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佐藤初女さんにお会いして
私が初めて森のイスキアを訪問したのは、10数年前、当時大学4年生の次男を予期せぬ喘息の発作で亡くした直後でした。
当初、ガイアシンフォニーを観て、エプロン姿の佐藤初女さんに森のイスキアで会ってみたい、おむすびをいただきたいという軽い気持ちで予約をいただきましたので、突然の息子の死は訪問の意味を全く変えてしまいました。
イスキアに向かう途中、私は、息子の死に対する「何故!」という悔しさや、
「自分の人生は何だったのだ!」という複雑な痛みを抱えながら、私の叫びを佐藤初女さんにぶつけてみたいと思っていました。
森のイスキアでは、佐藤初女さんは心をこめて手作りのお料理をつくってもてなしをしてくださいました。
もてなしをされる丁寧なお姿や、私たちのそばに座って少し目に涙をためながら静かに向き合ってくださるお姿に接したとき、不思議なことに私は、『この方に「何故!」という質問はしなくていい。言葉は要らない。観音さまがいるとしたらこのような方なのだろうか』という、何か深い想いにつつまれました。
あのときの佐藤初女さんの存在感の大きさは一体何だったのだろう?と、ふと浮かんだ私の問題意識は、人生の価値観を見直し確認しようとする、その後の私の生き方の原点となりました。
同時にあの時、佐藤初女さんからいただいた「大切なものをなくされましたが、大きなものが与えられますよ」というお言葉は、私の背中を強く押してくれるものでした。
私は、病床で三週間意識不明だった息子が、亡くなる前、確かに、私に何かを伝えようとしている!と感じていたのです。
私は、息子があの時伝えようとしたメッセージをしっかり受け止めて生きていこう、と心の中で決めていましたので、初女さんの言葉は「それでいいのですよ」という言葉として響いたのです。
その後、佐藤初女さんがアメリカを訪問されるとき「私の活動を見て欲しいの」と言ってくださったことがきっかけで、お供をさせていただきましたが、そのとき以来、佐藤初女さんは私たちにとっての生き方のお手本のような存在として、いつも側に感じさせていただいています。
「今の世の中に足りないのは、あるがままの自分を受け入れてくれる場所」というのは佐藤初女さんの言葉ですが、私たちはこのお言葉に賛同してそのような場所を作りたいと願い、「小さな森
東京」の活動を始めています。
小さな森 東京
吉田 俊雄
紀美子
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