−日記帳(N0.1605)2006年05月09日−
釣り友の訃報に接して
−日記帳(N0.1606)2006年05月10日−
釣り友の遭難を分析して


衣浦防潮堤を中心とする衣浦湾の見取図
(Wさんのボートが転覆した場所(上図赤の×印)

朝、10時を少しまわった時、釣り仲間のNさんから電話が有りました。彼とはお互いにインターネットを通して株の売買をしていることから、しばしば電話で株についての情報交換しておりますので、このところ冴えない株式市況についての話題と思っていたところ、「Wさんが大変なことになった・・・・・」の切り出しに思わず身構えました。実は、昨日、Wさんから衣浦防潮堤にメバル釣りのお誘いを受けたのですが所用でお断りした経緯が有ったからでした。

しばし、彼の声が途絶えましたので「どうたの?」と尋ね返すと「亡くなったよ」とのひと言に思わず「えっ!」と悲鳴にも似た声を発して私も絶句してしまいました。Nさんも私と同様にWさんからメバル釣りに誘われたものの所用が有ったため断られたとのことでした。そして、昨日はWさん、NMさん、Hさんの3人で夕方から上図の衣浦湾の衣浦防潮堤付近でメバルの夜釣りをされたとのことでした。NMさん、Hさん、Nさんはお互いに馴染みの釣り仲間で、彼等とはこれまでも何度か、メバル、キス、フッコ、ハゼ、アジ釣りなどでご一緒させて頂いております。

NさんによればWさんたち3人が夜釣りしていたのですが、8時頃になって雨が降り出しはじめた上、風も強く波も高くなってきたので、Wさんを除く2人は帰路に着いたそうですが、Wさんのボートが見当たらないので、心配したNMさんがWさんが釣っていたと思われる衣浦防潮堤東提の外側(上図の赤の×印付近)に再び向かおうとしたのですが、波が高くてNさんの小さなボートでの航行は危険と判断し、Wさんの身を案じて海上保安庁に捜索・救助依頼の電話を入れたのだそうです。

そして、海上保安庁の巡視船が上図の赤の×印付近一帯を隈なく捜索したところ翌日の午前1時頃、漂流していたWさんのボートとWさんの遺体を発見し収容したとのことでした。ボートに装着されていた船外機は外れており明らかに転覆した形跡が見られた上、Wさんの遺体にも転覆の際に付いたと思われる傷跡が認められたとのことでした。遺体を検死したところ、水を飲んだ形跡はなく死因は心臓麻痺(正しくは虚血性心疾患)と判定されたことが後日新聞報道されました。収容された遺体を見たNMさんの話では死に顔は穏やかで苦しんだような形跡はなく綺麗だったとのことでした。

NMさん、Hさんとも海上保安庁等から事情聴取を早朝まで受けたとのことで相当に心労が重なったようでした。勿論、お二人に何ら責任は無いのですが、一緒に釣りをしていた現場で友を失ったショックと悲しみは、たまたま現場に居合せなかった私などよりはるかに大きかったことと思います。

Wさんは81歳の高齢ながら重いボートの車への積み下ろしを平気でこなし、時折私が手伝おうとしても固辞されるのが常でした。私にとっては釣り友であるとともに、その高潔なお人柄が慕われる人生の大先輩でもありました。今年もWさんのお計らいで三谷温泉で釣り仲間の親睦会を行い、みんなでWさんのお歳を感じさせない若々しい釣りに賞賛の言葉を送ったものでした。この日記でも、Wさんと行動を共にした会合や釣行を掲載しておりますので、以下にそれらをリストアップして在りし日のWさんを偲びたいと思います。

当日の気圧配置図
(本州の南岸に寒冷前線が停滞気味に横たわっております)

釣り友の遭難状況に触れるのは辛いことですが、このような悲劇を、残された我々が二度と起こさないように、ここは悲しみをこらえ、Wさんには申し訳有りませんがWさんが見落としたことなどを以下、冷静に分析してみたいと思います。天国にいるWさんもきっとそれを望んでおられることと思います。

第一原因:寒冷前線の通過
上図の天気図を見て愕然としました。当日、日本列島は北海道東方に中心を持つ大きな高気圧に覆われ概ね晴天で、確かに夕方ボートを出す時点では風も穏やかでよく晴れていたはずで、一緒だったNMさん、Hさんもそのように話しておりました。しかし、天気図を見ると、知多半島沖に黒三角がギザギザに連なった記号の寒冷前線が横たわっているのが確認されました。今思えば、あの黒三角が悪魔の爪のようにさえ思えてなりません。

寒冷前線通過時の恐ろしさは先週5月2日に「五月に入って思うこと(2)」で触れておりますし、昨日のWさんを偲ぶ日記リストの中で「夜釣りで遭難騒ぎ?」「初釣りは春の嵐であわや」などで触れておりますように、Wさんと一緒に酷い目に遭っておりますが、気象情報に詳しいWさんの的確な判断でいずれも事なきを得ております。

従って、Wさんが空が急にかき曇って雨が降り出すという典型的な寒冷前線通過の兆候を見落として何故、敢えて危険な東提の外側に移動したのかが私には判らないのです。多分、Wさんが自宅を出る前にチェックされた天気図ではまだ、寒冷前線は遥か南方にあって当地方を通過するようには思えなかったのかもしれません。Wさんの名誉にも関係しますのでこれ以上触れるのは差し控えたいと思います。

第二原因:堤防近傍の三角波
現場は衣浦湾の内海ですので、寒冷前線が通過しても波の高さはせいぜい1.5m程度と推定され、この程度ならWさんのボートでも横波を受けないように操船すれば転覆することはまず有り得ないと恩われます。Wさんの操船技術は高かったのでそお思いを強く感じます。それにも関わらず転覆するほどの大波を受けたのは、堤防近傍に起こる三角波によるものと推定します。

防波堤に押し寄せた波が防波堤に当たってできた返し波とぶっつかると波長が合致して波高が2倍前後になることがあり、これを三角波と言っております。浴槽の中で両足を左右に揺らして湯面に波を作っていくとやがて波長が合うと波は三角状になって浴槽の外に零れ落ちるほどに波が高くなることで確かめることが出来ます。以前、私が寒冷前線通過で近くの港に緊急避難しょうとして防波堤に沿って入港しょうとしたところ防波堤からの三角波を横から受けて転覆しそうになったことが有りました。特に小さなボートは横波に弱いので波が高い時に防波堤に沿って並走することは危険行為とされております。

Wさんは当然このことはご存知だったと思いますが暗い上天候の急変で、うかつにもこのことを忘れて東提の外側から風浦の内側に避難しようと東提の先端の直ぐ近くを通過したため2m以上の三角波の横波をまともに受けて転覆したものと推定されます。その時のショックで船外機は外れ、Wさんは海面に叩きつけられるように放り出され、そのショックで心臓麻痺を起こし波間を泳ぐ間もなく死に到ったものと考えられます。Wさんは常に救命胴衣を着用しておりますので、遺体は沈むことなく波間を彷徨っているところを行方不明になってから5時間後に巡視船に発見されたとのことでした。Wさんが冷たい海を漂流しているうちに寒さと疲労で力尽きて亡くなられたのではなく転覆のショックで殆んど即死に近かったと知って少し気が楽になりました。


年月日 タ イ ト ル 内       容
01-11-08 フッコ釣り(2回目) Wさんとの始めてのフッコ釣り
01-11-28 夜釣りで遭難騒ぎ? 荒天でWさんと緊急避難
01-12-02 三河湾でフッコの大釣り Wさんとフッコの大釣り
02-04-03 初釣りは春の嵐であわや Wさんと初釣りは春の嵐で
02-04-08 メバル釣り(2) Wさんとメバル釣り(2)
02-04-24 メバル釣り(3) Wさんとメバル釣り(3)
02-07-23 カサゴの大釣り Wさん開拓のポイントで
02-08-26 今年はじめてのマダカ釣り Wさんは1枚、私は大漁
02-12-17 釣り忘年会を三谷温泉で Wさんのコネで2回目の
03-01-17 気になる前立腺のこと Wさんが前立腺ガンで入院
03-04-01 今年の初釣り Wさん、NMさんとカサゴ
03-11-14 今年初のフッコの大釣り Nさんを除き全員集合で
03-11-18 今2回目のフッコの大釣り Wさんカワハギを狙うもボーズ
03-11-23 今年3回目のフッコ釣り Wさんと2人だけの釣り
04-10-29 昨晩の釣りは散々でした エンジン不調でWさんに牽引
04-12-15 今日は日間賀島で忘年会 Wさんのカラオケに拍手
05-11-21 新艇での初釣りはの大漁 新艇でWさんと初の釣り
05-11-25 2回目のフッコ釣りはボーズ Wさんが竿頭に
03-11-14 釣り仲間の懇親会に出席 これがWさんと最後の場に



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