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| 目には青葉山ほととぎす初鰹 |
鰹の刺身には生姜か山葵か |
さつき、5月が1年を通して一番過ごしやすい季節であることは、先日、この日記帳でも採り上げましたが、「目には青葉山ほととぎす初鰹」の山口素堂(1642〜1716)の句が、その季節感を見事に表していると思います。俳句に疎い私は、つい最近まで「目に青葉山ほととぎす初鰹」だとばかり思っていましたが、改めて調べみると「目には青葉山ほととぎす初鰹」で「は」が入っていることが判り、疑問が湧いてきましたので、ここで採り上げることにしました。 私の疑問とは、わざわざ「は」を入れて字余りにしない方が区切りよく、テンポよく詠みやすいし、意味もよく理解できると思ったからです。作者は、5月の季節は、「目には青葉、耳には山ほととぎす、口には初鰹」と言いたいために、最初の青葉だけに「は」を付けて、あとはこれにならわせようとしたのでしょうか。過ごしやすい五月を、いずれも夏の季語の青葉と、山ほととぎすと初鰹で代表させるには、むしろ「は」は無い方がいいと思うのですが、これは素人のたわ言でしょうか。 しかし、よく考えてみると、青葉、山ほととぎす、初鰹ではその価値観に隔たりが有り過ぎるように思います。青葉なら、当時の江戸ならどこでも見ることが出来ますし、山ほととぎすも少し山里に入れば誰でも耳にすることが出来ます。しかし、初鰹は庶民では見ることも、ましてや口にすることも出来なかったはずです。 素堂の没後100年後の文化9(1812)年に、魚河岸に入った17本の鰹のうち、6本が将軍家へ献上され、残りを高級料理屋の八百膳と魚屋が引き取り、そのうち一本を三代目中村歌右衛門が3両で買ったという記録が残っております。1両は現在の30万円ぐらいと考えられ、少なくとも当時の最下級の武士の一年分ほどの給料に相当するとの記録も有るようですので、とても庶民の口には入らなかったはずです。 山口素堂は芭蕉とも親交のあった江戸中期の俳人ではありますが、俳人としては芭蕉にはとても及ばず、特に資産家でもなかったようですので、初鰹はやはり高嶺の花であったはずです。そのように考えていくと、この句は初鰹を食べることの願望を込めて詠まれたのではないかとも思えるのです。 つまり、「目には青葉が、耳には山ほととぎすの鳴き声が聞こえてくる清清しい5月がやってきた、あとあの初鰹を口にすることが出来たら言うことはないのだがなー・・・・」の意味にとれるのです。そう考えると、青葉に「は」を入れたことが理解できるように思えるのです。つまり、この句には次の白文字が隠されているものと解釈してみました。 目には青葉耳にも山ほととぎすが聞こえる清清しい5月になったので初鰹が口に入ったら言うことないのになー |
私の故郷、焼津は鰹の水揚高日本一と言うこともあって、私も一応、鰹には一家言持っております。何年か前のことでした。名古屋の一流の割烹料理店のスタンドで食事した時のことでした。旬の鰹が有るとのことでしたので、早速注文しました。やがて、赤々とした新鮮そうな鰹の刺身が皿に盛られて出てきました。ところが、「オヤ」と思いました。 何と、大根の千六本はいいとしてわさびが添えられて生姜が添えられていないのです。そこで、恐る恐る目の前で包丁をさばいている板前さんに「ここでは、刺身にわさびを添えられるんですか?」と聞いてしまいました。素直に「生姜も頂けませんか」と言えばよかったのに、挑発的言い方だったため、板前さんは生意気なことを言うなと言わんばかりに、怒ったような顔をして「お客さん、どこから来られました?」 「はい、静岡県の焼津から来ました。父が鰹船の乗組員でしたので、小さい頃から鰹の刺身は生姜だまりでしか食べたことないんですよ。」すると、板前さんは「失礼しました。早速、生姜をお出しします。」と言って顔を崩し「お客さんのおっしゃるとおり、鰹は生姜、鮪はわさびと決まっているのですが、この名古屋では鰹にもわさびを付けられる方が結構おられますので、どこから来られたのかお聞きしたようなわけです。焼津の方でしたら生姜ですよね。」こんなことから、板前さんと鰹談義が始まり楽しいひとときを過ごしたことが有りました。 私も、何故鰹の刺身に生姜がいいのか、人を納得させるだけの説明が出来ませんので、ある時、山葵醤油で鰹の刺身を食べてみました。やはり、私としては美味しくありませんでした。どうやら、長年、生姜醤油に慣れてしまったために違和感を感ずるのがその理由で、最初から山葵醤油で食べられた人には逆に、生姜醤油に違和感を感じ美味しくないかもしれません。 それでは、逆に鮪の刺身を生姜醤油で食べたり、鮪の寿司に山葵の代わりに生姜を付けて食べることには殆どの人には抵抗が有り試食することすら嫌うようです。鰹の寿司は決まって山葵ではなく生姜が添えられる場合が多いようです。このように考えていくと、理屈抜きで鰹には生姜、鮪には山葵、これで決まりです。敢えて、理屈を付けるならば、鰹は鮪より生臭いのでその臭いを消すために生姜を付けるのです。 |
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