| −日記帳(N0.1256)2005年05月19日− | −日記帳(N0.1257)2005年05月20日− |
| 立浪選手、二塁打新記録達成 |
今年はメバルが釣れません |
今から20年ほど前のことでした。自宅から最寄の名鉄の駅に立ち寄った時のことでした。下り電車が到着して10人ほどの乗客が改札から出ていきました。その中に見覚えのある人がいました。中日ドラゴンズの立浪選手でした。多分20台の後半の頃だったと思います。彼は駅から直ぐの小さな小路に入っていきました。 後で、判ったことですが当時、腰痛で悩んでいた彼はこの街のある整体師のところで治療を受けていたのでした。小さな身体で動きの激しい遊撃手または二塁手を務めるとどうしても腰に負担がかかり腰痛になるのは、野球選手にはよくあることで、彼の場合はその頃から今日に至るまで腰痛との闘いでした。遊撃、二塁、三塁、そして左翼とできるだけ腰に負担のかからないポジションにシフトしながらもそつなくこなし、その左右に打ち分ける独特の打法で常に3割前後の打率を残し、足の速さを利しての二塁打には定評が有りました。 その彼が、ついに元阪急の福本氏が持っていた二塁打数日本記録を塗り替えました。今日の交流試合日本ハム戦で、3回、金村の6球目を左翼線二塁打し、通算450二塁打のプロ野球新記録を達成しました。歴代の二塁打数のベストテンは下表のとおりで、現役選手は立浪選手ただ一人で、現役で最も多いのが日本ハムの田中幸雄選手の380本、次いでヤクルトの古田敦也選手の353ですので、立浪和義選手に記録は当分破られそうにありません。是非とも500本の夢の記録達成まで頑張って欲しいものです。 順位 選 手 二塁打 実働期間 試合数 打数 1 立浪和義 450 (1988-2005) 2113 7865 2 福本 豊 449 (1969-1988) 2401 8745 3 山内一弘 448 (1952-1970) 2235 7702 4 王 貞治 422 (1959-1980) 2831 9250 5 張本 勲 420 (1959-1981) 2752 9666 6 長嶋茂雄 418 (1958-1974) 2186 8094 7 榎本喜八 409 (1955-1972) 2222 7763 8 川上哲治 408 (1938-1958) 1979 7500 9 松原 誠 405 (1962-1981) 2190 7579 10 野村克也 397 (1954-1980) 3017 10472 |
今年は、何故かメバルが釣れないようです。昨年10月、中部国際空港の開港を前にして空港島の護岸堤沖が釣り人に開放され、連日のように釣り船が押しかけ空前のメバル釣りブームに沸きました。この空港島は、着工前から海流に及ぼす影響や、魚類の生態系への影響などを配慮して島の形を包丁型にしたり、護岸の海底には藻を育成させたこともあって、メバル、カサゴ、クロダイ、マダカ(フッコ)がここに寄り付き、特に近年伊勢湾では滅多に姿を見せなかった大型メバルが入れ食い状態で釣れることからこのブームになったのでした。 ところが、今年になってすっかりそのメバルが釣れなくなってしまいました。あまりにも多くの釣り人たちが押しかけて釣りまくったのが原因と言われております。10年ほど前にも似たようなことが有りました。三河湾に浮かぶ無人島の姫島で周辺の港湾整備の影響などもあってメバルがこの島に寄りつくようになって多くの釣り人が連日押しかけた結果、やはり1年も経たずに釣れなくなってしまったのです。 同じく、知多半島先端の三河湾に浮かぶ篠島、日間賀島は20年前まではメバル釣りのメッカとして全国的にも知られておりましたが、釣り人口の増加に伴って年々大物が姿を消し、今では10センチ前後のリリースサイズしか釣れなくなってしまいました。この地方が全国でも珍しいほどメバル釣りが盛んですので、釣れるとの情報が出ると群がって行きますので、年々メバルは釣れなくなる傾向が強いようです。 私がよく行く渥美半島三河湾側沖でのメバル釣りも今年はさっぱり釣れなくなってしまいました。ここは、それほど釣り人が多いわけでありませんので他に原因が有ると思われますが、まだ原因は特定化されておりません。食べても美味しいメバルがこの季節釣れないのは本当に辛く、悲しいことです。 |
| 前 頁 へ | 目 次 へ | 次 頁 へ |