四方山話2007


フランスの5月

鳥が啼いています。ゆく5月を惜しみつつ。1日の鈴蘭祭りfête de muguet に始まる5月は、パリでは maronnierマロニエや rhododendronシャクナゲが咲き誇り、それは気持ちの良い季節でした。それと同時に、祭日の一番多い月でもあります。

労働法により定められた国民の休日は年に11日(注)ありますが、そのうち4日が5月ですし、休日ではない祭日「隣人の日」(五月最終火曜日)と「母の日」(最終日曜日)とを加えれば、なんと月に6日の祭日ですね。ところで、木曜日がお休みなら金曜日もお休みにして土日の休日とまとめてしまう慣習があり、これをfaire le pont と言います。メーデーが木曜日なら、4日間休日がある週が月に3度。Oh, joli, joli joli mois de mai !

ところで、2003年に猛暑で150万人もの人が亡くなった事から、その翌年に. Journée de solidarité envers les personnes âgées(高齢者への連帯の日)が設けられました。休日に出勤してその分のお給料は国庫に渡し、あのような災害を予防する費用とする、というものです。lundi de la Pentecôteがこの日にあてられていますが、2005年、最初の「連帯の日」はストが多発したので、翌年からは基本的に日付は替えないけれど別の日にしても良いし、一日の労働時間をその分延長する事で対処しても良いことになったそう。 官公庁や多くの私企業では、週35時間労働制によって出来た休日と振替えているようです。 2006年にこうして国庫が得た1900万ユーロは、高齢者の施設への入居費用や自立支援手当、障害を持つ人のための公的施設の支援などに使われたとのこと。

(注)祝日は以下の通り。

  • le Jour de l'an(お正月)
  • le lundi de Pâques( 復活祭の月曜日)3-4月の移動祝日
  • la fête du travaille(メーデー)5月1日
  • l'armistice de 1945(第二次大戦終戦記念日)5月8日
  • le jeudi de l'Ascension(主の昇天の祝日)復活祭から39日後の木曜日
  • le lundi de la Pentecôte(精霊降臨の祝日)復活祭から50日後の月曜日。
      今年は5月28日でした。
  • la fête nationale (革命記念日)7月14日
  • l'Assomption(聖母被昇天の祝日)8月15日
  • la Toussaint(万聖節)11月1日
  • l'armistice de 1918(第一次大戦終戦記念日)11月11日
  • Noël(クリスマス)12月25日

2007年5月31日記

大統領選挙

さて、ご存知の通り、サルコジさんがフランス第五共和国の六代目の大統領となりました。ロワイヤルさんは46,94%の票で敗れたのですが、この数字は1965年以来、大統領選で社会党の候補が集めた最低のものだったとか。でも、次回の大統領選をにらんで、意気軒昂なようです。
Travailler plus pour gagner plus 「もっと働きもっと稼ぐ」と言うスローガンが多くの人の心をとらえたのか、むしろ社会不安に揺れる心がサルコジさんに向かったような気がします。

ウィキペディアを見て頂ければと思いますが、とにかく異色の大統領です。
フランス政財界の重鎮を排出して来た国立行政学院の出身どころか、移民二世であり、中学での留年を経験し、難関のパリ政治学院の入学試験は突破したものの英語の点数が足りずに課業を全う出来なかったと、超エリートにはやや遠い人。とは言え、パリ第十大学を出て司法試験に合格し、法律事務所を友人と開いたそうです。4才の時父親が出て行ったため、法律の勉強を再開して弁護士になり三人の子供を育てた母親に倣った所もあるようです。花屋の配達などのアルバイトをしていたとか。
兄はフランス経団連の副会長を2000年から2005年まで務め、異母弟はアメリカで銀行家をしているというサルコジさん、親米、新自由主義の路線を行くのが自然ですね。

ここにシラクさんのサルコジさん評があります。"Sarkozy est très ambitieux, et comme il est très intelligent, il considère que tout doit être mis au service de ses objectifs"「サルコジは非常な野心家だ、非常に頭がいいから、全ては自分の目的達成に役立つよう使うべきと思っているんだ。」1995年に、サルコジさんが政治的育ての親シラクさんを裏切ってバラデュールさんを大統領候補に支持したときのものです。
2006年に内務大臣として9 -11の慰霊式典に参列したとき、ブッシュさんに向かって、 « l’arrogance française »「フランスの傲慢」(文字通りこの言葉を使ったのかどうかは調査不足で不明です)つまり、アメリカがイラク戦争を開始したときのフランスの態度を非難したのですが、米仏ファンデーションでの演説の際に述べたのは、以下の言葉。 « Il n'est pas convenable de chercher à mettre ses alliés dans l'embarras ou de donner l'impression de se réjouir de leurs difficultés. » 「同盟国を困らせようとしたり、同盟国の苦境を喜ぶような印象を与える事は適当ではない。」 « Plus jamais nous ne devons faire de nos désaccords une crise. »「二度と意見の不一致を危機にしてはならない。」でも、この演説の原稿はシラクさんに予め見せなかったそうですし、シラク大統領の反応は、 Des propos que Chirac a qualifié en privé de « lamentables » et de « faute », après avoir, dans un premier temps, déclaré qu'il l'avait « chargé d'être le représentant de la France ». 「先ず、フランスの代表という任を負っていたと言明した後、 嘆かわしいし、間違っていると内輪で漏らした」そうです 。Sarkozy l'Américain と揶揄されるゆえんの1つでしょうね。それにしても、国連総会でイラクへの拙速の軍事介入に反対するビルパン外相の火のような演説は、今でも感銘深く思い出します。

でも、米議会選挙で共和党が負けた後、今年一月のUMPの総会ではあの戦争は間違いだったと評価したそうですし、三月には、ユマニテ紙によれば、 Nicolas Sarkozy a même qualifié cette guerre d'« erreur historique » et salué la « lucidité » de Jacques Chirac. « L'amitié, ce n’est pas la soumission »「ニコラ・サルコジはあの戦争を”歴史的過ち”と呼び、ジャック・シラクの明敏さに敬意を表した。友情;それは追随ではない。」このように考えているそうです。

話は変わりますが、漫画家の Pointuさん がル・モンド紙に書いた カリカチュアについて自ら説明を求めたと言う話には驚きました。また、私生活に亘る事はフランスのマスコミはあまり立ち入ろうとはしませんけれど、それでも、2005年に奥さんのCéciliaさんが恋人と歩いている写真を掲載したParis Match 誌の編集長はサルコジさんと仲の良い経営者により更迭されたとか、第二次投票にいかなかったというJournal du dimanche 紙の記事が没になったのは、編集長は否定しているにせよ、圧力があった所為だとか。内務大臣としての執務室の隣に奥さんの部屋を設けた程頼りにしていたようですが、今後、いろいろ、困難が待ち受けているようです。

1958年に始まる第五共和国においては、大統領には首相の任免権、議会の解散権、また非常事態には全権を掌握できるなど、権限が非常に強いのですが、でも議会で反対派が多数を占めれば、cohabitation となって内閣は国内政治に、大統領は外交に専念する事になります。6月に議会選挙が行われるのですが、どうなるのでしょうか。ストライキ権の事実上の縮小を組合に打診して既に反発を買っているようですが、左派の政治家が入閣を受け入れたとの話もあり。

2007年5月16日記

5月2日夜に、サルコジさんとロワイヤルさん、大統領候補二人の、1974年以来恒例のテレビ討論会が行われました。2002年には、シラクさんがルペンさんとの討論を拒否したので行われませんでしたが。
TF1とTF2の共同企画、両局の人気アナウンサーの共同司会によるもので、双方が同じ時間だけ話すように、そして直面している多くの問題について議論できるように、というのが最大の気遣いでした。

テレビ放送を凡そ2000万人の視聴者が見たそうですが、私のようにインターネット経由で見た人も多いだろうと思います。
聞いていると、サルコジさんは小泉・安倍路線を彷彿とさせ、ロワイヤルさんは連帯を主張し、何より「当事者達と議論して決める」と参加型の民主主義の立場を取っていたのが印象的でした。

日本人としてとりわけ羨ましく思ったのは、教育問題を最重要課題とする、というロワイヤルさんの、以下の発言でした。音声ファイルを聞いてみて下さい。政治家の話は標準フランス語を明快な発音でゆっくり話しますから、日常会話よりも聞き取るのはうんと楽です。

Ma priorité sera de faire deux choses très concrètes : d'abord de diviser les gros collèges ; Je ne veux plus qu'un seul collège ait plus de 600 élèves car c'est comme cela qu'un chef d'établissement connaît individuellement ses élèves et fait reculer la violence dans l'établissement scolaire.
「私の優先課題は以下の具体的な2案件の実行です: まず、大規模中学の分割です。どんな中学も生徒数600人以上を擁さないように、そうすれば校長は生徒一人一人を把握できて学内暴力を減らせるでしょう。」
Et deuxièmement, je ne veux pas plus de 17 élèves par classe car c'est comme cela aussi que l'on peut travailler individuellement avec les élèves.
「そして第二に、17人以上の学級がないように。それによっても、教師は生徒一人一人に個別指導できます。」

学費が大学に至るまで無料の国で( 大学は数万円の登録料がいるにせよーそのためには、勿論19%超の消費税を払っている訳ですが )、経済性を語るどころか、更にこんなにきめ細かな提案さえなされ得るのですね。

では、ハンディキャップを負った子供達には?これが大きな議論になりました。サルコジさんが「ハンディを持つ子供達の全員が通常の学校に行けるようにし、それを守らない学校があるなら親が提訴出来るようにする」と言ったのに対し、ロワイヤルさんが大いに怒りました。
R.「ハンディキャップのある子供達のため、私が教育大臣だった時、 handiscoleプランとして、教育援助員のポストを作ってどの普通学級も受け入れられるようにしたのに、それを壊したのはあなた(方)ではありませんか。」
S.「落ち着いて下さい。」[…]「大統領には、落ち着きが必要です。」[…]「いつもは静かなあなたが、どうしてそんなに逆上しているのか判りません。」
R.「逆上してなどいません、怒っているのです。健全な怒りというものがあります。」

サルコジさんは担当大臣ではなかったのだけれど、1998年にできたこのプランについては制度が後に改変されて別の法律に置き換えられたそうです。創設時程手厚くなくなったにせよ、普通学級に受け入れられているハンディを持つ子供の数は、1998年当時から見ると約倍に増え、40%の障害を持つ子供達が今は通常の学校に通っているそうです。

フランスの有権者は、どちらの人を選ぶのでしょうか。

2007年5月4日記 上に戻る

22日に行われたフランスの大統領選挙は、予想通り半数以上を獲得した候補がいなかったので、上位二候補のサルコジさんとロワイヤルさんとによる決選投票に入ることになりました。立候補した左派系の、多くの票が取れないことが明らかな人達は、農民活動家ジョゼ・ボヴェさんのように、投票前にロワイヤルさんに投票するよう選挙民に呼びかけてもいました。

前回2002年の大統領選挙で、社会党の候補者ラファランさんへの不満を表明するためにとった左派支持有権者の投票行動が結果としてもたらした、外国人排斥を主張するル・ペンさんが決選投票に残るという悪夢の再来を怖れることがあったようです。(当時私も、まさかフランスでこの様なことが起こるとは、と新聞を読む目を疑ったものです。)それで投票率も約84,5%と、素晴らしいものでした。そこで鍵を握るのが、三位のBayrouさんに投票した人々の意向となります。いわゆる、キャスティング・ボードですね。

ところで、Bayrouはどう発音するのかな?インターネットテレビを見ていると「ベル」とも「バイル」とも呼ばれているので、気になりました。本人によれば「バイル」だそうです。日本のメディアもそのように記していますね。昨年11月のル・ペンさんとのテレビ討論の中で、<< Je ne serais pas arrivé à faire prononcer "Ba-ï-rou" à Monsieur Le Pen >> 「ルペンさんに”バイル”とはとうとう言ってもらえなかったようですね」と、”ベル”と呼び続けた討論相手に最後に言っているのを見ました。
固有名詞の発音は、本当に判りません。日本語でだって、漢字の読みはまちまちで、地方によって違ったりもしています。

Bayrou は、出身地フランス南西部に多い名前で、今度の選挙もバイルさんがトップだったのはPyrénées-Atlantiques県でしたが、言葉の歴史の所為で北の人は違った読み方をする事もあるようです。

2007年4月記 上に戻る

Joyeuses Pâques ! 復活祭

日本の新学期は4月に始まりますが、フランスでは9月なのは皆さんご存知の通りです。フランスの子供達の4月は、なんと言っても春休み!このお休みは、年により移動します。それは、復活祭が4月にあれば、その前日に始まるから。今年復活祭は4月8日でしたから、7日土曜日から、23日月曜日までが、楽しい春休み。

復活祭の日取りは、3月21日と教会により定められた春分の日の後の最初の満月の次の日曜日。元はユダヤ教の過越の祭りの日(こちらは単数形かつ冠詞がついて la Pâque です)つまり陰暦の正月15日(現在の3ー4月)と同じ日に祝われていたけれど、325年以来太陽暦で換算する事になったので、このように日にちが移動する祝日になったようです。ちなみに、今年の過ぎ越の祭りは4月3日でした。キリスト教の祭日は、この復活祭の日を基準に、それより何日以前、何日後と定められます。

でも、今日、復活祭とは、キリストが死後3日目に復活した日というよりも、子供達が、復活祭の鐘はどこにチョコレートの卵や飴を落としていったのだろう、と探す日。小さなチョコレートの卵が一杯入っている大きなチョコレートの卵をかじって、大人も勿論楽しんでいました。翌日、lundi de Pâques は休日とあって尚更。

どうして卵かと言えば、こちらのサイトによると、このお祭りもやはりキリスト教よりも起源が古く、ガリア人、ローマ人が生命と多産と再生の象徴と看做していたからだそうです。それに、復活祭前の19世紀以前は、勿論チョコレートではなく、色を塗った卵だったよう。また、鐘は、7世紀に教会がキリストの死を悼むため、復活祭の日曜日の朝まで最後の晩餐が行われた聖木曜日以降に鐘を鳴らす事を禁じたことから、この間に鐘はみんなローマに飛んでゆき、帰りに卵を通り道に撒いてゆくという話が生まれた故だそうです。

2007年4月記 上に戻る

旧正月  猪

干支切手今年の旧正月は2月18日でしたが、それを記念して la Poste (郵便局)がこんな切手シートを発売していました。おお、豚の絵!しかも、確りAnnée du cochon( 豚年)と書いてあります。漢字では「猪年」と記されているのですが、どういうことかな。

林語堂漢英詞典を見ると、「猪」は pig, hog, つまり日本語の豚を表し、「豚」は a suckling pig と記されています。赤ちゃん豚のことですね。Wikipediaによれば、アジアの漢字文化圏で豚でなくて猪が干支に入っているのは日本だけだそうですから、文字のあて方が独特なようです。

そういえば、フランス語でも猪は sanglier, cochon sauvage(野生豚)又は porc sauvage(野生豚) と言うのでした。因に、sanglier はラテン語の singularis ( porcus ) « ( porc ) qui vit seul »「単独で暮らす(豚)」が語源だそうですから、「豚年」でちっともおかしくはないのでしょう。でも、日本語で「豚」と言うと、あまり良いイメージはないですね。

それに、フランス語でcochon が比喩的に使われる時、日本語以上にろくな意味でない場合が多いのです。Un temps de cochon (豚の天気→ひどい天気)、caractère de cochon(豚の性格→ ひどい性格)、manger comme un cochon (豚のように食べる→汚ならしい食べかたをする)、sale comme un cochon(豚のように汚い→とても汚い)、などなど。bête comme 36 cochons (36匹の豚のように馬鹿→途方もない馬鹿)と強調してみたり。中には、être amis comme cochons (とても親しい友達だ)と、思いがけなく良い意味もあるのですが、こちらは語源的には豚とは関係がなかったものが発音の変化によりこの字があてられる事になったようです。それにしても、豚は清潔好きの動物で、だから汚物でも食べて始末するのに、多分そのせいで悪く思われるのは可哀想ですね。

ところで、この切手の絵にも関わらず、Année du sanglier「猪年」と多分日本語から訳されてもいます。Googleで調べると、出現頻度はおよそ3対1で豚派が多いのですが。

2007年2月記 上に戻る

煙草とクレープと


先月に続いて、フランスのこの時期の事を書きます。煙草を吸いながらクレープを食べるなんて、元々不可能なのですが、更にそれが法的な制限をも受けました。

2月1日から、公共の場所での喫煙が禁止になります。アイルランドが2004年3月に職場(レストランやパブも含む)での喫煙を禁止したのを皮切りに、ヨーロッパ規模で広まっているこの健康法制(フランスの場合しか知りませんが、健康保険の赤字減少問題から出発しました)がついにフランスにも達しました。来年1月まではレストランや喫茶店、ホテル、ディスコではまだ喫煙できるそうですが、それ以外の官公庁、企業、学校(未成年者喫煙禁止の法律はありません)、駅など、人々が集まる場所では、35平方メートルを超えない閉ざされた喫煙所以外での喫煙は68ユーロの罰金だそうです。煙草一本、約一万円ですね。

こうした禁止がいきなりやって来た訳ではなく、80年代には既にキャンペーンが行われると同時に、私の知っている範囲では、hôpital ( 国公立病院のことー私立病院はclinique ) に禁煙外来が出来ていて、鍼が大いに利用されていました。喫煙者の私は、何かで病院に行く度、お医者様に言われましたっけ:僕も止めたんだから、あなたも止めなさい、良かったら禁煙外来があります。

1976年に当時厚生大臣だったSimone Veil により反喫煙法が施行されましたが結局ザル法だったので、1991年にはそれを補う形で、公共の場所や交通機関内また学校での決められた場所以外での喫煙を禁止し、煙草の広告を禁じる通称 loi Évin エヴァン法が公布され、その枠内で2004年からは16才以下の少年への煙草の販売が禁止されましたが、今回それが更に強化されたわけです。

2月1日、フランス時間18時から19時まで、グザビエ・ベルトラン厚生連帯大臣と チャットがこの件で出来るそうです。大臣が市民に直接対話で向き合うって羨ましい。

ところで、 煙草の値段は、1992年から2001年までの10年間に、cigarettes brunes (フランス独自の匂いの強い煙草で、ジャン・ギャバンが映画の中で吸っていた Gauloise はこの種類です)は約3倍に、cigarettes blondes(日本で売られている種類の煙草)は約2倍に上昇。cigarettes brunesの方が健康に悪いという理由でこの上昇率の差が生じたようです。この間のインフレ率が約13パーセントだった事を考えると、本当に高く設定されましたね。 それでも、消費は重量にして約10ポイントしか減少していないのに、売り上げは約1,8倍に増加とは、同じ喫煙者としてかの国の同胞と切なさを共有する気分です。

クレープが何の関係があるかって?関係ないですね、翌2月2日、 la fête de la Chandeleur(語源的には「ろうそく祭り」)はクレープを食べる日と言う以外には。 ラテン語のfebruarius « mois de purification » (浄めの月)を語源とする février(2月)には、 ケルトの時代、冬が終わるこの季節に豊穣を願って水を浄める事がなされていたそうですし、ローマ時代にも豊穣を願う祭りが行われていたとの事。カトリックでは「聖母お浄めの祝日」だそうです。お雑煮に丸餅や丸く切ったお大根を食べるのと同じように、クレープの丸い形が大切なようです。

2007年1月記 2月追記 上に戻る

フランスの年末年始


年の瀬に、お正月を迎える支度で忙しく過ごしながら、フランスのこの時期を思い出していました。12月24日から1月7日まで学校はクリスマス休暇ですが、大人にとって祝日は12月25日と1月1日だけ、日本よりうんと少ないですね。クリスマス( Noël )は大抵家族で祝うから、帰省ラッシュは12月23日になります。ある年、乗ったタクシーが渋滞で動けず、飛行機の出発予定時間にやっと空港に着いた事がありました。どうしたって?何と、飛行機が整備のため出発が二時間遅れていたという運の良さ。

お正月( le jour de l'An ) は、大晦日( le réveillon de la Saint-Sylvestre または le réveillon du jour de l'An ) に新年を迎えるためのお祭り騒ぎをするのが主です。 家族よりもむしろ友人同士集まって食事をしたり踊ったりしながら午前零時を待ち、その時がくれば Bonne année と言いながら抱擁を交わすのです。道では、クラクションがけたたましく鳴って、大騒ぎ。今年は les Champs-Elysées に夜中40万人が繰り出したそうです。花火もなく、爆竹も禁止だったけれど、やはり賑やかにお祝いしたようです。

身近な人にお年玉 ( étrennes ) ー小さな子供には、お金ではなくて玩具などの場合もあるらしいーをあげる習慣も昔ほどではなくなり、Noël が宗教的な意味合いを薄めている今日お正月を飲み込んでいっているようです。何しろ百貨店もクリスマス商戦が終われば一月の家庭用布製品(シーツとかタオルとか)セールの支度を始める程。20年も以前にパリで暮らしていた頃には、暮れに消防士さんや来年のカレンダーを配る郵便配達さんが回って来たから、étrennes (勿論現金)を渡していましたが、今日ではどうでしょうか。これも、もっと昔にはお正月に来ていたと聞いています。道路清掃人、ゴミ収集車の人にも渡すものだそうですが、どうやって渡すのかな、conciergeにはNoëlにétrennesを渡していましたが。

このお祝いの時期は、1月6日、東方の3博士が馬小屋のイエスを礼拝に来たとされている公現の祝日 ( épiphanie または manifestation du Seigneur ) で終わります。クリスマスから二週間目に一番近い日曜日、皆で集まり、中に昔は空豆( fève ) 今では空豆大の陶人形が入った, galette des Rois というアーモンド餡の平たい大きいパイを皆で切り分けて食べましたっけ。切り分けられたパイにfèveが入っていれば、当った人がお菓子についてくる紙の金色の王冠を冠って王様や王妃様になるのです。なお、アルメニア教会ではこの日がイエスの生まれた日になっているそうです。調べて見ると、実はローマ時代にサチュルヌ神をまつった無礼講のお祭りが起源だそう。お菓子も、地方によって違いがあり、Provence 地方では砂糖漬けの果物で飾った王冠型のbriocheを食べるとのこと。

追記その1

安倍首相も訪欧時、galette des roisを食べたそうです。
ロイター通信1月12日より。

Jacques Chirac a rapporté qu'un collaborateur de Shinzo Abe avait appelé l'Elysée pour s'assurer que "de la baguette bien fraîche" serait servie lors du dîner de travail que les deux hommes devaient avoir dans la soirée. Ce que les services de la présidence française lui ont assuré, en ajoutant qu'il y aurait également de la galette des rois, a dit Jacques Chirac.
シラク大統領は大統領府からの報告として、次のように話した。安倍首相の関係者がエリゼ宮に電話をしてその日予定されている討論の晩餐会に「焼きたてのバゲット」が確かに供されるかどうか確認の電話をして来たという。大統領府事務局は諾うと同時に、「galette des roisもあるでしょう」と付け加えた。

どうしてそんな事を心配したのかよく判りませんが、「美味しい国」を楽しみにしていたのでしょうね。ちなみに、小麦粉とイースト、水、塩で作るパン(お砂糖は入れない)は重さによって名前と形が違い、バゲットは250gのパンです。 7時に始まった晩餐会には、5時にパン職人菓子職人連合が運び込んだ二つの見事なgalettes des roisがあったそうです。fèveは誰に当ったのでしょうか。

追記その2

今でも郵便配達さんや消防士さん、縁の下で働いて下さっている人達に étrennes を渡しているのですか、と問い合わせを頂きました。パリ近郊在住のフランス人に聞いてみると、それはしているけれど、道路清掃人にはどうやって渡すのかやはり知らないとの事でした。地方の戸建の家には一軒ずつ集めに来ていたそうです。

2007年1月記 上に戻る

四方山話2006


女性大統領?


11月17日の予備選挙で60%の票を得たセゴレーヌ・ロワイヤルさんが、26日の社会党大会で党の大統領候補として公認されました。2007年の大統領選挙の行方が楽しみですね。

非公式応援サイトを見ると、" La première loi que je ferai déposer sur le bureau de l'Assemblée nationale si je suis élue sera une loi contre les violences faites aux femmes. "(もし大統領に選ばれたら、国会に提出する最初の法案は、女性に対する暴力を禁止する法案です)と女性シェルターを訪問した際に語ったそうです。

" Une femme meurt tous les trois jours en France, tuée par son compagnon. Ces chifffres sont effrayants. […] S'attaquer aux violences conjugales, c'est s'attaquer à ce qui fait la racine des violences dans tous les lieux de la société. " (フランスでは、3日に一人の割合で、女性がパートナーの男性に殺されて死んでいます。おぞましい数字です。[…] 夫婦間の暴力に取り組む事は、社会のあらゆる場所での暴力の根に取り組む事です。)

確かに、なんともおぞましい数字!

頻出動詞上に戻る


「ネットでフランセ」以外にも動詞の活用を読み上げてくれるサイトをみつけたのを機に、フランス語の話し言葉に於ける頻出動詞上位25を記します。今では残念な事に消えたサイトが提供してくれた、1984年に出版されたある本の統計によっています。

  • être/ avoir/ faire/ dire/ pouvoir
  • aller/ voir/ vouloir/ venir/ devoir
  • prendre/ trouver/ donner/ falloir/ parler
  • mettre/ savoir/ passer/ regarder/ aimer
  • croire/ demander/ rester/ répondre/ entendre

Vous の活用語尾が-ez ではなく -es で終わる三つの例外動詞 ( Vous êtes/ Vous faites/ Vous dites ) が、上位五つに入っているのも面白いですね。上記動詞の活用は、是非マスターして下さい。

Les perles du baccalauréat上に戻る


8月も末になり、バカロレア珠玉回答集(迷答集ともいう)が公開される季節になりました。いくつか紹介します。良く間違える身、楽しみながら大いに励まされました。

  • L'histoire de Rome commence en 753 avenue Jésus-Christ.
    ローマの歴史は、イエス・キリスト通り753番地に始まる。
    そう言えば、avant もavenue もav.と略記されますね。
  • François 1er était le fils de François 0.
    フランソワ1世はフランソワ零世の息子だった。
    存在しない人を父親にするのはかわいそう。フランス・ルネサンスの立役者フランソワ一世は従兄弟のLouis XIIのあとを次ぎました。父親はCharles d'Angoulêmeです。
  • Louis XV était l' arrière petit fils de son oncle Louis XIV.
    ルイ15世は叔父ルイ14世の曾孫である。
    なんと複雑な家族。5才で王位に就いたルイ15世は、確かにルイ14世の曾孫でしたが。
  • C'est Richelieu qui fonda la Star Académyfrançaise.
    フランス版「スター誕生」を設立したのはリシュリューである。
    勿論 Académie française と書いたつもりでしょう、テレビの見過ぎ?
  • Dans le monde, il n'y a que la France qui n'est pas un pays étranger.
    世界中で、外国でない国はフランスだけである。
    それは確かにそうですね。
  • Le Mexique était autrefois, le pays des pastèques.
    メキシコは、かつて西瓜の国であった。
    pastèque(西瓜)とAztèque (アズテカ人)。スイカカードを使えばスイカ人?
  • La mer des caraïbes baigne les lentilles française.
    カリブ海はフランス産レンズ豆の足下を洗っている。
    海水で育つのかな。Les Antilles(アンティーユ諸島)なら確かにカリブ海。
  • L'eau de mer sert, en particulier, à remplir les océans.
    海水は、就中、大洋を満たすのに役立つ。
    成る程。
  • Victor Hugo est né à l'âge de 2 ans.
    ビクトル・ユーゴーは、二才で生まれた。
    1802年生の天才は確かに早熟でした。
  • Toute sa vie, Montaigne a voulu écrire mais il n'a fait que des essais.
    生涯、モンテーニュは執筆したかったのだが、試作しか出来なかった。
    Les Essais (随想録) とfaire des essais(試す)の違いは大きいようです。
  • L'ordinateur peut faire plus de calculs que le cerveau de l'homme car il n'a que ça à faire.
    コンピューターは人間の脳よりも沢山計算が出来る、何故ならそれしかする事がないからだ。
    確かに。

フランス語になった日本語 上に戻る


2004年にフランスのある読書サイトが行なった愛読書に関するアンケートで、1位が聖書なのはともかく、Le Larousse等の辞書が22位にランキングされていて驚きました。辞書のうちでも最も使用者の多い Le Petit Robert が6月に新たな装いで出版されました。今年新しく採用された言葉のうちに、sudoku(数独、ナンバープレース)、 shiatsu(指圧)などもあるそうです。好奇心を起こして、2001年発行の同辞書CD-ROM版に日本語起源と記してある言葉を抜き出してみました。複数形があるものは言葉として定着している事を示しますから記載しました。さて、フランス語としてすっかり定着しているmangaは、辞書に入っているのでしょうか。

  • aïkido 合気道
  • atémi ou atemi 当て身 Des atémis, des atemi.
  • biwa 琵琶  Des biwas
  • bonsaï 盆栽  Des bonsaïs
  • bonze 坊主  Les bonzes 女性形bonzesseは古語
  • daïmio 大名  Les daïmios, les daimyos
  • dan 段
  • fugu 河豚
  • futon 布団
  • geisha 芸者 Des geishas
  • ginkgo 銀杏 (1)
  • go 碁
  • haïku 俳句
  • hara-kiri 腹切り Des hara-kiris
  • jiu-jitsu 柔術 Des jiu-jitsus
  • judo 柔道 
  • judoka 柔道家 Des judokas
  • kabuki 歌舞伎
  • kakémono 掛け物
  • kaki 柿  Des kakis
  • kami 神  Les kamis
  • kamikaze 神風 (2) Des kamikazes
  • karaoké カラオケ  Des karaokés
  • karaté 空手
  • kata 型 Des katas
  • kendo 剣道
  • kimono 着物  Kimonos de judo, de karaté.
  • kyu 級  Les kyus et les dans.
  • makimono 巻物
  • mikado 帝  Des mikados
  • mousmé 娘(これは古語)
  • moxa 艾  des moxas
  • nashi 梨  Des nashis 但し、20世紀梨のこと。
  • nô 能  Des nôs
  • nunchaku ヌンチャク(う〜む、何故かな。)
  • obi 帯  Des obis
  • origami 折り紙
  • roténone ロテノン
  • saké 酒
  • samouraï 侍  Des samouraïs, des samurai
  • sashimi 刺身 Des sashimis
  • sen 銭
  • seppuku 切腹
  • shintoïsme 神道
  • shintoïste (形容詞)神道の(名詞)神道信仰者 Des shintoïstes
  • shogun ou shogoun 将軍
  • sodoku 鼠毒
  • sumo 相撲
  • surimi カニカマ(かに風味かまぼこ)
  • sushi 寿司  Des sushis
  • tatami 畳  Des tatamis
  • tempura 天ぷら  Les tempuras
  • tofu 豆腐
  • torii 鳥居
  • tsunami 津波
  • yakitori 焼き鳥
  • yakusa やくざ Des yakusas ou des yakusa
  • yen 円 (3)
  • zen 禅 (4)

(1) Wikipédia によれば、ヨーロッパに初めて銀杏が紹介されたのはオランダ商館付の医師として長崎に1690年から2年間滞在した、 博物学者でもあったケンペルの記述によるそうです。それで日本語起源の言葉になっているのですね。中国語ではyínxìngと発音するそう。「銀杏」をginkgoと綴られた理由は、単にタイプミスという説もあれば、ケンペルの故郷ドイツ北部の街では"g"を"y"と発音するからという説もあるそうです。いずれにしろ、リンネが ginkgoの表記を採用した時この綴りが確定したのでしょう。TLFiによれば、gingko、ginko、gingo、genkos、 ginkyoとも綴られていたとか。発音にも揺れがあるようです。Le Petit Robertによって日本語表記をすれば「ジンコ」、TFLiによれば「ジャンコ」と聞こえます。但し私の耳はとても悪いです。

(2)神風って、蒙古襲来の歴史が知られているの、と思わないで下さい。( Loyer 先生は高校で教わったそうですが。)もっぱら神風特攻隊から、帰途なく一人敵地に爆弾を積んで突入する果敢な人のイメージで使われています。昨今、「カミカーズ」と言えば、もっぱら自爆テロを行う人を指します。

(3)心配しないで下さい、勿論複数はあってyens, リエゾンはしません。hyène「ハイエナ」と同音語とは、いやはや。

(4)くだけた表現で、達観した禅僧のように心を乱されず落ち着いている人の事。間投詞で Zen ! といえば、Du calme ! 落ち着いて!と同意義。また、形容詞で、簡素で飾りがない事も指します。


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zidane さて、引退を十数分前にして家族への雑言に憤りあえて反則を犯したジダン選手は素敵だと思いました。Zidane qui s'en va sur un coup de tête.「ジダンは衝動的に( sur un coup de tête )頭付きを食らわせて( sur un coup de tête )去った。」このような合成写真に楽しくなりました。


2006年12月更新

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