『再編集』 

 子どもの頃、通知表には「観察力に欠ける」といつも書かれていた。いま思い出しても“ボー”っとしている子だった。他人に興味がないのか、マイペースなのか、人とテンボが合ってなかった。協調性にも欠けてた。

 大人になった今もそんなところがある、ずいぶんある。でも開き直っちゃってるから、もう構わない。

 それでも時々、困る事がある。自分の事だけなら変な人でもいいのだけど、家族が関係してくるとそうも言っていられない。夫には迷惑かけたかもしれないな。

 夫に有って私に無いもの。それは観察力。やはりそれは何事にも必要で、子育てにも欠かせない。なんとかなって来たのは夫のおかげです。申し訳ない、ありがとう。

 どこで何が起こったか、誰が何を言ったか、そのもの事実を記憶しないで、私の脳みそはそれを見聞きしてどう感じたかを記憶してしまう。「私の心が編集した事柄」により泣いたり怒ったり・・全く困ったものです。

 まず黙って観察しよう。見たままの事実をそのまま心に記憶しよう。「再編集」すればまた違う一面も見えてくるかも知れないよ。

 なんてね♪

『こうとも言える』(2006年 12月)

 私は観たいモノしか見えなくて、聴きたいコトしか聞こえない。とても主観的。おまけにそれが人とはちょっと違うみたい。だから私には見えないものが沢山ある。

 いつもその事を忘れちゃいけないと思う。自分にいらつく事もある。遠くから離れてながめてみる。ジタバタ、あぁ上手くいかない。

 夫がそれでも大丈夫だよって言ってくれたら、かめへんかめへんって言ってくれたら、自分のことが好きになれる。