12月31日

    

ウベダでの年越し



ネルハからウベダ

 

今日はネルハとお別れです。朝食後、早めにセレスに食餌を与え、フロントに、荷物を運んでほしいと電話しました。何回か忘れ物をした経験から、荷物を取りに来てくれたボーイさん(?)に、必ず、忘れ物が無いか確認してもらうようになりました。
 カードで支払を済ませ、タクシーでネルハのバス停へ向かいます。
 それから10時10分のバスでまずマラガへ。行きと違うのは、今度は荷物があると言う事です。でも、バスの乗り降りの時は、運転手さんが荷物の出し入れをしてくれるので安心です。それに、よく近くの人が、この犬は、このスーツケースがトランクや荷物置き場にしまわれるまでじっと目で追っていると、教えてくれます。そんなセレスの監視の目があれば、荷物を盗もうと思った人もきっとたじろぎ思い止まるでしょう。こんなにいたいけないセレスが、私の誘導だけでなく、荷物の事までも気にかけていると思うと、いじらしくて愛しさが一層つのります。
 マラガのバスターミナルに降りると、ネルハより気温が少し低いようでした。
 そこで50分ほど待ち、12時のバスでグラナダへ。バス時刻は、昨日、各ターミナルのインフォメーションに電話して訊いておいたのでした。
 バスは、アップダウンはあるものの非常に良く整備された道を快走し、そして1時間半でグラナダに到着しました。
 グラナダは、マラガより更に気温が低く、思わず身震いしてしまいました。
 ここで、友達のポピーさんと会う約束をしています。 ポピーさんは、私が94年の春グラナダの語学学校に通う事にした時、日本の友達から紹介してもらった人で、このグラナダ滞在中は大変お世話になったのでした。そして昨夏は、3年ぶりに再会しました。
 今回も、ネルハに来ていると連絡すると、大晦日の忙しさにも係わらず、ちょっとでも会いましょうと言ってくれたのでした。
 「バスで来たんだけど、渋滞に巻き込まれて遅くなっちゃって・・・!」2時15分、ポピーさんは息を弾ませてやって来ました。セレスはポピーさんに会うと、うれしさをこらえきれず飛びつきました。盲導犬としてはよくない行為ですが、気持ちが解るので叱れませんでした。
 私達はターミナルの中の食堂で昼食を取りながら、4カ月ぶりの再会を喜び、おしゃべりしました。

ウベダへのバスは3時発です。昼食を取り、切符を買っていると、もう時間が無くなってしまいました。ポピーさんは、運転手さんに、途中休憩を取るかどうか確認し、
「犬のトイレとホテルへの電話連絡があるから、必ず休憩を取ってね」と念を押してくれました。
 あまりに短い時間の再会に心が残りますが、挨拶を交わし大急ぎでバスに乗り込みます。座席に着き、少しすると、誰かが私の左手の窓を叩いています。きっとポピーさんに違いありません。私は、窓の方に向いて、にっこり笑って手を振りました。 

1時間半後、バスはハエンのバスターミナルで休憩しました。
 まずこの日に泊まるホテルに、到着が6時を過ぎるかもしれないと連絡しました。この電話は、かけ終わった後で係員にお金を払うシステムで、私には初めての経験でした。
 それからセレスのトイレをさせます。ここでは、良い場所が見つからず、バスのホームをあちこち歩かなければならなかったので、ちょっとあせりました。
 この辺から悪路となり、バスはスピードを落とし、がたがたな道を走り、夕方6時、ウベダのバスターミナルに到着しました。
 ガイドブックに出ていない町なので、小さい町を想像していましたが、以外にバスターミナルが大きいので驚きました。
 そして、バスの運転手さんにタクシー乗り場へ案内してもらい、タクシーで、今日の宿泊先のパラドールへ向かいました。    


レストランでの夕食

 

すり減った石段を数段登り、パティオからドアを通ってフロントに付きました。コンセルジェは、
「さっきお電話をくれた方ですね」と確認します。
 「今日は珍しく日本人のグループがありますし、もう一組、日本人のお客さんがあるんですよ。今日に限っては、このホテルは、スペイン人より日本人のが多いんです。もしよければ、それらの皆さんとお話しするのもいいんじゃないですか。もしあなたが良ければね」コンセルジェが「もしあなたが良ければ」と何度も強調したので、私は心の中を見すかされているような気がしました。
 私は、一人旅の途中で日本人に会うと、何故か妙に萎縮してしまうところがあるのです。
 ところでこの日は大晦日、12月31日です。で、コンセルジェに、どんな年越しの過ごし方があるのか訊いてみると、パラドールの中のバルやレストランは11時にはしまってしまうが、サロンでみんなでテレビを見ながらお祝いする事ができるとの事でした。大勢の旅行者がサロンに集まり、シャンパンで乾杯する様子を想像し、そんな年越しも楽しそうだな、と思いました。
 そして、その夕食の特別メニューを予約するかどうか訊ねられました。メニューを読んでもらうと、非常に複雑に手の込んだ料理らしい事だけはわかりますが、素材を知りたくても、私の知っている単語は全然出てきません。そうなると、昨日のまめのスープのような、全く好きでない物の場合も考えられるので、このメニューはオーダーしない事にしました。

ボーイさんの案内で部屋に向かいます。一度パティオに出てから別のドアを通り、絨毯が敷いてある物のやはりすり減った階段を上って、ガラス張りの廊下を進みます。このパラドールは由緒ある古城を利用した物なのです。
 部屋は、ダブルベットに歴史を感じさせるテーブルやフロアーランプなどがしつらえられた、こぢんまりとまとまった物でした。窓からはパティオとその向こうにレストランの屋根が見えると教えてくれました。また、近くに教会があるらしく、鐘の音も聞こえてきました。
 ひと休みしてセレスにトイレをさせに行くことにします。またドアの取っ手に髪の毛を束ねるゴムをしっかりかけておきます。この取っ手も歴史を感じさせる物でした。
 長く入り組んだ廊下をセレスはずんずん歩いて、私が階段を捜させるために「ブリッジ」と言うと、びゅんびゅんと尻尾で応えました。この尻尾の振り方は、
「うん、わかってる。あるよ、あるよ、委せて!」という意味なのです。この廊下は結構複雑ですが、セレスにはだいたい飲み込めたようです。セレスは階段を見つけると、一旦立ち止まり、私が「ゴウ」と声をかけると、
「ほらね、ちゃんと見つけたでしょ!」と言うように、誇らしげな足どりでおり始めました。
 外に出ると雨が降り出していました。ホテルの前は確か広場のはずです。ちょっと歩いてトイレをさせます。今度は、ごみ箱が近くにあったので、ほっとしました。

暫く休憩して、今年最後のディナーなのでちょっとおしゃれな服に着替えて、ホテルのレストランへ向かいます。ウェーターが出入口に近いテーブルに案内してくれました。
 カルタを読んでもらい、にんにくのスープと魚料理(なんだか忘れましたが)と赤ワインをオーダーしました。最初に前菜が出てきます。うまく説明できませんが、これが何種類もあり、それぞれが実に美味なのです。次にスープが運ばれて来ました。これは、昨夏メリダで食べたアホ・ブランコ(にんにくとアーモンドの冷スープで、中にメロンが入っていました)を暖めたような感じの物でした。そしてここではメロンでなくて葡萄が入っていました。これもまた美味でした。魚の料理も、カニのソースで味付けされた、贅沢な物でした。
 おいしい料理とワインの酔いに満たされた気分になった頃、レストランの奥から、とてつもない大爆笑が聞こえて来ました。あの声の感じは、例の日本人ツアーに違いありません。日本の居酒屋で宴会でもしているような気になっているのかと疑いたくなるような、周囲をはばからない笑い声に、折角の満たされた気分が冷めて行きました。
 食事が済むと、ウェーターがテーブルに12粒の葡萄が入った小さなビニール袋と、トゥローンなどのクリスマスのお菓子を持ってきてくれました。私はこれらを持って、席を発ちました。

    

年越し

 

レストランを出てフロントに向かうと、日本人の夫婦がいました。
 「あら!盲導犬だわ」奥さんが言います。私は、何も言わないのも申し訳ないので、
「今晩は」と挨拶しました。それから、その奥さんと暫く立ち話をします。奥さんは
「97年の最後にあなたに会えて、とってもうれしいです」と言ってくれます。そして是非にということで、記念写真を一緒に取り、私の住所を伝えました。ご主人が、ときどき奥さんに同意を求められて頷いてはいたものの、ちょっと冷めていたのが印象的でした。 この夫婦は、ツアーの仲間と一緒に、少し離れた広場に12時の鐘を聞きに行くと言って出て行きました。
 私はコンセルジェにその広場の事を聞いてみました。
「こんな雨の中行く人はそんなにいないでしょう。このサロンでみんなでお祝いした方がいいですよ」
私も、広場で鐘の音を聞きながら葡萄を食べるというのは、いつか経験してみたいとは思っていましたが、まだ着いたばかりのこの町にそれほど愛着もないし、何しろ雨が降り続いていたので、このコンセルジェの言うとおりに、ホテルのサロンで年越しをする事にしました。

「もうサロンに行っていてもいいんじゃないですか?そのうちにみんな来ますよ。」そう言われて、少し早いけれどサロンでくつろぐ事にします。
 サロンは、パティオからまた別のドアを入ります。テレビのついたその部屋にはまだだれもいませんでした。コンセルジェは私をテレビの真正面のソファーに案内して出て行きました。それから、バルのウェートレスが、頼んで置いた小さなカバ(シャンパン)を運んできて、グラスに少し注いでくれました。
 私はソファーに深く腰掛け、セレスも私の足元でくつろいでいるようです。そして、ワインの酔いのせいかうとうと居眠りしながらその時を待ちます。
 一組のカップルがやってきて暫くくつろいでいましたが、軽く挨拶して出て行きました。テレビからは、マドリッドのソルにしつらえられたステージからの放送が流れているようです。ソルに集まった人々は、12時の鐘を今か今かと待ちわび、司会者がその雰囲気を更に盛り上げています。私も少しずつ緊張してきました。
 それにしても、このサロンには私とセレスだけです。これまで数回スペインで年越しを経験していますが、いつも友人達と一緒ににぎやかに過ごしたので、非常に寂しい気分です。
 そろそろ鐘が鳴り出すという時に、コンセルジェ達がやってきました。
 さあ、鐘が鳴り始めました。私も葡萄を食べ始めますが、皮をむき、種を出しながらなので、思うように進みません。
 また今年も、3粒しか食べられませんでした。それからカバで乾杯し、ホテルの人達は、仕事に戻って行きました。
 私は、膝に鼻先を付けて何か言いたそうにしているセレスの頭をなでて、新年の挨拶をしました。
 部屋に戻ると、花火を打ち上げる音や爆竹の音が聞こえてきます。私は広場に行かなかった事を、ちょっと後悔したのでした。




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