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1月4日
帰国の日
再会
今日はいよいよ帰国の日です。
近くのバルで朝食を済ませて、友達は帰って行きました。
パリへの飛行機は午後3時40分発です。ちょっと時間が空いたので、友達のスペイン人の兄妹に電話してみました。実は彼等には途中で何度か電話したのですが、ずっと不在だったのです。はらはらしながら呼び出し音を聞いていると、なんと妹のマリアが出たのでした。彼等はマラガで年を越し、昨日戻った所でした。
「ネルハでの宿泊先を留守電に入れて置いてくれれば、向こうで会えたのに」と、ペペ。そして、ホテルまで会いに行くと言ってくれました。
最初にペペとマリアに遭ったのは、3年前の夏、私の始めての自由旅行の時でした。ラ・コルーニャの街を、近くに聞こえる白杖の音を気にとめながら歩いていると、マリアが、道に不案内らしい私を心配して声をかけてくれたのです。
二人は年輩の兄妹で、マリアが、視力の弱いペペを助けながら、マドリッドで生活していて、夏はここ数年いつもラ・コルーニャに滞在しているのでした。
そして彼等は半日、街を案内してくれました。
更にそれから1年後、私がラ・コルーニャを再訪した時は、二日間を一緒に過ごし、私達は一層親しくなったのでした。
帰り支度をすっかり済ませてホテルのロビーで待っていると、二人は12時半を過ぎた頃やってきました。そして、昨日私が昼食をとった食堂で、私は早めの昼食をとり、ペペとマリアは喉を潤しながら、お互いの旅の話や近況報告をし合いました。久しぶりに同級生に会ったような、なつかしさと心の平安を感じた一時でした。
午後2時、ホテルに戻りタクシーを呼んでもらいます。昨年の冬に心臓の手術を受けたというペペ、それにペペを案じてちょっとやつれた感じのするマリアと、再会を約束して、私とセレスはバラハス空港へ向かいました。
マドリッドからパリ
AFのカウンターに到着。列の後ろにつき暫く順番を待ちます。
間もなく私の番になり、準備しておいたパスポートとチケットをカウンターに出しました。
すると、「これ、チケットじゃありませんよ」と窓口の女性。
「ええ?そんなはずはありません」
「いいえ、これはチケットではないです。ここには、スペイン語でも英語でもフランス語でもない、東洋の文字らしい文字が列んでいますよ」
「・・・」
「これはチケットではありません。領収書か何かじゃないでしょうか。」
頭の中が真っ白になり、心臓が早鐘のように鳴り始めました。
数枚の小さな紙をまとめて二つ折りにしたその紙の束が帰りの飛行機のチケットだと、旅のはじめの頃から信じて、なくさないように貴重品いれのポケットに入れて置いたのです。それがチケットではないとすると、チケットはどこにあるのか見当もつきません。それがチケットだと思いこんでいた私は、他の紙の束には全く神経を注いでいなかったのです。
それでも、どこかにチケットがあるに違いありません。私はハンドバックの外ポケット・内ポケット、ホテルを出る前にまとめた機内持ち込み用のリュックのポケット、その中の貴重品入れの中と、それらしき紙を捜しました。でも、幾ら捜してもそれらしき物はありません。もしかしたら別のいらない物と間違えて捨ててしまったのかもしれません。心臓が飛び出しそうな勢いで鼓動を打っています。
「ありません」
「ないですか?でも、これはチケットではないですよ」
後ろに列んでいる人に先にしてもらって、なおも私はハンドバックやカバンの中を2度3度と捜しますがどうしても見つかりません。私は、この飛行機で帰れなかった場合の手はずを考えながら、捜し続けました。
それからどのくらいの時間が経ったでしょう。ほんの2・3分かもしれませんが、30分ほど立ったような気もします。窓口の女性が、
「やはり無いですか?さっき同僚がチケットを拾ったと言っていましたから、多分それでしょう。あちらのカウンターへ行きましょう」と、私を背中側のカウンターへ誘導しました。
私はここへ来たばかりなので、この辺にチケットを落とす事はありえません。この「さっき同僚がチケットを拾った」というのは、こういう場合に、救済するための言葉なのかもしれないと思いました。
さっきの係員はそのカウンターの係員と低い声で早口に話し始めました。私は、もう殆ど諦めながら、それでももう1度バックの内ポケットを捜します。そして、さっき捜した時には気付かなかった、くるくるっと丸まった小さな紙
の束を見つけ、取り出してみました。
かかりの女性が、「あったみたいですね」とその紙を受け取り、
「これがチケットです」と、私をまた最初のカウンターへ誘導しました。
チェックインが済み、ロビーで少し待ってから、地上職員の誘導で出発ゲートへ向かいます。私の動悸はこの間も暫く止まりませんでした。
今回の旅行は年末年始の休みを使っているので、職場へのお土産などは心配いりません。ゲートまで直行しました。機内は満席です。左右3列の、左の通路側が私の席でした。セレスの体を丸くして、お尻を前の椅子のしたに押し込みますが収まりきれません。隣の席にはみ出さないように上半身を私の足で押さえます。セレスは、状況を察してか、不自然な格好でじっとしています。ちょっとかわいそうだな、と気にしていると、フライトアテンダントの女性がやってきて、「離陸したらもう少し広い場所に移動しましょう」と言ってくれました。
3時40分、飛行機は定刻通り離陸しました。たった1週間の滞在なのに、マドリッドに着陸したのが1ヶ月も前のような気がします。それほど充実した旅をしてきたのでしょう。多くの温かい人々に支えていただいての私の旅は、私の人生と相い通ずる物があると、この旅行を振り返り、感慨無量な気持ちになります。
暫くして安定飛行に入ると、私達は出入口の所の、スペースのある席へ移動し、セレスはゆったり横になりました。
飛行機に乗ってしまうとスペイン語を使う事は殆どなくなり、フライトアテンダントからも英語で話しかけられる事が多くなります。何を言っているかは解るのですが、私の口からはスペイン語が出てきてしまいます。こんな奇妙なやりとりは、成田まで続きました。
パリから成田
2時間後、パリのシャルル・ドゴール空港到着。地上職員の誘導で、ターミナルを移動します。
建物の外へ出た時、セレスにトイレをさせます。これから、成田空港で外へ出るまで、15時間ほどセレスはトイレをする事ができないのです。ハーネスをはずし、リード(引き綱)を長くして、「ワンツー、ワンツー」と声をかけながら、私が時計の針の中心の位置に立ち、セレスを時計の針のようにくるくる走らせます。
ところが、ワンはすぐにしてくれましたが、ツーは、今朝したばかりなので、全くしません。いくらくるくる回しても、その気配すらありません。私は遂に諦めて、ターミナルビルに入りました。
地上職員の男性は、私をロビーの椅子に誘導し、
「ここで暫く待って下さい」と離れて行きました。
この辺になると、日本語もよく聞こえてきます。行きの成田からの飛行機で見かけたと言う人が声をかけてくれたりもしました。
「いいじゃない。とっちゃえば。」
「うぅーん、でも・・・、やっぱり悪いよ」
二人の女性が私の前方でひそひそ話しています。
そのうちに意を決したようにその一人が私に
「あのぉ、このわんちゃんの写真撮っても良いですか?」と訊ねました。盲導犬のセレスだけ撮るのは、ちょっとおかしな気がします。そこで、ふざけて
「高いですよぉ!」と言ってみました。
「ええ?高いんですか?」
「まぁ、それは冗談ですけど、やはり使用者と一体の物ですからねぇ・・・。」
「じゃぁ、あなたも一緒に撮らせてもらえば良いですか?」そう言われて考えてみましたが、 それもちょっと変な気もします。
「うぅん、それもねぇ・・・」私が煮えきらない返事をしたので、その人は諦めて、離れて行きました。
暫くして女性の地上職員がやってきました。いよいよ手荷物検査を受け、出発ゲートへ向かうのです。私は、セレスのトイレの事が頭から離れません。セレスは今朝ツーをしていますが、ここでしなければ、成田まで通算23時間も間が空いてしまいます。普段は、長くとも12時間くらいの間にはしていますから、これはセレスにあまりにも酷です。それで、多分無理だろうとは思いましたが、その係員の女性に、「出発前に外でこの犬のトイレをさせたいのです」と頼んでみました。
その女性は、私を出発ゲートのベンチに案内し、また暫く待つように言って行ってしまいました。
暫くして別の係員の女性が来て、
「もうすぐ搭乗です。犬のトイレですが、時間があまりないし、外へ出るのはかなり距離があるので、私が連れていってさせて来ます」と言います。
盲導犬のトイレのやり方をこの女性が知っているはずはないし、第一、私をここへ置いて、セレスが他の人に安定した気持ちで付いて行くとは思えないので、
「私と一緒でないと駄目なのです」とことわりました。
搭乗案内が聞こえてきます。いつも、私達のようにエスコートの必要な者は、1番最初に搭乗します。でも、今回は、誰も迎えにきません。私は時計を気にしながらベンチで待っていました。
周囲にいた日本人の姿がだいぶ減った頃、地上職員の女性がやってきて、
「時間が殆どないので、急いで犬のトイレをさせに行きましょう」と言ってくれました。私は、この配慮に感謝しながら、その女性と構内を走りました。下りのエスカレーターを駆けおり、更に階段を下り、暗唱番号を押すと開く扉から外へ出ます。
そして、またセレスのハーネスをはずし、ぐるぐる回しました。
「ワンツー、ワンツー」
(セレス、がんばれ!ここでしなきゃ、後が辛いんだから!)
祈るような気持ちでかけ声をかけながら回し続けました。
「ワンツー、ワンツー」
それでも、出ません。セレスも事情が判って頑張っているようですが、どうしても、その気にならないようです。
私とセレスの根比べは続きます。
「ワンツー、ワンツー」
そして、遂にセレスはその気になり・・・、場所を決め・・・、座り・・・、とうとうツーをしたのでした。
私は、胸がいっぱいになり、目頭が熱くなりました。セレスのトイレでこんなに感激したのは初めてでした。セレスの頭をなでながら、
「よかったね!よくやったね!」というと、セレスもうれしそうに尻尾で応えました。
パリからの飛行機もやはりかなりの混雑でした。それに、密かに期待していたアップグレードは、今回はかないませんでした。でも、窓際3席のうち通路側2席をもらえたので、セレスはゆっくり横になる事ができました。
そして、窓側の、アフリカへの長期駐在からの帰りだという年輩の男性とときどきお話したり、映画を見たり、うとうと眠ったりして、12時間を過ごしました。

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