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五輪物語(戦前編) 五輪物語(戦後編)


第1回大会開催当時のパンアテナイ競技場現在のパンアテナイ競技場


場所特記事項
11896アテネ-----日本不参加
21900パリ-----日本不参加
31904セントルイス-----日本不参加
41908 ロンドン-----日本不参加
51912ストックホルム 00000日本初参加
61916ベルリン-----第1次世界大戦で中止
71920アントワープ02024熊谷、日本人で初メダル
81924 パリ 00111「ターザン」活躍
91928アムステルダム221511織田幹雄、初の金メダル
101932ロサンゼルス7743239バロン・ニシの快挙
111936ベルリン 64102040ナチスの力を誇示
121940東京 -----第2次世界大戦で中止
131944ロンドン-----第2次世界大戦で中止

場所特記事項
141948ロンドン-----日本参加不許可
151952ヘルシンキ162917人間機関車ザトペック  
161956メルボルン 41051937南半球での初開催
171960ローマ 4771833はだしの英雄アベベ  
181964 東京  16582966東洋の魔女
191968メキシコシティ11772554「鳥人」ビーモン  
201972ミュンヘン13882963血塗られた祭典
211976モントリオール 96102549「白い妖精」コマネチ
221980モスクワ-----西側諸国がボイコット  
231984ロサンゼルス108143260ユベロスの「魔法」
241988ソウル4371425「汚れた英雄」ジョンソン
251992バルセロナ38112239ドリームチーム
261996アトランタ3651417100周年の記念大会
272000シドニー5851836高橋、女子マラソンで金
282004アテネ??????

(注)点=金X3+銀X2+銅X1

・最初のアテネ大会では女子禁制:
第1回アテネ大会は女子禁制だったとは意外でした。近代オリンピック創設者のクーベルタン男爵が何故か、女性のスポーツ参加に消極的だったことによると言われておりますが、女性は美しいから勝利者に栄冠を与える役目が相応しいとの思いが男爵に有ったからと私は思います。第2回のパリ大会から女性の参加が認められましたが、1077人中12人に過ぎませんでした。

第2回パリ大会は万博の一部として行われた
ギリシャが要求した、ギリシャでの恒久開催案は、クーベルタン男爵のスポーツの国際化の熱意によって廃案になり、世界の主要都市で持ち回りで行われることになり、男爵に敬意を表して母国・フランスのパリで行われましたが、男爵の理想と遠くかけ離れて政府主導の万博の一部として行われました。

マラソンの途中で車に便乗してキセルでゴールイン:
第3回セントルイス大会に出場した米国のフレッド・ローツ選手は20キロすぎで暑さにバテて道端で横になってしまいましたが通りかかった自動車に便乗してスタジアムに向かい途中車のエンストで降りて再び走りはじめトップでゴールインしましたが、便乗した車の運転手の証言でこのキセルがばれて失格になりましたが信じられないことです。

「参加することに意義が有る」の語源:
第3回大会が欧州から遠く離れた米国で開催されたことに反感を持った英国、フランスがボイコットするなどして、英国、米国の対立が深まる中、陸上の男子400mのレース等で審判の判定を巡って対立し、収拾がつかないくらいに両国の関係が悪化したことを憂慮したペンシルバニアのエチェルバート・タルボット主教が「五輪で重要なのは、勝利することより参加することにある」と諭したことから当時IOC会長だったクーベルタン男爵がこの言葉に感銘を受け、後にこれを引用して演説したことから、「参加することに意義がある」という有名な五輪のスローガンが生まれました。

第5回ストックホルム大会で日本初参加 :
陸上短距離の三島弥彦とマラソンの金栗四三が日本人として初めて参加。三島は100、200、400mに出場したもののいずれも予選敗退、金栗も日射病で32キロ地点で無念の棄権しました。それから55年後の1967年、スウェーデン五輪委員会の招待を受けた75歳の金栗翁は思い出のスタジアムでゴールし、「日本の金栗がただ今ゴール。タイムは55年…。これで第5回ストックホルム大会の全日程は終わりました」のアナウンスに、金栗翁は「長い道のりでした。この間に孫が5人できました」とのユーモア溢れるスピーチで応えました。


第14回大会で日本、古橋で抗議の「幻の金メダル」
日本はドイツとともに敗戦国を理由に招待されなかったことに抵抗し、ロンドン大会と同じ日程で日本選手権を開催したことに応えて、1500m自由形で古橋廣之進は18分37秒0、橋爪四郎も18分37秒8の世界新記録を出してロンドン大会優勝者のタイムを40秒以上も上回ることで、日本水泳の実力を世界にアピールし、「幻の金メダル」を日本は手中にしました。

第18回東京大会で、日本金メダル16個獲得
この大会から加わった柔道とバレーボール、体操、重量挙げ等で金メダル16個獲得を獲得して開催国としての面子を保ちました。この金メダル16個は現在までの最高獲得数となっており、今年のアテネ大会でこれを上まわることが期待されます。

第20回ミュンヘン大会で、イスラエル選手がテロの犠牲に
大会11日目に、パレスチナ・ゲリラ5人が選手村のイスラエル選手団宿舎に侵入。レスリングのコーチと重量挙げ選手の2人を射殺した後、コーチ、選手9人を人質にしてイスラエルの拘置所にいるゲリラ仲間の解放を要求した。ゲリラは人質とともにミュンヘン郊外の飛行場に移ったが、6日早朝の銃撃戦でゲリラ5人を含め17人が犠牲になると言う惨劇が起こりましたが、男子100mで平泳ぎで田口信教、女子100mバタフライで青木まゆみが金メダル。男子バレーボールも念願の金メダルを手にしました。

第23回ロサンゼルス大会でユベロスの魔法で五輪黒字化
ピーター・ユベロス組織委員会委員長は、テレビ放映権料の大幅アップ、1業種1企業スポンサー協賛金、聖火リレー走者から参加料金徴収等するなどのアイデアで次々と収入増を図る一方で支出をぎりぎりに抑えた結果、2億1500万ドルの黒字を生み、五輪商業化の流れをつくった。彼は、この功績により、 MLBのコミッショナーに迎えられ、経営内容をガラス張りにして問題点をあぶり出し、放映権料をコミッショナー事務局で一括し各球団に分配する方式を確立してMLBの危機を救いました。

第24回ソウル大会で「汚れた英雄」
陸上男子100mでは2連覇を狙うカール・ルイス(米国)と前年の世界選手権覇者ベン・ジョンソン(カナダ)の対決で、ジョンソンが決勝で9秒79の驚異的世界新で優勝したが、2日後、筋肉増強剤の一種スタノゾロールの使用が発覚し、ドーピング(禁止薬物使用)違反で金メダルをはく奪、世界記録も抹消された。「世界一速い男」は一転「汚れた英雄」となってしまいました。


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