| −日記帳(N0.1238)2005年05月01日− | −日記帳(N0.1239)2005年05月02日− |
| ゴン、150得点おめでとう |
北朝鮮への厳しい制裁に思う |
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| 観客の祝福の声援に応える中山選手 |
一昨日の清原選手の500号ホームランに続いて、今日の磐田対柏戦で磐田の中山選手がJリーグ史上初の通算150得点の大記録を達成しましした。初ゴールは94年のヴ川崎(現東京ヴ)戦で、98年に36ゴール、00年には20ゴールで得点王、98年には年間最優秀選手賞を獲得、ベストイレブンにも4度選出され、98年前期には、セ大阪戦で1試合最多得点タイ記録となる5ゴールを決めるなど4試合連続でハットトリック(1試合3得点以上)を達成し、世界サッカー史上初の記録として99年にギネスブックに登録されました。また、国際AマッチにW杯の98年フランス、02年日韓大会など53試合に出場し、歴代6位の通算21点をマークしております。 清原選手の記録とどちらが凄いかは言わずもがなと思いますので敢えて触れるのは控えて、ここでは記録以外のことで比較してみたいと思います。両選手にはある共通点が有るように思います。まず、最初の共通点は37歳の同年齢です。清原選手は1967年8月18日 、中山選手は1967年9月23日のそれぞれの生まれですから1ケ月ほど清原選手が早く生まれております。 第二の共通点は怪我との戦いです。清原選手は背筋痛、中山選手は腰痛とそれぞれの持病との戦いで、ここ数年は満足に出場できず、出場できても清原選手は代打、中山選手は後半の途中からの出場が精一杯でした。サッカーは野球と違って試合中はフルに走り回るのですから野球とはくらべものにならないほど運動量が多いことを考えると、FWとし出場して得点するのは本当に凄いことだと思います。 第三の共通点は、夫人がタレント出身の美女と言うことです。清原夫人は、1985年に柴田くに子、工藤静香とともに3人で結成された「ミス・セブンティーン」で芸能界入りした木村亜希さん(36)、中山夫人は映画女優出身の生田智子さん(38) で、人も羨む美女です。 共通点は以上で、いずれも本質的なことでは有りません。大きな違いは清原選手は日本を背負ってプレーしたことはありませんが、中山選手はジュビロ磐田と言うよりも、W杯などの国際大会で日本を背負ってプレーしていたと言う印象があります。中山選手は、高校時代から現在に至る選手生活の中で思い出に残る試合を三つ訊ねられたら、間違いなく次の3試合を挙げることと思います。 ・1984年度高校選手権準決勝で島原商にPK負けた試合: ・1993年W杯予選でイラクと引分けたドーハの悲劇の試合: ・1998年W杯予選でイランに勝ったジョホールパルの歓喜の試合 1984年度の高校選手権の静岡県大会で、2年生の中山選手を擁する藤枝東は全国レベルの強豪東海大一高を破って代表校となり、無失点のまま勝ち進んで島原商と準決勝と対戦し、0:0のままPK戦に臨み2:4で破れ、その結果、中山選手が高校選手権の全国の桧舞台でプレーする機会は二度と有りませんでした。それだけに中山選手としては無念だったことと思います。 ドーハの悲劇は、特に彼にとって生涯忘れることのできない試合だったと思います。実はこの試合の主役を演じた3人の日本代表選手はいずれも、静岡県出身の同期生で、夫々の母校は常に全国大会で勝つより難しいと言われた静岡県代表を目指して死闘を演じていました。その3人とは藤枝東の中山雅史(ゴン)、清水東の武田修宏(ノブ)、静岡学園の三浦知良(カズ)の3選手でした。この3人は中学時代からその素質が注目され、高校入学した時点で高校三羽烏とうたわれたのですが、カズが退学してブラジルに渡ってからはゴン、ノブが当時の静岡県の高校サッカーを背負ってお互いに闘志をむき出しにしておりました。 この試合、日本は前半にカズの先制点でリードしたものの前半終了間際に追いつかれたが、ゴンの勝越し点で2-1と日本が再びリードして迎えた後半ロスタイム、ノブの痛恨のパスミスでピンチを招いてCKを許した揚句に意表をつかれてイラクに同点ゴールされ、W杯本大会初出場を逃してしまったのでした。もし、そのまま勝っていたら中山選手は日本のMVPとして更に輝いていたと思われるだけに悲しくも残念な試合でした。 1998年、マレーシアのジョホールバルで行われたW杯最終予選のイラン戦では、カズとノブの姿はピッチにはありませんでしたが、元気に走り回るゴンの姿がありました。前半の中山選手の先制ゴールで喜んだのも束の間、後半にイランの猛攻により2失点、ドーハの悲劇がちらつくような いやなムードがスタンドを包みましたが、後半14分城が同点のヘディングシュートでVゴール方式の延長戦に突入しました。 この時点で既に中山選手の姿はピッチ上には有りませんでしたが、岡田監督の采配で投入された野人岡野の決勝ゴールで夢のW杯初出場を決めた時、岡田監督とともに諸手を上げて喜ぶ中山選手の姿が画面に踊っておりました。彼にとって人生で最も嬉しかった瞬間だったと思います。そして、試合終了後に記者から母校の藤枝東が高校選手権静岡県大会で優勝したことを聞かされ声を出して喜んだと報じられておりますのでこの日はまさに彼にとっては人生最良の日だったように思います。ゴンはピッチにいるだけで存在感があり、他のイレブンにゴールへの集中力を高めてくれます。中山選手には、誰も経験したことのない40台Jリーガーを目指して今後とも頑張って欲しいものです。 |
今年の3月30日、北朝鮮・平壌の金日成競技場で行われた北朝鮮対イラン戦で、後半、イランゴール前で北朝鮮選手が倒れ、複数の同国選手が「ペナルティーではないか」とシリア人の主審に激しく詰め寄ったことを契機にスタンドから瓶や缶、取り外した座席などがピッチに投げ込まれ、更に試合終了後、北朝鮮の観客が暴徒化し、イラン選手たちが朝鮮人民軍の兵士に囲まれて移動する騒ぎが起こりました。これに対して、FIFA規律委員会は6月8日に行われる予定の日本対北朝鮮戦について、次の制裁処置を行うことを発表しました。 (1)試合は北朝鮮、日本以外の中立地で行う (2)中立地で行われる試合は無観客とする (3)北朝鮮に2万スイスフラン(約180万円)の罰金 事前の予想では中立国で行われるとの見方が強かっただけに予想以上に厳しい内容です。北朝鮮サッカー協会は、観客の暴徒化は不公正な判定で観衆が感情を抑えきれなかったことによると説明し、今後は警備態勢を強化して二度と起こらないようにすることを確約してきただけにこの処置を不満として異議申し立てを行うようです。 この処置を受け入れますと、北朝鮮は罰金を払うだけでなく、日本選手及び関係者の旅費・宿泊費を負担する上、入場料、TV放映料等の収入も途絶えるため外貨準備の少ない北朝鮮にとっては、かなりの痛手になります。そこで、日本側が経済支援をする用意があることを非公式に表明しているようです。 誇り高き高麗民族のことですので、異議申し立てが通らない場合は棄権することも予想されますが、その場合は得失点差無しとして日本に勝ち点3が与えられることになるはずですが、もし得失点差が問題になる場合は日本に不利に働くことも考えられますので、いずれにしても後味の悪い勝利となります。その場合は、高額の罰金が科される上、次の2010年のW杯予選に参加できないというルールになっておりますので、その場合は再び北朝鮮が国際的舞台から姿を消すことになり東アジアの仲間として寂しくなります。 私としては、中立国としてマレーシア、競技場としてジョホールパルで両国の観客を均等に入場させた上で試合が行われたらいいなと思います。やはり、サッカーに限らずスポーツ競技には観客の声援は欠かせられないと思います。 |
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