日焼けII

Sunburn II
written by Marica Colpan


「バリクザー」
バリクザーはパトカーをカリフォルニアハイウェイパトロール、セントラル支部の駐車場に入れて停めた。ハンドルに寄りかかるようにして外を覗き込むと、青いトラックから見慣れた人影が滑り出て、その人物が腕を組んでトラックのドアに背中をもたれて立つ様子をじっと見た。見慣れた姿で、見慣れた顔なのに、似ているのはそこまでだった。バリクザーはくすくす笑って、その人物を良く調べに行こうとパトカーから降りた。何かが起こりそうなのは間違い無い。
ジョン・ベイカーに近づいていけば近づいていくほど、笑いを隠すのに苦心しなければならなくなった。
「うっ――」
バリクザーは咳払いをした。
「ジョン?」
ジョン・ベイカーは満面の笑みで友だちに挨拶をし、眉を小刻みに動かした。
「俺の新しいスタイル、気に入った?」
バリクザーは吹き出した。
「まぁ、確かに前に比べれば、新しいスタイルの方が、ずっと多くの君を見せているようだけど」
バリクザーは面白がって、口をポカンと開けたまま、スピードの水着と、胴体を辛うじて覆っているような小さすぎるTシャツを身に着けた友だちを見つめた。
「二度と決して、そう言う水着は着ないって、あの日焼け事件の後に言ってたと思ってたけど」
ジョンが肩をすくめた。
「別な利用法を思いついたのさ」
「ギトレアは絶対に喜ばないよ」
バリクザーはジョンの服装をじろじろと眺めた。
「ギトレアは、いつもの制服の方が好きだよ」
ジョンが肩を揺らして笑った。
「任務に付く前には制服に着替えるさ」
バリクザーが頷いた。
「ギトレアがこれを知ったら、震え上がるに違いない」
ジョンは首を傾げて、駐車場に入って来た赤いスポーツカーを指し示した。
「その辺にいろよ、見世物が始まるぞ」
バリクザーは車をちらりと見ると、再びジョンを見て不思議そうにしていた。車の助手席から、魅力的な金髪の女性が降りてくるのを見て、ますます困惑した。
「あ――ジョン――あれ、お前の姉さん?」
ジョンが歯を見せてにやりと笑った。
「そう、姉貴さ」
運転席から出てきた男性は、高級なスーツに身を包み、代々続いている金持ちの血筋のオーラを、まるできついアフターシェービングローションのように漂わせていた。
二人は車の正面で一緒になると、男はジョンの姉のウエストに守るように腕を回して、それから警官達に向かって気さくに歩み寄ってきた。
キャロラインはバリクザーに向かって微笑みかけ、それからジョンの服装を見ると、非難するように睨みつけた。
「なんて格好をしているの?」
ジョンは首を垂れると、スニーカーを履いた足元をじっと見つめた。
「この格好、気に入ってくれるって思ってたのに。だって、言ってたじゃない、アンディが――」
キャロラインが連れから離れて、腰に手を当て、弟をしっかりと見据えた。
「あなたも知ってるだろうけど、私は皮肉屋だったわ。それにしたって! あなたが今、どんな風に見えるかは、とても口には出来ないわ」
ジョンは、頭を上げると、姉をじっと見つめ、下唇を噛んだ。バリクザーは力無く首を振って、知能指数が少なくとも五十は下がっている友達の姿を見つめた。ジョンは、はにかんだように姉を見た。
「この間、こんな格好をしてた時は、両手で体中をマッサージしてくれたじゃないか」
キャロラインは、声も出せずに口をあんぐりと開けて、そして閉じた。胡散臭そうに弟を見た。
「あなたが酷い日焼けをしてて、ローションを塗ってあげたんじゃない」
キャロラインはスーツを着た紳士の方を振り返った。男は興味深そうに二人のやり取りを聞いていた。
「私の弟なの」
キャロラインが心から微笑んだ。
ジョンに向かって振り返ると、歯を食いしばって、作り声で囁いた。
「覚えてなさいよね」
ジョンはうつろに笑うと、手をしっかりとした太ももにやり、架空の泥か何かでも掃うようにしてから口を開いた。
「みんなに僕の事を弟だって話すんだよ」
低く、うっとうしい声でジョンが言った。
「そうやって、キャロラインの部屋に入るんだ」
キャロラインがイライラしたように笑った。
「私がそう言うのは……」
キャロラインはジョンをきつく蹴飛ばした。
「それが事実だからよ。アンドレにあなたが警官だって言ってくれないかしら?」
ジョンが目を大きく見開いて、姉を見ると、蹴飛ばされたふくらはぎをさすった。痛そうな表情をすると、深く溜息をついた。ジョンはアンドレを真直ぐ見た。
「僕は警官です」
その口調は、間抜けで、まるで小学生が授業中に暗唱でもしているかのようだった。
アンドレはジョンの体をじっと眺め回した。筋肉質の体つきがほとんど服に隠されずに露わになっている。ついに口を開き、呆然と言った。
「キャロライン、君みたいな魅力的な女性には、たくさんの崇拝者がいるに違いない事は判っているよ。そんな事は、僕は気にしないよ。見たところ、君とこの若者の間には関係があるらしい。君がまだもっと、何かを欲しているのだけは確かだね」
キャロラインは拳を握り締めた。
「関係なんて無いわよ」
ジョンは傷ついた様子だ。
「みんなに弟だって言ってたじゃないか」
「弟でしょ!」
キャロラインはジョンを思いっきり睨みつけた。アンドレの正面に振り返った。
「あなたをからかっているのよ。ジョンはカリフォルニアハイウェイパトロールの警官よ、本当にね」
アンドレがジョンを見ると、ジョンはバリクザーのバッジを弄んでいるところだった。バリクザーはといえば、困惑して、体の正面でしっかりと腕を組むと、笑わないように努力していた。
「キャロライン、肉体的な魅力は判ったけれどね。どうして、私をここに連れてきたのかが良く判らないのだけど」
アンドレは深い溜息をついた。
「私達が週末に湖に出かけるときに、ジョンにウェスと一緒にいてもらわなきゃならないのよ」
キャロラインは弟を睨んだ。
「ウェスをこの男と残していくって言うのかい?」
アンドレが車を降りてから初めて、ショックを露わにした。
「キャロライン、考え直してくれないか」
「あぁぁぁぁー、もう!」
キャロラインが、舗道を強く踏み鳴らした。
「ジョン、ただでは置かないわよ、絶対に」
ジョンはバリクザーのバッチを弄ぶのをやめると、唇を震わせた。
「それって、あなたのところから洋服を全部引き上げなきゃいけないってこと? 歯ブラシも? それにあなたもお気に入りの、僕が持ってったビデオもなの?」
キャロラインはこめかみに指先を当てると、不気味に呟いた。
「じっくりとじわじわと、やってやるからね。じわじわと苦しめてやる」
すっかりショックを受けた様子のアンドレに向かって振り向いた。
「ジョン・ウェインのビデオのことを言っているのよ」
ジョンがアンドレに微笑んだ。
「キャロラインはカウボーイごっこが好きなんだよ。僕を縛り上げたりもしたんだ」
九才の時のことでしょ、ホント、いやな子ね!
キャロラインがジョンの腕を思いっきりバシンと叩いた。
「この報いは必ず受けることになるからね!」
バリクザーは前に出ると、キャロラインの腕を掴んだ。ジョンに向かって振り向きながら、最大限、職業的な表情をして見せた。
「これは暴行と殴打です。この女性の逮捕をお望みですか?」
キャロラインはバリクザーを睨んだ。
「あなたもよ。パンチならまだしも、あなたまでなの?」
「パンチ?」
アンドレがバリクザーの手からキャロラインを離した。
「パンチって何者?」
「パンチは僕の友だちだよ」
ジョンがすばやく答えた。
「パンチと、キャロラインと僕はよく一緒に楽しむんだよ」
キャロラインに向かって穏やかに微笑んで見せた。
「キャロラインはハッスルするのが好きなんだ」
キャロラインは金切り声を上げるとジョンに向かって突進したが、アンドレがそれを止めて、車へと連れて戻った。
「あの子は私の弟なのよ、アンドレ、誓って本当なのよ」
キャロラインの声が小さくなり、アンドレが車の中に座らせた。
「パンチはジョンのパートナーなの。二人とも警官なのよ。ハッスルってダンスの事よ」
******

バリクザーは笑いを押さえられないままに、会議室へと入っていった。わき腹を押さえ、崩れるように部屋の前寄りの席についた。雑談がやんで、他の警官達がバリクザーの方を振り向いて注目した。
アーティがのそのそと言った様子で、バリクザーの横に立った。
「何がそんなに面白いか教えろよ」
バリクザーは手を振ると、涙が頬を伝って落ちた。
「お、お、お、俺、絶対に、ジョンを怒らせたくないよ」
アーティがバリクザーをじっと見た。
「ジョンだって?」
「パンチがあれを見逃したなんて、信じられないよ」
バリクザーが喘ぐように言った。
「あいつ、喜んだろうな」
何を喜ぶって?」
アーティは、どうやら何か面白そうな事を見逃したらしいと思い始めた。
「献金を始めなきゃならないよ」
バリクザーがアーティを見上げて笑った。
「キャロラインがジョンをやっちゃった後で、埋葬してくれるとは思えないし、仲間の警官が墓標のない墓に入るのは忍びないだろうからな」
「キャロライン? ジョンの姉さんのか?」
アーティは他の警官達を見ると肩をすくめた。
「二人はけんかでもしたのか?」
バリクザーはまた吹き出すと、机に突っ伏した。アーティは、再び肩をすくめると一人で面白がっているバリクザーを残して立ち去った。数分後、制服に着替えたジョンがバリクザーの隣の席に滑り込むと、笑顔で言った。
「アドリブ、感謝。すばらしかったよ」
バリクザーはジョンを見ると、首を振った。
「事情をすっかり聞かせてくれるかい?」
ジョンは悪巧みをするように笑って見せた。
ジョー・ギトレアが部屋に入って来ると、椅子を引く音が合図となって、おふざけは幕となった。
ギトレアはいつも通りに、部下達を見回したが、ジョンのところだけ、少し長い間、視線が止まっていた。
「今日はそれほど注意をする事は無い。新たな盗難車手配リストが出た。しっかり捜してくれ。諸君も承知のとおり、この地域に新たな組織的な犯罪も発生している。それから、これも忘れてもらっては困る、市民に接する時は笑顔を忘れずにな。歯が見えるまでの笑顔だぞ。何をしようと、笑顔で。さぁ、諸君のする事は?」
耳元で手を集音機のようにして見せた。
「笑顔」
そろった声で答えが返ってきた。
ギトレアは確認したとばかりに頷いた。
「忘れんようにな。さぁ、出動だ」
警官達が部屋の外へ向かって動き始めた。
「君は待った、ジョン」
ギトレアはファイルを閉じて、演台の上からジョンを見下ろした。
「今日、ある電話を受けたんだが。アンドレ・デヴローと名乗る人物が、私のところにジョン・ベイカーと言う部下が働いているのと尋ねてきたんだ。私は、いると答えた。すると、ベイカーは知性のある人物かと尋ねてきた」
ギトレアは、ジョンをしっかりと睨みつけた。
「この人物は、何故私の部下の知性を尋ねるのかな?」
バリクザーは駆け出すように部屋を出た。
******

「警官には志願はしたけど」
バリクザーは、最後の一着をスーツケースに突っ込むように戻すと、ぶつぶつとこぼした。
「ポーターに志願はしなかったぞ」
スーツケースを、車に運び入れようと持ち上げると、路上にピンクの切れ端が落ちているの見つけた。もう一度膝を折って、その切れ端を掴むとポケットに押し込んで、詰め込みすぎの鞄をしっかりと持った。きわめて慎重に車に鞄を戻した。鞄と車の主は三人の若者だった。
「さて、お嬢さんがた――」
さっき積んだスーツケースが滑り始めた。バリクザーはスーツケースを開いたままの車のトランクに、他の山のような鞄と一緒に突っ込んだ。
「トランクがきちんと閉められないほどの荷物を積む際には、きちんと括り付けなければなりませんよ。風にバタバタとさせたままではダメです」
運転者は、意味深に長い脚をバリクザーに見せ付けて車に寄りかかっている。
「括り付けてつもりだったのよ。結ぶのが上手くなくって」
バリクザーが大きく息を吐いた。
「私がやりますよ。どうぞ車の中に入っていて」
トランクに腕を伸ばすと、トランクを閉じるのに使われていたなんとも妙なロープの切れ端を見つけた。引っ張り出して、不思議そうに二本のロープの切れ端を見つめた。それは、ストッキングで繋いであった。
「笑顔で」
呪文のように絶え間なく呟きながら、ストッキングを外し、ロープでもって荷物を纏め上げた。
バリクザーはパトカーの座席から違反チケットホルダーを取り出すと、先ほどの車の運転席へと向かった。
「積載物固定の不備で違反チケットを切りますよ」
運転者の若い女性は、窓から身を乗り出し、バリクザーから胸が良く見えるようにした。
「それって本当に必要なの、おまわりさん?」
まばたきをして見せた。
「ええ、そうですよ」
バリクザーは微笑んだ。
女性は体を投げ出すように座席に背中をあずけて、バリクザーがチケットを書き終えるのを待った。チケットにこれ見よがしにサインをすると、バリクザーの手からチケットをむしり取り、怒った声で感謝の言葉を口にした。それから、淑女らしからざる罵りを口にして、去って行くと、バリクザーの顔からは笑顔がすっかり消え去った。
バリクザーは首をふりながら、ペンをポケットに突っ込み、パトカーへと戻って行った。無線のマイクに手を伸ばすと、昼食の休憩に入ると報告を入れた。まったく長い午前中だった。
******

バリクザーはタコススタンドに車を寄せると、すでにカリフォルニアハイウェイパトロールのバイクが一台停まっているのを見つけて、嬉しい驚きを覚えた。サドルバックの所に警棒が入っていないので、一目で、ジョンのバイクだと判った。
「よし、今朝のあれは、いったい全体なんだったのかはっきりさせるぞ」
タコスを注文すると、友人の姿を捜して見回した。ジョンのテーブルに近づいた。
「一緒にいいかな?」
ジョンは顔を上げると笑顔になった。
「君がここに来ないかなって、思ってたんだ。今朝の事は、ご協力感謝してます」
バリクザーが笑った。
「どってこと無いよ――どういたしまして。ところで、実際のとこ、なんだったんだい?」
ジョンがタコスを喉につまらせた。
「上手く行けば、週末に一緒にスカイダイビングに行けるよ」
「今週末は元々、行くはずだっただろう」
バリクザーはタコスを大きくひと齧りした。
「そのつもりさ――でもキャロラインが予定を変えさせようと必死なんだ」
ジョンが肩をすくめた。
「だめだって、念を押そうとしてるんだよ」
バリクザーが目を上げた。
「それでキャロラインとアンドレがここまで君に会いに来るわけか?」
ジョンが頭を勢いよく上げた。
「なんだって?」
バリクザーは、ちょうど駐車場に入って来たばかりの赤いスポーツカーを指差した。
「あれ、あの二人じゃないかな?」
バリクザーはキャロラインとアンドレが車から降りる様子を見ていた。
「ジョン――ジョン?」
テーブルの上に、食べかけのタコスを残して、ジョンは姿を消していた。
キャロラインはアンドレをしっかりと従えて、バリクザーに向かってずんずんと歩いてきた。
「さて――」
キャロラインは重々しく、テーブルに寄りかかった。
「あの子はどこ?」
バリクザーはタコスをよくかんで、飲み込んでから、肩をすくめて、キャロラインに向かって微笑んだ。
「キャロライン!」
ジョンがバリクザーの隣に立っていた。
バリクザーはタコスを飲み込むのを急ぎすぎて、喉に詰まらせてしまった。制服は消え去り、再び、スピードの水着とTシャツ姿に戻っていたのだ。今回に限っては、裸足だ。
「仕事場に来ていただくなんて、ホント、ありがとうございます」
澄んだ青い瞳は馬鹿丸出しだった。
「タコス、食べる?」
キャロラインは、ジョンを睨みつけた。
「彼に本当の事を話しなさい」
「誰に?」
ジョンはすっかりまごついているように見えた。
バリクザーはタコスをこれ以上食べるのを諦めた。
「アンドレに」
キャロラインが必要以上にはっきりと言い放った。
「アンドレに、あなたが何者なのかを話しなさい」
「ああ――」
ジョンがすっかり判ったというように頷いた。
「僕はキャロラインの弟です。僕は警官です」
キャロラインを見て、自信満々に微笑んだ。
「きちんと出来てた?」
キャロラインは、ジョンをTシャツごと、ぐいっと掴んだ。
「よーくお聞き。聞いてる?」
ジョンは力強く頷いた。
「あんたが、どこにベースボールカードを取って置いているのか、知っているんだからね。いいかげん、ちゃんとしないと、無くなるわよ。わかった?」
ジョンがまた頷いた。
「よろしい」
キャロラインがジョンのTシャツを放した。
「ペンを貸して、ここに、バッジナンバーとバイクのナンバー、それから電話番号を書くのよ、そうすれば、あなたが本当に、私の間抜けで、愚かな弟で、愛しのマフィンなんかじゃないいって、この人に証明できるから」
「愛しの何だって?」
ジョンはキャロラインをじっと見て、それからアンドレに注意を戻した。
「あぁ、台所では何もしたこと無かったね」
書きなさい!
キャロラインがいきまいている一方で、若い女の子達が、ジョンの素晴らしい眺めをよく見える席をさがしているいた。女の子達のくすくす笑いは、キャロラインの怒りに油を注いだ。
「ペンはお持ちですか?お客様」
ジョンがバリクザーに丁寧に尋ねた。
「僕のはあっちのズボンに置いて来てしまったようなので」
バリクザーは唇を噛むと、ズボンのポケットに手を入れ、ペンを取り出すと、一緒にピンクの布切れが出てきて、ひらひらとジョンの足元に落ちた。ジョンが屈んで、それをとると、女の子達の間からヒューという口笛や甲高い口笛が沸き起こった。ジョンはその下着を掴んで立ち上がると、バリクザーにすばやく、共謀の目くばせをした。
「わぁ、バリクザー、これ、僕に? とっても感激」
ジョンはその下着を胸元で握り締めた。
キャロラインの口が動いたが、声は出てこなかった。ようやく、かすかな低い声が、口に上ってきた。
「今度、私に触れたら、一週間は苦しむ目にあうからね。神に誓ってね」
アンドレが同情してキャロラインを見た。
「さぁ、もう、どうしてこんなに君が傷つくかわかったよ、ね」
アンドレは、キャロラインを自分の方に向けると、彼女のあごに手をやり、上にあげた。
「聞いて。僕は女性だけだよ」
キャロラインは失意の様子でアンドレを見つめ、涙を流しながら車へ走っていった。
ジョンは、二人が言ってしまうのを見守ってから、バリクザーのパトカーへと駆ける戻り、座席の陰に消えた。数分後、ジョンは再びカリフォルニアハイウェイパトロールの警官に戻った。
テーブルに戻ってくると、バリクザーの肩を軽く叩いた。
「25セント貸してくれないかな?」
「いいよ」
バリクザーは25セント硬貨手渡した。
「何するんだい?」
「兄貴のアンディに電話しないと、例のベースボールカードをキャロラインがどうにかしちゃう前に、兄貴に押さえておいてもらうのさ」
ジョンは戻っていこうとしたが、立ち止まった。バリクザーの方に振り返ると、テーブルに寄りかかった。
「さっきの下着のこと、説明してくれるよね?」
バリクザーがタコスを喉に詰まらせたのは、これが三度目だった。
******

バリクザーは石につまずいて、草だらけのハイウェイの境界に顔から倒れこんだ。
「いつの日か、一日中車の中にいてやる、じゃなかったら――」
立ち上がると、犬たちの逃げ道に立ちふさがった。ジョンとアーティは、反対側から包囲網を縮めようとしている、三人のうちの誰かが、この逃亡中のペットたちを捕まえられるだろう。飼い主は、なすすべも無く路上から様子を眺め、犬たちは、車の音に怯えて、助けようとしている警官達の手から逃げていった。恐怖で、犬たちは互いに離れ離れになり、バリクザーを困らせた。明るい茶色の犬はアーティを避けて、真直ぐにバリクザーに向かって走ってきた、暗い毛色をした方は、方向を変えると、包囲網の反対側を抜けた。
バリクザーは体を犬の進路に投げ出して、犬の逃走経路をふさぐと、ぶるぶると小刻みに震える犬を胸にしっかりと抱えた。犬が爪で腕を引掻くので、一旦放して、後ろ足を捕まえると、首根っこを掴んだ。立ち上がって、犬を渡すのに飼い主の方へと歩み寄った。
「ああ、シナモン」
飼い主の女性は犬を受け取り、しっかりと抱きしめてやると、キャリーの中にいれた。
「ありがとうございます、おまわりさん」
バリクザーは、まだジョンとアーティが二匹目を捕まえようと奮闘しているのを見やった。
「初めからキャリーの中に犬を入れて置いてくだされば、私達もこんな事をしないで済んだのですけどね。車の中で動物を放しておくのは、危険な事なんですよ」
女性はしっかりと頷いた。
「あぁ、よく判りましたわ、おまわりさん。まさか、この子たちがこんなトラブルを引き起こすだなんて、考えてもみなかったものですから。いったいどうやって窓を開けたのやらまったく判らないんですよ。シナちゃんはそんなおりこうじゃ有りませんし。メグちゃんかしら。もう一匹は、ナツメグと言うんです。あの子が窓を開けたんでしょうね」
「なるほど、ナツメグは、私の仲間をてんてこ舞いさせている最中ですよ」
バリクザーは小さな犬が草の上をジグザグに走り回る様子を眺めた。
アーティはしばらく息をきらせていた。草の上に座り込むと、腕で顔の汗を拭いた。
ジョン・ベイカーは犬に向かって、最後の突進をしたが、滑って仰向けにひっくり返ってしまった。メグは座り込み、遊び相手が動かなくなってしまったので、ゲームは終わってしまったに違いないと納得したようだった。ジョンに近寄ると、顔を舐めた。ジョンはゆっくり、とてもゆっくりと、手を伸ばしてナツメグを捕まえた。腕の下にナツメグをしっかりと抱え込むと、起き上がって車に向かって歩き出した。
バリクザーがジョンに向かって、にやっと笑った。
「ナツメグはお前が気に入ったって」
ジョンは犬を見下ろすと、笑った。
「ああ、そうらしいな」
「ご機嫌いかがかな、メグ」
ジョンは、ナツメグの耳の後ろを掻いてやってから、飼い主に手渡した。
「えー、その――」
女性はジョンに微笑んだ。
「判ってます、ドッグキャリアね」
ジョンも笑顔を返した。
「お願いできますか?」
バリクザーに向かって振り向いた。
「ここ、任せてもいいかな? そろそろ、勤務時間も終わりなんだ」
バリクザーは頷くと、ジョンに手を振った。
******

バリクザーは署に入っていくと、直ぐに逃げようと向きを変えた。
動くな!
キャロラインがゆっくりと、大股で廊下の向こうからバリクザーに向かって歩いてくる。
「あの愚か者はどこ?」
バリクザーは振り返ると肩をすくめて見せた。
「一緒に犬を捕まえてから、姿を見てませんけど」
「そんな事はどうでもいいのよ」
キャロラインが溜息をついた。
「ともかく、あの子と話さなきゃならないのよ。アンドレとの誤解を解かなきゃならないのよ」
「どうしてさ?」
バリクザーの背後から、ジョンの声がした。
バリクザーは溜息をつきながら、後ろに下がって、ジョンをキャロライン対面させた。
「どうしてこんなことをするのよ? この愚か者」
キャロラインは暴力と涙の中間で説得を試みた。
「僕は僕で週末を過ごしたいんだよ、キャロライン。時には自分のやりたい事をやりたいんだよ」
ジョンは壁に寄りかかった。
いつだって好きな事をしてるじゃない。月に一度よ、私の変わりにあなたにウェスを見ておくのを頼めば、アンドレや他の女友達とも週末が過ごせるのは、それなのに、あなたは私がまるで命を搾り取ろうとしているかのように振舞うし。あなたも一人で子供を育ててみればいいのよ」
「月に一回の週末だって、キャリー? キャリー、僕だって週末は月に一度しかないんだよ」
ジョンが憤慨して目を光らせた。
「僕は、週末は三勤一休のローテーションで働いているんだよ、だから姉貴は僕の週末の休日を全部、取り上げてるんだよ」
ジョンはポケットに手を突っ込むと、姉を睨んだ。
キャロラインが弟をじっと見た。
「どうして今までそう言わなかったの?」
ジョンは壁を蹴った。
「知らないよ。たぶん、僕がわがままだとか何とか思われるんじゃないかと思ったんだよ。実際、いやとは言い難い相手だもの」
キャロラインはジョンの腰のあたりに腕を回すと、頭を胸に持たれかけた。
「あなたをとっても頼りにしているのよ、ね、カウボーイさん」
ジョンはキャロラインを抱きしめた。
「ほとんどの時は、僕もそれが嬉しいんだよ。今度の週末は、バリクザーと出かけたいだけなんだ」
「いいわ、楽しんでいらっしゃい」
キャロラインは後ろにさがり、頬に一粒涙を流した。
「さぁ、アンドレに本当の事を話してくれるでしょ? おねがいよ」
ジョンはキャロラインに微笑んで、それからバリクザーにウインクをして見せた。
「アンドレは僕の事信じてくれるかな?」
キャロラインはジョンを押すと、ドアに向かわせた。
行きなさい!
ジョンの後ろでドアが閉まると、キャロラインはバリクザーを見上げた。
「ジョンはいい子なのよね。私ったら、時々それを忘れちゃうのよね」
キャロラインは腕をバリクザーの腕に滑り込ませると、二人で出口に向かって歩き出した。
「それで、あなた達は今週末に何をするの?」
バリクザーは微笑んだ。
「ああ、スカイダイビングですよ」
キャロラインは突然立ち止まって、バリクザーを引き戻した。
「スカイダイビングですって? 飛行機の外に?」
バリクザーが声を立てて笑った。
「飛行機を使った方が楽でしょうね」
キャロラインがバリクザーをじっと見た。
「パラシュートで?」
バリクザーは頷いた。
「便利ですからね」
キャロラインはバリクザーから腕を放すと、ドアに手をかけた。
「ありがと、バリクザー」
キャロラインは駐車場に踏み出した。
ジョン、この、愚か者! 自殺したいんだったら、別な週末になさい。聞いてる、ジョン?」
バリクザーは後ろ向きのまま、廊下という聖域に辿り着くと、走り出した。

― 完 ―


"Sunburn II" (c)1998 Marica Colpan. "CHiPs" and its characters cMetro Goldwyn-Mayer, Inc.All rights reserved. No infringement of any copyrights or trademarks is intended or should be inferred. This is a work of fiction, and any similarity to actual persons or events is purely coincidental.
本作品は、2001年4月にMarica Colpanより許可を受けて翻訳したものです。日本語文の権利は当サイト管理人のもんたに有ります。
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もんたのあとがき

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