−日記帳(N0.215)2002年05月26日−
サッカーを校技の母校の思い出

ゴン中山と私の母校の藤枝東高の前身は旧制志太中学と言って戦前から昭和40年代にかけて浦和と日本一を競うサッカーの名門校でした。大正13年創立された時の初代校長・錦織兵三郎氏の「比較的短時間で勝敗が決まる上、精神修養によく、かつ日本では未開発競技で将来性が有る」との発想によりサッカー(当時は蹴球と言った)を校技にしたのですが、当時サッカー部を持つ学校は殆ど無い状態でしたので日本一になるのにさほど時間はかかりませんでした。

1873年(明治6年)、海軍兵学校に教師として来日していた英国海軍のA・L・ダグラス少佐が生徒にサッカーを教えたことが日本のサッカーのはじまりで、1899年(明治32年)、神戸の御影師範にようやく日本人だけのサッカーチームができました。師範学校にサッカーが取り入れられたことで、その後、教師となって全国に散った卒業生がサッカーの普及と指導にあたるようになり、サッカーは徐々に広まっていきました。

その流れが全国に及び、静岡県では1919年(大正8年)静岡師範、浜松師範に次いで浜松高工・旧制静岡中・浜松一中の後に志太中に蹴球部が誕生し、1931年(昭和6年)志太中が全国中等学校蹴球大会に初出場初優勝を飾りました。藤枝東高になってから黄金期を築きあげたのは同校の国語教師でもあった長池實監督です。彼はは昭和38年の第41回全国高校サッカー選手権大会において藤枝東高を優勝に導いて以来、実に計8回の全国大会優勝を成し遂げた名監督で、サッカー理論の名著も著し日本サッカーの指導者として嘱望されながらも昭和62年4月、肝臓疾患のため55歳の若さで不帰の客になられました。

彼が友人宅に寄宿していた関係で、彼とよく麻雀をする機会がありましたが国語の先生の割には論理的で物静かながらも内に闘志を秘めたところがあるナイスガイでした。その彼が藤枝東高の監督を辞めてから、藤枝東高は全国大会の優勝から遠ざかり、代わりに台頭した同じ静岡県の清水4人衆(清水商、清水東、静岡学園、東海大一高)に県内王座を明け渡し、1981年以降県代表になったのはゴン中山2年生の時の1984年と1997年の2回しかありませんが、その間に清水勢は22回(清水商9、静岡学園6、清水東5、東海大一高2)も代表になり、そのうち6回も全国優勝してサッカー王国清水を誇っております。しかし、いずれ清水は静岡と合併しますので清水の名前が消えてしまうのでしょうか。

高校時代、体育の時間が嫌でした。サッカーが校技ですから体育の時間はクラスを2チームに分けてサッカーの試合をするのですが、足が遅い上、運動神経の鈍い私はボールに触らせてももらえなかったので退屈でしかたなかったのです。 しかし、それでも球を追っかけないとサボタージュとして単位がもらえなくなるので辛かったのです。チーム内にはサッカー部員が5、6人おりますので殆どの時間帯、彼等がボールを支配しておりましたが、審判がいないのも同然ですのでオフサイドはフリーでしたから滅茶苦茶の得点争いになったように記憶しております。

−日記帳(N0.216)2002年05月27日−
小出編集局長の講演から(4)

先日、中日新聞・小出編集局長の講演をこの日記帳で採り上げましたが、その講演を聞いてこの日記帳を見た友人から、最も重要な話が抜けているとの指摘がメールでありました。実はそのとおりなんです。 小出さんは少子化が日本が抱える最大の問題点であることを巧みな話術で解説されたのをすっかり忘れて抜かしてしまいましたので改めてここでご紹介させて頂きたいと思います。 尚、これはあくまでも一般論であることを予め世の長男の方にお断りさせて頂きます。

少子化については、高齢化→若者の負担増、人口減少→労働力不足と言った目に見える問題点はよく採り上げられておりますが、小出さんはそうした物理的現象より心理的現象を採り上げられました。今はそれほどでもないかも知れませんが、昔は家督相続出来ない次男坊以下の弟たちはとにかく家を出て自分で生活の糧を得なければならず、苦学して学校に行ったり、丁稚奉公に出たり、生まれながらにして世間の荒波にもまれる宿命を負っていたのです。

その点長男は始めての男の子ですから大切に育てられ、行く末は家督を相続できるのでゼロからスタートして苦労することもなく、どちらかと言えばノンビリとしていて覇気に欠ける面が多かったようです。 現実に世間で成功した人に長男は少なく圧倒的に次男、三男が多いと一般論ではありますが、小出さんは主張されるのです。

更に、兄弟が多いと喧嘩したり、競争したり、助け合ったりすることがそのまま世に出る事前準備になり、また手加減することを自然に覚えて行くことになります。ごく普通に見える少年が突然キレて凶行に及ぶケースが最近多いのですが、それもこうした手加減を知らないことが要因として有ることを小出さんは指摘されましたが、なるほどと思いました。

少子化で子供が少なくなると長男だけ、あるいは長男と長女だけの家庭が増えていくと小出さんは言うのです。 そこで私なりに、どの程度長男のみか長男と長女の家庭があるのかを分析してみました。一人の女性が15才から49才までに生む子供の数を合計特殊出生率と言いますが、昭和51年に2.0を下回って以来連続して年々減少し、ついに昨年度は1.3にまで低下しております。

この数字は、例えば全ての家庭が1人か2人の子供を持つと仮定すると100軒の家庭のうち70軒が一人っ子、30軒が二人っ子になり、確率的には一人っ子の70軒のうち35軒が長男、二人っ子の30軒のうち10軒が長男と長女となり、結局100軒のうち45軒が長男のみか長男と長女になります。 つまり、男兄弟がいない家庭が半分近くを占めることになりますから、小出さんが危惧される事態は起こり得ることになります。

そして、これは私の勝手な想像ですがこうした長男が家庭を持ち子供を生み、また同じことが繰り返されれることにより、覇気に欠け、手加減を知らない、社会への順応性に劣る子供たちが蔓延していくのではないかと危惧するのです。 いろいろな意味で、小出さんのこの提言は考えさせられるものが有るように思います。



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