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Recurring Fantasm/nigthmare overdrive

    2/Death Trap  ―― chapter A

       
 

   /monologue ―― 遠坂凛

『いいかげん、気が付いてるんでしょう?』
 その質問は、かつて私が衛宮士郎に向けたものだ。
『……何のことだよ』
 士郎は私に背を向けたまま、しばらくの沈黙をおいてそう答えた。即答でも、考えた末での返答でもない。私の言葉の意味を理解していて、その上でとぼけている事なんて、もうバレバレ。そんなことくらい自分でわかっていながらも、無駄な抵抗をしてみせる。そんなところは、あのころからずっと変わっていなかった。冬木の街で一緒に戦った、あの頃から。
 懐かしい顔と再会したのは、思いも掛けない場所。『塔』で出会った一人の魔術師――ルヴィアが、何を考えたのか突然私を招待した、彼女の屋敷での宴。そこで現れた臨時の執事という男の顔を見て、私は驚くとともに、ひどい違和感を覚えたものだ。
 かつての衛宮士郎の面影は、間違いなく残っていた。
 けれど、色素が抜けて白っぽくなった頭髪と、かつての彼より明らかに色が濃くなった肌は、もう一人の人物を想起させるのに充分な材料だった。
 そして、何よりその体躯。
 かつては人並み程度だった身長は、明らかに日本人離れしたものと成長していた。
 学生の頃のいささか頼りなかった体格は、がっしりとした筋肉に包まれていた。
 その姿は、かつてから抱いていた疑惑を確信に変えた。己の名前も告げずに消滅した私のサーヴァント、アーチャー。数年ぶりに会った士郎の姿は、彼によく似ていた――いや、似すぎていた。
――そうか、やっぱり、アーチャーは衛宮士郎だったんだ。
 その上で思い起こすと、心当たりはいくらでもあった。いや、その言動のひとつひとつがいちいちヒントになっていたのに、ただ私が気付いていなかっただけなのだと、いまさらのように理解できた。
 アーチャーが現界したあの日、私の名を口にして浮かべたあのほほえみは、今でも記憶の中にはっきりとある。その一言に、いったいどれだけの思いが込められていたのだろう。察することは出来る。けれど、理解することはできないだろう。私にも、いまの衛宮士郎にも。
 私に出来るのは、衛宮士郎に確認を取ることだけだった。
 数日後、彼のフラットを訪れた私が彼に投げかけたのが先の台詞。
 士郎はしばらくとぼけていたけれど、やがて認めた。彼自身も自分がアーチャーと同一人物だと気が付いていると言うことを。
 まあ、当たり前の話なのだけれど。
 なにしろ、彼の身近に鏡があれば、そこには必ずアーチャーの顔が映っているのだから。
 自分の容貌が、己が最も嫌っているはずの人物に似ていくというのはどんな気分なのだろう。
『けど、遠坂。俺はアイツなんかにならないからな』
『当たり前でしょ。士郎は士郎、アーチャーはアーチャーよ。いくら元が同じ人間でもね』
 最後に士郎が呻いたその言葉に、私はそう返してやった。
 アーチャーはバーサーカーの足をほんの僅か留めるだけの代償として、その命を支払った。だからアーチャーはもう私の許には戻らないし、士郎が幾らアーチャーと同じ道を歩んでも、きっとその行き着く先は違うだろう。
 だから、私はもうアーチャーと出会うことはない。
 そう、考えていた。――昨日までは。
 けれど――

「待たせたな、リン。――リン・トオサカ」
 回想にふけっていた私を現実へと引き戻したのは、聞き慣れたハスキーボイスだった。
 目を開けた私の前を、白髪の老人が軽く会釈しながら通り過ぎていく。思わず見送ったその後ろ姿は、老人とは思えないほどぴんと伸びていて、凛々しくさえあった。腕が通されていないためにそこだけがぶらぶらと揺れている右の袖も、この老人の凛々しさを崩したりはしない。その片腕は遠い昔に失ったと聞いているから、長い年月こそが違和感をそこから奪ってしまったのかもしれない。
 隻腕の老人は魔術師でこそないけれど、この時計塔にはよく姿を見せる存在だった。だから私とも当然面識がある。けれど、先程私を呼んだ声の主は、立ち去っていくこの老人じゃない。視線を戻せば、そこには男前という表現が似合いそうな、すらりとしたスーツ姿の美人が立っている。
「すいません、来客のお邪魔をしてしまって。バゼット先生」
「その、先生、っていうのはやめろって、私は何度も言ってるつもりなんだがな」
 私との間に指を一本立てるような動作を見せて、彼女は軽くこちらを睨み付けた。けれど、そこには立つべき指がない。指だけではなく、その腕は手首の部分から先が完全に失われている。
 パゼット・フラガ・マクレミッツ。隻腕ならぬ隻手の魔術師は、時計塔においても珍しい存在だろう。普通なら不便を嫌って魔術で再生させるなり、人形師が作る義手をつけるなりするものだけれど、彼女は頑としてそれを拒みつづけた。己が誇りとした役職を失ってもだ。
 それが、己の甘さをいましめる刻印なのだと、いつだったかぽつりと漏らすのを聞いたこともある。
『私はね、リン・トオサカ。君たちの敵になる資格もなかった女だ』
 自嘲気味に呟かれたその言葉が、全て。
 ランサーの召喚者にして、七人の魔術師でも最強格の存在――になるはずだった魔術師は、開幕の鐘を聞く前に令呪を奪われ、その資格を失ったという事らしい。もちろん、資格を奪ったのは私たちの前にランサーのマスターとして現れた言峰綺礼だ。あいつは、彼女から令呪を奪うためにその手ごともぎ取ったのだろう。そして、彼女は令呪や手だけにとどまらず、魔術師として致命的な損傷まで受けている。魔術回路と魔術刻印の大部分が損傷した彼女は、もうかつての実戦する魔術師ではいられなかった。
 それでも、その能力はなお並の魔術師より秀でている。
 ゆえに、彼女はみずから任を退いて後進の指導に当たることになり、今に至る、というわけだ。
 時計塔に留学した私の教官を彼女が務めることになったのは、本当に単なる偶然なのだけれど。
「まあ、あの人の用事なんて有って無きが如し、だ。世間話に付き合わされて辟易していたところでな。君が来てくれて助かったよ――まあ、同じように片手がないものだから気に入られているのだろうな。あの老人には」
 彼女はそう言って笑った。けれど、その口調には辟易していた様子など微塵も感じられない。彼女とあの老人は波長が合っているのか、ひどく仲が良い。
「――で、用事というのは? 恐らくはシロウ絡みの事なのだろうけれど」
 私が用事を切り出す前に、いきなりパゼットは士郎の名を口にした。
「……なんで、そこでアイツの名前が出てくるんですか?」
「おや、違ったか? 私はてっきり、シロウが霧の中でやり合った相手のことについて、君が何かを相談しに来たのだと思ったんだが」
 ――いったいどこからそんな情報を仕入れたのだろう。パゼットは黙り込んだ私を見てにやにやと笑っている。
 けれど、向こうが事情を察しているというのであれば話は早かった。正直、どうやって説明しようかと少しばかり悩んでいたのだから。
「そこまでわかっているのなら、私がここに来た用もわかっているんじゃないんですか?」
「まあ、なんとなく察してはいるがね」
 パゼットの顔が真剣なものに戻る。
「君の顔を見れば難題であることは容易に理解出来るが、私なら簡単にどうにかできる、などと考えてほしくはないな」
「わかってます。けれど、一介の魔術師が事情も説明出来ないまま要求しても、話は通らないでしょう」
「まあ、その通りだがね……詳しい話を聞かせてもらおうか。対処はそれから考えるとしよう」

/monologue out.


2/「Death Trap」


 

 深い霧がロンドンを覆っている。
 白い闇に沈んでいく街は、毎夜繰り返された光景と何ら変わりない。
 ――けれど。
 この夜は、いつものそれとは微妙に違っていた。
 夜霧の街は、昨日までと同じように沈黙を守っているように見える。だが、その沈黙の意味が違っていた。
 誰が喋っているわけでもないのに、小さなささやきの気配が漂っている。
 閉め切られているはずの窓をよく見れば、カーテンの合間に小さな隙間を見いだすことができるだろう。
 息を殺して殺人鬼が去るのを待っているがゆえの沈黙ではなく、何かが起きるのを黙って見守っているがゆえの静寂。
 この夜ばかりは、必死になって警邏けいらを続ける警官達の姿もない。動く影と言えば、腹を空かせて街をうろつく小動物のものくらいだろうと思われた。
 けれども、それは誤りだ。
 街の中央部にだけ、人の姿がある。
 三本の大通りが交差する、巨大な交差点。一月前までは深夜でも車の通りが絶えない場所だったそこに、二つの影がたたずみ、じっと何かを待っている。
 ――何を?
 答えは、問うまでもないだろう。
「やれやれ、いったいこりゃ何事だ?」
 沈黙を破ったのは第三の影。
 霧の向こうから現れたそいつは、二つの影の前まで来ると、足を止めて小さくぼやいてみせた。
「どこもかしこも結界だらけ。どいつもこいつも結界の奥底に引きこもりやがって、喰いようがねえときた」
「当然よ。誰だって魂を喰われるのはイヤだもの」
 答える声は、佇んでいた影のうち、小柄な方のものだ。
 その言葉が終わらないうちに、ぱん、と何かが弾ける音がして、風が渦巻いた。
 周辺を満たしていた霧がその風に煽られ、吹き飛ばされていく。通常の風ではわずかに揺らぐ程度のそれがあっさりと吹き散らされるところからして、その風も魔力によるものなのだろう。
 霧が晴れたわけではない。あくまでその狭い空間から排除されただけだ。しかし、それで周辺の街並みが辛うじて視認出来る程度にはなった。
 そして、路地には三つの人影が並ぶ。
 赤い衣をまとった黒髪の女性は、遠坂凛。その脇には蒼い外套をまとった衛宮士郎が立つ。そしてもう一人、数メートルほど離れた場所に立つのは、長い棒状のものをその手にした、黒ずくめの男。
「まあ、そりゃそうか。けど、それなら特上の魔術師がこんなところでぶらぶらしてちゃダメだと思うがな」
 黒ずくめの男は、己の姿を隠すはずの霧が吹き飛ばされたというのにもかかわらず、まるでそれを気にする様子がない。
「仕方ないでしょ。こうでもしないとデートに応じてくれないと思ったから」
「参ったな。い女の誘いは断らないようにしてるつもりだったんだが」
 男は大仰に肩を竦めてみせる。
「応じてくれるのがあなただって、確実な保証はなかったもの」
「まあ、そりゃそうだ。アーチャーの奴とはもうやり合ったんだったな」
 槍を肩に担いで、男は笑った。
「あなたが来てくれて助かったわ。話の通じない人だったらちょっと面倒かなって思っていたもの。けど――本当に、ランサーなのね……多少姿が変わったのかしら」
「そんなに変わっちゃいないつもりだったが、な。……まあ、変わっては見えるか」
 そう言いながらぶらぶらと振り回す腕には、黒い布のようなものが巻き付けられている。
 いや、それは腕だけではなく彼の全身を覆っていた。ゆえに、彼の影は街灯に照らされてもかつての蒼一色ではなく、黒一色のものとなる。
 漆黒とも違う、色あせた黒。
 乱雑に彼の身体へと巻き付けられた布は、その身体どころか槍の半分以上をも覆い隠している。
「やっぱり、アーチャーもあなたと一緒にいるのね。アーチャーだけじゃないでしょ。いったい、どれだけのサーヴァントがこのロンドンにいるの? そもそも、あなた達はなんで今ここにいるの? 十年前、あなた達は消え去ったはずなのに」
「……ふむ、佳い女の質問にはなるべく答えてやりたいんだが……マスターの縛りもあってな。ちょっと答えることはできねえな」
「じゃあ、やっぱりあなた達を操ってるマスターはいるのね」
 遠坂凛の言葉に、ランサーは小さく舌を打った。
 周囲を包む空気の匂いが変化する。
 それまでも、決してだれていたわけではない。むしろちりちりと肌を焼くような緊迫感が立ちこめていたはずだ。だが、今の瞬間から、この場を満たす空気はそれ以上のものに変化する。
 それは血の臭いに満ちた、鬼気。
 弱い人間ならそれだけで狂死しそうなほどの、殺意。
「どうやら喋りすぎたらしいな。ゆっくり久闊を叙したい所だったが、ここまでだ。どんなセコい罠を仕掛けたのか、見てやろう」
 ランサーの言葉尻に、靴の踵が石畳を叩く音が混じる。
 それとほぼ同時に、紅い旋風が交差点の中央を吹き荒れた。
 凛の身体が宙に舞う。旋風に吹き飛ばされたようにも見えるが、違った。その背後には、ずっと黙って二人のやりとりを見つめていた士郎の姿がある。その腕は、凛の腰をに廻され、がっちりとその細い腰を抱き寄せていた。ランサーから彼女を守るため、とっさに彼女を抱えて後ろへと飛んだのだろう。もしそうしていなければ、旋風は凛の胴体を薙いでいたに違いない。
 だが、颶風のごとき一撃はただの一度だけ。
「よく躱したな……今のは本気の一撃だったんだが。今度はもう少しばかり楽しめそうだ。で、どっちが俺の相手をする? そこのアーチャーもどきか? それともお嬢ちゃんか? 俺は別に両方でもかまわねえけどな」
 必殺の槍を振り抜いた姿勢のまま、ランサーは口元をひん曲げてみせた。


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 公開開始 2005/5/6