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Recurring Fantasm/nigthmare overdrive

    2/Death Trap  ―― chapter B

       
 

 それは繰り返される光景。
 一昨日、深い霧のなかで演じられた斬り合いのことではない。
 十年前、冬木市の学園で演じられた、サーヴァントとサーヴァントの一戦。それの再生リプレイだ。
 もちろん、演者の姿は異なっている。
 怒濤の刺突を放ち続ける槍使いの姿は黒ずんだ姿へと変わり果て、数歩引いた場所で見守る女性は、もはや少女ではない。なにより、二刀をって無数の穂先をさばき続ける剣士の演者が、本来のそれではない。もとをたどれば同一の人物でこそあったとしても、すでに別の道を歩みつつある存在なのだから。
「どうした、もう限界か? こっちはまだまだ上げられるぜ?」
 嵐のように魔槍を繰り出しながら、ランサーは哄笑をあげた。
 そのひとつひとつが、全て必殺の槍。たとえその槍に刃がなかったとしても、まともに受けたならば、その瞬間に当たった部位が持って行かれるだろう。
 それでも、まだランサーの表情には明らかな余裕があった。
 そして高らかに誇るのだ。己はまだ全力など出してはいないと。
「まだ、まだだ」
 答える衛宮士郎の表情には、もう余裕など有りはしない。
 襲いかかってくる槍の穂先を、ただひたすら二本の小刀で弾き返し続けるだけだ。
 間合いは一歩も狭まることはなく、ただ一方的な攻撃を許すのみ。一見すれば、それは一方的な嬲り殺しにも見えるだろう。
 けれど、そうはならない。
 限界に見えながらも、士郎は確実に全ての攻撃を防ぎ続ける。一歩、二歩とわずかに後退は続けているが、どれだけ槍の速度が上がろうとも、その防御は破れなどしない。
 唐突に肉厚の小刀がへし折れ、黒い刃身が宙を舞った。
 どう見ても華奢なのはランサーが振るう槍の方だが、そのじつ、彼の魔槍は竜種でさえ傷を付けることのできない神器だ。いくら業物とはいえ、ただの武具でしかない二振りの剣には荷が勝ちすぎる。
 士郎は何の未練も残さず、右手に残った柄を投げ捨てた。
 それはほんの一瞬の隙でしかない。が、ランサーの前では致命的な隙にも匹敵した。
 真紅の光条が士郎へと伸びる。
 眉間を狙う一撃は、左手の莫耶が叩き落とした。
「しっ!」
 ランサーが、小さく呼気を漏らした。
 叩き落とされたはずの槍はありえない軌道を描き、新しい光条となって士郎へと向かう。
 心臓をまっすぐに狙うその一撃は、なんの遠慮も無く士郎の命を奪うだろう。右手の武器が無ければ、それを弾き返す方策がない。士郎の右手に武器が無いままだったならば。
「――投影トレース完了オン
 呟きは衛宮士郎の呪文。彼が最も、そして唯一得意とする投影魔術を完成させるためのキーワード。
 干将の黒い刀身が、鋭くはしる閃光の軌道上に、あった。
 意外ほどに鈍い音を立てて、魔槍の穂先はあらぬ方向へと跳ね上げられる。盾のように使った小剣をくるりと逆手から持ち替えた士郎は、だがまだ踏み込む事もせずそこにいた。
「ち、しぶといのだけは変わらねえか。このアーチャーもどきが、よ」
 小さく舌打ちをするランサーの表情は、口調ほどに悔しさを浮かべてはいない。
「誰のことを言っているっ!」
 怒号を上げながら、士郎は再び繰り出された槍をはじき返す。
 そして、剣戟は再開する。



 凛は小さく溜息を吐いていた。
 士郎の能力を信用していなかったわけではない。あの聖杯戦争から十年。未熟だった魔術師は、屈強の剣士に成長している。得意とする投影魔術はさらに磨きが掛かっている。表の世界で名前を知られる事は無いかもしれないが、裏の世界においてならばエミヤの名は、すでに知らない者を探すほうが難しい程のモノとなっている。
 疫病神として、だが。
 彼が味方になればむろん百人力、千人力にも相当するだろう。しかし彼が味方するのは、彼が正義と規定した側に限られる。望んでも助力は得られるとは限らず、かと言ってその鋭い目をごまかし意図的に利用する事も難しい。なのに、争い事があると勝手に首を突っ込んでくるのだから、厄介者扱いされるのも無理はない。しかも、その能力は並の魔術師などあっさりと圧倒する。彼にまつわる逸話の中には、どこかの軍から払い下げられたという戦闘車両に単身立ち向かい、結局剣と弓だけで退けたというものまであるほどだ。
 けれど、それだけの能力をもってしてもサーヴァントは手に余る相手だろう。
 協会の魔術師のなかでもトップクラスの治癒術師がたまたま時計塔に滞在していた、という望外の幸運要素があっても、まだ足りない。
 それでも士郎ならばなんとかしてみせるだろうという信頼が、凛にはあった。
 彼女が心配していたのは、その士郎が昨日みせた動揺だ。
 アーチャーを追って姿を消した士郎は、霧が消え去っても戻ってこなかった。そのことに不安を覚え、かすかな痕跡を辿りながら二人のあとを追った彼女が見つけたものは、狭い路地で座り込んだまま、呆然と上空を見上げる士郎の姿。
 そして、凛ははっきりと聞いた。
 士郎が呟いたセイバーの名を。
 その様子を見て、凛は悟らざるを得なかった。士郎の前に、アーチャーのみならず、かつて士郎に仕えた最強のサーヴァントまでが姿を現したのだと。
 凛に名を呼ばれて士郎は我に返ったが、それ以降ずっと塞ぎ込んでいた。このまま本当に予定を進めてしまっていいのだろうかと凛が不安になるのも、無理のないことだろう。
 だが、今の士郎は迷いもなくランサーと打ち合っている。
 セイバーのことは吹っ切ったのか、それとも割り切ったのか。
 ――ともかく、今は士郎が押されながらも、辛うじてランサーの猛攻を防ぎきっている。けれど、これでは凛にも介入のしようがない。うかつに手を出せば、士郎が死守している均衡などあっさりと崩れてしまうだろう。
 凛はわれ知らず、拳を握りしめていた。



 だが、均衡が崩れる瞬間は待つまでもなく訪れようとしていた。
「どうしたどうした小僧っ」
 ランサーは挑発するように声を上げる。豪雨のような槍の速度は衰えない。衰えるはずもない。攻め続けるランサーの顔には一筋の汗も浮かんではいないのだから。それはつまり、彼が未だ全力では攻めていないという事を意味する。
 士郎は挑発に応えない。応えられるはずもない。その表情はすでに歪み、息も荒い。ランサーが放つ全ての刺突をいまだ防ぎきってはいるが、遅からず限界が来るのは目に見えている。
 士郎の脚が動く頻度は、少しずつ高くなっていた。もちろん、それは前進のためではなく、ただ圧力を受け流すための後退にすぎない。そして、その度にランサーの足は前に出る。士郎に休む間を与えまいとするかのように。
 繰り出される槍の速度は際限なく上がってゆく。
 それを受ける小剣も速度を増してゆく。
 その速度は、すでに常人の視覚できる範囲を超えているだろう。打ち合わされた刃が奏でた音は、とっくに百などという数字を超えているはずだ。
 それほどタフな人間でも、全く休憩も無しにこれほどの戦闘をこなせるはずはない。
 そう、それがいくら衛宮士郎であろうとも。
「っ、ぐ――」
 薙ぐような一撃を受け止めたはずの士郎が、小さくよろめいていた。受け止めた打撃の勢いを殺しきれなかったのか。けれど、それは本当にわずかな揺らぎでしかなかった。
 だが、それで充分だ。天秤の均衡を崩すには、ほんの小さなおもりが有ればいい。それと同じこと。
 続く一撃を受け止めた士郎の身体は、今度こそ大きく揺らいでいた。見た目には軽い突きにしか見えなくとも、その一撃一撃には想像を絶する力が込められているのは間違いない。受け止める事は出来ても、受け流す事が出来なければ衝撃は本人に伝わるのが道理。
 体勢を崩した士郎に向けて、さらに槍が空を斬る。その穂先は間違いなく彼の心臓を狙っていた。ケブラー繊維で編んだ外套コートも、軽金属で構造したボディアーマーも、魔槍の前には紙切れと大差ない。まともに受ければ、死、あるのみ。
 鋼を打ち合わせたそれではない音が、初めて響いた。
 槍の穂先が外套コートを、そして肉を裂く音。
 そして、続いたのは金属で出来たモノがアスファルトの路面に落ちた音。
 耳を澄ませば、滴る血液の音さえ聞こえたかもしれない。
「――士郎……っ」
 凛が悲鳴じみた声を漏らす。漏らすだけだ。高く叫んだりなどはしない。何故なら、まだ衛宮士郎は倒れていないのだから。
 だが、無事というわけでもない。
 槍は、違わず衛宮士郎を貫いていた。士郎の、筋肉でよろわれた右腕を。勢いが良すぎたのか、柄の先端部あたりまでが深々と肉に埋まり、刃は腕の向こう側でてらてらと血に濡れている。腕をだらりとぶら下げたその姿を見るまでもなく、地面に広がる血痕の大きさを確認するまでもなく、士郎が負った傷は深かった。腕が丸ごと落とされなかっただけでも僥倖と言っていいだろう。
「……ぐっ」
 上腕部を貫いていた槍がゆっくりと引き戻されたその動きに、士郎の口から呻き声が漏れる。
「――っ!」
 少し離れた場所で見守っている凛は、拳を強く握りしめていた。白いはずの肌が、蒼白を通り越して紫色になるほどに強く。さきほどまで存在していた均衡が消滅したのは誰が見ても明らかで、士郎の命はまさしく風前の灯火だ。このままでは、毎夜の犠牲者と同じ死骸が一つ、新たに出来上がるだけの事。けれど、凛は何もしなかった。呪文を唱える事もしなければ、迂闊に駆け出したりもしない。そんなことをしてもランサーの槍を止めるすべなど彼女にはないし、ランサーも遠慮などしてはくれないだろう。ただ、むくろの数が一つ増えるだけの事だ。
「ちっ……」
 舌打ちをしたランサーは、こびりついた血をふるい落とそうとするかのように槍を大きく廻してみせた。ぐるりと大きく周囲を巡ったその穂先は、あらためて士郎へと突きつけられる。
「テメエ、もう少しは楽しませてくれるかと思ったのに、少しばかり活きが良くなった程度で何も変わってねえじゃねえか。その程度でこの俺を倒せるとでも思っていたのか? 悪い冗談にもほどがあるって奴だぜ、そりゃあ」
 吐き捨てるように、ランサーは怒りの言葉を口にした。
 士郎は答えない。
 ただ、負傷した腕をかばいもせずランサーを睨み付けているだけだ。
「ふん、もういい」
 唐突に、ランサーの声から怒りの気配が抜けていた。
 怒りだけではない。その声にはさきほどまで確かにあった熱がひとかけらも存在していなかった。怒りのあまりに感情を殺してしまったわけではなく、玩具オモチャに飽きた子供のように、ただ士郎に対しての興味を失ってしまっただけなのだろう。
 ゆえに、かかげた槍の穂先は冷徹。あとは単純にそれを突いて手負いの剣士を死体へと作り替えるだけだ。それは毎夜繰り返されてきた虐殺と何一つ変わらぬに違いない。ならば、それはランサーにとっては単なる『作業』以外の何物でもないのだろう。
 穂先を見つめていた士郎の膝から、力が抜けた。がくりと、その体が前のめりによろめく。
「しまいだ、小僧」
 あかい槍は吸い込まれるように、士郎の心臓へと滑り込んだ。


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 公開開始 2005/6/23