−日記帳(N0.1695)2006年08月07日−
このところの猛暑に思うこと
−日記帳(N0.1696)2006年08月08日−
今日の立秋に思うこと


梅雨明けしてから、沖縄、北海道、を除いて日本各地で猛暑が続いております。因みに、今日の主要都市での最高温度は那覇、札幌で31℃で平年並みでしたが、福岡、徳島、名古屋、岐阜、静岡、富山、東京、山形で34度、鳥取、前橋で35度と平年以上、大阪、熊谷、甲府に到っては36度の猛暑となっております。ここで、猛暑と書きましたが、同じ意味の言葉として、酷暑、炎暑が有りますので、辞書でその違いを調べてみましたが、いずれも「きびしい暑さ」で共通しており差別化されておりませんでした。

私はには年毎に夏の暑さがきびしくなってきているように思えてならないのですが、如何なものでしょうか。私の小さい頃はエアコン、クーラーは勿論のこと扇風機も滅多になく、昼間は家中を風通しをよくして、団扇を扇ぎながら、風鈴の涼やかな音を聞いて過ごし、夕方になると玄関外に打ち水してその気化熱で涼を取り、夜は窓を開けて蚊取り線香を焚き蚊帳を張って就眠する生活で充分夏場をしのげたものでした。

そして、夏の楽しみは井戸水に浸けておいた西瓜を家族で食べたり、自宅近くの海岸に水泳に行ったり、その海岸で開かれる花火大会で花火を見ることでした。当時は冬にスキーをしたり、春に桜を愛で、秋に紅葉を愛でるような余裕など有りませんでしたから、このような夏のレジャーは暑さを忘れるほどに子供ににとっては大きな楽しみだったように思います。

私の故郷は田舎ですから昼間は海で、川で遊んだり夜はお化け屋敷で肝試しや縁台将棋で興ずることも出来ましたが、都会でマンションなどに住んでる子どもたちにはこのようなことは出来ません。昼間はエアコンの効いた教室で授業を受けて、家に帰ればエアコンの効いた部屋でゲームに興じたり漫画を読んだり、携帯でメールを送ったりしていることと思います。我々の頃は暑さを利用して楽しんでおりましたが、今の子どもたちは暑さを逃れることで楽しんでいるようにさえ思えます。

錫製の器にかき氷を盛り付けて器の表面に露結して曇った様子を愛でた清少納言、お氷奉行によって富士山麓から江戸城まで運ばれた天然氷を口にしてささやかに涼をとった将軍たち、いにしえの時代は特権階級しか出来なかった納涼を現代では貧富に関係なく出来ることに喜びを感じながらも、昨年旅行したカンボジアとベトナムのことを思い出しました。カンボジアでは暑くて寝苦しい夜、屋外のハンモックで寝ていました。ベトナムでは、バイクで疾走して夜風を切ることで涼をとっておりました。それぞれの時代に、それぞれの国々に独特の涼のとりかたがあるものです。


今日は二十四節気の立秋です。この日から立冬の前日(今年は11月7日)までが暦の上では秋となりますので、暑中見舞いは昨日の8月7日まで、今日からは残暑見舞いと言うことになります。しかし、残暑と言ってもこの時期が1年を通して最も暑い時期ですから、こと残暑については二十四節気は季節を反映してないように思われてなりません。

気温は空気の温度で、空気は海面や地面によって暖められます。海面や地面は太陽から受ける熱で暖められます。そしてその太陽から受ける熱は夏至で最大となります。ところが海面や地面は暖め難く冷め難い性質、つまり比熱を持っておりますので、最高温度に達するのに約1ケ月半ぐらいかかてしまいます。従って、夏至(今年は6月21日)から約1ケ月半後の8月上旬の今頃が最も暑くなるわけです。

そうは言っても、旧暦による季節の分類によれば、春は1月から3月、夏は4月から6月、秋は7月から9月、冬は10月から12月ですから、新暦に換算しても今年は、4月28日から7月24日までが夏とないますから旧暦の方が遥かに季節感に乏しい暦ということになります。元旦を春のはじめとして新春と言うことにも抵抗が有ります。旧暦がこのように季節感に乏しくなっているのは旧暦が月の運動を基にして満月から満月を1ケ月とし、その12倍を1年とする太陰暦を採用しているからです。

すると、満月から満月になるのは29.5日ですから1年は 29.5日×12=354日 となって地球が太陽を一周する実際の太陽暦に基づく 1年=365日より11日間も短くなってしまうことにその原因がひそんでおります。さすがに、こんなに季節感から遊離した旧暦では農作業に支障を来たすと考え、この旧暦の弊害を補完する目的で、太陽暦の考えを導入して1年を24等分にしその区切りに名前をつけたものが二十四節気です。従って、上述の海面や地面の比熱の影響でこの時期の残暑には矛盾が有るものの 1年で最も暑い日の大暑を7月23日頃、最も寒い大寒を1月20日頃とする二十四節気には旧暦に較べて遥かに季節を反映した暦と考えていいと思います。

秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

これは、古今集 巻第四(秋歌上)に収められている藤原敏行朝臣の和歌で、当時の旧暦での立秋の日に詠まれたとされております。新暦に換算すると8月8日、つまり今日詠まれたことになります。地球温暖化、ヒートアイランド現象が無い当時は、現在よりも数度程度は平均気温は低かったと思われますが、1年中で最も暑い時期であることに変わり有りません。それなのに、忍び寄る秋の気配を風の音で感じ取った平安のやんごとなき人々の感覚にそれこそ、「おどろかれぬる」です。


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