| −日記帳(N0.1577)2006年04月11日− |
| 韓国人のマナーに思うこと(3)
(竹島領有権を巡る韓国政府の対応) |
| −日記帳(N0.1578)2006年04月12日− |
| 韓国人のマナーに思うこと(4) (現代に見られる韓国の国民性の歴史的考察) |
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| 二つの小島と無数の岩礁からなる竹島(韓国名:独島) |
一国の領土の帰属は、戦争による戦利対象にならない限り国際法の「先占」理論によります。つまり早く見つけた国に帰属するとの考え方です。しかし、アメリカ大陸はコロンブスに発見される前からインディアン等の先住民族が居たわけですからこの理論によればアメリカ大陸、少なくとも現在の米国西部はインディアンたちの領有ということになりますが、現実は逆でインディアンたちが居住地を米国政府から与えられる形をとっております。多分、これは米国がインディアンたちの領有権を当初から認めていないかあるいは戦利対象とみなしたことによるものでしょう。この事例はとにかく、日本周辺の島々の領有については「先占」理論が厳格に取り入れられるもの考えていいと思われます。 隠岐諸島、壱岐諸島、五島列島などはこの理論によって古来、日本領土として認められておりますが、東・西シナ海には未だに帰属が決っていない島々を巡って関係国が領有を巡って争っております。南シナ海の南沙諸島を巡って中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイの6ケ国が、東シナ海の尖閣諸島を巡って日本、中国、台湾の3ケ国が、東シナ海の竹島を巡って日本、韓国2ケ国がそれぞれ領有権を争っており解決の目途は全くたっておりません。しかし、竹島もそうした領有問題のひとつですが他の問題とは異なっております。それが韓国人のマナーの悪さに一脈通ずるところが有ると思い採り上げてみました。 竹島が日本の領土であることを実証するには「先占」理論により、史実を辿ればいいわけで、外務省がその史実を裏付ける資料を公表しております。一方、韓国側も竹島が韓国領であることをいろいろな資料を引用して主張して譲らず、このままでは国際司法裁判所に最終判定を委ねるしかなく、日本政府はその方向で韓国側に打診しておりますが韓国側は同意しておりません。そして韓国は昭和29年7月から現在に至るまで竹島に警備隊員(警察)を常駐(昭和29年)させるとともに、宿舎、灯台、監視所、アンテナ等を設置、年々実効支配を強め民間人の同島への立ち寄りに対しても何ら制限を加えておりません。 このような国際間で未解決な問題に軍隊を出動させることは、軍事力を背景にした覇権の時代ならともかく平和的解決を基本とする現代では絶対に避けるべきことであり、中国ですら尖閣諸島を巡る領有権問題で軍隊による占有は行わず、現状維持のまま解決に向けての話し合いを続けております。このように歴史認識、国際慣行を無視して平和的解決に耳を貸さずに軍事力によりその帰属が国際的に認められていない竹島を政府が主導して不法占拠することは恥ずべき行為であり、昨日触れたWBCでの選手、ファンがとった行為と変わりません。こうした恥ずべき行為を政府自ら行なっていることは、マナー違反を通り越えて国家の品格に関わることになり、韓国の国家としての品格が国際的に疑われることになります。このような国を挙げての不法行為は北朝鮮とも通ずるように思えてならず残念でなりません。 |
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| 百済応援に出兵した日本軍27,000名が散った白村江(錦江) |
副題が大変大袈裟になりましたが、このシリーズの締めとして、韓国の人たちが個人個人では礼儀正しく誇り高い、我々日本人と同じモンゴロイドで優秀な高麗民族なのに集団になると何故あのようにマナーが悪くなるのかを、韓国がこれまで置かれてきた歴史を紐解いて分析してみました。ど素人の私の偏見と独断の可能性も充分有り得ることを予めお断りしておきます。 まず、朝鮮半島という位置が上げられると思います。前門の虎、後門の狼の例えのとおり、朝鮮民族は後方を大国の中国からの脅威、前方を海を隔てて脅威とはいかないまでも油断できない日本の存在に常に警戒を怠ることができなかった歴史を抱えてきたことと思います。そうした状況は、朝鮮半島に三国時代のように中国よりの高句麗(現在の北朝鮮と韓国北部)、日本寄りの百済(現在の韓国西部)、新羅(現在の韓国東部)分裂・抗争を招き、朝鮮半島に強力な国家が形成されることはありませんでした。 しかし、この間に朝鮮民族には強力な国家の誕生を望む思いが育まれ、漸く太平洋戦争終結を機に人口6,000万の朝鮮国という強力な国家が誕生すると期待したのも束の間、南北に分裂して同じ民族が戦い合う悲劇を招いてしまいました。そして、このような悲劇を招いたのは、日本による併合にあるとの考えが芽生え、反日感情が一層深まっていったように思われます。 そして、この反日感情を煽ったのが朝鮮民族の日本に対する優越感だったと思います。室町時代から途中中断は有りましたが江戸時代まで続いた朝鮮通信使という朝鮮から日本への使節がそれを物語っていると思います。如何にも使節というと日本の支配者(将軍家)に従属する意思の表れのように受け取れますが、実際は逆で日本の内情を偵察することが目的だったようです。徳川幕府もそのことを知っていましたので、朝鮮通信使には戦略拠点は見せずに出来るだけ遠回りさせて如何にも日本は広くて大きいとの印象を与えるよう配慮しております。また、そして通信使の親書の内容が、これを読んだ秀吉が、日本が朝鮮国に服従するように伝えているものと誤解したほどに高飛車な表現をしていたことからも朝鮮が日本を見下していた事実を窺い知ることが出来るように思います。 現代の韓国の教科書でも、かって韓国が日本に文明・文化を教えてやったとして韓国の優越性を説明しております。そして韓国の人たちと韓国で話し合った時に、ある人が韓国は日本と2回戦争して2回とも勝っていると言ったのに驚いたことがあります。その2回とは飛鳥時代の「白村江の戦い」と安土桃山時代の「文禄・慶長の役」と言うのです。前者は、日本・百済連合軍対唐・新羅連合軍と言う図式で始められた戦いは663年8月、錦江下流の白村江に出陣した中大兄皇子(後の天智天皇)、大海人皇子(後の天武天皇)兄弟が率いる日本軍27,000人が400艘の軍船とともに錦江を真っ赤に染めて全滅した戦いのことを指します。ただ、この戦いは百済の応援要請を受けて朝鮮に派兵した日本軍が敗れただけで、日本国が敗れたわけではありませんので日本の教科書では日本として敗戦という表現はしておりません。 後者は、秀吉が中国攻略のルートとして朝鮮に派兵したものの寒さと秀吉の死によって戦いは挫折して日本軍が引き返した戦いのことで、確かに日本軍は最後は追われるように逃げ帰っておりますので、この戦だけを捉えれば敗戦と言われてもしかたありませんが、これも「白村江の戦い」と同じように局地戦であって日本国として敗戦したとは言えないように思えます。いずれにしても、韓国の人たちこのように表現するのは韓国の教科書でのこの二つの戦いについての認識が日本と異なるように思われます。 以上の経緯を通して元々、誇り高き高麗民族の末裔である韓国の人たちに韓国が日本より優っているという概念のもとで戦後、日本を見つめてみるといろいろな面で日本が韓国より優れていることが判ってきたことから、反日感情に加え、嫉妬心を起点に対抗意識がむき出しになってきました。それはサッカー、バレーボール、野球などの日本戦などに表われてくるようになりました。1人でいる時は、こころの中でそう思うだけですが、みんなと一緒に居ると個人個人が心の奥底に秘めている対抗意識が共鳴しあって顕在化し一気になりふり構わずに行動してしまうようになるのだと思います。 このように歪んだ形で、先生から、親から伝えられ、そしてメディアで拡張された悪しき対日感情は何時までも消えることなく韓国の人たちの心の中に宿り続けることと思います。そして、その原因のひとつがかって日本が朝鮮半島の人たちに対して行なった心無い数々の行為によることを考えれば、マナーが悪いと思われる彼等の集団行動に対してももある一定の思いやりは必要ではないかと思います。 そんな時、済州島出身の秋田に在住していた在日韓国人(後に済州島に帰郷) 、金満哲さんの言葉を思い返して怒りを鎮めることにしております。この言葉は在日の人たちによく知られており、中にはその内容を肯定される方々も居られますのでその一部は当たっているように思えます。 同胞韓国人は嘘つきばかりである。 私はそのことが恥かしく、情けない。 「韓国は独力で近代化を成し遂げた」だって? 馬鹿を云うな。韓国の近代化は日本の莫大な資本と人材の投与によって成し遂げられたものである。 「韓国は日本の統治に抵抗をもって対抗した」だって。馬鹿馬鹿しい。 同胞韓国人はロバのように日本の統治を甘受したのが実態だ。 ごくごく一部の抵抗はあったが上から下までみんな日本に憧れ、日本人になろうとしたのだ。 「韓国が独立したのは韓国の手によるものだ」にいたっては呆れてものも言えない。 誰も日本からの独立など望んでいなかったのにアメリカに強制的に独立させられたというのが真実だ。 「漢河(ハンガン)の奇蹟」だって!笑わせる。 日本から賠償金という名目で莫大な経済援助と技術援助で成し遂げられたものだ。 これだけお膳立てしてもらえばどんな未開民族でも経済成長するだろう。 「日本文化の祖が韓国」とは恐れ入る。 一体、併合前の朝鮮半島のどこに「文化」なるものがあったのか。 併合前、我々先祖は乞食同然の生活をしていたではないか。 現在の韓国の姿、まさに他人により作られた砂の楼閣だ。 虚飾と偽善と歪曲とおごりに満ち満ちている、真似と依存と歪曲が全てである。 このような韓国の本質を知らず「韓国こそ世界一」などとほらを吹いて 自己満足している本国、在日の韓国人は正気の沙汰ではない。 これが恥でなくてなんであろうか。」 |
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