| −日記帳(N0.1607)2006年05月11日− |
| Wさんの葬儀に参列して |
| −日記帳(N0.1608)2006年05月12日− |
| 運搬中の豚の逃走劇 |
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| 葬儀会場に展示されていたWさんの遺品の釣竿 |
故Wさんの葬儀が地元西尾市内の葬儀会場で400人を越える弔問者が参列して10時30分から盛大に行なわれました。西尾市でも指折りの名家だけあって弔問者には地元の有力者が見られ、弔電の紹介では地元出身の閣僚や衆参両院の国会議員、地元の市長、市会議員等の名前が読み上げられておりました。私も、釣り友のNさん、NMさん、Hさん等とともに参列しました。 喪主の息子さんが挨拶の中で「父は死ぬなら海の上で死にたいと常々漏らすほどの釣り好きでしたが、まさかそれが現実になるとは夢にも思いませんでした。しかし父の安らかな死に顔を見ていると、こうして父の人生が終ったんだなと思うようになりました。」と語っておりました。 会場には上の写真に見られるように個人が日頃愛用していた釣竿が展示されており、いずれもよく手入れの行き届いた立派なものでした。棺には鮎釣りで愛用していた陣笠が喪主をはじめ遺族の手で収められました。式次第が終ってから、棺に安置された故人と最後のお別れをしましたが、お顔はとても安らかで綺麗でした。これで、釣りのお誘いも無くなるのかと思うと胸がこみ上げてくるのを押さえ切れませんでした。我々は、Wさんの今回の死を教訓にしてこれからも安全で楽しい釣りを心がけていきたいと思います。 Wさん 安らかにお眠り下さい。 合掌。 |
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| バイクで市場に運ばれる豚クンたち (昨年、ベトナム旅行中ハノイ市内でバスから撮影) |
今日のヤフーニュースで面白い記事が有りましたんで取り込んでみました。友の死で落ち込んでいる時だけに何か気を紛らせてくれるような話題を求めていた矢先でしたので、この記事を読んで少し楽になりました。記事は琉球新報からの転載で以下のようなものでした。原文のままここでも転載させて頂きます。 12日午前10時40分ごろ、沖縄自動車道北中城インターから沖縄南インター間の那覇向け車線で、豚1頭がトラックから逃走した。県警交通機動隊が北中城―沖縄南間を上下線とも50キロの速度制限を行い、約1時間後に捕獲された。同隊の米盛重仙副隊長は「トンでもない落とし物だ」と話していた。交機隊によると、豚は北部の養豚業者から南部の食肉会社に運ばれる途中。35頭中、自らの運命を察したのか、1頭だけが飛び出した。 同隊と道路公団の職員4人が現場に到着した時、豚は路肩にうずくまっていたという。豚は飛び出した際、道路に尻を強打したとみられ、真っ赤に腫らしていた。約100キロの豚にお手上げ状態の職員らが見守る中、豚は大声で鳴いていたという。決死の脱走もむなしく、豚は迎えに来た養豚業者に3人がかりで軽トラックに乗せられ、食肉会社に運ばれた。米盛副隊長は「食べられるのが嫌で逃げたのかもしれない」と同情したものの「自動車道では電化製品などの落下物が多く困っている。十分注意してほしい」と話していた。 そこで、昨年ベトナムに旅行した時、3匹の豚がバイクにがんじがらめに縛り付けられて市場に運ばれる風景をバスの中から目撃したのを思い出しました。ベトナムでは車を持つことは大変で一般の人たちはバイクで通勤、買物、行楽、デートをしているのですが、まさかそのバイクで生きている豚まで運ぶとは思いもよりませんでした。ガイドさんに聞いたら、ハノイではよく見られる光景とのことでした。 豚クンたちは苦しげに手足をバタつかせるのですが、頑丈に縛り付けられているため逃れるわけにはいきません。例え、振り解いて逃れたところで直ぐ後ろを走っているバスに轢かれてトン死する運命が待ち構えておりますからどうしようもりません。約10分ほどこの光景がバスから見られたのですが、見ているうちに可哀想になってきましたので視線をそらしました。 |
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