−日記帳(N0.1027)2004年09月26日−
小泉八雲没後100周年

小泉八雲は、明治36年(1903)9月26日に狭心症により54歳で帰らぬ人になり、今年は彼の没後100周年に当たります。敢えてこのことをここでご紹介しましたのは、小泉八雲が私の生まれ故郷の静岡県・焼津市をこよなく愛し、晩年はここに居を構えようとしていたからです。このことは、この日記の「雑感記・第1章」でもご紹介しておりますので、ここもご覧頂ければ幸いです。

彼はギリシャ人でエーゲ海で泳ぐのが大好きだったようです。ところが、日本に来てからの赴任先の横浜、松江、熊本、神戸では、エーゲ海のようにコバルトブルーで深々とした海岸線をもつ海を見付けることが出来ませんでした。彼のこの趣向を聞いた友人が彼を駿河湾の遠州灘に面する舞阪で海水浴に誘ったのですが、遠浅の海岸が気に入らなかったようです。その彼が東海道線の車窓から見た焼津の海岸が気に入って焼津を訪れる気になったと言われております。

ただ、東海道線は焼津近辺では海岸線から北に相当離れて通っておりますので、とても車窓からは、海は見えても波が砕け散る波打ち際を見ることは出来ません。多分、彼は東海道線が隣町の静岡市・用宗町付近で海岸に近いところを通ることから、この景色を見たことで焼津に行くきっかけを掴んだものと思います。

彼が東大文学部講師に厚遇をもって迎えられ、文学者としての地位を確立した50歳の明治30年(1987)8月4日に焼津を訪れ、その急深で荒波寄せる焼津の海岸が気に入り、ここで海水浴するために夏休みを焼津で過ごす決心をしました。そこで、その宿泊先を探そうとして、ある料亭に宿泊します。ところが、気が短いことで有名な八雲はこの料亭の女将と大喧嘩することになります。

8月13日は、東海の荒祭りとして有名な焼津神社のお祭りだったため、八雲が泊まった彼が泊まった8月4日頃は、お祭りの準備を兼ねて役員たちがドンチャン騒ぎして大忙しだったらしく、女将としては風采の上がらない外人を相手にするような閑がなかったものと思われます。八雲には、その女将の慇懃無礼な対応と宴会の騒音が我慢できず、女将と喧嘩した揚げ句、翌日そこを出てしまいました。しかし、結果的には、それが八雲にとって幸運でした。ある人の紹介で行商人の山口乙吉と言う人に会ったからです。

山口乙吉さんは、典型的な焼津っ子で、独特の焼津弁で話す山口乙吉さんの人柄に惚れた八雲は、乙吉さんの2階に寄留し、毎年ここで夏を過ごすことにしたからです。恐らく、乙吉さんとの出会いが無かったら、女将との喧嘩で印象を悪くした八雲は焼津には二度と出向かなかったように思います。例によって東大と喧嘩して早稲田大に移った八雲は、亡くなった年に焼津で土地を買い、将来そこの家を建てて晩年を過ごす計画をしていたとの記録が残っております。もし、もっと八雲が長生きしていたら、八雲は焼津で更に多くの名作をものにし、焼津との関わりが世に知られることになったことと思います。

−日記帳(N0.1028)2004年09月27日−
漸く中日にマジック点灯


チーム名試合数勝率
中  日1307552.591 M3
ヤクルト1276758.536 7.011
巨  人13168 60.531 0.5
阪  神127 6066.476 7.011
横  浜1255468.443 4.013
広  島1265373.421 3.012


今シ−ズンは9月に入って、中日が2位の巨人を5ゲーム前後引き離して独走態勢に入ったのにマジックが点灯しないと言う珍現象が起こりました。その理由は、マジックの対象チームが、残り試合が最も多く、かつ中日との直接対決を最も多く残すヤクルトになっていたからです。漸くヤクルトが6連勝するなどして巨人を追い越して2位に浮上しても、やはりこの事情に変わりなかったためマジックは点灯しませんでした。

しかし、25日のヤクルトが負けて、中日が勝った瞬間に、残りヤクルトが全勝した場合の勝率が、中日がヤクルト戦に全敗して他の試合に全勝した場合の勝率に及ばないことになり、マジック4が点灯しました。そして、昨日、ヤクルトは勝ったものの中日も勝ったためマジックは1減って、3となりました。上表は今日現在の勝敗表です。ヤクルトは残り11試合全部勝っても勝数は78であるのに対し、中日はあと3つ勝てば勝数は78でヤクルトに並び、勝率計算での分母が引き分け数が1少ない分、勝率でヤクルトを上まわることになります。尚、3位の巨人も残り試合を全勝して中日が残り試合全敗した場合のみ優勝の可能性が残されておりますが、ゼロに等しいとみていいでしょう。


9/289/299/3010/110/2 10/310/510/6
10/710/8
10/9


明日以降の、上位3球団の日程表ですが、中日がヤクルトに連勝すれば29日に決まります。中日が1勝2敗の場合は、10/1に中日が広島に勝つか負けても同じ日にヤクルトが巨人に負ければ決定です。中日は、川上、山本、ドミンゴの10勝トリオで万全を期してくるのに対してヤクルトはベバリン、石川の10勝コンビプラスアルファで対抗するしかないので、中日の3連敗はまず有り得ないと考えられます。従って、優勝はどんなに遅くても、ナゴヤドームで決まると思われます。

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