ちっちのプロフィール


VOICE
Fish
Flower
Music
Illust
わたくし、生まれも育ちも神戸は灘・水道筋です。
灘温泉?で産湯を使い
姓も名もはぶきまして
人呼んで
“ちっち”と発します。
とかく、西に行きましても東に行きましても、
土地土地のお兄貴さん、お姐さんに
ごやっかいかけがちになる若造です。
以後、見苦しき面体、お見知りおかれまして、
今日こう万端ひきたって、
よろしくおたの申します。
寅さんのごとく心のあったかい、純な男を目指しています。
それを言っちゃ〜おしまいよ。
尊敬?憧れ?
我が心の師 車寅次郎氏
阪神タイガースを愛する男。
気がつけば『阪神タイガース子供の会』に入会していた。
そして黄色と黒のラインが入ったユニフォームを着て
グランドでキャッチボールをしていた。
当時の黄金バッテリー“江夏・田淵”からの大ファンで
江夏と江本のトレードに衝撃。
その後田淵が西武へトレードにも大衝撃!
田淵ファンと友人に言えば、えぇ〜とバカにされても
スポーツ新聞で田淵が近鉄へと見出しがでれば、近鉄の帽子を買いに行き、
正式に西武になると西武の帽子を買いに行くほどのファンであった。
その頃から最下位に低迷しだすも、ダメな奴ほど可愛いというか・・・
佐野のフェンス激突など印象に残る出来事も多々あるが、やはり
昭和60年の優勝であった。
バース・掛布・岡田 そして胴上げ!そして日本一!
友人宅で朝まで喜びを分かち合い、当時のスポーツ新聞5紙の記念版を持つ。
このところ甲子園へ行けば無敗を誇る。
格闘技大好き人間。
プロレスに至っては、ザ・ファンクスVSブッチャー・シークの対戦で
涙した経験を持つほど。
当時わずかなお小遣いで月2回発行の“ゴング”を愛読する。
新日と全日の引き抜き合戦で、ブッチャーとタイガージェットシン、
ハンセンとブロディの移籍
佐山ことタイガーマスクの登場辺りから次第にプロレスから遠のく。
初のプロレスオールスター戦で、
猪木が馬場に挑戦を迫るシーンはゾクゾクした。
猪木の異種格闘技が冷めてきた頃、突如来航した黒船
“グレイシー柔術”により再び注目するようになる。
その後、UFC・修斗・パンクラス・UWF・K-1に興味ありで
“格闘技通信”を愛読する。
ヒクソンVS高田でワクワクするも、
前田戦実現せず。船木VSヒクソンでピークを迎える。
もうプロレスは見る事は無いが、PRIDE等に注目している。
日本淡水魚
ある時期から川魚に興味を持ち始め、
タモ網片手に関西系の河川を訪れるようになる。
普段は気づかない身近な川にも
いろんな生き物が生息している事に感動する。
それらを採取・観賞・飼育・繁殖しひとりで感動している。
時々海にも出かける。
とことんギャンブラー
人生も同じだが、ある時は一発勝負!ある時は緻密な計算・データ分析
特に競馬においては神の域に達している。
自身が主宰である“目利屋本舗”もあり、確実なる成績を収めている。
年間万馬券的中数は数十本は当たり前。
十万馬券も年間二桁の実績を持つ。
あくまで回収にこだわる的確な判断に基づいている。
趣味
幼き頃は漫画や絵を描くことが好きで漫画家を夢見ていた。
小学校時代はマンガ博士の称号を頂き(誰にやねん?!)
絵・ポスターを描けば必ず入選・展示されるほどの才覚を持つ。
お酒
現在はビール党。若かりし頃は日本酒の似合う男を目指していたが
飲みっぷりがグイグイタイプなので、数々の失敗をもとに学習。
それでもたまに反省の日々である。
女?
表面上はいかにもスマートな男を演じているが
実はおっぱい星からやって来たおっぱい星人なのだ。
少し前なら、ちょっとは浮き名を流した奴だが、最近はおとなしいもんだ。
先生の号令にも反応は鈍く、着席したままである。
そんな事より、ほんとは甘えていたいだけの
甘えん坊なのだ。
ブルースの出会い
小・中・高と何不自由なく過ごさせて頂き、それもこれも両親・おじ・おば・その他温かいご好意で<のーのー>と暮らしてまいりました。
大学に至っても、受験勉強!受験戦争!なるものなどいっさい経験せずスーイスイと流れてまいりました。
しかし人生うまくいくはずもありません。
わずか半年余りで大学を中退してしまいました。
母親との中退に関しての会話は今でも忘れません。
そしてその傍らで寝そべってテレビを見ながら何も言わず聞いていた父親の姿も今でも忘れません。

いつしか流れ流れて
いや流されて・・・
情けない自分に気づくまでに時間はかかりませんでした。
あったかい味噌汁をくーっと飲むつもりが、いつしかインスタントの袋に入ったやつをチューと絞って冷めたお湯を注ぐような暮らしになってました。

その頃趣味でギターを弾いていて、音楽に対しても離れられなくなっていました。
すがっていたのかもしれません。
夢中で思った事、感じた事を自分なりに歌って、というより叫んでいました。
その頃出会ったのがブルースの神様“ロバート・ジョンソン”でした。

当時アコースティックギターを弾いていた自分はそれを使っていかに自分を表現しようかと悩んでいました。
わかりやすく、そして自分にもできる音楽。
洋楽は雰囲気はカッコいいが、言葉が・・・
何かを伝えるにはまず言葉。そればかり考えていた。
アコでしかもフィーリングが日本に無いものという事で憂歌団・上田正樹などが耳に入ってきた中
ある日、ロバジョンと出会うことになる。

くしくも当時人生の岐路に立っていた自分に
彼は
【CROSS ROADS BLUES】をレコード針を置いた瞬間に突きつけてきた。

もし人生の岐路に立ったなら、そして自分の想いを成し遂げたいなら、魂を売りなって・・・悪魔が囁く。
生半可じゃできない。 僕にもできなかった。
だから当時も今もチュウブラリンで何かにぶら下がったまんまだ。

首輪に繋がれて、飛び出したはいいがあちこちさまよい歩いて、居心地のいい場所を探し求めている。
当時改めて情けない自分を知った。
これでは余りにも重い。
重い自分に気づいた時、レコード屋でブルースレコードをあさっているときに心地よいサウンドに出会う。
ブルースの王様“B.B.KING”だ。

ブルースの王様というのになんてジャージーでファンキーでノリノリ!
LET'S THE GOOD TIME ROLL なんて歌ってる!
ウキウキする。

後にBLUE NOTEに見に行って、あのポアポアしたお手手と握手した時は感動した。

あちこちさまよっている自分でもいい事はある。
今こそ寅さんの如く出会った先で人々に笑顔や優しさを振りまくそんな暮らしでありたい。
そう思った瞬間だった。
我が人生、幾たびか岐路に立たされるだろうが、その一歩を踏み出す時はその一歩に魂を売り
踏み出したその先はGOOD TIME ROLLING♪その精神でゆきたいと思います。
そして懐かしい友、お世話になった人々、我が両親、おじ・おば
僕をここまで見守ってくれた全ての人々に感謝、恩返しできるようがんばっていきたい
そう思う今日この頃である。