−日記帳(N0.1585)2006年04月19日−
黄砂について思うこと(1)
−日記帳(N0.1586)2006年04月20日−
黄砂について思うこと(2)


今年の黄砂の凄さを示す北京市内の風景

黄砂は、こののように中国の北西部を東西に分布している世界有数の砂漠地帯(タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠)、黄土地帯(黄土高原)等の乾燥地帯から吹き上がる細かい砂塵(5-50ミクロン)のことです。この砂塵はこの地方でこの時期によく発生する低気圧の上昇気流によって空高く巻き上げられ、高さ5,000mから10,000mに達すると風速50m以上の偏西風に乗って東シナ海を超えて、約4,000kmの距離を二、三日かけて日本に飛来して降下するわけです。気象庁によれば、黄砂は大陸性の土壌粒子によって視程が10km以下になる現象と定義されております。

人工衛星から地球全体を観察するとこのような乾燥帯の存在を確認できるそうです。赤道付近では太陽の照射が強いため海面から水分の蒸発が激しく次々と雲が発生します。地球は自転しておりますが緯度によって回転速度が異なり赤道上で最速となり緯度が高くなるほど遅くなり90度の極点ではゼロになります。この回転速度の違いによって、赤道付近で発生した雲は、南北両半球の高緯度へ向かって移動しまが、南北両半球10〜40度付近では雨雲になるものは少なく更に高緯度へと移動しやすくなります。その結果、非常に水分の少ない地域が形成されます。これが地球の回転というリズムによって生じる中緯度帯の乾燥バンドです。

この中緯度帯には大小の砂漠が広がっており、北半球ではサハラ砂漠、中近東の砂漠帯、中国のタクラマカン砂漠・ゴビ砂漠が続き、米国のネバダ砂漠等がこの中緯度の乾燥バンドに位置しております。また、南半球でも南アフリカのナミブ砂漠、オーストラリアの砂漠、アンデスのチリ砂漠、パタゴニヤ砂漠等が中緯度の乾燥バンドに位置しております。ところで、アラビア海、ベンガル湾から蒸発した雲は北上して直ぐにヒマラヤ山脈にぶつかります。降水をもたらす雲は高度が低いためヒマラヤを越える事が出来ません。

一方で一部の軽い雲だけが、ヒマラヤを越えて高い山脈に囲まれた寒冷地のチベット高原に移動し、急速に冷却されて雨や雪となって高原に潤いを与えます。そして雨を降らせてカラカラに乾いた雲が上空を抜けて行くためタクラマカン砂漠やゴビ砂漠などの広大な乾燥帯が形成されます。モンゴルの空が天高く澄み切っているのはこのためです。日本列島はまさにこの中緯度の乾燥バンドに位置しているのにもかかわらず砂漠化しておりません。

その原因はヒマラヤ山脈の存在にあります。ヒマラヤ山脈を越えられなかった雲は低気圧となって山脈を沿うように東へと移動してアジア・モンスーンと呼ばれる現象を起こし、低気圧を送り込んで雨を降らせて東南アジア、中国南部、そして日本を潤しています。しかし、一方で、中緯度帯のタクラマカン砂漠、ゴビ砂漠、黄土高原では、西から東へ向かっての大気の移動や環境の変化によって表土が吹き上げられ、黄砂として日本に降下することになります。

以前、黄砂は春の風物詩のように思われてきました。私も遠い中国の奥地から運ばれてきたと思うと何かロマンさえ感じておりました。しかし、年々この黄砂の降下量が増えつつあることから、中国での過放牧、農地転換による耕地拡大等の人為的な影響も考えるべきとの意見が日中韓で出されるようになり、日中韓環境大臣会合(TEMM)で3カ国が黄砂モニタリングの強化や国際機関との連携強化を図ることが合意されております。

黄砂現象は韓国、日本だけでなくお膝元の中国でも、上の写真に見られるように酷いようです。中国・甘粛省の新疆ウイグル自治区と内モンゴル自治区に挟まれた草原地帯で、先週襲った大規模な黄砂現象と砂嵐により、酒泉近郊の工事現場に向かっていた農民の男性18人が砂漠地帯で行方不明になり、翌日12人は自力で集落まで戻りましたが、残る6人の行方が判らなかったため空軍のヘリコプターが周辺を捜索した結果、12日に5人が発見され、うち1人は死亡。残る1人も15日に遺体で発見され、農作物などの農業被害は計8億元(約120億円)に上ると京華時報などが報道しております。

中国の劉拓・国家林業局防砂治砂弁公室主任は、このように黄砂現象が多発している直接的な原因は「少雨と高温」と指摘した上で、「中国北西部の砂漠化が急速に進み、大量の黄砂の供給源になっている」と強調しております。黄砂をもたらす中国の北西部の砂漠の広さは日本の全国土の4.6倍にも達し、過去5年間で四国程度の土地が砂漠化しているとのことで、これからも地球温暖化の影響も加わって益々黄砂が増えていくことが予想されます。


黄砂をもたらす中国のクブチ沙漠

従って、砂漠の緑化事業は砂漠化現象を抑制するのに有効な手段で、当然中国政府が国をあげて緑化事業を行なっていると思ったのですが、殆んど行なっていないのが実情と言われております。そこで、この緑化事業を1人で始めた日本人がおりました。鳥取大学名誉教授の遠山正瑛氏(享年97歳)でした。2002年10月15日のNHKのプロジェクトX「ゴビ砂漠に300万本のポプラ植林」でこの壮大な計画が紹介されました。

1972年、鳥取砂丘で半生をかけて砂地緑化の技術を磨いて来た農学者・遠山正瑛氏は鳥取大学を退官後、自分の技術を生かそうと中国に飛び、内蒙古のクブチ沙漠に苦労して植えたクズの苗が遊牧の羊に食い尽くされ、一晩で消え去るのを見て呆然としました。 日本に戻った遠山さんは「成長が早いポプラの苗木を植えよう」と全国から植林ボランティアを募集します。応募したのはバブルに踊った会社の社長や窓際サラリーマンなど、さまざまな“事情”を抱えた人たちでした。 彼らは1991年、植林ボランティアとして中国に乗り込み、灼熱と砂嵐に悩まされ作業は困難を極めましたが、生き甲斐を見つけ出したボランティアたちの顔は次第に輝きを増していきました。そしてついに1995年、100万本のポプラが植林さたのも束の間、翌年の夏、突然の大洪水が森を襲いポプラは流されてしまいました。

しかし、それにもめげずに植林を進め、2001年12月に300万を達成し、2003年8月にアジアのノーベル賞「 ラモン・マグサイサイ賞」を受賞しましたが2002年2月に97歳で逝去されました。中国政府は彼の功績を高く評価し、96年9月には中国で、98年12月に日本で江沢民国家主席は彼と会見しその功績に謝意を表しております。遠山さんは自分の持つすべての知識と資産をクブチ沙漠の緑化事業に捧げちゃだけでなく、日本国内で中国の砂漠化の状況を知らせることに力を入れ、砂漠緑化に従事する数千人の日本のボランティアに働きかけて日本沙漠緑化実践協会組織しております。

遠山さんは日本の中国侵略戦争に対して心の痛みを感じ「日本がかつて中国を侵略したことに対する一種の償いとして、中国人民の自らの国土建設も支援すべきです。各国が軍事費を抑え、その金を砂漠改造と植樹に用いるよう私は願っています。兵隊さんたちが砂漠に来て植物を植え、平和を植える。これこそが人類の未来にとっての希望です」と語っております。遠山さんは中国の砂漠緑化作業区に対する貢献によって遠山さんの銅像が現地に建立されております。

日本が、このような形で砂漠の緑化事業に協力することは日本にとっても有益であり、日中友好にも役立ちますので、遠山正瑛の跡を継いで今年の1月に日本沙漠緑化実践協会の会長に就任された藤田佳久・愛知大学文学部教授はタクラマカン砂漠の砂漠化や飛砂現象を人文地理学的立場から研究されておりますので、今後の成果が期待されます。

ところで、日本に飛来する黄砂は年間100万〜300万トン、降下量は一平方キロ当たり1〜5トンと推定されております。つまり一平方メートルあたり1〜5グラムですからかなりの量になります。このように無機質の細かい粉はセメントの骨材や建材の原料として役立つ可能性が有りますので、もし安価な手段で収集できれば事業化出来るのではないかと夢のようなことを考えてみました。中国が石炭や石油を脱硫、脱硝装置を付けずに燃やしますので日本に酸性雨の被害をもたらしておりますが、黄砂がそれを中和するのに役立っているとの説も有りますので、満更、夢物語ではないかも知れません。

衛星から観測された黄砂の飛跡

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