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稀代の名法王パウロ2世逝く 愛工大名電、選抜初優勝!


第264代ローマ法王ヨハネ・パウロ2世

何年か前に、ローマ市内にあるバチカン市国を訪れた時、そこを護衛していた衛兵がスイス人と知って不思議に思っていましたが、それから何年後かにスイスのルツエルンを訪れ、そこにあった「瀕死のライオン記念碑」を説明ししてくれたガイドさんの話を聞いてその疑問が解けました。フランス革命の際、フランス人衛兵は国王ルイ16世を捨て逃げ出したにも拘わらず、スイスの傭兵約800名は全員、自分の使命を果たすべく殉死した悲劇を悼んで建てられたのがこの記念碑でした。以来、スイス兵は最高の兵士として内外から賞賛され、これを高く評価したバチカン市国は傭兵は全てスイス人とし、その伝統が今日まで残っていたというわけだったのです。

「おまえはペテロ(岩)だ。この岩の上に私の教会を建てよう。地獄の門(悪魔)もこれに勝てないであろう。お前に天国の鍵を与えよう。(マタイ伝 第16章より)こうして、かっては漁夫であったペテロはキリストの12使徒の筆頭となり、地上での神の代理人と指名され、事実上初代ローマ法王になったものの、西暦67年頃、皇帝ネロに殺されてしまいました。そして、ペテロの遺骸の上(今のヴァチカン市国)に、聖ペテロの教会(サン・ピエトロ大寺院)が建てられ、394年に完成しております。それ以降、代々の法王は、初代法王ペテロの後継者として、天国と地獄と地下を支配する象徴としての三重冠と、天国の鍵を組み合わせたものを紋章とし、漁夫の指輪をはめた手で命令をくだし、同じ手で祝福を与えつうけてきた。そして今日でも、法王が教会に入場してくる時、聖歌隊は「おまえはペテロ、この岩の上にわたしの教会を......」と歌っております。

ローマ法王は全世界11億ののカトリック教会信者の頂点に立つ最高指導者であり、バチカン市国の元首でもあります。 その初代ペテロから264代目にあたるローマ法王ヨハネ・パウロ2世(本名=カロル・ボイチワ: 84歳)が今日、逝去されました。ポーランド生まれでスラブ民族としては初めての法王ヨハネ・パウロ2世は、歴代第3位の26年にわたる在位中、祖国ポーランドのワレサ前大統領の「連帯」運動を支え、“ソ連離れ”を促して共産主義体制の崩壊、東西冷戦終結に貢献したほか、同じキリスト教でも対立関係にある東方正教会やイスラム教の国を訪問して宗教間の対話に尽力し、過去のあやまちを謝罪するなど、日本(81年)を含む130以上の国・地域を訪問して「行動する法王」像を打ち立てました。中でも、私がローマ法王ヨハネ・パウロ2世の業績の中で感銘を受けたのは次の点でした。

1.十字軍によるイスラム教徒らに対する侵略性を認め謝罪
2.ガリレオに対する教会の措置は誤りだったとしてその名誉を回復
3.ローマ法王としては初めてユダヤ教とイスラム教の礼拝所を訪問
4.東方教会の拠点であるギリシャを訪問
5.対立関係にあるロシア正教会にイコンと呼ばれる宗教画を返還

この偉大な指導者の逝去を悼んで、世界各国からブッシュ米大統領、ブレア英首相など政府首脳、国王4人、女王5人など70人以上が参列を予定しているといわれます。また、法王の死を悼んで世界各地で次のようなことが起こっております。

・スペインとドイツではサッカー・リーグ戦の試合前に1分間の黙祷
・ハンガリーで番組を中断せず死去を報道しなかったTV局に与野党批判
・法王を狙撃して重傷を負わせたトルコ人アリ・アジャ服役囚が悲嘆
・イタリアでは五輪委員会がリーグ戦中止の決定を行った
・ポーランドではサポーターが開催中の試合中止を審判に要求し中止決定


父親の横でそっと涙を拭うマネージャー

自宅のすぐ近くに市営球場があり、ここで毎年、夏の高校野球の愛知県予選が行われます。ここで、あのイチロー(マリナーズ)、工藤(巨人)、槙原(前巨人)、堂上剛裕(現中日)が甲子園を目指して汗を流していたのを覚えております。昨年は、愛工大名電の堂上直倫選手(堂上剛裕の弟で元中日・堂上照投手の息子さん)の鋭い当たりを目のあたりにして凄いと思いましたが、その堂上直倫選手の大活躍もあって、愛工大名電が選抜で初優勝しました。

第77回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の優勝戦が今日、兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で3万4000人の観衆を集めて行われ、4年連続8回目出場の愛工大名電(愛知)が9―2で、創部3年目で初出場の神村学園(鹿児島)を破り、初優勝を飾り、準優勝だった昨年の雪辱を果たしました。これで、選抜大会での愛知県勢の優勝は1989年の東邦以来16年ぶり10度目となりました。

思い起こせば、16年前の1989年の第61回大会の上宮(大阪)−東邦(愛知)による決勝戦のことでした。上宮・宮田と東邦・山田(元中日)の投げ合いが続き、1−1のまま延長戦に突入した延長10回の表、4番元木(現巨人)の後を打っていた岡田が3塁ベースに当たるタイムリーを放ち1点勝ち越して、その裏、東邦は二者凡退して上宮の悲願の初優勝まであと1人となったのところからドラマが始まりました。

ここからエースの宮田が緊張し過ぎて連続四球。次打者のセンター前のポテンヒットで走者が2、3塁で飛び出していたのをみた塩路がサードの種田(現・横浜)に送球、種田はセカンドの内藤に送球、タイミングは完全にアウトでしたが、送球が暴投となって右翼の塀まで達する間に、1塁ランナーまで生還して東邦のサヨナラ負け。この時の「ボールが逃げてゆく・・・」の名アナウンスと、しばし座り込んだまま起き上がれなかった上宮ナインの姿が印象的でした。

愛工大名電は、連投の疲れから斉賀のコントロールが乱れて逆転されたものの長打力で再逆転した神戸戦では苦戦しましたが、あとの試合は、得意のバントと盗塁による機動力と4番・堂上、5番山田の長打力、エース斉賀の投手力で常に優位に試合を進めており、まさに堂々たる優勝だったように思います。 このところ、地元、愛知は、セントレア開港、万博、中日の二夜連続のサヨナラ劇、そして今日の愛工大名電の選抜での初優勝と、嬉しいことが一杯ですが、ただ、グランパスエイトだけは、相変わらず、引き分けの連続で冴えません。 今年の夏の甲子園で、愛知の高校が優勝すれば、昨秋の社会人野球で、王子製紙・春日井の優勝に続いて中日の優勝、そして今回の愛工大名電の選抜優勝と愛知勢の全国制覇が連続しております。今日の愛工大名電の優勝で、校歌斉の折に、倉野監督の横で涙を拭う女子高生の姿がTV画面にアップされていましたが、とても印象的でしたので、TV画面からデジカメで捉えてみました。彼女は名電野球部のマネージャーで、倉野監督の娘さんでもあったのですね。


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