−日記帳(N0.1703)2006年08月15日−
小泉首相の靖国参拝を評価する
−日記帳(N0.1704)2006年08月16日−
苛立ちつのるイエメン戦でした


靖国神社に参拝する小泉首相

小泉純一郎首相は、今日終戦記念日8月15日の午前、東京・九段北の靖国神社に参拝しました。首相を乗せた公用車が7時40分靖国神社の到着殿に着くと、モーニング姿の首相が現れ、到着殿からSP等にガードされながら拝殿を通って同47分、本殿に昇り「二礼二拍手一礼」の神道形式は取らずに一礼して参拝しました。参拝に先立ち、「内閣総理大臣 小泉純一郎」と記帳するとともに、献花料3万円を私費で納めました。 

首相の靖国参拝は2001年の就任以来6年連続で、現職首相の「8・15参拝」は1985年の中曽根康弘首相以来21年ぶりのことで、小泉首相は2001年の自民党総裁選の際に、「8・15参拝」を公約として掲げておりましたが、過去5回の参拝は、2001年は8月13日に前倒し、2002年は春季例大祭初日の4月21日、2003年は1月14日、2004年は元日、2005年は秋季例大祭初日の10月17日と日付を変えて参拝し、8月15日は、外交上の配慮から見送ってきましたが退任前の最後の機会に念願の公約を果たしたことになります。 

首相の日頃の政治姿勢についてもいろいろな見方が有り、どちらかと言えば私は首相に批判的な態度を取ることが多いのですが、こと首相の靖国参拝について以下に述べる考え方から首相の参拝をする信念に同調し、今回の参拝にこころから賛同しその決断を高く評価したいと思います。首相の靖国参拝については、中韓など外国だけでなく国内でも賛否両論の意見が有ることは充分承知しております。それぞれの言い分には傾聴に値するものが有り無視することは出来ません。  

靖国参拝については、遺族、政教分離、A級戦犯合祀等の問題が関与しているだけに、論評する人の置かれている立場、立場によって考え方は違って当然ですが、ただ日本人ならそうした違った考え方を超越して共通に賛同する考え方が有ると思います。それは、「今日の日本の平和と繁栄がお国のために尊い命を捧げられた戦没者の犠牲の上にあることに思いを致し、それらの方々全体に対して追悼の意を表すことで将来にわたって、平和を守り、二度と悲惨な戦争を起こしてはならないとの不戦の誓いをこの終戦の日にすること」です。 

この思いは、この日、12時に全国各地で鳴り響くサイレンに合せて黙祷する国民の誰もにも共通しているのではないでしょうか。そして日本の最高の責任者であり指導者である小泉首相がこの思いを抱いて国民を代表して靖国に参拝することが何故問題になるのでしょうか。多くの国民が小泉首相の靖国参拝に賛同していることはこの世論調査の結果で一目瞭然です。仏教の「何人も死して仏になる」、神道の「何人も死して神になる」として死者の生前の行為・行動を不問に付し、平等に死後の魂を敬い「罪を憎んで人を憎まず」の死生観を持つ多くの日本人にとっては、その魂が祀られている場所が靖国神社であろうと、村の名も無い神社であろうと変わることはありません。 

しかし、中韓では儒教による「勧善懲悪」による報復主義の考え方が強く、日本は悪で中韓は善と考え、敵である日本には絶対不寛容であり、日本を永遠に敵と考えて復讐することを誓うのが彼らの国民性であり死生観と考えられます。彼等は先の戦争で、日本国民は被害者、A級戦犯に代表される一部の軍部が加害者とし彼等を悪と見做して永久に憎み続けることになります。江沢民・前国家主席が1998年8月に外国に駐在する大使など外交当局者を集めた会議で「日本に対しては歴史問題を始終強調し、永遠に話していかなくてはならない」と指示していたことが最近判りましたが、まさにこのような中韓の考え方を代表していると考えられます。 

つまり、靖国問題は中韓と日本との国民性、死生観の違いによるものであるとともに歴史認識の違いによるものと考えられます。自国を善、他国を悪と考える国民性のもとでの中韓の歴史認識は常に一方的で固定概念化されており、日本側が今後、如何に歴史認識を改めても永久に日本は悪で中韓は善であり続けると思います。このように国民性、死生観、歴史認識の異なる中韓からの靖国参拝反対意見は彼等には通用しても日本には通用せず、靖国問題は純粋に日本の国内問題と考えるべきとの根拠がここにあります。江沢民が言うように、例えポスト小泉が靖国参拝中止して問題が回避されても、次なる歴史問題を持ち出して第二の靖国問題が出て来るだけのことでしょう。

しかし、靖国問題を契機に断絶状態にある中韓と日本の関係をこのまま野放しにしておくのは日本にとっても中韓にとっても好ましくありません。天皇陛下と全ての日本人が何の気兼ねも無く終戦の日に明治以来お国のために命を犠牲にされた戦没者の方々を靖国神社に参拝して追悼しても中韓からの反発を受けないように、この際、それが難しいことを百も承知の上で百歩譲って戦没者ではないA級戦犯14名の分祀を行うべきであると思います。A級戦犯者14名が如何に刑死または獄死したことで国民にその罪をあがなったとしても彼等が日本をミスリードで多くの尊い命を奪った罪は消えるものではなく、また中韓と日本の国民性、死生観の違いにも一定の配慮、譲歩も必要と思います。しかし、これらの譲歩、配慮は中韓の圧力に屈したわけではなく、アジアの安定と繁栄を願って小異を捨てて大同につく日本人の謙譲の美徳であることを付言しておきます。


試合終了後、勝っても不満な表情のオシム監督


G 名 順位 国      名 国旗 勝点 点差 得点 ランク


(94)
日     本 6 +8 8 48
サウジアラビア 6 +7 7 75
イ エ メ ン 3 -3 3 125
イ  ン  ド 0 -12 0 128


15:3 5:0 この数字は、この試合の前半終了時点での日本:イエメンのシュートとCKの数の比較です。この状態が後半25分まで続いたのですから、苛立ちがつのるのは当然です。2分に1回ぐらいの割合でイエメン陣内に攻め込んで亜麻あられ雨あられのごとくゴールを狙うのですがことごとくGKやDFに阻まれ得点出来ません。イエメンは最初から引いた布陣を取り積極的に攻めようとしません。

こんな相手に、相変わらず日本はDFから短いパスをチンタラチンタラ繋いで相手陣内に攻め入るのですが、全員が守備体形にはいっているだけに突破するのは容易では有りません。こんな時はサイドチェンジを素早く行なったり、ドリブルで中央突破を狙って相手の守備体形が整わない隙を狙うのがセオリーなのにそれも殆ど行なわない結果が、このような結果を招いていました。

こうなると、セットプレーで端緒を開くしかないと思っていた矢先、オシムチルドレン(オシム監督のジェフ千葉時代の教え子)たちが見事にその端緒を開き待望の先制点に結びつけました。まず、後半1分、駒野に代わって羽生(千葉)が出場し、後半25分に三都主の左CKのクロスボールを阿部(千葉)が走り込んでヘディングシュートして先制ゴールを決めると、後半46分には右サイドの三都主からのゴール前に入れたクロスを佐藤寿(千葉)がヘディングシュート、GKが弾いたボールを今度は左足でシュートして2点目のゴールが決りました。

しかし、オシム監督は試合中に頭を抱えたり、教え子たちのゴールに諸手を挙げて喜ぶような素振りはみせず、試合終了後も憮然たる態度で会見に応じておりました。やはり、あれだけ攻めつけながら無得点に終った後半の中盤までの試合展開に不満が残ったのでしょう。
試合後の記者会見でも、もっと頭を使うべきだと強調しておりました。尚、今後の試合日程は次のとおりで、2位以上が決勝トーナメントに出場できます。次のアウエーでのサウジアラビア戦に勝てばほぼ2位以内が決りそうです。

・2006年 9月 3日(日)サウジアラビア - 日本
・2006年 9月 6日(水)イ エ メ ン - 日本
・2006年10月11日(水)イ  ン  ド - 日本
・2006年11月15日(日)日     本 - サウジアラビア


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