| −日記帳(N0.419)2003年01月11日− |
| IAEAの活動について |
核拡散防止を目的に制定されたNPTの第三条に「非核兵器国はIAEAと協定を結び核物質について査察を受ける義務を負う」と有ることからIAEAの存在がクローズアップされるようになりました。 核物質は平和利用目的に使用される反面、核兵器にも転用され得るため常に核兵器の拡散を如何に防止するかという問題を伴いますので、国際協力体制の必要性が高まり、国際原子力機関(International Atomic Energy Agency:IAEA)が米国の主導のもと1957年に創設されました。 そのきっかけは、1953年の国連総会でのアイゼンハワー米大統領の「Atoms for Peace」の演説により1954年の国連総会で米国主導で決議されたIAEA憲章でした。このようにIAEAは他の国連機関とは違って独自の憲章をもつ独立した組織で、現在137ヶ国以上が加盟しております。(日本は1956年に加盟) その目的は、「世界平和、健康および繁栄のための原子力の貢献を促進、増大し、提供した援助が如何なる軍事目的を助長するような方法でも利用されないように確保しなければならない」とのIAEA憲章に基づいて、科学、産業、健康、農業などの全ての分野を対象とし、情報交換、物質、役務、設備、施設の提供、技術援助、専門家派遣、研究契約、 訓練、査察を行っております。 IAEAの本部はウイ−ンにあり、事務局長はモハメド・エルバラダイ氏(エジプト出身)で、約2200名の職員がおり 日本からは46名、予算250億円のうち日本は米国に次いで16%拠出し理事会35ヶ国の指定理事国として重要な役割を果たしております。以上のようなIAEAの役割を考えると、IAEAはNPTの検証機関と言うよりも、IAEA憲章とNPTをテコにして核の平和利用を促進し、核兵器への転用を阻止する実践機関と言えます。 その中での重要業務である核査察は次のように行われております。 ・計量管理 (Nuclear Material Accountancy) IAEAと当事国との間で交わされた諸規制に従って定められた区域と期間内に存在する核物質の量の変化を確定するために行われ、施設者及び国内計量管理制度(SSAC)によって運営され、この計量活動及びそれに伴って生じる計量情報はIAEAの査察により検認・評価されます。例えば、日本の原発で必然的に発生するプルトニウムの量をIAEAに報告しその検認を現地で受けております。 ・封じ込め及び監視(Containment and Surveillance)技術 計量管理の重要な補助手段として位置づけられ、核物質あるいはその他の物質、機器及び収去サンプルの移動が正しくなされたこと、査察データが正しいまま継続保存されていることの確認のために適用されます。代表的な例としては、施設の壁など核物質を取り囲む障壁、輸送容器及び貯蔵容器が有り、封印も容器の開口部分に対するタンパー(封じ込め状態を破壊しようとする妨害行為のこと)を検知するために使用されます。監視の代表的な例としては、光学機器を用いた監視システムや核物質の流れの情報を提供するために使われるモニターが有ります。IAEA保障措置で実際に使用されているC/S機器の写真を以下に示します。 |
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| (左から二重キャップ封印、光ファイバー封印、自動検認器の順) 他に、監視システムとして、フィルム監視カメラ、 ビデオ監視装置、 燃料バンドル(集合体)カウンター、 放射線モニターなどが有ります。 |
| −日記帳(N0.420)2003年01月12日− |
| 北朝鮮の現在に思う |
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| 人気の無い北朝鮮のポドン川沿いの観光地 (吉田豊氏のHPから転載) |
NPT脱退宣言をして、国際的に孤立化しつつある北朝鮮の現状を、かって日本がABCD包囲網(A=米国、B=英国、C=中国、D=オランダによる石油等の物資の日本への輸出を禁止する経済封鎖)を受けて国家存亡の危機に直面しやむなく太平洋戦争に踏み切った日本に似ているとの比喩を最近よく見かけますが、その比喩は妥当性に欠けていると思います。猿が二本足で歩くから人間に似ていると言うならまだしも、二本足で歩くから鳥が人間に似ていると言うが如しです。 太平洋戦争開戦の事情についてはいろいろな見方が有ると思いますが、少なくとも当時日本が米国に積極的に戦争を仕掛けていたとは考えられず、回避することを前提に折衝を継続していたと思われます。ただ、日本が1933年2月24日の国際連盟臨時総会で満州事変を日本の不法な侵略行為とする「リットン調査団による報告書」が42票対1票の圧倒的多数で採択されたのを契機に国際連盟を脱退してから国際的に孤立化していた事情はよく似ております。また教育やメディアを通して自国の戦力を誇大化して反米思想を煽って国民を洗脳している点も似ていると言えます。 全く異なるのは、日本はABCD包囲網による経済封鎖で石油獲得の道を絶たれていたのに対して現在の北朝鮮は経済封鎖されているわけではなく、それどころか、無償で数千億円の原発とその完工までに毎年50万トンもの重油を供与するとの申し出を受け実行されてきたことです。反面、日本は東南アジアでの全ての権益を放棄することを強要する「ハルノート」を突きつけられて茫然自失となるほどに米国が強硬姿勢を示したのに対して、前述の重油の無償供与、原発建設費の負担等柔軟な姿勢を示している点も大きな違いです。 北朝鮮の外交政策を「瀬戸際外交」と言う人がおりますが、何が瀬戸際外交でしょうか。国営放送で「北朝鮮の言うことを聞かないと原爆やミサイルで報復することも辞さない」とまで猛々しい声でわめき散らすのは、外交以前の対処のしかたであり、少なくとも一国のとるべき対外姿勢とは到底言えません。また、一国の方針決定が北朝鮮では独裁者に任されているのに対して、当時日本では一応民主的なルートで選ばれた首相を中心に審議 されて行われておりますからこれも違いのひちつと言えます。 また当時の日本は米国の日本大使館を通して正式に外交折衝を進めている点も見逃せない違いと思います。ただ残念だったのはその真偽のほどは明確ではないものの外務省・日本大使館の怠慢行為により宣戦布告が2時間遅れ後世に卑怯者呼ばわりをされたことです。 以上のように、本質的な部分では全く異なった状態にある」わけですが、もしここで北朝鮮が核兵器を作り、それを使用することで全世界を相手に戦争を仕掛けるようなことをするならば、結果として当時に日本に似ていたと言われても即座に否定は出来なくなるような気がします。そのようなことにならないよう、当事国の北朝鮮と日・韓・米及び友好国の中・露が冷静な対応を期待したいものです。 |
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