリカでは2.5%ですしドイツでは3.7%、
オリンピックのあったオーストラリアではやや高目で、4.7%となっております。
しかし、国土に占める農用地の比率は僅か13.5%で、これは他国と比較すると
異常に低い数字となっています。 ちなみにアメリカのそれは44.9%でドイツでは
48.5%、島国という点では共通している英国では実に、69.6%が農用地となっ
ております。 農家1戸当りの平均耕地面積は日本では1.6haとなっていますが、
アメリカはその100倍であり、イギリスでさえ40倍以上の耕地を使って農業を営んで
いるのです。 国土の特性として、山間地などの耕作不適地が多くある事を勘案
しても、現在の我国の農業が置かれている立場が透けて見えそうな数字ではありませんか?
このような条件下で、都市からの就農希望者に期待される事とは、農地の効率利用と単位面積当りの
収穫率のアップでしょう。 この国の穀物自給率はたった27%に過ぎません。 その不足分のほとんどを
アメリカからの輸入に頼っています。 そのアメリカは穀物の輸出大国ですが、一旦不作となって自国の
食料事情に影響が出ると予測されれば、大統領令で輸出規制を行えると定めております。 もしそうなれ
ば、日本の穀物市場は価格の高騰のみならず、パニック的な買いあさりから社会不安を引き起こす事に
なるのではないでしょうか? 更には、飼料穀物の栽培をほとんど行っていない事から、鶏、豚、牛などの
家畜の餌は手に入らなくなってしまいます。 人間の食べる穀物が手に入らないのに、家畜に回る穀物が
あるとは思えません。 これで、食卓には小麦を使った製品や、大豆を使った調味料やおかずがなくなり、
挙句の果てに乳製品や食肉が店頭から消えてしまいます。 「高級食材店にしか納豆はありません」等の
見出しがマスコミを賑わす事になることでしょう。 大げさでも何でもなく、その可能性は高いと思いますよ。
これって、何かに似ていると思いませんか? 石油ショックの折に、現経済企画庁長官の堺屋太一氏が
著した「油断」の中に描かれた社会状況に良く似ていると思いませんか? 原油は地下に眠る天然資源
ですから輸入ルートが絶たれれば、パニックがおきても不思議ではないにしても、栽培できる作物が市場
から消え、食料不安からパニックを起こしたとすれば、これは悲劇と喜劇を綯交ぜにしたスラップスティック
以外の何物でもありません。 容易に予想し得た事に対する対策を怠った天罰です。 将に「穀断」による
「国難」とでも言っておきましょうか。 近未来に間違いなく発生するであろう社会状況として、その対応策を
真剣に考えておいた方が良いと思いますよ。
「穀断・穀難」」を引き起こさない為に、最も効果的な方法は自国の穀物自給率をアップさせる事だという
事には誰にも異存はないでしょう。 利益率や価格競争力の無さから見送られてきた米以外の穀物栽培
を酪農や養鶏、養豚等の農業と合体させ一体的に農業を営む事ができれば、土地や人手を遊ばせること
なく効果的に利用する事が可能となり、収穫物の加工や保存利用等をする事で利益を生み出す農業へと
脱皮する事ができるようになるのではないでしょうか。 その為には、多くの人々が共通の目的と認識を
持って農業活動を展開していかなければなりません。 しかしそう言った困難な状況も、考え方次第では
都市からの就農者にとっては追い風となるかもしれません。
収穫した作物を市場へ出荷するだけが農業ではないはずです。 収穫作物を
加工して、付加価値をつけて消費者の手元に送る工夫をしていけば利益率は
飛躍的に上がる筈です。 そう言った新たな農業経営を模索し農業のシステム
を開拓していくといった事が都市からの就農者に期待されている事なのでは
ないかと私は思っています。
しかし、それが経験の無い我々にとって、一朝一夕に成るような事柄ではない
事も承知しております。 それでも尚、チャレンジする事を私は提案したいと思い
ます。 それまで住みなれた環境から新しい世界に勇躍飛びこんで行こうとする
方々の豊富な経験と能力に基づいた、体いっぱいの熱意とロマンに期待して
この項を閉じたいと思います。
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実は、アーバンとルーラルの対比をしながら、ルーラル・ライフへの第2の扉を開いていこうと考えていた
のですが、書き始めると妙な方向へ話が行ってしまいました。 しかし、ルーラル・ライフを支える何本かの
”柱”があるとすればこの項は間違い無く、その一本ではないでしょうか。 都市からの就農希望者の方に
は現地農家の方とは異なったキャリアや能力があります。 それらを無理やり押し殺して現地に同化する
のではなく是非、現地の為にその力を活かしてもらいたいと思うのです。 就農する際の心構えとして覚え
ておいて頂きたい事、それは「その地域が貴方の為に何をしてくれるのかということではなく、貴方がその
土地のために何ができるのかを考えるべきだ。」という事です。 でも堅苦しく考える必用はありませんよ。
そこに住んで、皆で一緒に生活する事をイメージしてみれば、誰でも何か、役に立てる事があるものです。
農業以外の事だって沢山あるんですから…。 奥様が茶道や華道をなさるのならそれを活かせばいいでし
ょうし、お菓子作りやハーブに興味があれば事業化への指南役になられるかもしれませんよ。 スポーツ
やパソコン等の趣味もいいでしょうし、都市生活時代に培った、営業や経理等のサラリーマンとしての様々
な経験は新しい農業にとっても大きな戦力になるのは間違いない事なんですから。
日本の農業人口は、いびつな構造をしています。 近年、若い就農者が増加しつつあるとは言っても
農業の担い手は60歳以上が過半数を占めているのです。 政府が目標とする2010年度、穀物自給率
30%を達成した時に農作業の中心となる人々は70歳から80歳代になっています。 働き盛りとなってい
るであろう、現在50歳未満の方は、全体の20%強しかおいでにならないのです。 10年後、あるいは
20年後には一体誰が農業を支えているのだろうかと考えると、背筋の寒くなる思いがします。
これらの状況をじっくりと観察して見て、都市からの就農希望者はこの国の農業の、もっと大きく言えば
この国の救世主にさえなれる可能性を持っているのではないだろうかと私は思っています。 農業の持つ
根源的な価値をしっかりと見つめ直して下さい。 それが、ルーラル・ライフを支える精神的な一本の柱で
あることに気が付かれる筈です。 そしてそれが、スタートラインである事にも…。
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