尼崎は 近松門左衛門ゆかりの地。 「広済寺開山講中列名縁起」(冒頭に日昌の享保元年丙甲九月の仏閣建立の趣意書)に名を連ねている。

   また、近松門左衛門64歳の時母没。享保元年(1716)尼崎久々知広済寺で法要を営み「法華28品和歌」(阿野実藤卿筆)。「後西院勅筆色紙」(町尻兼量卿より下賜)を奉納している。
 
   さらに、手紙「・・・扨又今日之尼崎私も幸くくちと申尼崎近所へも参度候へ共」という文言が、二月朔日付伊勢屋清兵衛様宛書簡には見える。
 
  近松は尼崎に足を運んだという証がいくつも残されている。私たちは近松が残した多くの作品を通していろいろな方法で楽しむことをモットーに、市民レベルで活動を続けている。
 
 
近松応援団は平成元年に結成以来、
園田学園女子大学近松研究所のバックアップをいただき成長し、『近松のまち』を標榜している。

                 (今日は    ◇更新日 2008年 10月 5日◇