−日記帳(N0.1591)2006年04月25日−
半田にまた世界一が誕生
−日記帳(N0.1592)2006年04月26日−
色平哲郎さんの講演を聞いて


富士重工・半田西工場に新設された世界最大のオートクレーブ

先日、4月20日に自宅から2kmほどのところにある富士重工業の半田西工場で計約70億円を投じた航空機工場の完成式が行なわれました。米ボーイング社の次期主力旅客機787(ドリームライナー)の主翼付け根部分にあたる中央翼の生産拠点で、機体軽量化のために採用される炭素繊維と樹脂を使った複合材を焼き固める世界最大級のオートクレーブが披露されました。

完成式が行なわれた富士重工・半田西工場の隣にある富士重工の子会社でトレーラーを製造している輸送機工業は戦前、中島飛行機(富士重工の前身)半田工場として1943年からゼロ戦とともに名機と云われた海軍の海上攻撃機「天山」海上偵察機「彩雲」の生産が行なわれておりましたので、この一画は以前から航空機に縁が有るようです。 富士重では、この工場で防衛庁の次期固定翼哨戒機(PX)や次期輸送機(CX)用部品の製造も視野に入れているようです。

現在、世界の航空機業界は米国のボーイング社と英・独・仏・ス4ケ国共同出資のエアバス社の2社に二分され熾烈な競争を展開しておりますが、1999年にエアバス社が販売数でボーイング社を追い抜き差を少しずつ広げつつあることからボーイング社は危機感を抱き、2005年に10年ぶりの新型機ボーイング787「ドリームライナー」の開発を開始しました。そして開発費全額を自己負担する事は避ける世界的な流れの中で、767や777と同様、日本やイタリアなど、かつて下請けをしていた企業と開発を分担し開発費を分散させる策を取っております。

そのため、ボーイング787の開費発全体の35%を、三菱重工、川崎重工、富士重工の日本の重機3社がが分担し、三菱重工は主翼、川崎重工は前部胴体と主脚格納部、富士重工は中央翼をそれぞれ担当することになった経緯が有ります。ボーイング787は全日空、日本航空、ベトナム航空等から261機を受注しており2008年に運航開始を予定しております。

今日、東レは米ボーイング社とこのボーイング787型機向けに炭素繊維を供給する契約を結んだことが報じられました。同社は04年5月、主翼と尾翼向けに炭素繊維を供給する契約を結んでおりますが今回は胴体向けの素材を提供し、契約期間は2021年までの16年間で、受注額は総額60億ドル(約7,000億円)とのことで、これを好材料にしおて東レの株価は急上昇しておりました。

プラスチックスにガラス繊維や炭素繊維等の微細な繊維を配合しますとその強度が飛躍的に向上することから、例えば釣竿などで実用化され、私も何本か持っておりますが高級な竿は殆んど全て炭素繊維とエポキシ樹脂の配合による炭素繊維強化樹脂(CFRP))で作られております。高強度のため薄く出来ることから驚くほどの軽さと弾性がメリットになっております。今回、富士重工・半田西工場に新設されたオートクレーブは、エポキシ樹脂等に炭素繊維を配合して成形した中央翼を熱と圧力を加えて硬化させるのに使われ最重要設備です。

航空機の燃費向上、座席数の確保、スピードアップの観点から翼や胴体の一部が従来のアルミやチタン等の合金材料から上述のCFRPに切り替えられるようになり、今回のボーイング787では大々的にCFRPが採用されることになり、その使用比率が50%を越え逆転しております。既に富士重工・半田工場でボーイング777向けの中央翼を作っておりますので、これから777や787に搭乗した場合は中央翼が半田で作られていることに思いを馳せて空の旅を楽しみたいと思います。尚、「半田にまた世界一」との言葉を引用たのは、半田には世界一大きいイ磁器を作る工場、世界一品質の高いシームレスパイプを作る工場、世界一の品質と量の酢を作る工場が有るからで、いずれまた紹介していきたいと思います。


現代の赤ひげ、南相木村診療所長の色平哲郎さん

中京大学主催の公開講演会に出かけました。この大学はスケールこそ比べものになりませんが、東京で言えば目黒のような八事という地域に在り、付近には大学や洒落たレストランなどが多い若者の街です。地下鉄八事駅の5番出口を出ると中京大学構内にそのまま入ることが出来ます。

今日の講師は、長野県・南佐久郡南相木村診療所長の色平哲郎さんでした。実は、この講演会に出席するまでは色平哲郎さんのことや彼が勤務する佐久総合病院のことは全く存じあげなかったのですが、講演を聞いて彼とその病院がへき地医療、農村医療でテレビ、ラジオ、週刊誌等マスコミでもしばしば採り上げられている有名な存在であることを知り、我が身の無知を恥じた次第でした。

この佐久総合病院のホームページを後で閲覧して驚きました。その病院名からして佐久市立病院と思っていたのですが、そうではなく長野県の農協のひとつである「長野県厚生農業協同組合連合会」傘下の病院であり、佐久市立病院は別に「佐久市立国保浅間総合病院」が有ることが判ったからです。そして、更に驚いたのは佐久総合病院のスケールの大きさでした。2005年12月現在医師193名、看護師722名等職員数1655名を擁する堂々たる大病院だったからです。

色平哲郎さんの講演は、「金持ちより心持ち」と題して約1時間半でしたが、始めの30分ぐらいは彼のことを取り上げたNHKのテレビの録画が会場のスクリーンに映し出され、終わりの15分ぐらいは同じく彼のこと採り上げたTBSラジオの録音が会場のスピーカーから流れてきましたので、彼が肉声で語ったのは丁度半分の45分程度でした。このことについて、彼は冒頭で、「私は話が下手ですので私のことについてはテレビとラジオで紹介させて頂きます。」と断っておりました。実際に講演を聞いて、彼の言うとおりお世辞にも話が上手いとは言えず、脱線が多くてまとまりに欠けていましたので納得でした。

彼については本人のホームページを始め多くのサイト(下記URL)で紹介されておりますので、ここでの紹介は割愛させて頂き、感想だけを一言添えることに留めたいと思います。彼は私と同じように化学の道を志して東大理学部化学科に入学したものの、大学3年の時に横浜から船でナホトカに行き更にハバロフスクからシベリア鉄道でモスクワに、更に欧州諸国を放浪したことが契機になって、卒業後企業の技術者として生きることに飽き足らなさを感じ東大を中退し、民衆のために役立つ職業として医師になることを志して京大医学部に入り直し、そして医学生の時に訪ねた東南アジア訪問が契機になってへき地医療の道に入るべく、へき地医療では日本一の佐久総合病院の内科医となり、そこから派遣される形で無医村だった南佐久郡南相木村診療所の所長に就任しております。いずれにしても、お坊さんに間違えられるその風貌とといもにユニークな方でした。

本人のホームページ「「人々の中へ」
「モンダ主義」が残る南相木村
七つの灯火
対談 地域医療と外国人受け入れ  現状と未来を考える



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