−日記帳(N0.1733)2006年09月04日−
アジア杯・サウジアラビア戦
−日記帳(N0.1734)2006年09月05日−
どうしても許せない2人の人物


何時ものように試合中頭を抱え込むオシム監督

退廷して車に乗り込む堀江被告


36度、80%、93、これはサッカー・アジア杯予選の中東2連戦の初戦を戦う試合開始直前のサウジアラビア第二の都市、ジッダの9月3日午後8時の気温、湿度、不快指数です。蒸し暑さでは世界有数と言われる日本でもこんな高い不快指数になることは滅多に有りませんが、サウジアラビアでは特に珍しいことではないそうです。 日本代表は8月31日夜(日本時間1日未明)、成田発のチャーター機でジッダに深夜到着し、予約しておいたグランドに直行して1時間半ほど練習しましたが、その時の温度が深夜にもかかわらず33度もあったとのことです。

練習を終えてホテルに着いた時は午前3時近くになっていましたが、オシム監督は「ここが真夜中だからといって世界には昼間のところもある、軽くやって、寝て、目が覚めれば、バッチリじゃないか」と言って憚らなかったとのことです。日本代表選手には、技術以前にこのようなハ−ドな移動、練習に耐えられるだけの体力、精神力がまず要求されるわけですから大変です。このようなプロセスを経て、サウジアラビア戦が始りました。

草野球で、監督がベンチから大声でプレー中の選手たちに、あれこれと大声で指示することはよくあることです。 このサウジアラビア戦をテレビで観ていて、まさにそのような草野球の雰囲気を感じました。大熊清コーチ(42)の「「飛び込むな!」「クロスを上げろ!闘莉王、中に入れ」などと大声で指示する声がうるさいくらいテレビの音声に入ってきたからです。

ピッチの外から手取り足取り指示をだすのがサッカーとは私には到底思えません。オシム監督は常に選手たちに「考えてプレーしろ」と言っております。一瞬の判断、一瞬の動作が要求されるサッカーでピッチの外からの指示など聞いている余裕など無いし、もし聞いてプレーしたら自身の考えでプレー出来なくなりますから、ピッチの外からの指示など百害有って一利無しと私は思うのですが如何がなものでしょうか。

大熊コーチは、20歳以下(U20)の日本代表元監督の経験が有ります。まだ経験不足のU20の若い選手ならいざ知らず、充分に経験を持ち、それぞれの所属チームではリーダー的存在の日本代表選手に、ピッチの外からこんな子供じみた指示を与えることそのものが選手のプライドを傷つけることにも繋がりかねません。彼は、サッカーを履き違え、考えるプレーを要求するオシム監督の流儀にも反する行動をとっており、オシム監督は選手だけでなく自分の意に反する行動を取るコーチが居るならばその入れ替えも必要ではないでしょうか。

オシム監督は就任1カ月半の間に、容赦なく派手なジーコ組を切り捨て、千葉の監督時代に育てた素直で従順な選手を集めましたが、その面々を見ていると、イケメンが多いのは別にしてあまりにも地味で、ワイルドさに欠けるように思えてしかたありません。巨漢、オシム監督のお眼鏡にかなう選手は、なぜか逆に小柄な選手が多く、余計萎縮しているように思えてならないのです。例えば、羽生、田中(達)、梅崎、佐藤(寿)、駒野等170センチそこそこの選手たちです。解説者たちはこうしたオシムチルドレンの動きを褒めそやすのですが、私にはチョコマカ、チンタラチンタラとパスしてたまに相手ゴールに飛び込むぐらいで全く威圧感は感じ取れません。

Jリーグのあるコーチは、「オーラというのは自信の表れ。おどおどしたプレーばかりして いても、内面から自信もオーラも生まれない」と“虚弱体質”に手厳しく、常に代表脱落というカードをちらつかせるオシム監督の強権に逆らうのは並大抵ではありません。これでは、いいプレーしようとする以前に、如何にイオシム監督に気に入られるように行動するかに重点がいってしまう危険が有ります。ある元日本代表選手はあえてこう言う。「オレだったら、まずは(オシムの意向を受けて試合中にベンチで指示を叫び続ける)大熊コーチに『うるせえ、黙ってろ!』と 怒鳴りとばす」。 なぜなら、それが“考えるサッカー選手”の証しだからというのです。

この試合、オシム監督が嘆く「決定力不足病」が再発してあまたある得点機をことごとく逃がし、逆に数少ないサウジ側のチャンスに気の抜けたプレーで得点を」与えてしまい、1:0でオシムジャパンにとって初黒星を喫してしまいました。オシム監督は「内容で勝って勝負に負けた」と評していましたが、このところこのような試合ばかり続いており、日本代表のサッカーに妙味が薄れてきたように思うのは果たして私だけでしょうか。


最近のニュースを見聞して、どうしても許せない2人がおります。いずれも、かってはそれぞれの領域の中でトップとして君臨した人たちです。まず一人目は、ライブドア事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、偽計・風説の流布)の罪に問われ、昨日から東京地裁(小坂敏幸裁判長)で始まった初公判で被告席に立った前社長・堀江貴文被告(33)です。そして、二人目は岐阜県の裏金問題でその責任を追及されている前岐阜県知事梶原拓氏です。この2人に共通しているのは、自分の犯した罪の自覚がなく潔白であるとして居直っていることです。

特に、堀江貴文被告に対しては、ライブドア社長当時の彼の言動に騙されてライブドア株を購入したもののその後の暴落により、私にとっては大金のこづかい数ケ月分に相当する損害を蒙っただけに絶対に許せないのです。例え、彼が裁判の結果自分の主張どおり証券取引法違反に関して無罪だったとしても、一連の騒動を引き起こして株価を暴落させ株主に莫大な損害を与えた罪は消えるものでは有りません。法廷に入る時、記者から「株主のみなさんに対し何か一言有りませんか?」との問い掛けにも無言のままでした。

私が彼に騙されたのは昨年の株主総会での彼の涙でした。株主の1人が、「何故株の配当をしないのか」と彼に詰め寄った時、ひととおりの説明を終えてから急に彼は涙を流したのです。後にその理由を問われて彼は「これだけ一生懸命株主のために頑張っているのにその思いを判って頂けないのが悔しくて、口惜しくて・・・」と絶句していました。私は、彼が配当よりも会社の業績を上げることで更に株価を上げることで株主に利益を還元しようとしているのだと思いその意気に感じて株を購入したのでした。株は自己責任ですからその損害を求償することは出来ませんが、虚偽記載、偽計・風説の流布等が事実なら、損害を求償する株主訴訟の行方も混沌としてくるものと思われます。

梶原前知事の場合は、堀江貴文被告のように彼自身が刑事上の罪を犯したわけではなく、あくまでもかっての岐阜県の最高責任者としての道義上の責任を追求するものです。彼は知事在職中は知事としての実績・評価も高く、全国知事会長まで勤め、退任後も東京工業大等の非常勤講師を勤めるなど名実ともに名知事に相応しい方とばかり思っていました。しかし、岐阜県裏金問題が弁護士から構成される「プール資金問題検討委員会」の「裏金を明らかにできず、隠す方向に組織全体が動いたのも梶原前知事の姿勢が招いたとも言える」と指摘に対して、梶原前知事はひたすら自身の潔白を強調するだけで道義的責任については全く触れようともしませんでした。

そして、検討委員会の県顧問と財団法人岐阜県イベント・スポーツ振興事業団の会長職の公職辞任要請に対しても、古田知事の意思に従うとしてこれを一蹴して居直る姿勢を示しました。17億円にも及ぶ岐阜県庁の裏金工作は県庁幹部主導で行なわれたことが明白となり、当時の森元恒雄副知事(現・自民党参院議員)から裏金の実態を知らされていたことが同氏の証言で判ってきましたが、梶原前知事は語気を荒げてこれを真っ向から否定し、ただひたすら自身の潔白を強調するだけで、かっての革新・名知事としての面影は微塵も感じられませんでした。彼が、自身のの道義的責任を認め自らの意思で公職を辞任して県民・国民に詫びたらこれほどまでに末節を汚さずに済んだのではと思うと残念に思います。


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