| −日記帳(N0.982)2004年08月13日− |
| ナベツネ物語(1) |
秀才を自認していた恒雄少年は、日比谷、一高、東大の進学コースを目論んでいましたが、何故か 何れも第二志望以下になって、開成、東京高校(1949年(昭和24)の国立学校設置法の制定に伴い、一高に編入)を経て、19歳の時に念願の東大文学部哲学科に入学したものの学徒動員で陸軍2等兵になって徴兵され、殴られ、蹴飛ばされたこともあって、反戦的な立場を強め、戦後復学して東大在学中の1946年には日本共産党に入党しました。 しかし、マルクス主義には哲学も倫理学も無く、人間の価値を認めないから人格を説明できないと考えた恒雄氏は、共産主義を嫌気して脱党した途端に除名されました。警察のスパイとみなされた除名理由に立腹した恒雄氏は、以来反共に徹するとともに。物事を哲学的に考えるようになり、読売新聞社に入社してからも、哲学は人に教わるものではないとの考えで原書を紐解きながら独学にいそしみ、その癖から政治史、政治学、経済学、財政学等も独学で勉強したようです。 恒雄氏は、25年に読売新聞社入社以来、政治部記者となり、河野洋平の父・河野一郎の番記者で頭角をあらわし以後、43年にワシントン支局長、50年に編集局次長兼政治部長と政治畑一筋で過ごし、平成3年に代表取締役・社長・主筆に就任して現在に至っております。 社長就任まで野球については全く知らなかったようですが、「読売巨人軍至上主義」のもと、意に従わない球団には、巨人中心の1リーグ制導をちらつかせて、「意に従わなければリーグから追放する」など恫喝まがいの発言をして、球界に絶大な発言力と権力を維持してきました。 以上が、ナベツネこと読売新聞代表取締役・社長・主筆の渡辺恒雄(78)氏の略歴ですが、その渡辺恒雄氏が今日、突然、読売巨人軍オーナーを辞任しました。理由は、今年のドラフト最大の目玉、明大の一場靖弘投手に対し、金品受け取りを禁じている日本学生野球憲章に抵触することを知りながら、吉田孝司編成部長が土井誠球団社長の了解を得て昨年12月から今年7月までに、小遣いなどとして約200万円の現金を渡した事実が発覚したことに対して責任を取ったとされ、本人からも次の謝罪のメッセージが発表されました。 このような不祥事を起こしたことはきわめて遺憾であり、野球ファン、関係者の皆さまに深くおわびします。多くの関係者がプロ野球をどう発展させるかを真剣に議論している重大な時期に、球界の将来をどうするかとは別の問題であるとはいえ、ルール違反を犯した責任は重く、球団幹部を厳しく処分するよう指示しました。自らの道義的な責任も痛感しており、読売巨人軍の取締役およびオーナーを辞任しました。プロ野球の神髄がフェアなスポーツマンシップに依拠していることを巨人軍は十分承知しており、自ら公表して襟を正すこととしました。今回の事態を深く反省し、野球ファンの皆さまのご理解を得たうえで、新たな決意をもって真摯(しんし)に野球の発展に力を注いでいく所存です。 |
| −日記帳(N0.983)2004年08月14日− |
| ナベツネ物語(2) |
今回のナベツネさんの辞任劇は、最初にその一報を知った時は一瞬驚きましたが、その辞任理由を知るに及んで、さすがナベツネさんだと思いました。ナベツネさんは現在四面楚歌の状態にありましたので、取り敢えず一時退避する必要が有りました。今回の一場選手への金銭供与不祥事は、その道義的責任を取ってオーナーを辞任することで一時退避するには、絶好の理由付けになったと思われたからです。 ナベツネさんは、パ・リーグを救済するために1リーグ制移行を持論にしておりますが、本音はセ・パの全球団を自分の影響下に置くためであることは、これまでの言動から明白と思います。パの6球団を4球団に減らせば、ナベツネさんの持論に迎合して1リーグ制が実現し、巨人戦での入場料、放映料で赤字解消出来るとの腹づもりでまず近鉄とオリックスが合併して1球団減り、さらにもう1球団減らすために、残り4球団が腹の探り合いをしている最中です。 つまり、1リーグ制はファンや選手のためではなく、ナベツネさんの持論に便乗しようとするパの球団経営サイドの勝手な考えによるものでしかありませんから、ファン、選手だけでなく、国会、労働界、読売を除くマスコミ等からも反発が湧き起こり、ファン代表や選手会による署名活動、選手会のスト権集約、ナベツネさんを国会に招致して喚問を計画する等の動きに加え、読売不買運動、巨人戦中継視聴率低下、右翼街宣車のナベツネさん自宅へのデモ、脅迫電話等、ナベツネさんを取り巻く環境は、悪化の一途を辿っていましたので、取り敢えずナベツネさんを野球の舞台から降ろす必要に迫られておりました。 そこへ、外部からの告発のような形で、一場選手への金銭供与不祥事が浮かび上がりました。この程度のことは球界ではよくあることで、普通なら当事者の処罰程度で済むことですが、今回はこれを最高責任者の辞任にまで拡大させたのは明らかにある意図が働いたとしかか考えられません。つまり、ナベツネさんを野球の舞台から一時的に降ろす理由付けに利用したと思われます。 しかし、ナベツネさんはオーナーは辞任しましたが、読売新聞代表取締役・社長・主筆はそのままで、読売グループの最高責任者に変わり有りません。特に、「主筆」とおう肩書きがくせ者です。ナベツネさんは、憲政の鬼とうたわれた尾崎咢堂を若い時から尊敬し、咢堂が27歳で新潟日報の主筆になったことから、ナベツネさんは主筆に拘り続けてきました。主筆を辞書で調べると「新聞社や雑誌社で記者の主席として重要な論説や記事を書く人」とありますから、今後も野球界についてこの立場から、謝罪声明文の「・・・・新たな決意をもって真摯に野球の発展に力を注いでいく所存です。」に基づいて、何らかの関わりを持ち続け、院政を敷く可能性は充分有るものと思います。 読売新聞社長室には「百忍自ずから憂いなし」と「静観自ずから得る」の二書が掲げられております。 前者は、自民党を脱党しようとした河野一郎氏に振り上げた拳を下ろさせるために大野伴睦氏が書いたもので、「忍耐を重ねれば心配はないよ」という意味で、同じことを大野伴睦氏から諭される形で贈られたものでした。後者は、直情径行型のナベツネさんを心配した佐藤栄作氏から贈られたもので、「忍耐を重ねれば心配はないよ」という意味だそうです。 Jリーグのチーム名問題でで川淵三郎、横浜、ヤクルトのフランチャイズ問題でTBS、1リーグ制問題で社会を敵にまわすナベツネの言動には忍耐の足りないところが見られますので、この書はよく言い得ていると思いますが、逆に忍耐を重ねたらナベツネではなくなり、ただの人になってしまうような気がします。巨人至上主義と1リーグ制推進のナベツネさんの言動は嫌いですが、「渡る世間は鬼ばかり」を愛し、40年経ってゴルフで100を切って喜び、朝青竜の言動を批判する、人間ナベツネは、私は嫌いではありませんが、ここで引退されたら好きになることと思います。 。 |
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