−日記帳(N0.1226)2005年04月19日− −日記帳(N0.1227)2005年04月20日−
問題だらけの楽天、だから 戦艦大和の護衛駆逐艦物語(2)


楽天のダントツの最下位は、予想されていたとは言え、あまりの弱さにただただ、呆れるばかりです。主力選手の大半を占める他球団から戦力外通告を受けたベテランの選手たちが新天地で発奮して通告した球団を見返すような働きをするのではとの、田尾監督の期待も空しく潰えた感じです。

具体的には、山崎、飯田、関川、吉岡、鷹野、酒井、益田、大島、中村の野手9人が放った安打が僅かに48本、打点21、本塁打2本、打率.157と言う成績で、本塁打と打点では9人合わせても、例えば中日の谷繁、アレックスの二人にも及びません。また、投手陣では先発して勝てそうななのは、岩隈とホッジスの二人だけです。これでは、監督としてもは手の打ちようがありません。

このあまりの惨状に、三木谷社長は田尾監督のベタラン重用策を批判して若手中心に切り替えるべきだと主張していると報道されておりますが、もし事実なら社長に苦言を呈したいと思います。中日時代から田尾監督には独善的な考え方が有り、それがゆえにチームの和を乱すような行動が有ったとして、球団は将来の中日の幹部候補生と嘱望された彼を敢えて西武にトレードしたと言われております。しかし、そのようなことが有ったとしても、プロの一流選手として、充分選手の素質を見抜く力は、素人の三木谷社長の及ぶところではありません。

そうした彼を、信頼し敢えて監督に抜擢したからには、まず彼の力量を信頼して、このシ−ズンは黙って見守るべきだと思います。社長のこのような発言により、田尾監督の立場が悪くなり、今後の選手起用や指揮にも悪い影響が出ることが心配されます。むしろ、社長としてはこの窮状を打開すべく、ソフトバンクの孫社長のようにポケットマネーで米国から有力な助っ人を獲得することに注力して欲しいものです。あまりにも、採算を重視しすぎて選手獲得にお金を注ぎ込まなかった弊害が出てきたように思われます。

このままでは、せっかく動員した観客、ファンが離れてしまうことが心配です。窮余の一策として、他の11球団で楽天に行きたい希望を持っている選手がいてかつ楽天の要望と合致するなら、公平にそのような選手を一人づつ楽天に分配するのは如何がなものでしょうか。

実力は有るのに、出場機会に恵まれない選手として、清水(巨人)、沖原(阪神)、大西(中日)、鈴木健(ヤクルト)、小林幹(広島)、鈴木尚(横浜)などが挙げられると思いますが、もし彼等が故障してないのに、出場機会に恵まれないとすれば、30代という年齢から考えても、彼等がそれを望むなら出場して活躍できる場を与えてあげてほしものです。仙台の東北福祉大出身の矢野(阪神)、佐々木(横浜)の黄金バッテリーの誕生の夢ではないと思います。頑張れ!楽天


一昨日の物語(1)では、沈みゆく戦艦大和から飛び降りて海上を漂流し、救助活動中の駆逐艦初霜の救助艇を見付けて必死に艇内によじのぼろうとしていた漂流者の手首を、初霜の乗組下士官が日本刀で切り捨てると言う地獄絵を、吉田満氏の著作を引用して紹介しましたが、もしこれが小説ではなく事実に基づいて書かれたとするならば、どうしても私には信じられませんので、その根拠を敢えてここで述べてみたいと思います。

薦田永氏は自らのHPで、「海軍将校が日本刀を持って軍艦に乗り込むことは有り得ない」と指摘されておりますが、私も同感です。手首を切っただけでは、致命傷にならないまま苦しみもがきながら、出血多量か泳ぎがままならないまま、いずれ海底の藻屑として消える運命を辿ったことと思います。せめて、そのような行為しかな無かったとしたなら、首を切るなどして即死させるのが軍人としての情けではないかと思うのは私だけでしょうか。

次に疑問に思うのは、駆逐艦初霜などが救助活動をしている間、米軍の偵察機が友軍の戦闘機が救助活動中の駆逐艦を攻撃しないように上空を旋回していたとの次の文章です。

「逃げる駆逐艦を執拗に追う米軍機、米潜水艦。しかし、救助作業の最中は、機銃掃射が単発的にあるだけで、米軍偵察機が常に駆逐艦の上を旋回し、自軍の攻撃を許さなかった。人道的配慮などというは愚か。武士の情けか。」

この海戦が行われた同じ沖縄の海域で、その8ケ月前の1944(昭和19)年8月21日に、沖縄から本土へ疎開する学童たちを乗せた対馬丸(日本郵船所属:6.745トン)を米・潜水艦ボーフィン号が魚雷攻撃して沈没させたため、いたいけな子供たち767名が亡くなるという悲しい事件が起こっております。更には、この海戦が行われた1週間前の1945年4月1日に、米国政府からの要請に応じて南方地域の連合軍の兵士や市民向けの救援物資を積んだ日本政府徴用の日本郵船所属の1.2万トンの緑十字船の大型貨客船「阿波丸」(浜田松太郎船長)が第17機動部隊所属のアメリカ潜水艦クイーンフィッシュ号による魚雷攻撃により沈没するという悲しい事件が起こっており、、阿波丸司厨員の下田勘太郎氏ただ一人を除き全員が亡くなっております。

対馬丸を撃沈した潜水艦ボーフィン号は、その後も誤爆を認めないまま、現在もホノルルに戦果を誇示するかのように展示されており、誤爆を認めたクイーンフィッシュ号の艦長はそれでも同じ条件だったら今後も攻撃すると言って憚りません。このような当時の米軍に「偵察機が常に駆逐艦の上を旋回し、自軍の攻撃を許さなかった・・・」などの武士道、人道に基づく配慮が有ったとは私には到底思えないのです。

多分、米軍は大和を仕留めたことで当初の目的は達成できたので、駆逐艦まで血祭りにあげる必要も無く、その気も無かっただけのことで、「自軍の攻撃を許さなかった」との表現は吉田満氏が文章の格調を高めるために仕組んだ演出のように思えてなりません。このように「戦艦大和の最後」には疑問に思う個所はいくつか有るものの、戦争文学作品としての価値が揺るぐことはないと思います。


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