中根金田台の開発について
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中根金田台開発に関する参考サイトを紹介します
⇒中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会のページより事業の概要 |
・(17)またもや一方的な報道があったようで。おおいに検証してほしいと切に思うんですが、これはしかし…。しっかりと考えるための真の検証と問題提起をしてほしいです、マスコミには。 2009.12.31
・(16)天神の森再生作業の際の会話から考えたこと 2009.12.31
・(15)あらためて状況整理。今度はやや簡潔にしました。 2009.10.11 NEW←まずここから読んでほしいです
・(14)第2回円卓会議(8/10)レポート 2009.9.13
・(13)本当に論理的な議論をしたいものです、できるようになりたいです。もっと勉強しないと。 2009.8.14
・(12)状況整理、問題点とそこにある誤解について、他 2009.8.14 ←ここも読んでほしいです
・(11)中根金田台関係2題 2009.5.16
・(10)円卓会議でいろいろと考えさせられました 2009.4.10
・(9)円卓会議終了しました 2009.4.10(5.16)
・(8)3月15日円卓会議開催を予定しています 2009.1.30
・(7)自然が大切だ!って本当にそう思ってますか?(中根金田台開発の背景として考えたいこと) 2009.1.30
・(6)中根・金田台地区の沿線開発について言いたいこと 〜 開発か保護か? そんな単純な話にしないでほしい! 2008.12.6 ↑次にここから順に追って行くとわかりやすいでしょう
・(5)上境雑木林周辺の様子が激変しています。わかっていることとはいえ、ちょっと残念。 2008.12.6
・(4)中根金田台地見学会 2008.8.30
・(3)上境雑木林をとりまく最近の状況 2007.12.23
・(2)上境自然観察会 2007.3.18(過去の記録ページへリンク)
・(1)当会会合「上境の開発計画について」 2006.12.3(過去の記録ページへリンク)
ちょっと前になりますが、某T新聞(またか)12月21日付けで中根金田台の開発についての検証記事が載ったようです。検証となってはいますが、今いろいろともめているくらいで明らかに立場が異なる複数の意見が実際にある中で特定集団だけの見解をもとにこれだけの記事を書いてしまうとは、さすがに驚きました。事情を知らない人がこれを読んだら、そうなのかと思いこむんでしょうね。何しろ新聞記事ですから。この記事のソースになっていると思われる反対運動の方たちの言動は、問題の当事者や広く市民一般に対して向き合わずにその理解を求めることもせぬままにマスコミという場に直接働きかけることがたびたびあります。そこで報道されるものに不適切な内容が含まれることも今に始まったことではありません。そんな情報でもあるかもしれないと思っておく必要があると、参考に中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会の公開されている議事録中、第8回及び第9回の冒頭でのやり取りなど読んでみてください。もちろんそれ以外の部分も読んでもらえますと、聞いてたことと話が違ってみえるんじゃないかと思いますよ。
新聞記事読んだ人がもっと調べようと検索でもしてこれを読んでくれたなら、これだけは知っておいて、考えてみて、ってことを書こうと思ったんですがちょっと半端になってしまいました。後日書き足します。
ただ、大雑把に書きたいところを言っておくと、マスコミには本当に検証してほしいって思いがあります。この記事みたいに偏ったソースから取材したことを並べただけで何の検証にもなってないものを読まされてもしょうがない。どうして今の状況があるのかという事実を踏まえた認識をもとに、今どうすればいいのか、何が選択できるのかを問題提起するようなそんな記事を提供してほしいな。まさか、反対意見から取材した話そのままに即中止すればいい、って主張して終わり?ならせめて、その選択肢が我々にあるのかどうかだけでもちゃんと検証してもらえないかな。たぶんつくばエクスプレスを作るってところから全部つながっている話で、どこまで戻せるのかってね。鉄道建設と沿線開発が一体だよ、って話で自治体も鉄道を全面支援(多額の出資金とか無利子融資引き受けとか興味深いですよね。これら無しで今のエクスプレスの経営はあったのか?)したんだろうから。沿線開発だけ止めますってことになったら、どうなるの?
私も知りたいんで。
天神の森再生作業(内容詳細はこちら)の際の雑談から考えたことを書いておこうと思ったのですが、後でしっかりと書きます。
コメント(12)で、状況整理しますと言ったのですが長文になってしまいましたのであらためて(やや)簡潔に要点を指摘します。
誤解があるな、と想定する部分を具体的に挙げて簡単に意見を述べます。詳しくはコメント(12)他これまでに書いてきたものを参照してください。
以下、誤解(つまり、言われたまま信じないで事実を知って考えて欲しいこと)があると思うところを挙げていきます。
この事業は独立した宅地開発計画ではなく、つくばエクスプレス建設に伴う沿線開発計画の一部として計画され、既に着工にまで至っているものである。
沿線開発の是非が計画当時からも取り沙汰されてはいたが、元々独立した話ではなく鉄道建設に引っ張られた(または先行した)形の事業であるため反対するならば鉄道建設そのものから反対する必要があったと考えるが、当時そこまで覚悟のある意見がほとんどなかったことから工事が進む今の状態は必然だと私は思う。皆、鉄道は欲しいと言ってましたからね、どこまで理解していたかは知らないけど。
当時「鉄道建設そのものについて見直そう」という意見を述べていた方はとても少なかったのですが、現在「つくばエクスプレス沿線桜中部地区まちづくり協議会」の代表である酒井さんはその1人であり、鉄道建設の決定と同時に沿線開発が不可避となった当時から現在までに地権者の方々は計画の修正を要求し、対案を練り上げて準備を進めてきました。中根金田台における従来通りのニュータウン開発とは違った意欲的な試みである緑住農一体住宅を含む新田園都市の構想はそのような経緯のもとに生まれました。(コメント(14)のレポート、他参照)
反対運動が何かしら要求するのであれば、15年間に及び検討を重ねて現在に至る現状計画案に対してしっかりと対応できる事業縮小案なり撤退計画案なりをまとめて示すべきでしょう。せめてそのための準備くらい進めていて欲しいです。そのためには現状の正しい認識が必要なはずです。ですが、異なる意見を聞くことさえ拒み、ただ全てを否定する態度で要求する姿勢の反対運動に振り回されているので困ります。見直し、検討は当然必要だと思いますよ、だからそうできるように事実に基づいて議論しましょうよと期待してます、反対運動には。
さらに一言付け加えます。
沿線開発の行く末を心配する昨今の意見(中根金田台に限らず沿線各地で進行中の開発全体についてこのまま当初計画通りで良いのかという懸念が報道されたるする)については、開発の利権を求める者たちへの問題提起といった姿勢で語られることが多いと感じますが、事の発端はつくばエクスプレスを作ろうと論じていた(一応。論争にはなってなかったか?)頃に沿線開発のことまでしっかりと周知し民意を問わなかったことにもあるかと思う。今に至って、この沿線開発が独立した事業であるかのように扱い(実際にはそうでないことによりどうしようもない事情もあるはず)、特定の立場の者をつるしあげて済まそう(本当にそれで済むかどうかはおそらくどうでもいいのだろう)という考え方に従っていては、結局この一連の騒動から何も学ぶことができません。一体今回のことから何を学びますか。初めから考えられなかったのは本当に残念ですけど、現状に至った事実を受け止めてせめてこれからできることを考えましょうよ。ここでしっかりと向き合っておければ、次にはこんなことにならないようにできる((自分が)行動できる)かもしれない。今、この中根金田台の問題を人のせいにばかりしてたら、いつまでも同じこと繰り返すだけですから。
常に見直しできることは必要ですが、何が選択可能であるのか、どこまでの見直しが可能なのかといった実際の状況に基づく検討となります。そのためにはこれまでの経緯や現状をしっかりと知っておきたいです。要見直しということであればそのように考えたいですが、現状認識を拒む反対運動の姿勢がかえってこれを妨害しています。何も知ろうとせずに彼らは何をやりたいのか?
いろいろな金額の数字が絡んでくると思います。当初の予定通り進めても負債が増えるばかりだと、でも止めるにしても相当の費用がかかるんでしょうね。何がどれくらいって具合的に全然わからないわけで私も知りたいことなんです。円卓会議ってのを開いていますが、あれは市民がそんな情報を知って、ではどうしようかと、そんな議論ができる場であって欲しいんです。諸々の誤解についての説明だけで終わってしまう場ではなくてね。
それから、売れないなら止めるべき、という意見は単独の土地区画整理事業ならその通りでしょうけれども、このエクスプレス沿線開発の場合はどうなんでしょうか?これもやはりわからないので知りたい話なのです。
ひょっとしたら、鉄道建設を選択した時点でもう戻れなくなってるのかも知れません。売れないから、ではなくて売らなくてはならないのかもしれない。「つくばスタイル」が売り文句なんだろうけれども、残念ながらイメージばかりでその具体的な開発像は見えなくてこれではアピールできない。中根金田台の緑住農と田園都市の計画がつくばスタイルの唯一具体的な提案になるかもしれない。いずれはこのモデルで挽回を、って具合に。そうこれが唯一の切り札かもしれないんですから、中根金田台でまず成功例にならないと何も始まりません。ろくに内容も検討せずに中根金田台計画中止なんて主張はちょっと待ってもらえませんか。
こうして見ると、とにかく具体的に情報を知りたいです。そんな機会を提供する円卓会議を開催してみたいです、不毛な議論は無しでね。
すぐにでも中止できるわけありません。どうしてこういう主張ができるのか不思議なくらいです。
関係する地権者が納得できるだけの中止に至る手順をまとめた代替案を作成し、それをもって地権者全員(600人だそうです)の合意を取る手続きが必要です。中止のための費用も少なくはないでしょう。(コメント(14)のレポート、他参照)
もちろん、検討の末に中止とするのが最も妥当という判断に至ることもあるかもしれませんが、そうなるためには事実を踏まえた議論が必要です。ただ「中止すればいい」といった抽象的な要求を出すことは全く無意味です。そんなことに振り回されていると中止どころか妥当な見直しを求める機会さえ失ってしまいます。
以上は計画内容についての考え方であって、誤解を解いてこれを考え、可能な範囲で意見をあげるなどまっとうな取り組みになることと思います。でもこういった点で誤解があるということよりも、以下にあげる別の視点による誤解の方が比重が大きく、それによりこの計画への関心は歪められていると感じています。
そもそも前提が不確かだという問題があります。本当にここにオオタカはいたのでしょうか?(コメント(12)、他参照)
一部樹林の伐採などが始まった後の平成18年以後は営巣も確認されいるのは確かです。今ではオオタカをしょっちゅう目撃すると複数の証言があり、珍しくなくなっています。では17年以前はどうであったか。ここにずっと居続けていたのかといえばどうなのでしょうか。
オオタカがずっといた場所に計画通り事業が進むとオオタカがいられなくなる、それは許されないことだ、というのが反対運動の主張です。それに対して、近年はオオタカはいなかったはずで工事の一部着工により出現した環境がオオタカにとって望ましい環境となったことによりオオタカがここへ戻ってきたという「工事開始後オオタカ出現説」(名前は私が勝手に付けました)が示されています。まちづくり協議会の酒井さんによると上境近辺では、30年くらい前にオオタカが営巣していた時期が数年間あったがその後は姿を見ていなかったという話です。
「オオタカの生息地は人間活動によって一方的に狭まっていき一度いなくなったらもう戻ってはこないのだ」というわけではなく、人里における生活の変化、土地利用の変化により生息地を変え、いなくなったり戻ってきたりすると説明しています。ここでいう土地利用の変化とは何十年というスケールのものであり林が畑に変わり、畑が林に変わるという都市生活者の感覚では到底想像できないものに伴います。今、金田台地区でオオタカがいる森を守らないといけないとの意見があるわけですが、その森とされる緑地はこのスケールにあっては比較的最近にあたる30〜40年前に植えられたもので、植樹した後は管理をされなくて状態は悪いものだったりします。人も立ち入れない込み入った籔が広がっていたわけで、オオタカの狩り場として適切だったかわからない状態でした。それが近年工事に伴い一部樹林の伐採が始まったことがオオタカをこの地に呼び戻したと説明します。
問題は17年以前に本当にオオタカがいたのかということ。いたのだとも、いなかったのだとも、どちらも決め手を欠いているようです。というか、いなかったという証明はまず不可能でしょうから、いたとする記録がどうであったのか、あるいはここに暮らしたり出入りした人たちの当時の記憶がどうであったかの問題になります。
アセスメントの記録やもう1件別の記録で飛翔が確認されていたようですが巣が見つかっていません。そんなわけで営巣せずと結論されたアセスメントの判断が誤りだ、というアヤを残しているようですが、でも結局判断の分かれる結果なわけです。何よりアセスメントの頃から17年までの10年間くらいの期間において、この地域に暮したり出入りする人たちにオオタカがいるという認識がもたれてないんです。まあ、意識して調べたり注意していたわけではなかったでしょうけれども。
今では「こないだも飛んでたよ」という話をよく聞くわけですが、そんな地元の方に5年くらい前にもいたんですかと聞いてみると「別に注意して見てたわけではなかったから(見ていない)」という答えだったりします。私も見てないし、いるのだという意識はもってませんでした。
そもそも反対運動が何故17年以前に展開できなかったかが素朴な疑問であります。
それから、そもそも本当にいたのかさえ判断に苦しむべき記録でしかないと思うのですが、これが実際には計画区域内の2か所で2番いたのだという扱いにまでなっています。18年以降営巣が確認される金田台とは別に今はいない上境地区にもいたのだと。声を聞いた記録があるのだと、でも巣は見つけられなかったって。そして今現在でもここに巣は見つけられていないんですよ!素人目にはこれでいたのだって判断するのかなって思うんですけど。番が1つだったか、2つだったかは保全対策に関わるので重要な違いです。もちろん0個だったのだとしたらもっと大きな問題ですけれどね。
それはさておき、オオタカ保護を要求する反対運動案とは別のオオタカのための提案があることも知っておいてほしいです。オオタカが環境変化を見て生息地を変えるという前提に立って、大切なのは今現在の生息地にこだわらずに将来どういう環境があればオオタカが生息できるかという視点で考えるべきだという提案です。そしてそんな環境を維持していくための仕組み、そこにある人の暮らしについても考えなければならないということです。これは現在の金田台の営巣地が長い期間安定してあったものではなく、一時的な環境変化によって出現しているという前提にもよるものです。
工事を止めて今の環境を守れと反対運動が要求するわけですが、既に人手が入った人里にあってただ放っておくという環境が決してオオタカのためになるわけではないのだと、そういう環境で暮らしてきた人たちの意見として耳を傾けるべきだと思います。反対運動の方々は全く聞き入れませんけどね。
誰かが巣を落としたとか、地元の人が営巣妨害したとか、そんな話がどんどん広がるんですよね。事実確認も無しに。当人と話せば違うってわかることなのに。(コメント(12)、他参照)
誰かが言い始めたことや憶測などもだんだんと大きくなっていつの間にか事実になったりする。情報ローンダリングとでも呼んでみましょうか、ちょっとびっくりします。新聞記事にまでなれば確定情報扱いになりますから。
戸惑っている人は多いんじゃないかな。中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会のホームページに委員会の議事録が掲載されてますが、第8回委員会議事録の始まりのあたり(第9回の冒頭の方がもっと突っ込んで指摘されてますね(H21.1.4追加))でも読んでみてください。それ以前の議事録でもこんなやり取りが繰り返されますが、こんなこともあるんですよね。
この辺に関わる情報は良く考えてから受け止めて欲しい。
新政権になって従来進められた開発計画など次々と見直し、凍結となる中、中根金田台の件もそのように陳情しようという準備もされているらしい。この計画のコンセプト、ビジョン、可能性、そして私が思うにつくばスタイルの唯一の切り札であるという重要性などが一切吟味されることなく、ただ一声で事業凍結なんてなったら失うものは大きいと思う。せめてしっかりと内容を検討して判断されることを願います。
8月10日に実施した第2回円卓会議のレポートです。私はこの場に参加してませんでしたので、出席した方がまとめられたレポートを元に報告します。転載レポートはこのコメントの最後に載せます。
今回は急に実施が決まったこともあり参加者も17名と少なめでした。でも少ないなりに、桜中部地区まちづくり協議会会長の酒井さんがこれまでの経緯と現在の計画の内容について説明したことを伝えることはできたようです。
これから何ができるか考えようとするならば、まず現状を認識する必要があると思います。いろいろと誤解があるので、まずこれまでの事情を正しく知ってもらうことと、現時点での計画内容を理解してもらいたいという思いがあります。そのうえでどういう変更が可能であるか、そのためには何が必要になるのかという検討がはじめてできるのだと思います。
会場の受け止め方は、概ねこれまでの経緯などについての理解が得られたようです。しかし、やはりというか、開発反対の立場で参加されていた方がどうしても話を受け入れず、緊迫した場面もあったようです。
最後まで「中根金田台のすばらしい自然や遺跡を開発すべきでない」といった論調の反対意見と「つくばエクスプレスの開発を止めることができないなら、開発区域を縮小して、開発リスクを抑え、できるだけ自然環境を含めた高い割合の緑地を確保したまちをつくるしかない」と地権者の代表としてその実現に向けて長年取組んできた酒井さんとの議論は最後までかみ合わず平行線のままだったとのことです。
相変わらず残念な状況なのですが、あらためて中根金田台に関わる対立点を浮き彫りにし、整理の方向を示すものになったのかもしれません。開発反対というのはもうその段階ではないので論外として、必要とされるのは開発見直し案でしょう。それも具体的に手順と手立てをもったものです。それを立案するためには正しい現状認識が必要です。反対運動が現状認識することから拒否するのであれば彼らには実効的な反論をする意思がないのだと考えるしかありません。でもそんなはずはないでしょうから、まずは具体的修正案をまとめてもらえるように問い続けるべきでしょうか。地権者の方々が15年間検討を重ねてきた現状案に対して、その問題点に必要最小限対処できるものをです。そのためには今の態度、姿勢では無理のはずですから。少なくとも、この後に掲げるレポートの中の「土地区画整理事業の見直し」に関する見解を示してほしいです。これが一番大事なことでしょうから。
不毛な妨害としか思えないところがあるんです、今の反対運動には。計画に見直しは常に必要だとして、実現可能なアプローチをしてほしい。まだ考えられる余地があると思い、考えたいとする立場からは実に迷惑な状況です。反対運動は本当に何をしたいのですかね。将来の環境をより良くするため、そして彼らが主に掲げるオオタカ生息環境の問題のためにも、なにより実現可能なアイデアを提案していく姿勢であってもらいたいです。
建設的な話し合いを実現するためには今の反対運動のありように問題があると指摘する必要があるため、ここでこのように書きます。円卓会議の場だって、そもそも現状認識の誤解を解く場などではなくて、もっと先の議論をしたいんですよ。
このレポート内容は、当日の議事要点のみです。つくばエクスプレス沿線桜中部地区まちづくり協議会代表の酒井さんが準備した資料をもとにつくばエクスプレス沿線開発の経緯、中根金田台の自然環境の遷移と現状、オオタカ及び歴史緑空間の保全の問題、今後の課題と方針について議論を進めました。
【TX沿線開発の経緯】
■TX沿線開発が当初2,000ha15万人の計画だったのを地権者の努力で1,350ha10万人に縮小されたこと。
■保健保安林26haが地権者の努力で指定され、周辺も含めて40haの森が計画地から除外され守られたこと。
【緑住農のまちづくり】
■今までのまちづくりにはない「緑住農」というまちづくりの手法で、計画地の1/3、100区画が施工されれば、通常の区画整理事業では3%の緑地しか担保されないのに対して、緑住農だけ見れば、70〜80%以上(?)の高い割合の緑地が担保できること。
■また、緑(景観緑地)と農(菜園)は地権者と居住者が協働で管理することとなり、農業の崩壊や樹林地の放置を是正する新しい方法ともいえること。
■景観緑地はつくば市が地上権を持っているので二世帯住宅を建てるなど、土地の分割を防止することができること。
■URが処分する計画住宅地の用途を緑樹農で実施できればより緑地が担保できること。
【土地区画整理事業の見直し】
■2000年に都市計画決定される以前にもどしてまちづくりを再考するのが一番よい方法であること。しかし、そのためには、600人の地権者の同意が必要であること。線引きの見直しは不可能ではないが、一人一人説明をして、同意を得る努力を誰がするのか。
■例え、市街化調整区域に逆線引きとなったとしても今度は調整区域に無秩序な住宅地の建設が進行する可能性が高い。それを防止するためには、集落地域整備法の適用やまちづくり条例などのルールづくりが必要であること。
【オオタカ及び歴史緑空間の保全の問題】
■オオタカは一箇所に定住する鳥ではなく、自然環境の変遷によって営巣地を変えている。よって、オオタカは個体保護でなく、計画地全体からみた生態保護を考える必要性があること。
■民有緑地として地権者の同意を集め、換地で一箇所に集約できれば、オオタカをはじめとした生物の生息地として有効な緑地が担保できること。
■計画地の斜面林や樹齢が100年以上の樹林地は優先して保全すべきであること。 そのためには、樹林地の管理計画まで考える必要があること。
■歴史緑空間の国指定遺跡は国の補助金で整備し、残りの土地利用の将来計画を市民を交えて議論が必要であること。
■計画道路のために移転しなくてはならないゴンタの森(市から土地を使わせてもらって市民有志で整備運営する手作り遊び場。会議当日、その関係者も出席していた。)も地権者やつくば市の同意を得られれば歴史緑空間等別の場所への移転の可能性は高いこと。
東京都稲城市で、某区画整理事業の進展に関わる方から連絡をいただきました。ここで紹介した中根金田台の開発計画と様々な点で状況が似ているそうです。
紹介されたHPを見ましてなるほどと思いました。 「南山の自然を守る会」
里山コモンズの提案に対して、開発反対意見も強く、様々な立場の方々が参加しそれぞれが持つ計画案を検証するというワークショップを行っているそうです。
開発の背景などもちろん違うわけですが、このワークショップの進め方については大いに参考になるものと興味を抱くとともに、その議論のレベルの高さに圧倒されます。
ワークショップのHPをみると、これまでに開催された2回分の報告書があります。1回目は計画見直しを要求する団体の見直し案についての検証、2回目は里山コモンズ案の検証、という具合に双方の意見が俎上にのります。驚くべきはそれぞれの案の具体性の高さと、それを前にした参加者の意見の鋭さです。まさに、事実を元にした論理的な検証であって、何が実現可能であるかを追求しようという姿勢が感じられます。さらに、見直し要求案がワークショップでの指摘を受けて、後に修正されて再提出されるという展開(新着情報のタブから)。何とか良いものにしていこうと知恵を出していく目的が本当に機能してるんだ、凄い。
南山・何でも検証ワークショップ
私たちもこんなふうに議論できたらいいなと思うのですが、しかし、今のままではこんな実際的なレベルの議論ができるのだろうかと思えてしまう。私ももっと勉強しないとな。
とにかく無駄に費やすエネルギーが大きすぎます。誤解だらけの不毛な議論(議論になってない)はもううんざりです。もっと勉強しなければならないこといっぱいありますよ。
ここでは今までよりももっと踏み込んで問題となるいくつかの「誤解」を具体的に示しながら今の状態を整理してみます。
これからどうすればいいのか、今からできることは何であるかを皆で考えていきたいという立場です。現状認識をおろそかにしたまま「とにかく抜本的に見直そう」と訴えるばかりの抽象的取り組みでは埒があきません。そんな訴え方に終始することは、みすみす検討する機会を放棄しているようなもので、迷惑にも感じます。ここは事実に基づく論理的、現実的な検討を冷静にできるようでありたいです。しかしながら、そういう思考を阻む多くの誤解があり、それらが広く信じられている状況があります。
これらの誤解が解消し、検討の場が実現することを願います。是非とも一読して考えていただければと思います。
はじめに大枠としていくつか指摘します。
(1) 何よりも沿線開発は既に始まっている(始めている)という認識が必要
(2) その内容をどこまで見直せるか、どういう開発を進めるべきか、という議論が必要
(3) 中根金田台で提案されている緑住農を柱とする新田園都市構想をしっかりと評価したい。これを成功させ、さらに将来拡大させるくらい考えないとかえって困るんではないか。中根金田台に限らず、つくばの沿線開発で打ち出そうとしているつくばスタイルの、これが唯一の切り札ではないかと思う。
(4) そこにオオタカを旗頭に据えた環境保護運動が介入するが、その主張の中に確定されていない情報に根拠をおくものがある
(5) 計画見直しを訴えるにしても議論に値するような具体的な対案を示すものであってほしいが、環境保護を感情的に訴える抽象意見しかなく話がかみ合えない。環境保護の指摘が、先に述べた議論そのものを妨げていて冷静に判断できなくしている。
(6) 環境保護を求めるにしても、元の環境、地域の環境がどういうものであるかの認識が必要。ここは人里離れた森林原野ではなく常に人が暮らし関わってきていた環境です。近年関わり方も変化し、さらに今では(区画整理の買い上げなどにより)人手が離れてしまった場所をどうしていけるかを考えないといけない。あれしろ、これしろと他人に要求するだけのことではないはず。
以上の流れに沿って、具体的に書いてみます。
まず、この沿線開発はつくばエクスプレス建設に伴うものであったことを認識したい。伴うというよりは、鉄道建設と同時かそれに先行して始められていて、鉄道建設の前提であったということを確認したい。
特別法により、単なる区画整理を超えて鉄道関係用地まで開発用地の集約換地により生み出すという荒業を行使する前提でつくばエクスプレス建設は可能になったのでしょう。エクスプレスを作る仕組みはそういうものであることは初めからわかっていたことで、沿線開発の範囲、内容の青写真も初めからあったわけです。それでいて、鉄道を作ろうかと言ったときにそのことに反対する意見はほとんどなかったと覚えています。私の知るところ、酒井さんが当時指摘していた鉄道建設そのものに反対する意見がほとんど孤立無援であったと認識しておりますので。 (鉄道そのものに反対する意見はほんとに少なかったと思います。鉄道は必要でも沿線開発は要らないという意見はあったと思いますが、どうやってそれを実現するのかという説明のできない(というかそういう視点もない)ものばかりでした。)
意識していたかどうかはともかく、みんな賛成票を投じてしまったんですよ。私もね。賛成していたわけではないけど、特別に反対もしなかったからね。白紙の賛成票を入れてしまった。
全く面白くない話です。
ちなみに、数ある沿線開発地域の中で中根金田台地区は唯一沿線にはなく、その範囲内に鉄道用地に集約されている部分はなかったはずです。着工も遅く、これから事業が本格化する段階ですので、多くの反対意見にあるように「傷口を広げないうちに取り止める」という選択もありそうです。
しかしながら、後に触れます緑住農のプランがこの地にあり、これを無にするべきではないと考えています。止める、見直すと抽象的に言うのではなく、やるべきことやもう予定変更がかなわないことはその実現に向けて努力し、見直すべきでありそれが可能であることはそのように進めていくというように、内容を具体的に考えられる議論をしたいです。
つくばエクスプレスの建設の是非が問われていたころから開業に至るまで繰り返し聞かされた言葉、「秋葉原まで45分」。その便利さを謳う言葉だけで、その他の問題はいっさい触れずに話が進んできました。このページ内で以前にも書きましたが、あまりにも馬鹿にされている感じで「ふざけるな」って感じです。「便利でいいねー」なんて言わせといて納得させとけばいいやって感じでしょうか。それで何かあったらとんでもない請求書が当然のように回ってくると。そういう状況は嫌だと思ってます。何も意見できないのに、その結果起こる事態からは逃れられないと。今からでも考えていけるようでいたいし、そう求める運動はあってもいい。
先日、雑木林で遊ぶ会が主催した円卓会議は中根金田台の開発の将来像について考えたいという趣旨で開いたものですが、いろんな立場の人が一緒にテーブルについて話しあえるようでありたいです。反対の立場の方や、その他いろいろな考えを持つ立場の方々がそういう場に参加してしっかりと意見を述べ議論に参加してくれるよう望んでいます。
しかし、「その場に入ることは開発を認めることになる」からと拒絶され議論そのものが成立しません。そんな考え方を持たれる背景に、この計画は環境影響評価の扱いを始め様々にごまかして強行しているから、等といった認識が根底にあるように感じます。でも、そういう情報の中に多くの誤解があると私には思えまして、そんなことのために建設的な議論の場自体が成立しないことは何とも残念に思うのです。
実は私も沿線開発の状況について今までずっと考えていたわけではありません。中根金田台地区内の雑木林で活動していた関係から、その地主の酒井さんから時折計画の進捗状況など知らされながら、「でもこの地域まで開発は入らないのではないのか。他の地区も売れないようだから。」などと気楽に考えていたものです。緑住農プランも、プランがまとまった頃に座学として聞いておりましたが、どうもピンとこなかったり、そこまでやる必然性があるのかと正直思ったものです。
ですがいよいよ中根金田台でも事業が始まることとなり、緑住農についての見学会が行われるという機会に参加した頃から考えが変わりました。というか、それまでの認識が甘すぎたです。
考えが変わったきっかけは、まずはこの緑住農プランが自然と関わりをもって人が暮らすライフスタイルを見直しこれを世に問うものとなり、なおかつ種々の施策・制度を駆使してそんな街づくりを実現する先例に成りうるということを実感したということがあります。これはとても大きく新しい仕事なのではないかと思えたわけです。常々閉塞していると感じていた開発と環境保護の議論(*)に一石を投じるものになると希望を持てました。
(*:対案なく反対を唱える保護運動が結局押し切られて、後につながる何らの足掛かりも残さずに終わる議論。というかそもそも議論にもならず後の類似案件にとって参考になるものが何も残らないもの。→結局、いつでもどこでも同じことを繰り返すだけの不毛な抵抗。)
もう一つは、そのくらい頑張って沿線開発を進めないといけない状況があるのだと思えたことがあります。その頃まで考えていた、「売れなきゃ売れないで仕方ないだろう、止めてしまってもいいんでは」って言ってはいられないのではないかと気付き始めたわけです。開発のことをあらためて学び、考えてみたら「これってただやめちゃえってわけにはいかないんだ」とわかってきました。止める、戻る、ってどこまでそうできるか考えないといけない。土地は先買いしてるし、既に売られた土地は人手を離れて既に短期間のうちに荒廃を始めてるし。中根金田台以外の開発地区では、既に鉄道用地、公共用地等は使ってしまっているんだから戻れたとしてもどこにしわ寄せさせて納得できるんだろうか、とか。
仮に計画をある程度まで抑えるとか見直しすると考えるとしても、一方で緑住農プランはこれを推進して攻めに使っていくべきものだろう。これは、つくばエクスプレス沿線開発が売りにしている「つくばスタイル」の具体的、現実的な一方策である。いや、それどころかこれが唯一の切り札だと考えるべきだろう。これをまず中根金田台で成功できたら、他の開発地域にだって応用できるかもしれない(かな?)。そういうバランスのとれた見直し議論は是非実現してほしいと思う。
ここまでで、開発を巡るこれまでの経緯を踏まえて今後のありかたについて議論しないといけないということと、緑住農プランを評価しこれを是非実現させるべきだという考えを書いてきました。とにかく計画内容を正しく認識し、検討するべきことを広く議論できるようでありたいと思うのですが、現実にはオオタカを象徴とする環境を破壊する開発計画というレッテルのもと、計画内容を検討しようとする姿勢自体がタブーとされる雰囲気があります。そういう問題意識にたどり着く以前の状態です。
平成19年春に計画地域南部の金田台地区でオオタカの営巣が確認されて、ちょうど始まったばかりの工事を中断しオオタカの生息調査を行うことになりました。20年秋に、営巣地から一定距離を置いた範囲で工事が再開され、21年シーズンの営巣時期から雛が巣立つとされる頃まで中断された後に7月から再開されているという状態です。
オオタカがいることを知っていたにも関わらず、計画を認め工事を進めたのだと反対運動は主張します。また、誰かしらがオオタカの生息を妨害しようと手を加えていると主張し開発計画(開発担い手)のイメージを悪くさせています。しかし、それらの主張の中には事実が確認できずにいることが多く、公式には「はっきりとしたことはわからない」というおさめ方をされているものもあるのですが、あたかもそうであったように主張を繰り返され、そのように認知されてしまっていることもあります。
古い話や細かい話もありますが、ただそれらが今でも語られているような現実もありますので、ここに取り上げます。これらは、双方の見解があって今となっては真相がわからないとされる話がほとんどです。わからないんですから、もうちょっと冷静に取り扱ってほしいです。
以下のような事例があります。
一般に知られている事柄 |
この情報がもたらす影響。 |
|---|---|
1.当該地域での平成8年の調査に、オオタカ幼鳥の目撃情報がある。巣は見つからなかった。 |
この調査結果は事実でしょう。記録がありますから。 |
2.平成11年に行われたアセスメントではオオタカの目撃、幼鳥(?)の鳴き声が確認されている。巣は見つからず、よってこの場で営巣していないと結論される。 |
このようにすっきりしない内容になっているとされ、オオタカを確認しながら営巣していないと判断した調査のありようが問題視される。 |
(2.解説) |
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3.平成8年の記録があり、また11年のアセスメント調査は本当は営巣していたと判断されるべき。平成18年に個人がビデオ撮影した記録があり、19年以降にはURの調査により営巣が確認されている。 |
不正に事業を強行しているのでこの開発行為はその内容を検討する余地もない、という態度で扱われる最大の根拠であろう。 |
(3.解説) |
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4.19年春、オオタカの営巣を確認し、事業主体の都市機構の関係者に連絡し た。その後、その林が伐採された。 |
実際にそうであったようだ。内部で連絡が不徹底だったのか、わからない。 |
5.18年の県調査で計画地域北部の上境地区で親鳥の餌運びと幼鳥の鳴き声を 確認。巣は見つからなかったが、後にその予想される位置から次の項で触れる落巣した古巣と結び付けて扱われる(中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会(以下、委員会とする)第2回議事録)。 |
この情報により、上境地区にもオオタカが営巣し、中根金田台地区全体では元は2番のオオタカがいたこととされている。 |
(5.解説) |
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6.2008年初春、上境地区でオオタカの営巣妨害2件が行われたとの情報あり。1つはオオタカの古巣が落巣して壊されたこと。もう1つは営巣時期の大切な時に林内でたき火が行われて営巣を妨害していたというもの。 |
これらは事実として伝わり、開発にかかわる人たちの姿勢に問題ありとの印象を植え付けた。 |
(6.解説) |
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7.最近の東京新聞の記事(7月6日)から。工事の再開を報じる記事に、守る会代表のコメントが載ってました。「都市機構が用意した代巣地はオオタカが営巣できる環境になるまで10年はかかる。営巣地近くの工事は中止するべきだ。」 |
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(7.解説) |
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オオタカを守らないといけないとして開発事業の手続きの不備(本当かな?)などを追及し続ける姿勢により、これまでの経緯や諸事情を考慮して進めるべき議論が妨げられています。そして、そのオオタカに関する情報に不確かな内容もあるわけです。
オオタカを守れと言っての行動であるようですが、本当にこの地のオオタカのためになる選択ができるよう、できる限り客観的かつ冷静な議論を望みます。
そんな選択には次に述べる環境認識も必要と考えます。
「守れ」という意見を聞いていて、常に引っかかることがあります。この地域は人里離れた原生林というわけではないし、常に人が関わり作ってきた環境があるわけです。何もせず放っておくことが守ることになるわけではありません。守れ!、って果たして誰に対して言ってるんですかね。せめても「自分が守るよ」、ではないんですよね。まあ、そうしようとしたって無理でしょうけれど。
酒井さんが話すことを、そんな無茶な内容言ってないんだからと私は素直に聞いております。それによると、金田台でオオタカがいるとされている辺りは今では見かけ上広くまとまった森があるわけですが、これらの森は30年とか40年とか前に植えられて育てられた森であるとされます。それ以前は畑だったそうです。数十年という時間スケールで見ればこういう人里の土地利用というものは次々と変わり、畑が森に、森が畑になるということはちっとも珍しいことではないわけです。この地に限らず、里山の一般的な話として土地利用が変遷するということは聞いたことがあります。「里山を保全しよう!」と言った時に、「そこでいう里山はいつの時代のものですか?」ということになるわけです。というわけで、この地でそういう変遷があったのだという話に無理はないと思います。畑が広がっていた当時の写真だってあります。とにかく「森は失ったら元には戻らない」と言われている林は畑だった場所から人が育てた林なんだそうです。
こんな話も反対運動からは都合がいいことを言っているとして取り合ってもらえません。
それでも40年ほどの蓄積があるわけですからやはり貴重な森と言うべきではあるんでしょうが、ここで取り上げたい問題があります。これらの森の多くが十分な管理がなされずに貧弱な森になってしまっていることです。間伐などを行っていない林では、細い木が窮屈に立ち並び、枝も枯れあがって大きな横枝が発達していません。下草も伸び放題で、夏場は林内に立ち入るのも困難なほどです(そんな状況をしっかり見てから代巣地を検討しましょうという意図の見学会の報告、検討委員の方々の反応はこちらの以前のコメント参照)。
先に触れた、現在の営巣地の周囲に適当な代巣林がないというのはそんな状態の林ばかりだということです。ここを代巣地と定めても今から間伐などを行ってから横枝の発達を待つのに何年かかるかわかりません。
ここで言いたいことは、森なり、何なりの環境を保つにはそこに適度な人の関わりが必要だということです。そのうえで、オオタカに関するならば、オオタカが住まうには彼らにとって適した条件が一致する必要もあり、条件の変化によって彼らの選択に任されるだろうということです。オオタカが現れたり、いなくなったりもします。上境地区には30年ほど前の数年間にわたってオオタカが営巣していたと言われていますが、その当時はアカマツが松枯れで一斉に枯れ、その間に残った針葉樹の大木が営巣木に、松が枯れた跡地に苗木を植えた場所がちょうどよい狩り場になっていたとしています。ただその環境は長くは続かなくてその後最近までオオタカは見かけなかったということです(この話も反対運動は聞き入れません)。
樹齢40年ほどの守らなければならないとしている森も、長く手入れされず放置される状態にあり、まして既に都市機構に買い上げられた状態でこれを守れって、誰に守らせようという主張なんでしょうかね。自分たちでやろう、という気構えがあったとしてもあの広さは無理ですよ、とても。基本的に人が少ないと感じますね、この地の環境容量に対して関わる人がいなさすぎます。「雑木林で遊ぶ会」での取り組みとして、遊ぶという名の草刈りをずっと続けてきていますが、どれだけ刈ってもキリがないんですよ。その広さに対してだって、もっと人がいていいとずっと考えていました。そして、周囲ぐるりを見回して、1日誰も見かけない日だってあるんですよ。こういう場所にはもっと人がいたっていい、とにかくそういう思いがあります。
以上の考えをひっくるめまして、いっそのことリセットしてもいいんじゃないかと思うんです。今ある林にこだわらずに、新しく森を作ればいいと。かつて抵抗を感じた考え(参照)なのですが、実際に今の森にこだわり続けられないし、このままでは人がいなさすぎるし、そして何より必要なのは将来のグランドデザインなのではないかと思えてきましたから。オオタカについても、今いるオオタカに、今の営巣林にこだわるのではなくて、将来どういう環境があればオオタカが営巣できるのかを考えてその整備をする必要があるのだと思う。
中根金田台開発の緑住農プランや、周囲の上境の保安林などはそういう環境を作る十分なパーツになりえるでしょう。適度な開発により、そういう環境にかかわる人も十分に住まうようになるでしょう。
単に自然が、森の環境があるということだけではその扱いに困ることもあ ります。誰かが管理をすればいいと、管理のための管理を求めようにも担い 手はいるでしょうか。「私たちが草刈りします」なんてそんな甘いものでは ないですよ。その行為に普遍性をもてますか。コストは負担できますか。オ オタカのためという名目の負担を誰か(市か県だろうな)に求めようとか考 えないで下さいよ。
そこにある暮らしの中で環境の維持ができる、そういう仕組みでなければ 続くものではありません。中根金田台の緑住農プラン、新田園都市構想によ りそんな環境が創造できる可能性にかけてみたいです。
ちょっと、補足ですが、これは紹介しておきたいことなので。
しばらくいなかったオオタカが姿を現したことの説明として、工事により 一部樹木を伐採したり、草地が出現したからオオタカが餌場を確保できたた めであるという話を酒井さんが主張していても、都合のいい話だとかオオタ カの生態を知らない者が言ってることだとか言って反対運動(オオタカはず っといたものと主張している)ではこれを取り合っていません。しかし、委員会の場でオオタカが営巣する現状への配慮として餌場の維持、管理(具体的には草刈り)を都市機構が実施し続けることが求められ、そのように実行され続ける予定です。
オオタカがいられるためには、継続的に草刈りをして餌場を維持しないといけないと、そういう行為が必要なんだって認識があるわけじゃないですか。
そして、そういう行為って一連の工事が始まるまでこの地域では久しく行われてなかったはずですよね。地主さんもなかなかヤマの手入れができなくなっている時代ですから。藪が茂り、開けた空間もなかった当時のこの一帯にオオタカは餌場を確保できていたのでしょうか。
こういう原生原野ではない里山の環境にあっては、継続的な人手の関わりが生物生息環境のポテンシャル維持・向上に働く場合があります。オオタカに限れば、刈り場の確保といった面で工事が始まったことにより環境が向上していると判断できます。そういう理解があれば「オオタカ工事開始後出現説」は無理な話ではありません。繰り返しますが、明らかにオオタカが確認された平成18年より前にこの地域にオオタカが営巣していたという明らかな証拠は示されていません。すべては過去にさかのぼってたどり着く記録で、その全てが目撃していても巣が見つけられていない点に注目してほしいですね。何よりも、そこに生活していた人、出入りしていた人がオオタカを意識していないんですよ、当時は。
こんな風に書いて、別にオオタカを嫌っているわけでも恨みがあるわけではありません。むしろ、オオタカがいられるような環境であるならば実にすばらしいことだと思ってましたよ、ずっとね。ただ、そういう環境が現在出現している背景を見誤り、工事の進行とそれにより形成される新しいまちのコンセプト、さらにはそこに形成される人と自然が関わる暮らし方の可能性について何の検証もなく否定したうえで「何もしないことがいいのだ」とする選択が、本当にオオタカのためにだってなるんですか?って聞きたいんです。言いたいんです。何もしないってことは近年手つかずで放置されるままでしかなかった藪地の状態に周りの環境を置いておくということですよ。それに関わる人手は圧倒的に不足しています。第一そこに関わる理由がありません。継続的な関わり、関与はそこに自分の暮らしがあってこそのものです。通いで行う里山ボランティアなんてものには普遍性は期待できないものです。私はそう実感しています。
ちなみに、平成8年にオオタカが目撃された調査報告がありますがこれに関係するかもしれない話題を1つ。ちょうどその頃に地域内で間伐などの手入れを行った(依頼した)地主さんがいらっしゃるそうです。ちゃんと手入れをされたわけです。このことはオオタカの出現があったことと関係あるでしょうか。あ、こんな昔の話は、こじつけみたいだし今さら検証できないことだからしてもしょうがないか?でも実際にそういうことがあったそうです。そして、当時伐採を行った方に頼んで平成20年〜21年の冬場に上境の保安林の間伐整備を行ったそうです。地権者の方々で自主的に。ただ伐採するだけではなく、木や必要な枝を傷つけないように注意する伐採で手間も費用も余計にかかるものだったそうです。中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会で検討している(公開の議事録参照)開発事業としての代巣地整備は、まず調査が先だとし候補地選定はしたが具体的に誰がどう整備するかという肝心な部分がやっとこれからだという参加委員(専門家)の姿勢にしびれをきらした素人(地権者)の対応は早いですね。100万円超の費用も自分たちで負担してやるぐらいだそうです。(関連コメントを上境トピックス過去記事のページに載せました)
もう1つ追加情報を。中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会のページから最新の第8回委員会議事録を読んでいましたら、サシバの番が今年になって2つ増えたとのことでそれらの巣の位置も勘案して工事計画を・・・、というくだりがあります。谷津などが発達したこの地でサシバはあたりまえに見かけると前にも書きまして、ああそのサシバも増えてるんだな、と思ったわけですが、でもちょっと待ってくださいよ。基本的に工事が進めば生物の環境に悪影響を及ぼすって、そういう認識でいるわけですよね。その中で巣が増えてるって何気なくすごい話をしてますね。そんなことは当然とばかりに、で、その増えたところの周囲も新たに保護区にして、いやそれではキリが無い、などと続く議事内容はともかくとして、本当にそういうことがあるんですね。で、オオタカの場合はどうだったんだろうって思います。
蛇足かもしれませんが、一応補足しておきます。以上から工事をすれば環境が向上するのだと勘違いされても困ります。つまりはこの地の潜在的な環境ポテンシャルは非常に高く、適度な人為の介入によりそれが十分に引き出された状態であればオオタカだって棲む豊かな生物環境をもてるのだと(実際にそういう時期はあった)、それが近年人手が絶え極度にポテンシャルが低下した状態にあったところに先行工事の影響がいい方向に働いたのだと考えるべきかなと思います。問題は、今の状態を従来からあったものと勘違いして今の状態を残せと要求することが、この環境の維持を保証できないことです。今、工事に関連して餌場の維持管理を要求する考え方に対しては、では工事を止めることにした後にだれがそれをできるのかと、そんな視点でも考えて欲しいですね。(2009.9.13この段落一部訂正追加)
地権者の方の中に「オオタカの餌付けをするような話は受け入れられない 」との意見もあるようです。餌付けとはよく言ったものです。餌場の維持管理を続ける限りオオタカは今の場所に居座るかもしれないし、そこにオオタカがいる以上工事中止を要求され続けるわけです。事業の遅れは事業費の増大など深刻な事態を生み出しつつあるともされています。しかもその餌場の維持管理費用は、事業者の負担となり結局は地権者の方々が多くを負担することになるわけですから、これはいったいどういう図式なんでしょうか。
おかしな図式の上に成り立つものであるうえに、やはりこれは長くは続かないと思うのですが。(オオタカのためにずっと草刈りをやってあげられる人などいませんので、そういう誰かに頼ろうとしては駄目です。)
オオタカを守れと声高に要求されますが、本当にオオタカのためを思って考えてますか、って思う。
ここまで読んでいただいた方には、本当に感謝します。
ずっとこういうことを書きながら、本当の自分の立場というか意見を見失いそうになってしまってます。自分の方が「かえって今さら何を言っているのか」と思えてますし、そう思われていることでしょう。正直、自分が常日頃考えていることとは逆の立場を懸命に弁護しているようなものですから。
ですが、今必要なことは、事実に基づく理論的な議論であって、少しでも良い結果につながるように皆で知恵を出し合うことであるはずだと考えています。そんな機会はいくらでも作れるはずなのに、誤解に基づく多くの妨害意見によりそれが阻まれていると感じずにはいられません。反対運動につくマスコミの報道姿勢がそれを加速させます。そんな状況をみていると、まずはその誤解を指摘して、あらためて考えましょうよと訴えることになるわけです。
私も、普通に開発か、反対かという色分けをすれば反対とする側にいつもいたつもりです。反対というよりは「開発しない」というべきでしょうか。
今回のことについては、「開発しない」の判断段階はとっくに過ぎてしまっている中で「何もしなければいい」という無茶な反対意見に対峙した結果、擬似的に開発の側に立つような状態があるわけです。
決していわゆるニュータウンといった大規模な開発様式を肯定しようとは思っていません。そしてこれは中根金田台の緑住農街区のプランを進める地権者の方々も同じ思いであると考えています。
事態が進んでいく中で何とか抵抗しながら打ち立ててきた緑住農のまちづくりという概念を理解したときに、開発の是非について懐疑的に思っていた当時の私も宗旨変えしました。これが成功例となれれば、今後のまちづくりや住まい方の考え方も変わるかもしれない。この緑住農プランはまだ完全ではないにしても、まずここからでないと始まらない。これが日の目を見ることが、つくばエクスプレス沿線開発に振り回される中での数少ない成果なのだとさえ思います。
ここから発信される、自然と関わる暮らし方がある家作り、まち作りの発想が今後さらに洗練されて広がっていくようであってほしい。
対案もなくただ反対を唱えるばかりで自ら何ら負担する覚悟もなく他人に要求するばかりの反対運動には、私も無力感と自嘲的な敗北感を感じてきましたし、今回のように一歩引いて眺めてみればその無責任さに腹立たしい思いさえ抱きます。
今の不毛な状態を何とか打開して、中根金田台の計画について話し合える環境が整うことを願います。
前回円卓会議での感想を書きました。
その中で、そもそもこの沿線開発にはどこまでの見直しが可能なのか、そんな迷いと言うか思考の余地があることを書きました。その後、ネット上でいろいろと調べてみていくつか興味深い記事を見つけましたのでそれらを紹介しつつ補足してみます。
つくばエクスプレスの目標利用客数、というかどれだけ利用客が増えなければいけないのかわからないんだ、といった自身の疑問についてあらためて調べてみますと、
(1)茨城県のHP内に、つくばエクスプレスの事業概要として目標乗客数がさりげなく示されていました。
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/kikaku/joshin/gaiyou.htm
27万人が最終目標人数なんですか。他の情報源からは採算ラインが22万人だという数字も挙げられているのが見つかったりしてちょっとびっくり。現状でも大丈夫ですよ、ってことになるようだけどどうも感覚と合わないな。今の利用具合で十分なのか(まだ少ないだろって思うけど)?鉄道ってこんなに簡単にできて成り立ってしまうものなんだ。でも本当かな?何でも疑ってしまってはどうしようもないんでしょうけれども。
(2)そんな状況であれば計画見直し(縮小、廃止)をなんて皆言い始めるわけです。
とあるブログの意見
http://kanekoblog.hakurakuryo.org/?eid=1172774
こんな感じにね。こういう意見はたくさんあります。
(3)でもただ止めようってわけにもいかない部分があるんだろうな。
東京新聞の記事をベースにした記事
http://digest2ch-bizplus.seesaa.net/article/116002161.html
大元の記事にはたどり着けませんでした。
(4)こちらには別の視点からもっと詳しく解説してます。
http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/bn/2007-12/058-059.pdf
引くのも容易でないなら、つくばらしさを売りにして前に出ることを無理やりにでも考えないといけないかな。
鉄道事業とセットの沿線開発だからね。そう言われ続けてきたし。だからそもそもの初めに鉄道そのものとセットで選択するべきだったと思ってます。まだ選択できた当時に現状の様に成る事を指摘していた人は少なかったけどいたわけでして、どんな町作りを考えるべきかと問うていました。宅鉄法の成立時はバブルだったかもしれないけど、その法に基づいて常磐新線の建設を決定した時にはとっくにバブルはじけてましたからね、その時点で十分に考えられたはずなんですよね。
沿線開発は苦境に陥ることを承知でも鉄道は欲しいんだ(だからいろんな負担は当然税金投入となることを予め承知して)って選択もあったかもしれないし、無理やりでも人を引っ張ってきて沿線開発頑張るしかないと覚悟を決めるとか、とにかく初めに考えたかったですね、皆で。
そんな指摘を聞いていたものとしては悔しいよね。なんだか今の構図がね。
もっとまち作りについて考えましょうといっていた人が、いつのまにか沿線開発から環境を、自然を守ろうという運動の敵になって(というか、みなされて)しまっているし。つくばの環境を活かした独自のまち(暮らし)作りを考えようと提案されていた案のつくばエクスプレス沿線開発バージョンとでも言うべき「なかこんの緑住農計画」については、「見直すべき沿線開発計画だ」と一括りにしないでその内容を検討して欲しいと思う。
つくばらしさを売りにする必要があるならば、これはほぼ唯一の切札なんじゃないか。ってこともある。
見直すにしても、All or Nothing ってわけにはいかないでしょう。ちょっと考えてみませんか。
それから最後にもう1つ、ちょっと古い記事ですが、こんなブログがありました。他にもつくばエクスプレスはずいぶんと特殊な経営状態なんだ、って話はいろいろ見つかります。
http://blog.livedoor.jp/brothert/archives/50787244.html
とにかく、この記事にあるものの見方を心に留めておきたいななんて思いました。(1)の感想としたように、今の時代に少なからぬ費用をかけた鉄道が意外と簡単に経営が大丈夫になれるってのはこういうことなのかなって。だからどうだって、悪いとか言うわけではないですよ。ちゃんとした手続きなんでしょうから。でもいろんな負担って、結局誰が負っていることになるのか、考えておかないといけないんだな、って。それに応じた考え方が必要になるんではないかな、って考えさせられます。
見えにくい負担が実はあるなら、そしてそれを減らせる検討の余地があるなら、さらにはそのために何かできることがあるなら、考えてみたいです。
確かに、何が何でも当初の計画通り・・・、というわけではなく折りある毎に見直すべきなんでしょうね。ただし、本当にしっかりと考えるならば、「ここまでは戻れる、これ以上は戻れない、ここまではやるべき」、っていうのがあるでしょうね。始めてしまっているからにはね。
単に「計画の全面的見直しを」、「環境保護のために開発中止を」って抽象的な意見をあげるだけでは何も言っていないのと変わりませんね。既に動いている状態からどんな着地点が見出せるだろうかって具体的に考えようにも、意見が噛み合い様もないんですから。(最後一言追加しました2009.7.3)
円卓会議の感想(4)として書いたこと、「言うべき相手に対してふさわしい提案を」とした部分の補足です。先日、雑木林の徒然作業の合い間に酒井さんに円卓会議での発言の意図をたずねました。「立退き要求に対してはつくば市に具体的に掛け合ってみればいい」と提案されたことの具体的な意味についてです。先日の感想の中で私が解釈して書いたこととは違っていたのですが、だいたい次のような内容のことでした。
個別の要求事項はその担当する相手に個々に掛け合うべき。部分の問題を、他の問題と一緒にして扱うべきではない。
今回の宅地地権者の方の立退き(移住+不十分な移住補償≒立退き)問題については、現在まで(今までずっと訴えてきたけれど取りあげられなかった、とのこと)は複数の切り口からなる問題を一緒くたにして計画を全面見直しするべきという要求をURや酒井さんたちにぶつけているわけですが、そこをこうするべきだということです。
(1)区画整理計画の不備について
区画整理の負担について配慮して欲しいという要求はURに対して行なう。
(2)立退き(移転)を求められること
該当地をURからつくば市が買い上げる予定(諸問題はあるようです)なので、移転は市の利用計画に基づくことになる。今の場所に住み続けたい、という要望はつくば市に対して行なう。
(3)オオタカなど貴重種が暮らす場所として環境保護を求めること
保護のために開発しないという負担(もう開発は始まってますから、途中でやめるのは大変らしい)を負うことになるURと地権者に対して掛け合うべき。
具体的に提案をするべき、というのはこのようなことのようです。
現状は、こういった要求が全部一緒になって、「だから全面見直し!」と言うわけですから、それではどの担当者も取り合えないよ、ということでしょうか。
円卓会議では様々な議論が交わされ、その中でいろいろと考えさせられました。こちら側の会合では予め異論を排除しませんし、むしろそういう意見が出ることを承知でいろんな人に参加していただいていますので、むしろここはアウェーだったかと思うほどの雰囲気でもありました。感想は人それぞれのようでしたが、少なくとも私はそう感じたんです。
いずれまとめます報告書でその内容を見ていただきたいと思いますが、ここではいくつかの点を取りあげて私の感想を書きます。ちょっと理不尽なもの言いが相変わらず絶えない中、今回は私もやや本音モード入ります。
会議の準備などは手伝えずにいてお任せだったのですが、当日になって会場で配布資料を見てびっくりです。本編51ページに、その他単発のビラなど10枚ほど。自分はパワーポイントのまとめ4枚を送ってお願いしていたわけですが、まさかこんな資料集になっていようとはと、驚きました。
資料の中で特に目に付いたのは、その冒頭にある古い新聞や雑誌の記事でした。1番目に問題提起にたった遊ぶ会の井口さんが用意した資料は大変懐かしい、というかあらためてそうだったなと思い返される1990年頃、常磐新線(つくばエクスプレスの当時の仮称)建設とその沿線開発の具体的な内容が報道され、それに対して地元地権者らが計画縮小などの要求に立ち上がった様子を報せるものでした。その先頭に立っていたのが酒井さん(今までSさんとしていましたが今回の会議で名前も出てますし今後は酒井さんとします)だったわけですが、現在の中根金田台開発の有り様を説明するにはここから話を始めないといけない、という井口さんの思いからかとんでもなくレアな記事まで掘り起こされてきたようです。会場で酒井さんも「よくこんな資料があったものだな」と苦笑されておりました。
中根金田台の開発では、地権者の団体である「つくばエクスプレス沿線桜中部地区まちづくり協議会」が計画内容に深く関わり、その特徴である緑住農街区の計画をまとめたりもしています。そのため、開発反対を唱える矛先は事業を担うUR(都市機構)と並びこの協議会、特にその会長である酒井さんに向けられることが多いです。所詮金儲けのためにやっているのだという具合に。この事業の特徴である緑住農やさらには保安林だって金儲けのためなんだって言われる有様です。最近では反権力、反大資本というキーワードも出てきたようです。酒井さんは確かに地元の大地主ですがね。
ちょっと感情的にエスカレートしているように思うんですが、先ず冷静に今の状況を考えるためには今までたどってきた歴史というか事情を知ることが必要です。何故、この人たちがこんなに熱心に、大体何で緑住農なんだっ、てね。
井口さんも配布資料を交えて説明しながら、「原点がここにあったのだということを皆さんに知っていただきたい」と話しておりました。本当にその通りなので、その経緯を書いてみます。
常磐新線について当初発表された計画では、開発区域は既存の集落のいくつかを全て取り込んだり、あるいは多くの集落の直ぐ際まで接するような内容となっており、既存集落での生活が脅かされるだろうし、林地など環境の重要な部分はそういうところにあるわけですから良好な環境がそれだけ多く失われる計画となっていました。反対の声を上げなければそのまま進んでいたであろうところで、計画の見直しを実現させ開発予定地域はつくば市内で2000haから1500haまで縮小されました。それでも屋敷林などの緑地は区域から除外できずにいて、通常の都市開発の手法では十分な緑地面積が取れるはずはないので、区域内編入=樹林伐採となるのは必至ですからそこを何とかできないか、と森林政策の専門家などを交えて検討した結果「保健保安林」の制度を利用し、市内3地域に計22haの保健保安林を実現させました。保安林指定については、そもそも売却する機会を見送り資産価値を凍結することへの地権者の理解がなかなか進まなかったり、保安林となれば開発できなくなるため行政側からの抵抗があったりでかなり困難が伴ったそうですが、関係者を説得して回り先の22haを実現させたという経緯があったそうです。
そんな取組みの先頭に立っていたのが酒井さんだったのですが、一方でそもそも沿線開発を必然に伴う常磐新線計画自体を見直すべきだという意見を展開されていました。これを書く私が学生だった当時に、関心をもっていた地域開発と環境問題という観点において、「いかなる町を、暮らしを作るべきか」とか「自然豊かな住環境を実現するためには住み手の覚悟も必要。そのうえで既存の町が大きくなっていくような、低密度のゆっくりした開発が可能」といったような内容の意見を展開されていた書き物を目から鱗が落ちる思いで読んでおりましたが、そういう話はあくまでも常磐新線がなければ、という前提で語られていたものでした。新線を作るならば、そのための沿線開発を避けられず、通常の高密度かつ速やかな開発が行われることになるのだと、つくばは独自のまち作りを放棄して東京のベッドタウンに成らざるを得ないことを同時に指摘し、どちらを選択するかを問うていました。そうは言っても、結局新線建設が決定し沿線開発も含めて計画が進められることになりました。先述した保安林の話は時期的にその後の話になりますが、この保安林と同時に、それではどんな沿線開発にすれば少しでもましなものができるのかを考えていたのだと思います。その表れが、中根金田台の緑住農街区を備えた新田園都市なのでしょう。かつて唱えていた低密度の住まい開発の発想がその中に垣間見えてますしね。
そんな経緯があるから、今現在の図式があるんでしょう。そういう経緯を共通認識できた上で、今何ができるのかということを考えていきたいです。貴重生物の棲息環境に関する問題についてだって、そのことの重要さを差し引いても「だからこの計画全てが駄目なのだ」と言ってしまうにはあまりにも浅はかだと言いたいです。部分の問題としてどうにか対処できる可能性を探っていく、とそういう方向で考えていけないものなのかなと。
今まで述べたことの全てを覆してしまう、「そもそも開発することに固執せず、開発を全て止めてしまえばいいのだ」という意見があるわけですが、その事については次の項で述べたいです。
「やめてしまえばいいじゃないか」
いとも簡単にそう言うことを繰り返し聞いていると、それでもいいのかな、なんて気になってきます。その選択肢はないものと考えていたのですけれど、本当はどうなのかな?
前の項で書きました様に、新線建設と沿線開発は切り離せないものと考えておりました。鉄道を作ったならば沿線にその需要を確保するのは当然必要なことなのだと言われていたわけですし、当然そうなのだと考えてました。そしてどの程度必要なのか、という問題になるのだろうなと。
そのどの程度の人口の張り付きが本当に必要なのか、よくわかんないんですよね。当初、新線の経営に必要な利用客数が1日四十数万人というくらいだったはずです。それに対応する沿線開発が必要だというわけでババっと計画が打ち出されたわけでしょう。それが計画が徐々に縮小され(つくばでも2000から1500haになったし)、それに応じて1日利用客数も35万とかさらにはもっと小さな数字にどんどん切り下げられていったんですよね。こういう様を見ていると、そもそも本当に必要な規模ってどのくらいなんだと疑問に思ってしまいます。言われている程ではないんだろうけれど、でもさすがに何もしないでそれまでのあるがままでいい、ということもあり得ないと思うんですよね。鉄道経営がこけて赤字運営なんてことになるのも第3セクターの出資者としては大きな痛手になるはずですから大事なことです。
開業以来、年度毎の目標利用客数を常に上回りながら拡大してきた利用客数は、平成21年度の目標1日利用者数27万人に対して20年度上期で26万5千人であるとのことで、21年度の目標達成もほぼ間違いないところなのでしょう。が、問題はその後ですかね。その後については、目標人数がどのくらいまで伸びていくべきなのか(つまりかつて四十数万とされた数値がどこまで切り下げられているのかってことですが)、ちょっと調べたくらいではわかりません。調べ方が足りないんでしょうけれど、それにしてもこんな情報ってもっと積極的に出てきたって良さそうなもんだけどな。それともつくばエクスプレスの経営はそんな心配無用なくらい大丈夫だ、ってか。そう言うことなら確かに中根金田台開発だって「やめてしまえばいいじゃないか」って言えるんですね。
でも、やっぱり、そんなわけないでしょう。実はここんところ、確信持てないんですけどね。だから今回の会議中に、「そもそもやめてしまえばいいんだ」、「簡単なことのはずだ」なんて意見を度々出されると、そうなのかなという気もしないではないんですよね、正直のところ。そういう迷いの入る余地はあるんですけど、やはり何の対処もしなくても自然のままでOKってこともあり得ないと思うんですよ、やっぱり。でも、なんでこんな推測で話をしなければいけないんだ?どうも状況がわかんないんですよね、つくばエクスプレスは。他人(?)が心配する必要がないくらい経営は磐石だ、ということなのかな。鉄道でも何らかの施設でも、第3セクターってやつは経営が行き詰まる直前まで順調なことになってますからね、いつも。わからないって状態がとにかく不安だ。
沿線開発がどうも上手くいかなのではないかとネガティブな話題として取りあげられるときにだって、そこにつくばエクスプレスの影が見えてこないことが不思議なんですよ。それは本当に沿線開発による人口の貼り付けがなくても経営はOKということなのか、それとも単なる無責任なのか。もし、宅地の購買需要が細ろうともしゃにむに人を集めなければならない状況ならそうできるよう考えなければいけないわけだし、その場合にはそういう話がないと危機感がわかないですから。今回の会議でも出た開発見直しを指摘する意見の様に、今後は(全国的に)人口も減るし、宅地の購買需要も減る、そんな時代にこんな開発は見直し、縮小、さらには中止してもいいはずだ、なんてみんな考えるわけです。本当にそう考えていいのか?わからない・・・。
長々と同じ様なことを書いているのですが、それはわからないことのもどかしさを表しているものです。ただ、いずれにしよ簡単に判断できないな、とは思うんですよ。はっきりしたデータでもない限り、ああも簡単に「何もしなくていい」なんて言えないな。そんな状態ですので、今までこうなのだと考えていた道筋で私はとりあえず考えていきます。何もしなくていいって、でももう始まってるんですよこれは。もう片足突っ込んでるんだよって。
討論の中、これからのまち作りは森の中に暮らす、急がない開発が必要だ、って意見がありました。どこかで聞いたような、そう20年前に酒井さんが主張していた考えです。常磐新線を作らなければ可能なものであるとしてね(前項参照)。それをつくばエクスプレスが走っている今、酒井さんに対して反論しているんですからおかしなものです。エクスプレス沿線開発圧力を受ける中で、その森に暮らす発想を可能な限り受け継いだのがこの緑住農のまち作りなんじゃないですか。今まで、ここまで進めてきたことを考慮して、私は「開発せず」の選択肢は無いものと考えるしかないのかと思います。どうしたら上手く前に進めるか、それを考えていきたいです。
もう一点これは具体的な話を。やはり討論中に、中根金田台でも開発の担い手となっているUR(都市機構)が年間1300億円もの予算で運営されているのだと、これは我々の税金なのだからもっと国民の意見を聞くべきだ、という話がありました。事業の進め方など国民の要求を聞いて対応してもらえるよう働きかけ続けることは大切でしょうし、その前提で開発の名に値するまち作りを進めてもらえればいいなと思います。中根金田台開発はかなり良心的に動いてくれている方ではないでしょうか。そのうえ、緑住農が成功できれば新しい町づくり(手法)の可能性を広く世に示せるかもしれません。結構有意義な仕事をしてもらえるのだと受け止めたいのですけどね。ここでは1300億円も使うんだぞ、という指摘だったようですが、国民1人当たり1000円か、そんなものなんだって思いましたね私は。そして、それを言うんだったらつくばエクスプレスを運営する首都圏新都市鉄道株式会社の資本金1850億円のうちの茨城県とつくば市の出資金、それぞれ300億円と100億円の方がインパクトが大きいなと思ったものです。人口当たりにしたらそれぞれ1万円と5万円ですし、茨城分なんて県央・北はほとんど関係ないわけで、受益者だけで考える様にしたらもっと多い割合で出しているようなもんですから結構なものです。これだけ出している事業の行く末の方をもっと気にかけてみたいものですがいかがでしょうか。
中根金田台がうまくいけてがんばったとしても、たかが知れているんですけどね。でもここから発信できるだろう、「環境」というキーワードで他の市内や茨城県内、つまりは鬼門とされる利根川以遠の需要を呼び起して・・・、などというシナリオを描くしかないんではないでしょうか。そもそも鉄道作って沿線開発したって需要はない、採算は取れないってわかっているうえで、だけど始めちゃったんだもん。もう走ってるんだもん。こうなったら、今から他に何ができるってんだ。
つくばエクスプレスの経営見通し(沿線人口実績別)のいい資料ないですかね。知りたいです。
会議中の休憩時間に、開発反対の立場の方とちょっと話をしました。
酒井さんが本音は金儲けを進めるために表向け環境に配慮しているような姿勢を見せているということに相当怒りを抱いていたようですが、そんな話の中に気になる表現が出てきます。権力と資本の横暴を許さない、大資本の前に我々市民はいつも泣きをみるんだ、ということのようです。そのしばらく前にも別の人から同じ様なニュアンスの話を聞いていたので、「あれ、この路線が次の攻め手なのかな」と思ったりしたのです。そんな大仰に言うことではないと思うんですがね。本当に反対だ、という気持ちが団結できれば何事かできる力にはなると思いますよ。本当に一致していれば、ですが。
その時の話は、こんな感じでした。
相手の方「(開発推進者が)森を残せるはずなのにそうしようとしない、それでいて環境を守っているのだと言うことが許せない」
私「すでに(つくばエクスプレスから)ことの始まっているこの開発は不可避と考えている」
相手の方「開発は直ぐにでもやめられるはず。でも権力・資本の前に我々は無力。資本を持つ者が金儲けをしたいことに文句は言えないが、偽善者ぶるのが許せない。森を守るために皆で考えたい」
私「今おかれた状態で何ができるのかを考えたい。そういう考え方だ。」
相手の方「皆、森を残すべきと考えてますよ。でも権力・資本の前に押し切られてしまう。」
私「本当に皆が森を残したいと思って結束できるならば無力ということもないでしょう。でも、本当に皆がそう思ってるんですか。そうは思ってない人も少なくないから今のこんな状態があるんではないか。本当に皆でそう思えるならば、今、中根金田台の開発を止めろと言うのではなく、つくばエクスプレス建設そのものから反対しなければいけなかったのではないのか。」
最後の私の、本当に皆がそう思っているのか、との問に対しては首を振るばかりで答えてくれませんでした。問の意味が理解されなかったのか、答えるに値しないと考えられたのか。でも私が思うに、ここが一番重要なんですよ。このページ内で前に書いたように、反対運動には是非この点を考えていただきたい。開発の欲望はどうも資本家ばかりが持ってるわけではなさそうで、少なからぬ人が望んでいます。開発と自然保護を秤にかけて、本当にどれだけの人が自然を選んでくれますかね。しかもここでいう自然は、ただ愛でる対象ではなくいろいろなわずらわしい付き合いを伴って関わることが求められるものです。そういう人は実は少ないでしょうから、そんな人たちを増やすべく働きかけなければならないんでしょう。これはとんでもなく大変な仕事になるんですが、森を残したいという意見で本当に一致団結して主張する為には必要なことです。敵は広く、周りにいるものです。勝手に敵の親玉キャラを想定して、これを潰せば良いというわけではないでしょう。
そんな森との関わりを望む仲間を増やすのに、今の中根金田台や、大元のつくばエクスプレスに対して対応するにはもちろん間に合いません。そう、見直しを迫ることもできずに、多くの開発計画同様にここも話が進んでいるんです。その中で、中根金田台では面白い抵抗というか試みがなされようとしているのです。この緑住農計画が成功できれば、それは自然との関わりを求める人が決して少なくはないことを世に示すことになるのではないか、ひいては中根金田台以降のまち作りの発想に変化をもたらせるかもしれない、とそう考える様になったのは私も最近なのですが、ある時期から、せめてこの計画が上手くいってほしいと思っています。それが、本当に多くの人が森を大事に思っているのだと言えるためのきっかけに、せめてもなってほしいんです。
そんな風に考えていきたいんですけど、どうでしょうか。
今回の円卓会議は、中根金田台の区画整理事業予定地内で永いこと関わってきた関係上、我々雑木林で遊ぶ会としてこれは意見するべきだろうと考えたことを主テーマとして問題提起し、広く議論したいと思い企画したものでした。その意見すべきこととは、私たちが永い間親しんできた林とその周辺地域の特性に基づいてこの地を残し、将来の地域づくりに活かせないかという提案だったわけです。そして、緑住農街区を中心にしてこの事業の特徴となるべき優れた生活環境を確保するためにもこの地域の取り扱いを考慮して欲しい、というように展開されるものでした。
そういう趣旨の円卓会議を催していたわけですよ。それを軸にいろいろ考えていきたいとね。
全体討議の中で、「(自分達が関わってきた特定の)雑木林の存続だけを考えているようでがっかりした」という意見をいただきました。まあ、確かに趣旨はその通りですよ。ですが、実際に展開された問題提起の内容や議論を受けてその様に受け止められたのは残念です。今の事業計画がどういういきさつで現状に至っているか、そして今後のために今できることは何であるかを考えようとしているんだ、という文脈は読んでいただけなかったようです。
その意見の不満とするところは、中根金田台計画全体を見れば、環境保全とか住民の強制立ち退きの問題などがあって、そういった部分についても考えなければならないのにこんなことか、という思いがあったようです。一部の林を残して欲しいと言うくらいならどうして「計画全部やめて林を切るな」と言わないのかと。この部分は先に書いた、「やめるという選択肢はあるのか」というところで書いたわけです。もう1つ、立ち退きのことについて、ここでは別の観点から感想を書きます。
意見をぶつけられた酒井さんが討論中にも言っていたことですが、問題となる地域は歴史保全空間としてつくば市が買い上げて何らかの利用(公園、スポーツ施設などが計画されている?)にあてようとしているものであって、だからまず交渉相手としてつくば市を考えるべきであること。そして、自分達が住み続けながらその地域を活用するアイデアを具体的にまとめて市に掛け合ってみればどうかと提案されていました。意見された方は、その提案が成されるのを聞く前に帰ってしまわれていましたが・・・。
実際にどんな有効なアイデアが可能であるか難しいこととは思いますが、こういう考え方は先ずできることをもって少しでも前に進むためには大切な考え方かと思います。オオタカを始めとする貴重生物保護の訴えも、交渉相手や手法を間違えているように感じます。少なくとも相手は酒井さん個人ではないだろうと思うんですよね。とにかく残念なのは、そういう勘違い(偶然か、それとも故意か?という気もしてきましたよ、最近)から本来あったはずの多くの選択肢が失われているであろうことです。
繰り返しますが、中根金田台の開発事業をやめてしまう、という選択肢はないものとして私は考えています。そういう流れの中で、個々の問題をどのように対処していくか、そういう風に考えていけるようでありたいです。
→会議の感想に関して、続き(2009.5.16)
→とりあえず会議の感想を書きました(2009.4.10)
3月15日(日)に「村の記憶、森の継承、緑陰のまちづくり−今、新しいまちをつくることの意味」と題する円卓会議を実施しました。(会議の案内チラシはこちら)
中根金田台の区画整理事業の中で、特に緑住(農)街区のことについてと、そんな特徴をもつ新しい町の環境価値を確保するためにも雑木林で遊ぶ会がフィールドとしている林とその周辺の存続を図れないか、という問題提起を趣旨とする会合でありました。一方で様々な方から意見を出していただきたいとの思いから、事前に参加をお願いした方々を交えての熱い議論が交わされた実に有意義な会合であったものと思います。そんな会議の内容を皆さんにお伝えするべく報告書を現在まとめております。完成次第このネット上でも報告したいと考えております。
さて、熱い議論が交わされた・・・、と書いたのですが本当に熱かったです、しんどいくらいに。元々、開発反対、見直しを、という声もそこそこにある現在の状況で、まちづくりのあり様について話し合おうという段階ではないのではないかと個人的には思っていたわけですが、予想した通りというかそれ以上の意見も出てきたなという印象を持ちました。私たちが主催した機会だったのですが、会場の雰囲気は「あれっ、ここはアウェー?」と思えたものでした。(もっとも他の人たちはそうは感じなかったそうですが)
いろいろ反対意見も出てきてその厳しさをあらためて認識させられましたが、同時にそれらの考えが多くは情報不足、事実誤認、全体計画と個別計画の混同、といった原因によるもので個々に対処していけば我々の主張していることも理解されるだろうとも感じました。
もう1つ問題と思い、かつ不思議にさえ感じたことは、異常なまでに客観性を欠いた怒りの感情をもって話す人が少なからずいたことです。何がそうさせるのかわからないのですが(本当はわかる気もしますが)、開発反対として具体的に意見すべきことを個人への怒りに置き換えてぶつけったってしょうがないだろうと思います。本当の敵は何処にいるのか、このページ内でも前に書きましたが、対するべき相手と手段を間違えていてはうまくいくこともそうはなりません。こんな状況にはどんな対処を考えるべきでしょうか。正直、憂鬱な気持ちにもなりました。
会議の内容は報告書にしっかりとまとめて後日提示したいと思いますが、それとは別に会議で感じたこと、考えさせられたことなどいくつか書いておきます。こちらを参照ください。
その感想の続きを追加しました。合わせてご覧ください。感想追加
これから作られる中根金田台の町での暮らしでは自然とのどのような関わり方が考えられるのか?そんなテーマについて考える円卓会議「村の記憶、森の継承、緑陰のまちづくり−今、新しいまちをつくることの意味」
−つくば市『中根・金田台土地区画整理事業』をめぐって− を雑木林で遊ぶ会主催により3月15日に実施する予定です。
緑住農街区などの新しい構想をもつ中根金田台の開発について、このまちづくりを成功させるために関係する各立場の方々がどのように連携し、組織し、運営していけばいいのか?そのような問題について皆で知恵を出し合い、議論を深めようという趣旨のものです。
その場で考えてみたいことのうちで、(1)自然を残す町づくりについての考え方についてと、(2)雑木林で遊ぶ会がずっと関わってきた上境の雑木林周辺の環境の扱いについての2点について思うところを書いてみます。
現在、中根金田台開発については、多様な生物、特に生態系の頂点に位置するオオタカの生息環境を脅かす開発計画自体を見直すべきだという意見が強くあるような状態であり、今回のように円卓会議によりまちづくりの進め方を考えようという雰囲気に至っていないようだとも感じています。そんな状態であるゆえに、ここに考えていることを書かせてもらいます。緑を残す、自然を残すにしてもどういう考え方でそれを進めるのか、いやどういう考え方なら進めていけるのか、そんなことを考えてみたいです。これに加えてこのページ内でこれまでにいろいろと補足説明してきたことも読んでいただければと思います。
中根金田台の計画では、緑を多く配置した自然環境豊かな町づくりを目指しています。人が暮らす環境作りの観点から、どうすればより多くの緑を保った環境を作れるかが検討され、従来取り入れられることのなかった制度などを駆使した計画が成されています。
緑を残すとは、利用できない、販売できない土地が残ることでありその分を誰かが負担しなければならないことを意味します。中根金田台の計画では開発主体や地権者は少しでも土地を多く売ろうとする考えを踏みとどまり(緑住農区画とはそういうものです)、市(行政)も土地を借り上げるなどして負担し(景観緑地部分の土地借り上げ、地上権の設定)、そしてそこに住む住民は将来自分の資産としては残らない住環境を借りて利用するという生活(土地は定期借地権を活用、比較的安価に良好な住環境を手にするための手法です)を選ぶことになります。周囲には、地権者が資産価値を放棄することにより確保された保安林(売却が認められない)の環境もありこれもその環境の一部となるわけです。(区画整理の手法や制度の詳細については上記参考サイトを参照ください。)
緑を残す町づくりを考えるとき、どのようにしてそれを実現するか、その手立てを考えないといけません。このようにして関係者がそれぞれの立場で少しづつ負担することによって高い環境価値を備えた町づくりも可能なのだということがこの中根金田台開発により証明できるかもしれなく、これはとても興味深いことです。
そもそも新たな町づくり開発などしなければいい、という考え方は今さら取れないと考えています。これまでの経緯として前にも書いてきたように、ことは既に始まっており、その中でいくらかでも良い結果を導きたいと考えて計画が練られてきているのです。つくばエクスプレスが既に走行している状態で、今さら「何もしないでおく」という選択はありえません。大規模開発を余儀なくさせられる状況の中にあって、暮らしの中に豊かな自然環境を確保した町づくりができたと、そこではいろんな意味(自然と関わるとは決して都合のいいことばかりではありません)での自然との関わり方がある暮らしが実現できたと、せめてそんな結果が残せればいいなと思います。そんな結果を得るためには、少なくともこの町づくり開発を前向きに受け止め、皆で最善の策(町づくりのハード面の手立ては既に手を尽くされていてそのように実行されるはずです。一方のソフト面はこれから考えていかなければいけません。)を考えていかなければなりません。足並みが乱れていては上手くいくものもダメになってしまいそうで残念です。
人が暮らす環境作りの視点から考えるとここまで書いてきたような考え方ができるのですが、これが「生物の多様性に配慮した自然保存」の考え方からになると考えようがなくなってしまいます。この場合も保存する緑地分を誰かが負担しなければいけないわけですが、誰がどういう名目で負担できるでしょうか。例えばオオタカのための樹林保存とした場合、それでもオオタカがいなくなってしまった場合はどうすればいいのでしょうか。生物のための環境作りを掲げてそのために最善の策をとった場合、それは例えばその環境との人の関わり方も生物の多様性確保を優先した方法としていた場合に、それで結果が失敗であった場合には何も残りません。そんな状況であるからこそ、こういう考え方にたった環境保護運動がこれまでにも各地で繰り広げられてきたものの、その多くが実現できなかったのではないでしょうか。そしてこのままでは今後も各地で新たな開発による自然環境喪失が繰り返されていくのでしょう。いつまで経っても何も打開されません。
そもそも、人間自身の生活環境に自然を多く取り入れるように努めていくことを生物の多様性に配慮することに結びつけることはできないのでしょうか。多様性に配慮した最善策ではそこに人間の生活があることが許されていないようですが、まずは実現させることを優先するためには多様性が幾分損なわれても人間の生活のありようから考えを進めた方がよいと思います。そして何よりも人間の暮らしと共にある生物多様性も結構多様なものであり得ると思うんです。雑木林の環境だってそういうものでしょう。
自然を多く確保した町づくりの中で、生物多様性が確保されるように配慮した自然との関わりある暮らしを実現していく、そのために考えていきたいことはたくさんあります。「開発はダメ!」といって考えを止めてしまわずに、前向きに考えていきましょう。
上境の森とは雑木林で遊ぶ会が1990年の活動開始時より使わせていただいている雑木林とその周辺を指しています。ここで行ってきたことはきっと今後の参考にできるだろうということと、何よりこの場所の多様な自然環境そのものを今後の町づくりの中で活かしていきたいということを考えていきたいと思います。
上境の森は、中根金田台の計画区域内にありながらも工事を手がけるUR(都市機構)の直接の事業対象から外れており、民間に売却されたうえで一般住宅地として開発されるものと予定されています。以前に書いたようにこの場所は、自然環境の豊かさを売りにしていくであろう中根金田台の中でも特にその環境の質を左右する存在であるといえます。中根・金田台の自然環境評価の中でこの場所はあまり考慮されていないようなのですが、是非とも再考して欲しいのです。
では、この森がどんな場所か説明します。まず雑木林で遊ぶ会が利用させていただいている部分についてですが、ここは当雑木林のシンボルとして鎮座する民家を境として東側半分が植樹後15年ほどのクリ、ヤマハンノキ林となっており、残りの谷津斜面を果樹園に仕立てたり、西側には大きく育ったクヌギ林などがありましたが、これらは先行工事により既に伐採されたりほどなく伐採されることになるためもう無いものと考えておきます。遊ぶ会のエリアの南北両側は、以前は耕作されていた農地であり、URに売却された後のここ数年間は荒地となっている場所です。ここよりさらに台地の突端部方向には植樹後何十年ほど経っているのかわからない(私はそれを知らないということです)杉などの林があります。遊ぶ会で始めに藪を刈り払っていた頃と比べて今でも見た目が変わっていないくらいですので、結構古いものかもしれません。遊ぶ会の森の地主Sさんによれば、この突端部の林の元所有者は、将来この林が残ることを願って1本も切ることなくURに売却したとのことです。売れば十分にお金になる木がたくさん育っている林です。売れるものは伐採してしまってから土地を売るのが普通のことにあって、どのような気持ちでそのように行動されたのでしょうか。
この部分は、民間の開発となるため全体計画の中で詳細まで描かれず、将来どのような姿になるかわからないという不安があります。斜面を擁壁で固めた住宅地が谷津のぎりぎりまでせり出してくるようになってはまことに残念です。
というか、もしそんなことになるようなら中根金田台の新田園都市計画は形無しです。せっかくの保安林の深い森の向かいにそんな擁壁剥き出しの住宅地があり、緑住農の区画とも分断する形になるわけです。
こんな風に書いて、ではどうしたいのかと聞かれそうですので、円卓会議の場でも訴えたいと考えているものを書いてみます。
まず一言で言うと、上境の森を自然公園や生態的緩衝地帯といった位置付けで残せないかということです。つくば市に土地を購入してもらう必要があるのでしょうが、その買い上げ分は現在中根金田台の中部に営巣するオオタカの代替営巣林として買い上げる案が検討されている分の一部あるいは全部を振り分けてこれないかというものです。
こちらの林を買って残せないかというのは、オオタカの代替営巣林としての評価を現在の候補場所より上境の方に高くつけるべきではないか、という意味でもあります。こちらの方が潜在的なポテンシャルが高いと考えています*。この林が残ることになり保安林と緑住農区画とが連続した緑地帯となれば、中根金田台のまちの環境価値が確保され(環境価値の暴落が避けられ、というべきかな)、一方で問題とされるオオタカの営巣地としての可能性もより高まるのではないかと考えています。
上境の森が残るとした場合に、その場所はオオタカのための場所という意味だけではなく、新しくできる町のなかにあってそこにある人々の暮らしと関わりのある場所であるべきだと思います。利用面から考えると利用方法や立ち入り場所を制限した公園として扱うことになったり、管理面から考えると住民主体の関わり方が模索される必要があるかもしれません。変わった形では、小学校用地に隣接することから、学校林として学習と地域交流の場として活用するなどの方法もあるかもしれません。
そんなことを考えていける円卓会議の場となれればよいと考えています。
* 上境の森の潜在的なポテンシャル 他
上境の森の重要さは、その森自体がどうかということ以上にその周囲との関係性にあるのではないかと考えています。隣接する保安林は、その森の深さといった質の面もさることながら制度上将来にわたった存続が保証されるものです。そして反対側には緑住農区画の緑地帯を形成する予定となっています。谷津にも隣接しており、ここの水路にはどうやら水棲昆虫も多くいるようだと以前に聞いたこともあります。これらの間に位置する上境の森がそれなりの環境を保てるのであれば周囲との相乗効果を発揮して、質、量共に上質の緑地帯を形成できるのです。
現在、中部地区に営巣するオオタカの代替営巣林と検討される場所(どこだか詳しくわかりませんが、中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会の議事内容(HPからアクセス可、生態調査委員会議事等、第5回委員会分)を読めばどういう状態なのかわかります)は、その森自体の質も相当の手入れが必要であるとされるほどに良好なわけではないことに加えて、何よりもこちらの場合は周囲の環境との連続性は保障されていないということがあります。どのくらいの広さを残すというのかわかりませんが、その場所だけが残るということも起こりうるのでしょう。
中根金田台の開発区域内には、オオタカが2番いたものとして保全対策が考えられているようです。が、本当に2番いたのか、そもそも2番いられるものなのかわからないという見方もあります。
当初平成18年にオオタカが目撃され、19年になって中部地区の金田台にオオタカが営巣していることが確認されてから一連の問題となっているわけですが、その問題となった当時に上境にもオオタカがいたとか、実は前からずっと営巣していたのだとかいろんな話が出てきてそうだったのかなどと騒がれましたが、落ち着いて考えてみると実は何の物証も記録(昔の調査でいたという記録はあっても、ここ数年間ずっといたことを裏付けるものはない)もなかったわけです。いたのだ、見たのだという意見と、ここ数年は姿を見てもいないし鳴き声を聞いてもいないという意見と、いくら言い合っても始まらないので、昔のことは確認できないということで整理されているようです。
そのように整理されていても保全対策上は2番いたことを前提として、2番とも残せるようにしようということのようです。そして現在営巣していた金田台の巣の近くに代替営巣林を確保し、一方でやはりオオタカがいたことになっている上境については特に何も検討されていないという状況です。林を残すということは誰かがその分を負担することであって、具体的にはおそらく市が購入することになるわけです。余裕があるわけではないので、ここもあそこも残しておこうなんてことはできないわけです。
でも、そうだとすれば、本当に残すべき場所は厳選して選びたいのです。金田台の営巣は開発工事が生んだ偶然によるもの、今の営巣地にこだわらず将来の営巣可能性をより高く達成できる環境作りを考えるべき、そもそも区域内には1番しか確認できていない、といった考えからまず全体で1番分が営巣可能な環境を作ることから考えるべきではないのかと考えてみたいです。そのためには上境の森にも配慮して欲しいのです。
中根金田台のこと、オオタカのことなどについて考えるにあたり、他所ではどんなことが起きていたり議論されているのかと調べてみました。インターネットで調べるといろいろ出てきます(そんな風に見てもらえることを意識してこのページも作っています)。
そうやっていろいろ見てみると、だいたいどこでも「自然を残さないといけない」「森は大切。人間にとっても」といった主張がなされ、そして「森は一度失ったら元には戻らない」ということが決まり文句のようです。
中根金田台でも同様の指摘がありますが、少なくともこの地域で問題にしている森に関しては過去のそう古くない時点(40年ほど昔)に人の手により植えられて作られた森であるようです。そうだといって「だから森を切っていいのだ」と主張するわけではありません。私だって前に書いたように既存の森を残すことをまず第一に考えたいと思っているのです。ですがその一方で、切ったら戻らないと言っている森が既に1度は再生された森であることの意味を考えてみたいです。1度はと書きましたが、ずっと遡れば何度再生されているのか(土地利用が変わってきていたか)わからないくらいでしょう。
もちろん切った後にもう森には戻せないような土地利用に移行した場合はもう戻りはしないでしょう。でも、あらゆる森についてこの不可逆的変化を許さないのだ、というわけにもいかないと考えてみたいです、少なくともこの中根金田台の計画については。ここの計画では、緑住(農)区画において従来の町づくりではありえなかった規模の緑地を作り出すことになっています。森が普通に住宅地になってしまう部分もあるでしょうけれど、一度切ってもまた森へと育てていく部分もあるのです。森が畑に、畑が森にと利用状況を変えてきたような変化のちょっと変わった形と思って受け入れていいなと思います。
今守らなければいけないとしている森も人の暮らしと共にあったもの。他所は知りませんが、少なくとも中根金田台ではそこにある(作る)暮らしの中に森を作ろうとしています。
森は守らないといけない、というような私たちの暮らしと無関係に存在しているものを扱うようなことではないんです。そんな存在の森なんて、私たちが普通に暮らしている周りにはきっとありません。
自然を守れ!開発反対!と訴えるとき、誰か相手を定めるといろいろ都合が良いようです。誰それはこんなことをやってけしからんと。自然をろくに知りもしない者たちがこんな暴挙に出てしまうんだ、という具合にです。
でも本当の敵はそんなわかりやすい者たちではないと思います。面と向かって「誰彼が悪いんだ!」なんて言える相手じゃなくて、自分の隣りにいる人たちやひょっとしたら自分自身なのかもしれません。
「この自然を守りたい」と言った時に、「本当にそれと向き合う気があるんですか」とどこからとなく問い返されているように思います。この林を、この自然を、と考えているものも元はそこにある人の暮らしと関わってあったもの。それが徐々に日常関わる必要性が薄れてきているようです。土地を所有していない立場の者は、自然に関心を示してもそれとのわずらわしい付き合いまで含めて受け入れる意志はあまりもたないものです(今のところはそう思われているだけだと考えたいですが)。
そんなどこかスキができているような状態のところに開発計画が忍び寄ってきます。いや、そんな気持ちが計画を呼び寄せるのではないかとも思います。
中根金田台開発はつくばエクスプレスの沿線開発であり、その背景にあるエクスプレスの計画と切り離せるものではありません。かつて常磐新線として計画されていた時分に、沿線開発の悪影響まで考慮して鉄道建設自体までを否定した意見を言っていたのは私が知る限りではSさん(現在、桜中部地区まち作り協議会会長)だけでした。鉄道は必要だけれど沿線開発はだめだという意見はいくつかあったようですが、どうやってそれが実現できるかという策までは考えられていないものばかりでした。世論は「新線ができれば便利でいい」「反対する理由なんてないでしょう」という感じで反対意見など受け付けず、付随する沿線開発の影響についてまでは全く考慮されていないようでした。新線建設が決定されやがて沿線開発が具体的に姿を見せはじめるといろいろ反対運動など起こるようになりましたが、総論賛成、各論反対ということなのでしょう。新線建設を通じて沿線開発を暗黙のうちに認めたのは他ならぬ私たち自身なのですけどね。
そんなふうに鉄道建設と沿線開発が決定し着実にことが進んでいく中、かつて新線建設そのものを否定していたSさんが少しでも多くの緑を残せるまち作りの可能性を探り続けて中根金田台の新田園都市構想を提案するに至ったわけです。現在、中根金田台の開発を推進しオオタカも暮らす環境を破壊する者としてURと並べてSさんを攻撃・非難することが多くあるのですが、今までの経緯を考えるとSさんを攻撃する資格など誰にも無いと思います。
ちょっと話がそれたので元に戻します。
森や自然を切り開いての開発に対して、「自然は大切だ」と言ってできるだけ多くの自然を残してくれと要求するわけですが、事業として進める立場からすれば自然環境を確保することによりどんなメリットがあるのかということが重要です。まず経済面にこだわりをもたざるを得ないのは仕方ないことだと思います。そしてその点から考えつつ、自然環境に配慮した場合にはその分だけ間違いなくどこかの負担が増すわけですが、例えばそれがそこに住まうための費用に転嫁された場合にそれでも住みたいという人がいるだろうか、という疑問が起こり結局そんなことは無いだろうと判断されてしまうわけです。自然を残せという人も、その負担を自分が負ってまで要求しようというわけではありません。
「自然を残したところで誰もそれを身をもって評価したりはしないよ」。そんなふうに言われている気がします。
開発行為に関わる人たちにも自然を残した町づくりを手がけてみたい、という思いはあるのではないかと思います。中根金田台の計画を知ってそういうプランを手がけてみたいと興味を示す設計者などもいると聞きます。そういう人たちがいても、今までの例ではそんな計画では成り立つはずが無いという考えが妨げになって断念してしまうのだろうと思います。自然を残した町とは自然と関わらなければならない町であり、しかもコストが高くつくことになります。そんな暮らしを望む人が果たしているのか、それがはっきりしないと踏み出せないのはもっともなことです。
自然保護を掲げる運動は、開発者を悪に見立てて非難するばかりです。「自然が大切なのは誰もが知っていること。人間にとっても自然が大事なのだ。」と要求し、開発推進者は自然に対する理解がないものと決めてかかります。ですが、開発の立場の方々にもそういう理解が全く無いわけではないでしょうし、その上で「本当に自然と関わって暮らすつもりがあるのか」という無言の問いかけが成されているのだと思います。開発反対運動はその問には答えていません。いや、必ずしも「yes」と答えられないために応じていないのかもしれません。
中根金田台開発が成功することは、この問に答えを出すことでもあります。自然環境の豊かさに価値を見出して、その分の負担も負い、さらに自然との関わりを受け入れる人がこんなにもいたのだと、そういう需要が本当にあるのだと、示すことができるでしょう。
もちろん今の時点では全て願望です。実際にどうなるかはわからないのですが、中根金田台の場にはそれだけの結果を導ける魅力があると思います。あとはこれをどのように盛りたて実現できるかにかかっているのでしょう。
開発だ反対だと噛み合わない意見をぶつけてもちっとも前に進めません。町づくりの発想を変えてしまうかもしれない「自然の中で暮らす」という実績をこの中根金田台から作っていけたらいいなと思います。
つくばエクスプレス沿線開発の一環として、雑木林で遊ぶ会の活動場である上境の雑木林を含む周辺一帯が対象地域になっていることは今までにも度々触れてきました。つくば市内で5箇所ある区域のうちの中根・金田台(通称なかこん)と呼ばれる地域です。
19年春には着工し、21年に一部まち開きが予定されていましたが、着工後にオオタカの営巣が見つかり工事を中断し生息調査が行われることになった、というところまでは以前に紹介しました。その後20年秋にオオタカへの影響を最小にとどめつつ工事を再開することとなり最近再開されています。
「雑木林と関わらせてもらいながら保全活動してます」、なんていう人たちはこういう状況では「林を守れ」「オオタカを守れ」と主張するのが普通だと思われるようですが、私は違った見方をしています。私の他にも遊ぶ会のメンバーのうち数人はこの事業の成功を期待しているのだと思っています。一方で反対の立場の人もいます。もともと自然保護、保全という目標のもとに結束した会ではなく、様々な考え方で人が集まっているのが特徴の会ですのでこんなことも起こります。
この「作ってみよう」のHP自体はあくまでも私個人のページですので、当然ここから記すことも私の意見であります。雑木林で遊ぶ会として関わる部分もでてきますが、その解釈・説明は私個人の考えによるものですのでそのことをご了解ください。
ここ数ヶ月の間、なかこん開発をめぐっていくつかの展開がありました。いろいろ見聞きして、気がついたことなど書いてみます。
オオタカのこと、工事再開のことなどに関して様々なメディアに取りあげられたり、ネット上にもいくつか意見が述べられたりしているようですが、ことの経緯や関係者の意見について情報が不十分なままに判断されているようで心苦しく思っています。ここに私の視点から見ましたなかこん開発の背景など紹介します。既存の情報と合わせて理解していただき、この事業に対する評価の材料としていただければ幸いです。(書きたいことがたくさんあって長い文章になっています。よろしくおつきあいお願いします。)
中根金田台地区には桜中部地区まち作り協議会という地権者の団体があります。この協議会は、中根金田台の計画作りに大いに影響を及ぼす提言を行ってきており、この計画の特徴でもある緑住農区画をもつ田園都市作りという構想もこの会を中心にして練り上げられたものです。
この協議会の代表であるSさんは、私たち雑木林で遊ぶ会が遊ばさせてもらっている雑木林の地主さんでもあります。でも、だからといって遊ぶ会がSさんの意見を支持したり、Sさんがこの会を利用して何らかアピールしようとしてきたわけではありません。それでも、遊ぶ会のメンバーの多くはSさんらが関わる開発計画が、時期がくれば着工されるものと理解していました。遊ぶ会は自然保護を掲げて集まっていたわけではなく、自然とのかかわり方を探りながら実践するような集まりだったと思っています。そこに集まっていた人たちのなかではSさんが唱える意見を素直に受け入れることができたのだと考えています。
それではSさんの唱える意見とはどのようなものであったのか。私の体験を通して順に追って説明します。
私が初めにつくばに住むようになったのは1989年でした。最初の記憶はその頃のもので、新聞の折込にあった意見広告でした。(A4両面ガリ版刷り)のもので、つくばのまち作りを考える会(この名前は記憶違いかもしれません)が発行していました。計画中の常磐新線(つくばエクスプレスの計画・建設工事中の名称)の建設に反対を唱え、つくばの特徴を活かした自然豊かな住環境を提供するまち作りを目指すべきだというものでした。新線計画には大規模な沿線開発が伴い、多くの自然環境が失われ、やがては隣接する既存集落の崩壊につながるであろうこと、判で押したようなニュータウンが作られても今後の住宅情勢からは売れ行きも期待できず多くの問題を抱えることになることなどの指摘がありました。新線を作ったならば東京に従属したまち作りを避けられないので、鉄道は作らず他の方法を目指そうというものでした。つくば・土浦経済圏構想とか、県南西部環状鉄道網(既存路線でできていました。1路線欠けましたが)とか面白い意見だな、などと興味をもって見ていました。そんな折込が数回あり、またミニコミ紙上でやはり新線建設に反対した町づくりの意見・対案提示(つくばの友、第37号(1989年)、第46号(1990年))などを行っているのを読んでいました。
私が別の関心から雑木林で遊ぶ会に関わるようになった1991年になって、この遊ぶ会の拠点である雑木林の地主さんがこれら意見を展開していた中心人物Sさんであることを知りました。遊ぶ会は、子供たちが自然の中で遊べる環境をもちたい、作りたいと考えていた人たちが集まって発足したものです。そんな場がどこかにないかと探していたときに、自分のヤマでやってもいいよと了承してくださったのがSさんでした。こういうことをやる場合には地主さんの理解を得るのがたいへんなことだと思いますのでとてもありがたいことでした。まち作りや暮らし方についていろいろ考えをもっている方なので、その持ちヤマで今までの遊ぶ会の活動ができたのだと思います。中根・金田台の計画に関わるSさんが遊ぶ会の雑木林の地主さんであることは偶然でも何でもなく、必然だったのかもしれません。
そしてあくまでも、遊ぶ会の活動はSさんの考えなどとは関係無しに独立したものでした。「手入れなどやるべきことをやってもらえば、勝手に何をやってもいいよ」という破格の条件のもといろいろに遊んできたのです。ただ、結果的にこの場に集った人たちはSさんの考えに通じるものをもっていたのだと思います。
その後、常磐新線の建設が決定し沿線開発も行われることになりました。鉄道建設と同時に工事が進む他の開発地域と違って、中根・金田台地区は初めから遅れて着工する計画でした。そのためしばらく猶予があったのですが、遊ぶ会の皆はいずれは工事が始まる、そのときにはこの雑木林もなくなるものと了解していました。計画に反対しようという集まりではありませんので。ただ、もしできることなら何も手をつけずに残らないかという希望は抱いていました。
一方、Sさんは着工が決定的になった中根・金田台の計画についてみすみす失敗させるわけにはいかないと行動を始められたようです。普通にニュータウン開発などしても負債を抱える事になるだけという持論を掲げていたわけですから黙ってはいません。他所とは違う特徴を示せる付加価値があるまち作りが必要であり、やるからには売れる町つくりにしないといけないということです。もっとも、かなり後になって緑住農のアイデアが提示されるまでSさんがそういうことを準備していたとは知りませんでした。コンサルタントなどと共にアイデアをまとめ、他の地権者を説得し、海外の先進地への視察にも他の地権者らとともに出かけるなどしていたのでした。
そんな緑住農の計画を聞き、間もなく着工するかなという頃になっても、最後には工事撤回などとならないかという淡い期待をつい最近まで私も抱いていました。そんな頃、2007年3月に緑住農計画に関心がある方(購入を検討する方)らが参加する現地観察会が行われ、遊ぶ会のメンバーも活動紹介や自然観察会案内のために数名参加しました(過去の記事参照)。ここに書いたように、私にとってはこれが転機となり、話がここまで進んでいる(ここまで進めてきた)ことをあらためて知り、この計画の成功がもたらす可能性について考えたとき、これはむしろ成功して欲しいと思ったのです。
オオタカの営巣が確認され、工事が中断されることとなったのはその直後でした。
オオタカの営巣確認後、工事中断、オオタカの生態調査の実施、となりさらにはオオタカの生息地を脅かす開発計画の中止を求める声などもあがるようになりました。
問題のオオタカやその営巣のことについて取りあげるとき、工事を進める都市機構などに対して要求・非難があるばかりでなく、いろいろな場で顔を出すSさん個人に対する非難も多いようです。1.項で書いたような経緯を見てきた者としてはこれらの非難の多くはあたらないと思っています。
とにかく、Sさんは様々な機会で次のようなことをコメントしています。
(1) 開発計画地域におけるオオタカの生息状態は、地域の土地利用条件の変化に伴って変わる。30年程前には数年間にわたってオオタカの姿が観察され、食痕(獲物の解体跡、残骸)も多く見かけられたが、その後この地域に生息していた様子はなかった。最近2、3年ほど再びオオタカの姿を見るようになった。
(2) 30年前には、この地域に松枯れが蔓延し多くの松が枯れた。松を伐採した跡には、杉や檜の高木が残ったり、あるいは開けた草地が一時期出現しそこには杉や檜が植林されたり、あるいは放置されて広葉樹の雑木林になっていった。オオタカの生息・営巣には、営巣木、十分な量の餌、そして狩場としての開けた場所が必要であるが、松枯れ後の数年間はそれらの環境が整いオオタカが住みついたものと思われる。植林した杉、檜林も放置された雑木林も数年の内に低木の密林となり狩場として適さなくなるとオオタカの姿も見えなくなった。
(3) オオタカは獲物を捕らえた後、地上の適当な場所でこれを解体してから巣に持ち帰る。地上での解体作業は危険なので外敵の接近に備えて周囲の見晴らしがいい所を選ぶ。藪の中では行えない。かつて散歩中にオオタカが獲物を解体している現場を見たことがある。
(4) ここ数年オオタカが姿を見せるようになったのは、付近の遺跡調査のための樹林伐採が行われ狩場(解体場)に適した場所が出現したこと、及び開発主体の都市機構が買い入れた土地(農地)が耕作されず雑草や潅木が繁茂する場所が増えておりこれらも絶好の狩場となっているためであろう。狩場の条件が欠けているところに、工事の準備が始まったために条件がそろいオオタカが再び姿を現したのである。
(5) オオタカ保護のために調査を行うということだが、今いる個体を保護することより今後オオタカが住み続けられる環境をどう作るかを考えることが重要ではないか。どうすれば緑を多く残す町作りができるか、取りうる方法を駆使して計画を練ってきた。計画段階ではなく既に着工段階にいたっている今、一般的なマニュアルに沿った調査を行っている猶予はない。
(6) 計画地域の周辺には総計13haの保健保安林があり、これと緑住農区画により作り出される緑地帯が結びつけば、オオタカの生息を維持することは不可能ではない。(できると断言はしていません。念のため。)
(7) 今ある樹林を伐採しても、十数年もすれば森は作れる。今の森にこだわる必要はない。
(7)の意見は(6)のような話をする際に出てくるわけです。計画の中で緑を作るのだからと。この森を作れる、作れば良いという言い方がどうも槍玉に挙げられるようです。代償の考え方はあくまでも最終手段であり講じるべきものではないとか、簡単に森が作れるなど自然を知らず軽んじているのだ、などという具合に。
そして、この森は直ぐに再生できるという考え方は「雑木林で遊ぶ会の活動で証明された」などと言われるものですから、私もこれには納得しかねて機会があった折にSさんに質問しました。その時の様子を再現してみましょう。
私 「今の森にこだわらずとも森は直ぐに再生できるという意見がありますがどんなものでしょうか。そこに雑木林で遊ぶ会の取り組みが引き合いに出されますが、私は切ってまた作ればいいとは思っていませんし、可能であればば元々あった潅木の林(上境の雑木林は元は赤松林だったらしい。確かに皆で1991〜1993年にかけて笹とクズの藪を刈り払って開墾した時に、折り重なって倒れた松が次々と姿を現した様子は圧巻でした。そして藪に絡みつかれ埋没していたクヌギ、クリ、ツツジ、グミ、シラカシ、サカキなどの潅木が次々と姿を現してきて、いきなりいい感じの雑木林が復活できそうでした。でも、ほぼ藪払いが終わろうというところまで進んだところで事情により更地とすることになりました。残念でした。)から育てていければ良かったなと思っています。」
S 「でもね、その元々あった潅木の林っていうのもある時点で人が作ったものだったんだよ。今オオタカの姿を見たといって守るべきといっている森も、自分が中学生の時は畑だった場所だ。土地の人が杉や檜を植えて40年も経てばああなる。」
町住まいの人間がちょっとした樹林を見て素晴らしい森だ、切ってしまうとはもったいないと思うような場所も、何十年と土地と向き合って暮らす生活からみれば固執するものではないという感覚でしょうか。これは決して自然を軽んじているのではなく、むしろ自然と向き合って暮らす姿勢から出てくる発言なのでしょう。何十年という単位で考えれば畑が森になるし、森が畑にもなるし、土地利用などはくるくると変わるもの。環境の変化をみてオオタカもここへやって来たり他へ移ったりするもの、でしょという感じでしょうか。
Sさんが中学生の頃に撮ったという写真を見せていただきました。台地上の見渡す限りトウモロコシなどの畑が広がり、今オオタカの姿が見られるとされる森もそこにはありませんでした。
「森はまた作れる。」まだ納得しているわけではないのですが、Sさんがどういう意図でその言葉を使うのかはわかりました。
そのSさんも樹齢200年300年ともなるような樹が立ち並ぶような森はそれとは別だと考えているようです。なかこん開発地域の周辺にはそんな高齢の樹木が存在する屋敷林がありますが、これらの土地は所有者が財産としての権利を放棄して自ら保健保安林に指定を願い出るということが行われ(ウルトラCです。古いか!?)その様に指定されています。保安林の指定がなければこれらの林も計画区域に取り込まれて伐採を避けられなかったと思われ、そのことを考えに入れての保安林への願い出であったと思われます(たまたま保安林になっているためになかこんの計画はそれだけ緑が残る計画が可能になっているという見方があるようですが、そんなものかな。今になっていろいろ考えたり意見する人たちよりもSさん達はもっと奥の深い戦略をもって行動していると思うんですがね。10年以上前にこの手を打っているんですから)。
オオタカの食痕 (2008年8月3日撮影) |
周りの様子 ここは林の縁なので外側から飛び込んでくるのだろうか? |
とにかく(6)は、開発区域の周囲に計13haの高齢樹林が確保され、これと緑住農地区をあらたに森へと育てる可能性を言っているのでしょう。今の営巣地が維持されないとしても、保安林の高齢木に営巣する可能性はある、そんな環境を作っていくよう考えるべきということです。
(4)について、今営巣しているという場所やそもそも営巣しているという事情は、工事に伴い生まれた一時的な環境であろうから、ただこれを保護しろといってもオオタカが定着できる環境は保てないのではないかと考えられます。(1)の意見の様に、オオタカの営巣地、生息場所は常に変動し、今いるオオタカはずっといたわけではなく、またずっといるわけでもないのでしょう。どこか他に移ることもあればまたやっても来るのでしょう。
私の体験から言うと、私は1992年以降遊ぶ会の雑木林を頻繁に訪れています。年に20〜30回、もっぱら草刈等の維持作業です。今までにその場所でオオタカの食痕と思われるものを見たのは十数年前のある時期(正確には覚えていません)に比較的短期間に2回、そして今年2008年に3回ありましたが他の期間には見ていません。見つけられる確率の問題や、行った時期の違いはあるでしょうが、だいたいの傾向は出ますよね。私もこの場所にオオタカがずっといたとは思えないのです。
なかこんの緑住農計画がどのようにしてできたか、1.の項の最後の部分で触れました。こういう経緯があったものと考えていますので、付け焼刃で緑のあるまち作りを宣伝しているというわけではないと言っておきたいです。
とはいえ、私も緑住農の計画を初めて説明されたとき何でこんな西洋かぶれしたものを持ってくるのだろうとは思いました。日本には伝統的な里山の景観、暮らしがあるのだからそれをモデルにすればいいのにと。だけどよく考えてみれば、計画的に作った里山住宅というものは今までなかったですよね。町つくり計画のモデルとして先進地を見るとすれば、海外にしか例がなかったということなのでしょう。
ということであれば、このなかこんの緑住農田園都市が日本的な里山住宅のモデルとして今後参考にされるようなものになれたら面白いものです。なかこんの町作りが結果を示せれば、今後の町づくりというものが変わるかもしれません。
緑豊かな住環境作りは、誰でも夢見ることでしょう。しかしながら、
・そんなものは理想であって実現できるはずがない!
・緑地は誰が担保できるのだ?土地を残す余裕など関係者の誰にも無い!
・価格を上げることになっては売れるはずがない。緑にそれだけの価値は無い。
でも、そんなところへ成功例が一つでも実現すれば何かが変わりそうです。
・実はこういう環境価値が受け入れられるのだ!
・開発の密度が低くなってもかえって利益が良くなることもあるのだ。
きっとそんなことに気付くようになるのでしょう。町づくりの発想が変わるかもしれません。最終的な姿だけではなく、工事手法などもゆくゆくは変われるかも知れません。盛り土などしたりせず元の地形や植生を活かして工事ができるように工夫できるかもしれません。でもそこまで考えられるのは、まず最初の一つが成功をおさめてからです。
なかこんの計画は成功する可能性をもっています。成功させるための様々な方策が練り込まれています。とはいえ、実現して成功しなければやっぱり絵に描いた餅で終わってしまいます。
ここまできたからには是非成功して欲しい。まず実現させ、そのうえで成功したといえるようにいろいろ考えていかなければならないこともあるでしょう。成功につなげるために力を合わせて考えてみたいものです。
次はちょっと余談ですが、
Sさん個人への批判が多いということを先に書きましたが、その点について気がついたことがあります。批判する意見の中には、Sさんが話している内容についての批判ではなく、たかが素人でしかないSさんがあれこれ口を出すことに拒絶反応を示していて発言の内容など聞いてもいないというものが多いのです。特にオオタカが焦点となる場合、オオタカの専門家ではないSさんが何であんなにいろんなことを知っているのだろうか、ということに疑念をいだいていて内容は頭ごなしに否定しています。そして鳥類の専門家の肩書きを持つ人の意見であれば、何を言っていようが信じるようです。自分で判断するという部分がありません。
このことは、なかこんやオオタカの話に限らず私自身が様々な場面で感じていて考えていることでもあります(やはり素人でしかない私のいうことはなかなか聞いてもらえないことはやはり多いです。考えて却下されるのは構わないのですが、そもそも取りあげられないのは悔しいですよね。)。
そもそも専門家ってなんでしょう。50年以上その場に暮らし、地域の環境、暮らしの変化を体験し、趣味の程度に鳥などを見ていた経験から生まれる、オオタカならこの頃によく見た、この時期にはいなかったという証言などは、素人の話として聞く必要もないものでしょうか。中根・金田台地区の暮らし及び植生の変化とオオタカ生息の変遷という点ではこれは専門家ではないのか。一般に専門家と呼ばれる人がここ数年調査したくらいではわかりようもない情報がその発言の中にはないのでしょうか。
専門家の意見ではないから取り上げない、こんな姿勢では本当に何かを作っていくことなどできないのではないかと思います。また、専門家に依存する体質は問題解決能力を失うことにもつながってしまいます。
専門化が対応することになっている → 専門家でなければ対応できない、と考える → 素人は余計なことは考えてはいけない、と考える(考えるな、と言われることもある) → 考えることを忘れてしまう → 考えられなくなっている → 思考からつながるものであるはずの行動力を失う
様々な教育によりこの傾向は押し進められたようです。今は最終段階でしょう。
考えることから物事は始まっています。何かに取り組もうとする時は、当事者を含めて考えなければ意味がありません。人が決めた計画を実行だけするというのは難しいことです。
計画を作ることが目的ならば、専門家だけで効率よく進めても良いでしょう。でもそれは上手く実行できないだろうな。当然、実現できない計画なら立てる意味もないわけです。
面倒でも実行しようという気があるなら、面倒でも何か問題を改善しようという気があるなら、素人でしかない当事者をも含めて広く考えないと。いろんな意見を取り入れて判断できるようでありたいものです。
オオタカの営巣確認を受けて中断されていた工事が部分的に再開されました。初めに中根・金田台地区のうち北端部分一帯の整備と南部の調整池と連絡道路について工事が進むようです。
北側一帯には中根金田台(以下なかこんとします)地区のセールスポイントである緑住農の区画もあり、まず初めにそれらが完成して町開きということになるようです。雑木林で遊ぶ会で使わせてもらっている雑木林は、一部がこの最初の工事区画に入っていて樹木の伐採などが始まりました。梅、サクランボなどを植えて果樹園としていた林もあっという間に姿を消しました。「多少なら構わない」と現場で作業をしていた方の了解を得て、伐採された梅や柿の枝や輪切りなど何切れか切り出して確保しました。何か作って残しておきたいです。
果樹園に続いて民家西側の林も近いうちに伐採されることでしょう。こうなるとわかっていたこととはいえ、景色の変わりように驚きます。
この日は地主さんから工事の予定などを聞かせていただくということで集まったのでした。
右に示した図(クリックして拡大表示させてください)にあるように、この雑木林を含む周辺のエリアは入り組む谷津に台地が出っ張ったような部分となっていて、道路などを通しにくいことから緑住農区画はもちろんのこと普通住宅区画などといったURによって手がけられる工事対象に入っていません。おそらく民間に売却されて普通の住宅地になるのだろうとされています。
谷津に面した斜面林などがあるのですが、工事しにくいと言っただけあってこの一帯は様々な環境要素が入り乱れていて貴重な環境を作り出しているのではないかと思えます。なによりも、なかこんのまち作りを特徴付けることになるかもしれない緑住農区画と周辺の保安林とに挟まれるこの一帯がどのように扱われるかによって、なかこんの住環境(自然環境)を大きく左右することになるかもしれず気になるところです。画竜点睛を欠くというか、この区域の開発のありようによっては全体計画も台無しになってしまうのではないかと心配です。
つまりのところ、希望としてこの区域を緩衝地帯として扱えないかというなのですが、今はいろいろと様子見というところです。
10時〜16時 参加者:15名くらい
オオタカ生息調査のため工事中断中の中根金田台地区の区域内を実際に歩いてみようという催しが開催されました。
オオタカが営巣しているという場所やその周辺がどのような環境であるのかを含め、計画地域が現在どのような環境であるのかを歩いて見て確かめようというものです。当然、その先にはしっかりと事実を見てから考えたいという思惑があるわけです。桜中部まち作り協議会の方々やNPO法人ラプタージャパン(日本猛禽類研究機構)の方、市の担当者の方々に一般参加の方々などが参加しました。中根・金田台地区貴重動植物生態調査委員会の委員の方々は都合がつかないのか参加されませんでした。
北側区域を歩く皆さん |
大きく分けて区域の中部の台地上、オオタカがいるとされている林の辺りの散策と、とりあえず先行工事を始めようとしていた北部地域の周辺を散策しました。中部の林は放置されて手入れされていないものが多く、先頭に立ったまち作り協議会の方が鎌を片手に藪をかき分けて進むようでした。木も比較的最近(といっても40年とかいう具合ですが)に植えられたばかりでそう大きくはなく、これが枝打ちもされていなくて藪が茂っていれば林内の空間はとてもせまいものでした。
そんな中に突然仮設道路建設のために伐採された空間が開けたリします。工事が始まったために切られたものであり、これにより広い野原のような場所が出現したわけです。オオタカ調査で工事が中断して1年経ち、その場もあっという間に背の高い草などに覆われていました。このまま放置すればほどなく藪となることでしょう。
今、オオタカがいることについて、本当はずっと前からいたのだという見方と、あくまでも最近2、3年姿を見せるようになったという見方があります。後者の意見は、オオタカが住み着くのに必要な狩場(解体作業もできる開けた場)が工事準備としての樹木伐採により出現したことが最近オオタカが姿を見せるようになった理由であると説明しています。この説によれば、この開けた空間がそういう場所なのです。工事によって一時的に出現した環境であって維持できるものでありません。まして工事を中断すれば直ぐにも損なわれるものと考えられます。そうなるとこの日かき分けつつ進んだ藪同様の林の中でオオタカは獲物をとれるものなのでしょうか?あるいはオオタカは空中で獲物を捕獲できさえすれば問題ないのだからそんなことは関係ないとも聞きます。この辺のことちょっと調べてみてもわかりませんでした。何を食べるかはわかってもどこでどう獲るかというのがわからなかったです。オオタカの生態ってどのくらいわかってるんでしょうかね。
ちょっと脱線してしまいましたが、ここでは立場をはっきりさせてこの地域の現地見学の結果まとめてみます。後者の考えにたって判断しますと、このオオタカが営巣する森を保護したとしても、狩場に適した環境をどのように残すかということも考えなければオオタカの生息を維持することはできない。誰がどのような名目でそのような環境維持を行うかも考えなければいないということです。
一方、北側地区では放置したままの元畑が大人の背丈を越えて茂る中を巡り歩いたり、あるいは巨木が立ち並ぶ保安林で昔オオタカが営巣していたというモミの木を見たり、雑木林が遊ぶ会が使わせてもらっている雑木林を見たりしました。この雑木林と保安林の林は下草整理などよく行われていて林内が広々と感じられました。
保安林にある巨木などは、素人目にはオオタカが巣をかけそうなものですが、木の込み具合や枝の張り具合によりオオタカに選ばれないようです。今の状態よりもう少し間伐などしてやる必要があるようです。
見学の最後に、本日参加していただいたNPO法人ラプタージャパン(日本猛禽類研究機構)の方よりオオタカの行動について話を聞きました。ここでは、許可を得てオオタカに発信機を取り付けてその行動を把握するという調査を行っており、その結果いろいろ新しいことがわかっているといいます。内容はまた機会があれば書いてみます。
なお、この観察会は桜中部地区まちづくり協議会の呼びかけでこの後も10月頃までに5回ほど行われました。「現場がどんな状態なのかを見ないとわからない」という再三の呼びかけに対して貴重動植物生態調査委員会の委員の方々はついに参加することはなかったそうです(植物と昆虫担当の委員の方は参加されたようです。鳥類担当の方々は参加できなかったようです。(2009.1.24補足))。この記事を書いている今は実は12月なのですが、11月の検討会でオオタカについてどのエリアを残すべきかなど話し合われたようですが、そんな判断のための現地調査が活かされることなく見るべき時期(夏)の状況を把握しないまま審議が成されたことをまちづくり協議会の方は残念がっておられました。
→参考、生態調査委員会議事等 11月委員会分を参照ください
開発計画が進んでいます・・・。と思っていたら保護運動?ちょっとドタバタしてきたかな。
雑木林で遊ぶ会が永いことお世話になってきたこの雑木林の周辺には開発計画があり、林も民家も間もなくなくなってしまう予定です。このことは2005年に開業した「つくばエクスプレス」に関る沿線開発の一地区として、鉄道の建設が決定した時点で定まった運命ではありました。
市内にいくつかある開発地区のうち上境の雑木林を含む中根・金田台地区は一番外れ(そもそも沿線上にはありません。終点つくば駅より東〜北東方向へ2〜4kmに位置します。)にあり、区画整理などの着工も当初から遅くなる予定ではあったようです。鉄道建設と同時に工事が進んでいる他地区と比べてまだまだそんな気配も感じられないような状況が2年くらい前まではありました。
他地区の工事も遅れているようだし、ここの着工はまだずっと先になりそうだな、いやそもそも工事が無くなっちゃったりするのではないかな、などと考えていた2006年秋になって地主さんから2年後(2008年頃ということ)にも工事が始まるという突然の連絡を受けてびっくりしたものです。これからの活動の進め方などについて相談をもち、とにかく具体的な情報を収集しつつ行方を見守りましょうと考えていたのが昨年の今頃(当時の会合の記録)。今年の春になったら、「もうこの年度末には先行着手地域としてこの雑木林のあたりも工事が始まるようだ」とさらに展開が早まりました。着工時期によっては秋の栗拾いももうできないかもしれない。そんなふうに考えていたこの1年、その後何も連絡を得ないまま無事に栗のシーズンも終了しました。
その一方で、今年3月には今までに無かったような緑農住区を売りにした「なかこん」(中根・金田台の愛称)開発の紹介を兼ねた現地自然観察会が催され、この開発に関心をもつ人たち(住みたいと考えている人たち)が訪れました(その記録)。私もその場にいてあらためてお話を伺ったわけですが、とにかくこうなったらこのまちづくりも、エクスプレスもうまくいってもらうのが一番いいのだろうと考えています。
工事の計画は昔からあったものですから今さらこれをどうしようと考えるわけではありません。この手の開発に文句があるならば、これとセットであるつくばエクスプレスのあり方から論じなければならずそれは15年ほど前に常磐新線(当時)の建設が決定した時点で終わったことです。その決定以前に、東京とのアクセスばかりを優先する新線計画自体に問題を投げかけ「地域に必要な公共交通インフラとはどのようなものか」と論じ、全国画一的なまち作りの将来を危惧して「地域住民、社会が作っていくまち作りを進めたい」といった提案をしていた人たちの意見を興味深くみていました。当時そういう主張をしていた人たちが、今度は住民代表として計画に関るこの「なかこん」の開発にはかつての抵抗の意地が反映されようとしているのかな、と私は思っています。最後の部分は私の推測で書いています、念のため。
(補足)
常磐新線計画に対して対案・提案を示しつつ展開していた意見については、新聞の折込チラシで主張されていたり、ミニコミ誌に論文を掲載されていたりしてましたので、みようと思えば誰でも知りえた話でした。しかし、その当時多くの人は新線計画そのものを知らず、計画について知れば「東京とのアクセスがよくなる」「便利になるのに何が悪いのか」という反応しかないような有様で、当然こんな異論の存在さえ知られぬままに話は進んでいったのでありました。開通する頃になっても、第3セクターであるという認知度は低く「あれはJRが運営しているの?」なんて言う人がいる具合に、鉄道経営とかコストに関する面にはあまり関心が払われていません。当初参加する方向で話を進めていたJRは極めて初期の段階で「採算の見込みが無い」ことを理由に撤退しています。常磐新線とはそういうものであることを理解し、それでも「自分たちの鉄道」をもちたいのであれば、何が必要になるのか、環境にどんな変化が及ぶことになりそれを受け入れていかなければならないか、そんな総合的な視点で「自分たちの鉄道をもつ」ということを考える機会が必要だったと思います。建設決定前から準備が進む過程すべてにおいて、「秋葉原まで45分」という聞こえのいいキャッチフレーズ以外聞かされなかったことに不信感と不安を感じたものです。(次項の補足に続く)
意外と工事が始まらないな、と思っていたらどうやらその理由らしい話が伝わってきました。区域内にオオタカが巣を作っているようだ、その事実を県などが隠していたのではないか、ということで開発反対運動が起きているようです。とにかく、再度調査を来年早々にも行うようでその結果がでるまでは工事中断。結果次第では将来どうなるかわからないということだそうです。
「こうなったらうまくいくしかないだろう」と思った者としては何とも複雑な状況です。もっと前の、予定は未定で着工しないだろうくらいに考えていたときなら、これでこの雑木林も残るんだなと思って安心していたかもしれませんが、本当にそういう考えで良かったのかな。とにかくこんな状態となって、まち作りがうまくいくのは難しくなったかもしれません。3月の観察会に参加し移住を考えたかもしれない方々、その他大勢の方々の考えが変わったりしてしまうでしょうか。
とにかく中途半端なのです。鉄道はもう走ってしまっているのに、初めから考慮されるべきことが今になって表面化して話が止まってしまう。確かにオオタカをはじめとして多くの生物がいてもおかしくない環境がこの地域にはあり、その環境に支えられたまち作りというものが私たちには必要だろうとは私も抱く理想像ですが、現時点でそのような意見が認められる準備はなさそうです。開発は全てを一度リセットする方法でしか行われず、発展とは今ある物がより良くなることを目指すものではありません。そんな現状を打破して、従来の開発手法とは違った元々の環境への影響・変化を抑えたまち作り手法の開発なんてできたらいいですかね。「なかこん」開発は工事方法まで革新的です、などとはならないものかな。
(補足)
つくばエクスプレスの運営は順調であると伝えられていますが、どういう前提で順調であるのかわかりません。進むはずの計画をおり込んでの話でしょうから個々の計画が滞ればどうなるのか不安に思いますが、相変わらず情報が知らされないので考えようもないです。散々下方修正を繰り返した乗客予測を少し上回った程度で順調と言っていられるものなのかと不思議にも思ったりします。今の人数で十分だったのなら、当初これだけは必要と言われた沿線開発計画が過大だったのでしょうか。それともやっぱりもっと多くの人が住み鉄道が使われる必要があるのでしょうか。そうならそういう問題提起を我々にしてもらいたいものです。他人事みたいに言ってるなと。その代わり、今まで甘い言葉で誤魔化して進めてきたことを反省してもらわないといけませんが。
とにかく住民は相変わらずただのお客様扱いですから、当然のように開発する側に対して言いたいことを言うだけです。それでいてある日突然、皆さんにも負担していただきますなんて請求書突きつけられるようならやりきれません。
私も含めて誰も自ら判断したという自覚はないでしょうが、結果的に自分たちで選択した鉄道建設&開発です。まちと鉄道とその沿線のどんな将来像を描くのか、腹をわって話し合えるようになるといいな、今からでも。
2007年3月の観察会に参加したときに、ここまで来れば行くところまでいかなければいけないだろうしこの「なかこん」開発の成功をみてみたい、と思ったものです。作るならば独自性のあるまちを作って成功させなければいけない、というのが「なかこん」の根底にある考えだと思います。どこにでもあるまちを作っても売れ残ってしまうのです。自分たちの鉄道とまちをどのようにしていくか、お客様の立場ではなく考えていかなければならないのかと思います。
赤字路線とゴーストタウンが残るというのは大げさな表現としても、それに準じたような将来はごめんです。本当に腹を割って考えられる環境が必要です。「秋葉原まで45分」ではなく、他に呼びかけるべきことありませんかね、今からでも。
ここまできて、開発を進めるかストップかなんて論じていたくはなかったです。ここまでの経緯を見ているうちに「なかこん」の取り組みの行く末を見てみたくも思っています。第三セクターのエクスプレスに関わる沿線開発ですから開発の当事者であるといってもいいはずの市民なのですが、ろくに情報を得られず意識も喚起されずにまるでお客さんの様に扱われた上に、反対だ、推進だなんて気楽な意見をたたかわせられているというようで不愉快でもあります。
人任せに(官任せ、業任せ)するのは気楽でいいのですが、そもそも望みの物が手に入らなかったり、高いツケを払うことになるかもしれないリスクもあるのだと思います。その一方で、雑木林との関わりを通じてわかってきたことですが自身が時間と労力と知恵をかけて関わりながら築いていく環境作りというのもありなのだなと思っています。雑木林に関わること、エクスプレスやまちづくりについて考えること、何か共通点を感じてしまいます。
どちらにも共通の問題は、そういう関わり方がなかなかできないこと、その意義が認知されにくいといったところなのかな。
(2007.12.23、2008.3.10追加)