| −日記帳(N0.437)2003年 1月31日− | −日記帳(N0.438)2003年 2月01日− |
| タイ・アユタヤでの思い出 | コロンビア号の事故を悼む |
![]() |
![]() |
| カンボジアのアンコールワット遺跡 | タイのアユタヤ遺跡 |
![]() |
| 最初のコロンビア号の発射 |
以前、タイに旅行した折りに、バンコクから北に72kmのところにあるアユタヤ遺跡に立ち寄りました。その時、タイ人のガイドさんが盛んに、隣国のミャンマー(旧名:ビルマ)の悪口を言うので、何故か尋ねると「彼等は野蛮でここにあったアユタヤ王朝を滅ぼし、このように王宮を滅茶苦茶に破壊したんです」と言っていたのを、昨日のアンコールワットを巡るタイとカンボジア両国の紛争で思い出しました。 彼によるとタイ人のビルマ嫌い歴史的な背景によるもので、16世紀にビルマがタイ国に侵入して各地で戦争が行われ、タイ国内にはその戦争によって破壊された寺院等の遺跡が数多く残っているとのことでした。そこで、彼に「結局、その結果どちらが最終的に勝利したんですか?」と質問したのですが何故か答えてくれませんでした。現在、タイは自国と国境を接するミャンマー、カンボジア、ラオスの3ケ国に対してして経済的、軍事的に圧倒的に強い立場にありますので、過去にミャンマーに散々虐められたことは語りたくなかったのだと思います。 このアユタヤ王朝は、1350年にウートン王により開かれ、17世紀後半のナライ王の時代には中国、アラビア、ヨーロッパ、日本へと交易を広げて国際都市となり、日本からこの地に渡った山田長政はこの王朝に仕え多くの日本人居留者のリーダーとして活躍しております。今回、タイの女優さんは否定しておりますが、彼女が「アンコールワットはタイのものだ」との発言の背景は、1720年にこのアユタヤ王朝が隣国のカンボジアに攻め入って当時のアンコール王朝を滅ぼしその拠点だったアンコールワットを占領したことにあると思います。 確かにその結果、アユタヤ王朝はインドシナ最大の都市として栄えましたが、1569年に始めてビルマに敗北し、その後もビルマとの戦争が繰り返され、ついに1767年には大敗北して王宮は廃墟と化し密林の中に消えてしまいました。しかし、50年前にタイ政府による発掘と修復が始まり、雑木を取り除き、敷地内に移り住んだ人々は転居し、更にユネスコの援助を得て、森の中の遺跡公園としてよみがえり世界遺産として登録され海外からの観光客を集めています。 従って、アンコールワットをタイのものだとする根拠は歴史的にみても全く無いわけですから、ここはお互いに冷静に世界が認めるその歴史的背景をよく理解して対処して欲しいものです。カンボジアはタイ・バーツの勢力圏にありタイからの経済援助も受けて立ち直ろうとしているわけですから、ここはまずは大使館襲撃に対する謝罪と賠償から始めるべきではないかと思います。 カンボジアのアンコールワット遺跡を訪ねたら、カンボジア人ガイドさんは「タイ人は野蛮でここにあったアンコール王朝を滅ぼし、このように宮殿を破壊した」と言うかもしれませんね。 |
|
夜の11時半過ぎでした。テレビ7を観ていたら真っ青な青空に、飛行機雲のような細くて白い筋状の航跡が下の方に向かって直線を描いて延び、そして突然太い筋に変化した途端、航跡が乱れていく画面が飛び込んできました。これが、午後11時16分(日本時間)帰還予定の米国航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル「コロンビア号」が着陸直前に爆発事故を起こした様子を伝えるニュース画像でした。 スペースシャトルは各国が共同して建設中の宇宙ステーションに機材や人間を運搬するアメリカの反復使用可能宇宙船で、はじめての飛行は今回事故を起こした「コロンビア」号で1981年4月12日のことでした。、2番目に建造された「チャレンジャー」号は1986年にその28回目の飛行の際、打ち上げ直後に爆発を起こして失われました。その後、「ディスカバリー」号、「アトランティス」号、「エンデバー」号がそれぞれ3、4、5番目に建造されております。従って、「コロンビア」号、「チャレンジャー」号はともに28回目で事故を起こしたことになります。 この「コロンビア」号には、1994年7月8日向井千秋飛行士も乗りこみ、1997年11月には土井隆雄飛行士が乗り込んで日本人として初めて船外活動(宇宙遊泳)に成功しております。事故は、高度約61,000mのテキサス州上空で、新幹線の約100倍に相当する時速20,000kmと言う猛スピードで飛行中に起こっていることから、パラシュートによる脱出はまず不可能と毛利さんが悲痛の面持ちで話しておりました。スペースシャトルは重力と釣り合って落下しないようにするには時速数万kmで軌道上を周回する必要が有ります。 そして地球に帰還する時はコンピューター制御でまず、軌道進入用エンジンを作動させ機首を後ろ向きにして減速し、地球周回軌道から大気圏突入のために楕円軌道に入って大気圏に接近し、エンジンを止めた後、機首を再び進行方向に向け水平より37度前後に上向きに引き起こし大気圏に突入します。そして、突入後はグライダーの原理で滑空飛行により目的地に正確に着陸します。 その際、空気との摩擦で機体温度は1500度以上に加熱されることになりますので、機体をセラミックス製の耐熱を機体の表面に貼り付けて機体を高温から守る仕組みになっております。 従って事故原因として次が考えられております。 (1)この耐熱タイルの脱落により高熱で機体が損傷し瞬時に爆発。 (2)滑空が始まる高度で操舵に不具合が生じ、高速により機体分解。 (3)コンピューターの故障 (4)燃料電池系統の爆発 特に、(1)の原因が有力と考えられるのは、1月16日の打ち上げの際、外部燃料タンクを覆っている断熱材の破片が左翼の耐熱タイルに当たった事実と、着陸予定時間前に左翼油圧計の温度計の故障、左翼内部にある左後輪の温度上昇、機体左側の温度計の測定不能等が発生している事実が判明しているからと言われております。 数年前に、ロサンゼルスに旅した時に、「チャレンジャー」の事故で亡くなられた、鬼塚さん等7人の宇宙飛行士の慰霊碑を見たことが有りますが、またこのような慰霊碑がどこかに建てられるのでしょうか。あの事故の後、レーガン大統領は「くじけないで前進しよう」と国民に呼びかけ、国民もこれに呼応して再び宇宙開発に挑戦して幾多の成果を上げてきましたが、今回もブッシュ大統領はこの悲劇を乗り越えて有人宇宙開発計画を続行することを宣言しております。 亡くなられた飛行士の中にはインド人、イスラエル人もおられ、特に1981年にイラクの原子炉爆撃経験を持つイラン・ラモン飛行士の殉職について、米国とともにイラクでは神の裁きとの声が出ているのは何とも残念なことです。もし、ここでPLOのアラファト議長のように、イラク・フセイン大統領からブッシュ大統領に弔電が送られていたらイラク情勢に解決のきっかけを作ることに繋がるかも知れないだけに惜しい気がしてなりません。 |
| 前 頁 へ | 目 次 へ | 次 頁 へ |