3月3日(金)  仰げば尊し


はやかったなぁ、3年間。

「そうだねー。…あのさ、」

ん?なに?

「ちょーだい、ボタン。」

へ?ボタン?なんで?

「だからー!第二ボタンちょうだい!」


彼女の小さな顔は耳まで真っ赤になった。



一昨日はなんと高校の卒業式でした。ちょっと前に 入学したばかりだと思っていたのに、もう卒業とは 時間がたつのは早いもんです。入学したての僕は 中学の卒業式では実現できなかった第二ボタンの 喪失をこの高校でやってのけるに違いない、というビッグな 夢をみていたのですが、大方の予想通り夢に終わりました。 実に儚かった。上記の会話は見た瞬間分かったと思いますが 僕の頭の中の楽園での出来事です。

第二ボタンの贈呈の他に、卒業アルバムに寄せ書きをするのが 卒業式の定番イベントかと思いますが、今僕の卒業アルバムを 見直してみるとなんとも寄せ書きが少ない。これにはさすがに 僕もショックを隠し切れません。いや言い訳をさせて貰うとですね、 あまりにもたくさんの人に寄せ書きを書いて、と求められましてね、 必死に50人くらいの卒業アルバムに寄せ書きを書いてるウチに、 みんな帰ってしまったのです。もうこれは人気者の宿命と 思い込むことにして忘れることにします。

50人というのが嘘くさいのは僕の特性でしょうか。



3月4日(土)  スノーボードと僕と彼女 その4


僕もあなたも飽きた旅日記はまだまだ続きます。


ノーパンコールと共に夜行バスを降り立った僕一行は、 旅費2万円にしてはなかなか豪華なホテルに入るよう促されました。 そしてフロントが始まる6時まで約30分間あるということで、ロビー で待つことにしたのです。6時になりフロントが開いて、いざ チェックインと意気込んでいた僕たちがフロントの人に券を差し出すと、

「これでは当ホテルをご利用戴くことは出来ませんね。 この券に書いてある宿泊施設は、ここから東に800mのところに 御座いますのでそこをご利用下さい。」

とのことでした。んだよ、あのバス会社。ちゃんと目的地で降ろせよ。 と僕率いる愉快な仲間達は愚痴を言いながら、それでも楽しげに歩いていたのですが、 その10分後なぜかさびれた民宿の前で立ちすくんでいました。見るからに リフト代、ボードのレンタル代、交通費、宿泊費込みで2万円に見合った 民宿でした。んで、寒い中いつまでも絶望のウチに外で突っ立てる訳にもいかず、 とりあえず民宿に入ってみると奥から何やらハゲたおっさんがでてきまして、 まだチェックインできないとかぬかしやがる訳です。 んで、僕が念押しで本当にまだ部屋は入れないのか聞いてみると、アーリーチェックイン 出来るとのこと。できるんかい!とその場にいたみんなが思ったでしょうね。

僕たちの他にカップル一組がその場にいて、もうみんな そのアーリーチェックインしちゃえという空気になったのですが、 一応

「それって追加料金かかるんですか?」

と聞いたところ、

「ええ、まぁ。」

あぶねー。マジでヤられるところでした。てか、ええまぁじゃねぇだろと。 まず言えそれ言えやれ言え。ですよ。ホント油断ならないおやじです。

部屋に入れないので、便所を借りてウェアに着替えたんですが、この民宿 至る所に張り紙が貼ってあったのです。温便座なので便器のふたを閉めろ トイレットペーパーを部屋に持ち込むなとか、ね。あとで分かったのですが この民宿、宿泊施設のくせに部屋にティッシュペーパーが置いてないんです。 今日僕たちと同時にこの民宿にやってきたカップルが不憫になりましたね。 今夜彼らはどうするんだろうと。なんだかワクワクしてきました。

あと極めつけの張り紙が、この村はゴミを出すのも有料なので、極力 ゴミを捨てないでというもの。なめんな。名古屋だって有料だ! 田舎を全面に押し出すんじゃねー!

そんなこんなで、民宿への不審がつのるばかりでしたが、 僕らはスキー場へ向かったのです。あと一回つづく。やっつけ。



3月5日(日)  スノーボードと僕と彼女 最終話


スキー場に入るとそこは一面銀世界。いやスキー場の外も 銀世界なんですけどね。うれしさを抑えきれない僕一行は とりあえずボードを担いでリフトに 乗り、一番易しいコースに臨んだのです。友達に簡単な手ほどきを 受けて、さぁ滑るかと立ち上がった瞬間見事に逆エッジが聞いて 前方に転けました。それを見て

「何がそんなに面白かったワケ?」

とおっしゃる友達。いや見てらしたでしょ今。別にズッコケたわけじゃないから。 それから僕も本気になりましてね、息を切らせながら頑張ったんですが 結局友達に

「大爆笑だね。」

といわせるほど転ぶにとどまりました。おしりを打ちすぎてハンパ無く痛かったです。 確認してませんけど、左ケツは蒙古斑と見紛う程青くなってたんじゃないかしら。 しかし練習の甲斐もあって午前が終わる頃には初心者コースは楽しく滑れるようになりました。 右にも左にも曲がれるようになりまして、転ぶことも減ったのです。

僕の上達ぶりを眺めていた友達は僕を強引に中級者コースへと連れ去ったのです。 それが全ての始まりでした。その連れて行かれた中級者コースというのは 道幅5mくらいで、一歩コースを外れれば80度はあろうかというほど急な 斜面を転がり落ちることになる代物だったのです。まっことデンジャラス。 そのコースから谷底を見下ろした僕は全身縮み上がったのです。 全身ですのでもちろんチンチンまで縮み上がった訳です。キューって。キューーって!

もう完全にビビッた僕はそれまでに築き上げたスノーボードのテクニックスを すっかり忘れてしまったのです。もう頭真っ白顔面蒼白。立ち上がっては転び転んでは 立つの繰り返しでした。まるで生まれたての仔牛のように膝をプルプルさせてましたよ。 僕を追い越してゆく人々の目が同情と迷惑に満ち溢れていたように見えたのは、僕の錯覚ではないはずです。 てか確実に迷惑がっていました。あぁ!顔から火が出そう!

転んで転んで転び倒してようやく中級者コースから抜け出た僕は、 ヘタに挑戦したおかげで恐怖心だけが植え付けられて、その日の 滑走を4時には切り上げてしまいました。友達も切り上げて帰る頃には 首からふくらはぎまで全身筋肉痛でした。全身といっても チンチンだけは元気いっぱいだったんですけどね。

あ、それからずっとタイトルにあった「彼女」が誰かというと クレープ屋「ももちゃん」の女店主(推定58歳)のことです。



3月9日(木)  おはなし5


ようやく林道を抜け、その小さな病院にたどり着いた。 森に囲まれた小さな病院だ。 幸子の顔は、バスの中で見たときより弱々しい表情になっていた。 今にも地面にヘタってしまいそう。幸子はあと数歩で 建物の中に入れるという所で歩みを止めてしまった。 私は、力の抜けた幸子の手を引っ張って病棟に入った。 受付には一人だけ、おばさんの看護婦がいた。


「あの、今井源一郎さんの知り合いの者ですけど…。」

「あぁ、待ってましたよ。さあ、こっちです。」

そう促されるまま、私と幸子は青い床の、少し長い廊下を 歩いていった。いくつもの病室を通り過ぎ、いくつかの角を曲がった先の 一番奥の病室の前で、看護婦さんは立ち止まった。

「ここです。」

そう聞いたとき、私は急にこの部屋から寒々とした何かを感じた。 部屋にはいると、源一郎さんはベッドの上に横たわっていた。 頬はほんのり赤く、まるでまだ血が通っているかの様だった。 幸子はベッドに吸い寄せられるように近寄っていった。 何を言うともなく、何をするともなくじっと源一郎さんの 顔を見つめている。

病室に着いてすぐいなくなった看護婦さんは、しばらくして 源一郎さんの持ち物を持ってきた。何組もの寝間着、黒い長財布、 くたびれたスーツ、ボロボロの皮の手帳、空の写真立て。 私が受け取って、ベットのそばに佇んでいる幸子に手渡した。 看護婦さんは病室の片隅から悲しそうに笑った。

「今井さん、その手帳に日記をつけてたんですよ。」

幸子は他のものを脇の机に置き、手帳を開いた。そこには 源一郎さんらしい汚い字で、一日分の小さな枠にびっしりと その日常が書かれていた。その内容は、いつも幸子のことで 始まり、幸子のことで終わっていた。自分を責める 言葉や、幸子への切ない思いが、ただ、淡々と綴られていた。

やっぱり幸子は間違っていた。源一郎さんはずっと幸子しか見ていなかった。 源一郎さんが幸子を裏切るなんて事がある訳無かったのに。

手帳をめくると、ひらひらと写真が落ちてきた。 拾ってその写真を見た幸子は、わっと声を出して泣きだした。 そこには、今より少し若い幸子が写真いっぱいの笑顔で写っていた。


「わたしは、わたしが…!」


悲痛な呻き声と共に、幸子は冷たくなった源一郎さんの上に崩れ落ちた。






手帳は最後にこう締めくくられていた。


「 この病院の看護婦はババァばっかだ! 」



3月12日(日)  多忙


あー忙しい。

今月末に神奈川は川崎市に移り住むことに相成りました。 それであれやこれやとやることが出てきて忙しいにも程があります。 住民票や印鑑証明を区役所まで取りに行ったり、引っ越し業者と 話をつけたり、スーツを買ったりと、てんやわんやなのです。

さらには部活のみんなとの打ち上げも催されている訳なのです。 今更一体なんの打ち上げなのか僕自身もよく分かっていないのですが、 要するにみんな集まって飲みたいだけなのでしょう。けしからんですな! 冬にもかかわらず胸元を開けっぴろげていて短いスカートから むっちりした太ももを露わにしている若いおなご並みにけしからんですな!

話が逸れました。そう、とにかく今月僕は忙しいのであります。 友達と下呂温泉に一泊したり親戚一同でまたまた伊豆の温泉に行ったりと どんだけ温泉好きやねん!と言った具合なのです。関西弁あってますか?

そうゆう訳で、今月の更新がいまいち奮わないのも致し方ないことなのです。 んがしかし、そんな状態だとしても皆さんがメールをガンガン送って下さったなら 僕は元気凛々パワー全開で更新を頑張りますから。

露骨に要求する男ってやらしいですよね。



3月20日(月)  そろばん刑事(デカ)の事件簿


「いつから疑ってたんですか?」

「あのとき、真っ赤な明太子と淡いピンクの明太子が 並んでいるのを目の前にして、あなたは真っ赤な明太子の方が美味しいそうと言ったでしょう。 あんな言葉、博多の人間の口から出るはずがない。それで私は あなたは本当は博多出身ではないんじゃないかと思ったのです。」

「ははは、そうでしたか。あれがいけなかったんですか。でも、 今となってはもうどうでもいいんです。もう僕は幸子の元に逝きたい。 ただ、もうそれだけなんです。警察に言っておいて下さい。ぜんぶ僕がやったと。 …これでようやく幸子に会える。」

「や、やめるんだ!その三角定規をどうする気だ!馬鹿なことを考えるんじゃない! さぁ、その三角定規を早くこめかみから離すんだ!自殺なんかしたって幸子さんは 喜びませんよ!」

「もういいんです。何もかも疲れました。あなたには迷惑を掛けましたね。 申し訳有りませんでした。今更ですけど。じゃあ、さようなら。」

「やめろー!」


パリンッ…


「え…?」

「三角定規が折れた…。その三角定規、幸子さんの形見ですね?だいぶボロボロになっている。 強い力に耐えきれず、折れてしまったんだ。きっと幸子さんが生きろ、と言ってるんですよ。 命を粗末にしちゃあいけない。あなたは幸子さんの分まで生きなくちゃいけないんです。」

「ははは、最後まで僕って詰めが甘いですね。せめてコンパスにしておけば幸子の所に逝けたのに。 うぅ…。」



3月23日(木)  ビタミンCに酔いしれる


先日 高校の部活のみんなと集まってですね、飲みに行ってきたんですよオレンジジュースを。 それでまぁ僕は物凄い空腹という、決していい状態ではなかったのでちょっと今日は抑えめでいこうと 思っていたのです。思っていたんですが、気が付けばジョッキ5杯にロックをグラスで3杯、そしてとっくり一本が 僕の前で空になっており申した。どこのロシア人かと思う程豪快に飲んでしまいましたオレンジジュースを。

僕も18年間生きてきて、ここまでオレンジジュースを飲んだことはなかったので、流石にうっぷ、うっぷと きてしまい便所に駆け込みました。大量に吐いてしまい胃がすっからかんになったので、また飲めるかな と思ったんですが、僕は既に見事な千鳥足に。どうやら予想以上に酔っぱらってしまったらしく、 これ以上オレンジジュースを摂取するのは危険と判断し大人しくしていることに致したのです。

そのあとカラオケでオールと予定されていたんですが、僕は当初から途中で帰ることにしてたんで カラオケに行くつもりはなかったんですが、僕はオレンジジュースに含まれる ビタミンCのおかげでひどい泥酔状態にあり、まともに一人で歩くことの 能わない状況だったので、仕方なく友達の肩を借りてカラオケ屋までフラフラと歩いていったのです。 そしてカラオケ屋のエレベーターを降りたところで僕の記憶はプッツリと途絶えたのであります。

2時間後 僕が目覚めると、ナチュラルハイで猛り狂った友人どもが、野太い声で、誰の歌かは 存じませんが、ひたすら「マンピーのGスポット」という歌詞の歌を唄い続けるという 狂気じみた現場に遭遇してしまい、僕は再び気を失ったのです。