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「はあ……」

 ため息は、宙に溶けた。
 空は忌々しいくらいに蒼く、雲ひとつ無い。
 空気は嘘のように澄み渡っていて、まだ少し肌寒いくらい。
 耳に入るざわめきはひどく遠く、時には潮騒の音にかき消されてしまいそうなほど小さい。
 こんなところで一人ぼうっとしていると、世界にただ一人取り残された     そんな錯覚をしてしまいそうになる。
 まるで結界の中にいるような静けさだ。
 けれど、ここは結界の中じゃない。
 朝の海浜公園という人気のない空間が、そう錯覚させてしまうだけだ。
 周辺に、人影はない。せいぜいペットを散歩させる近隣住民の姿が遠くに散見される程度。
 だからこそ、僕はここにいた。
 べつに人嫌いって訳じゃないけど、一人になりたい時っていうものは誰にだってあるはずだ。
 ゆっくりと、誰の干渉も受けずに考えたいことがある。できれば余計な雑念の入らない、雑音の少ない場所が良い。
 そんな条件にここはうってつけだった。
 もちろん、ひとりでいくら考えたって結論が出ないことくらい、よくわかっている。
 誰かに相談できれば、少しは楽だったかもしれない。
 けど、いったい誰に相談したら適切な助言をもらえるというのだろう。
 そんなことすら、見当がつかない。

「ふう……」
 思わず、またため息をついてしまう。
 さぞかしみっともない姿だろうとは思ったけれど、どうせ誰も聞いていないのだから、気にすることは    

「やっぱりクロノ君だ。こんなところで何してるの?」

      ほとんど不意打ちのようなその言葉に、世界がひっくり返った。

 視界を埋め尽くすはずの空を、逆しまになった女性が遮っている。
 どこかで見たことがあるような、でも見覚えのない、顔。
    え?」
 気配なんて感じなかった。なのに、背後から声を掛けたこの女性は、誰だろう。
「……どうしたの、クロノ君。大丈夫?      頭打ったかな」
 声にも、聞き覚えは確かにある。
    いや、大丈夫だけど。えーと、どなたでしょうか」
「え?」
 逆しまになったままの彼女は、一瞬きょとんとして、それから笑った。
「ごめんごめん、トレーニング中だったから外してたんだよね」
 ポケットに収めていたらしいケースを手にした彼女は、その中身をひょいと顔に掛けてみせる。そこにいるのは、確かに見覚えのある顔だった。逆さまになっていなければ、眼鏡無しでも気づけたとは思うが。
「で、何やってるの? さっきフェイトちゃんが探してたよ。ずいぶん悲しそうな顔してたけど……いじめでも、した?」
「いや、いじめたわけではないのだけれど……」
 説明に、詰まる。
「ダメだよ。なのはから聞いたけど、クロノ君はフェイトちゃんのお兄ちゃんになったんでしょ? 妹を悲しませちゃダメじゃない」
「……いや、その    
 何か盛大に誤解されているような気がしたので反論しかけ、ふと言葉に詰まった。
“お兄ちゃん”
 結局、その言葉が全てのきっかけだったから。



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(前編)



「お兄……ちゃん」
 その言葉は、まさしく事故を引き起こす撃鉄だった。
 耳から入ったその言葉を脳が処理するのに約半秒。
 脳が処理したその言葉を、正確に僕の意識が認識するのにもう半秒。
「ぐふっ!?」
 思わず、むせた。
 不意打ちにもほどがある。なにも、僕が油断しきっていたこの瞬間に仕掛けなくてもいいじゃないか。
      いや、わかってる。もちろん彼女には悪意なんてひとかけらもない。
 ただ、たまたまタイミングが絶望的に悪かっただけなんだ。
 僕が背中を向けていたことも、飲み物を口にしていたことも、それが牛乳だったことも、単なる偶然。
 けれど、被害は甚大だった。
 着替えたばかりのシャツが牛乳まみれになってしまった。
 顔面もひどい状態だ。
 床一面にまき散らされた牛乳の処理は迅速に済ませてしまわないと、すぐに悪臭を発し始めるだろう。服もすぐに洗濯機に突っ込んでしまうべきだ。
 大変に、まずい。
 まずいのだが、気管に入った牛乳によってもたらされた発作的な咳が、僕の自由を奪っている。
「だ、大丈夫……?」
 背中を、小さな手がさすってくれた。
    ま、まあ、問題はないが……」
 そのおかげか、あんがいに早く平静が戻ってくる。
 発作を押さえ込むには、ほんの一瞬の平静があれば充分だ。そのまま意志の力だけで、不随意の反応をしようとする身体から自由を取り戻す。気管には実際の所ほとんど液体など流れ込んでいない。小さく、けれどしっかりとした咳を意識的に二三度繰り返せば、のど元に残った違和感も消える。
    掃除をする必要は、あるな」
 惨状を改めて見下ろし、僕は嘆息した。
 床には白いまだら模様が描かれている。放置したりすれば、さぞかし大変なにおいをまき散らすようになることだろう。
「ごめんね……」
 意図せずこの事故のトリガーを引いてしまった彼女も、しゅんとしている。
「いや、君が謝る必要はないのだが……その、今、何て言った?」
「え? ……えと、その……」
 すこし、その顔が紅くなった。
 僕も、ついごくりとつばを飲んでしまう。
「……おにい、ちゃん……って」
「……う」
 わかっていたつもりだった。
 その言葉を認識したからこそ、僕はむせたのだから。
 けれど、やっぱり違和感を感じる。
 なんというか、そうだ、落ち着かないというやつだ。
「おにい、ちゃん」
 なんでか、彼女はもう一度その言葉を繰り返す。
 その言葉はなにも間違っていない。
 彼女     フェイト・T・ハラオウン     は、今や戸籍上でも正しく僕     クロノ・ハラオウン     の妹なのだから。
「お兄ちゃん」
 フェイトはその単語を何度も繰り返す。
「うう……」
「クロノ、お兄ちゃん」
 血液が逆流しているような気がした。
 まずい。
 なにか、きちんと答えなければいけないはずなのに、言葉が出てこない。
 考えることが出来ない。脳髄をかき回されてるみたいだ。
 その言葉が繰り返されるたび、少しずつ僕の退路が狭まっていく。
「お兄ちゃん……どう、したの?」
「あ……いや……なんというか……」
 フェイトがにじり寄ってくる。
 適切な答えを僕が返さないので、不安になっているのかもしれない。
 だけど、僕だって困っているんだ。そんなに近づかないで欲しい。
「こら、クロノ!」
 唐突に、僕の頭を何かが叩いた。
 すぱーんという、乾いた快音は、なぜだか微妙に間が抜けている。
 そして、走った痛みは音のわりに大したことがない。けれど、狼狽している所の不意打ちだったので、僕は思わずつんのめっていた。
「あっつ    
 転びそうになる所で何とか踏ん張り、慌てて背後の襲撃者を確認する。
 それは、僕にとってもフェイトにとっても、とても身近な人物だった。
「な、なにをするんです、かんちょ    
 すぱーんすぱーん。
 今度は二発。閃光のような往復攻撃。
 気のせいか、先ほどの一発目よりかなり攻撃力が高い。
「だめよ、クロノ。『おかあさん』でしょ?」
 スリッパを手にして立っていたのは、間違いなく僕の母親であるリンディ・ハラオウンそのひとだ。
 ただ、今日の彼女は、知る人が見たら驚いて腰を抜かしてしまいそうな格好をしていた。
 飾り気の少ないシンプルなシャツに、長めのスカート。さらにその上から、かわいらしい動物     キツネだろうか?     が刺繍されたエプロンを身につけている。
 どこから見ても、立派な主婦だ。
 時空管理局に所属する数少ないS級魔導師の一人であり、時空航行艦アースラの艦長として、提督級の権限を与えられた高級管理職の面影は、どこにもなかった。
 これが、ごく最近立て続けに起きた重大な指定遺失物にまつわる事件     プレシア・テスタロッサ事件と闇の書事件     の二つを、最小限の犠牲者を出しただけで終結させた凄腕の指揮官だなんて、誰が信じるだろう。
「クロノ、せっかくフェイトさ     フェイトがあなたの事をお兄ちゃんって呼んでくれてるんだから、ちゃんと返事しなきゃだめでしょう」
 いま、明らかに母さんも『フェイトさん』と言いかけたはずだが。
 しかしそんな失言など無かったかのように、母さんは平然としていた。
 これでは、僕一人が浮いてるみたいじゃないか。けど、どう対応すれば良いんだ。そもそも、どうしてこんな事になってしまったんだ。



 いや、原因は分かり切っている。
 つい、さっきの話だ。



「突然ですが、ここは今日から我が家になります」
 我が母であるリンディ・ハラオウンが朝食の席でいきなり口にした言葉は、本当に唐突きわまりない宣言だった。
「は     ?」
 言葉の意味をとっさにはかりかねた僕の返答は、かなり間抜けなものだったに違いない。
 いや、確かにこのマンションは事実上僕たちの『家』として機能していた。が、あくまでここは駐屯及び監視を目的とした、時空管理局の詰所だったはずだ。
 エイミィだって寝泊まりしているこのマンションを、勝手に私物化していいわけがない。
「ああ、エイミィさんは近所のアパートを借り上げて、そちらに引っ越しして貰いました。だから、問題はないの」
「……そういえば」
 何か、微妙な違和感を感じていたのだが……いつも朝食の席でにぎやかにアルフと掛け合い漫才じみた会話を繰り広げているエイミィの声が聞こえていないからだったらしい。
 しかし、いつの間にそのような手続きを済ませていたんだろう。エイミィの引っ越しを含め、僕は全く気付いていなかったのだが。
 我が母ながらさすがの手際だと、感心せざるを得ない。
「もちろん機材は未撤収なので、近隣時空の監視所としても機能は出来ますが、昨日付で機器は一時凍結され、駐屯、および監視所としての任は解除。同時に不動産一式はハラオウン家に払い下げという形で所有権が委譲されました。つまり    
 えへんという小さな咳払いは、もったいをつけるためというより口調を切り替えるためのものだったのだろう。
「ここは、今日から我が家です。わかったかしら、クロノ?」
 母さんはなぜか勝ち誇ったように胸を張ったものだ。
「わかりはしましたが……なんで、また」
「家族には家が必要だからに決まってるでしょ」
「何を言ってるんだかわかりませんよ、かんちょ    
 そこまで言った所で、頭をはたかれた。
 何が気に入ったのか、これ以降僕の頭をスリッパではたくのが母さんの癖みたいになっている。しかも、脚に履くもので頭を叩くなんてとんでもない、という訳のわからない理屈で叩く専用のスリッパを特注したらしいのだが、それは余計な話だろう。
「な、なにをするんですか!?」
「ここは、我が家だっていったでしょ? 仕事中ならともかく、自分の家で家族のことを階級で呼んだりするものじゃありません」
「それは    
 確かに、そうだ。
「けれど、なんでまた家なんか、突然」
 ここ数年以上帰ってはいないけれど、ハラオウン家にはミッドチルダにちゃんとした家がある。もちろん母さんにも父さんにも実家はちゃんとあるし、一応帰省だってちゃんとしている。わざわざ帰るべき家を新しく作る必要なんて、思いつかなかった。
「フェイトさん     じゃなかった、フェイトのためよ」
「え……わたし?」
 おとなしく朝食を食べていたフェイトが、びっくりしたように顔を上げた。
「そうよ。このたび正式にうちの子になったんだし、こちらの学校に通うためにも、住む家は必要でしょう?」
 それは、確かに母さんの言うとおりだった。
 戸籍などは何とかなっているが、自宅が無いというのは確かに都合が悪いだろう。実際、フェイトが通う学校にはこのマンションの一室を自宅として伝えてある。
「というわけで、フェイトさん     いいえ、これからは私もフェイト、って呼ぶことにします。とにかく、この家ではフェイトもお母さんとお兄ちゃん、って呼ぶように」
「お母さん……?」
 確かめるようにその言葉を口にしたフェイトは、嬉しそうに微笑んだ。
 それは、いい。
 宣言した母さんは、あらためて僕の方にも向き直った。
「だから、クロノもこの家では呼び方に気を付けなさい。母さんのことを艦長、なんて呼んだらこのスリッパで叩きます。これは艦長命令です」
「そんな、横暴だ、かんちょ    
 もちろん、母さんは容赦なく僕の頭を叩いたものだ



 僕は、べつにお兄ちゃんと呼ばれるのがイヤなわけじゃない。
 フェイトを家族に迎えたのだって、歓迎している。
 けれど、心の準備くらいはする時間が欲しかった。なにしろ、僕には物心が付いてからずっと、母さん以外の家族がいなかった。そして、僕が時空管理局に正式に勤めるようになってからは、母さんはずっと『艦長』だった。
 いまさら普通の家族としてすごそうだなんて、すぐに馴染めるわけがない。
 それに、僕にはまだ実感が微妙に足りない。
 当然だ。今まで裁判のためにいろいろと面倒は見てきたけれど、それでも今までは赤の他人だった少女だ。すぐに家族として馴染もうなんて、出来るわけがない。こんなに細い身体の女の子がいつも一緒にいるってだけでも、戸惑うのに。

      こんなに、細い、身体?

 なにか、違和感があった。
 ふと振り向くと、なぜか母さんはやたらと嬉しそうにしている。
 腕の中には、暖かい何かの感触。細くて、柔らかい    
「うわっ、ご、ごめんっ!」
 最初の一撃でよろけてしまった拍子に、つい手近な物に寄りかかってしまったらしい。
 寄りかかっただけならよかったんだが、母さんとのやりとりでつい抱き寄せてしまっていたというか、つまり、完全に抱きしめているのと同じ体勢になってしまっていた。
 僕をお兄ちゃんと呼ぶ、少女の身体を。
「えと、その……」
 フェイトの顔が、真っ赤に染まっている。
 それはそうだろう。この子が異性に抱きしめられたのなんて、文字通り生まれて初めての経験なんだろうから。
「うん、まあ、そういうのも悪くないわね」
 母さんはなぜかやたらと嬉しそうだ。
 けれど、僕にとってはひどく居心地が悪いだけ。どう接したらいいのかもわからないのに、いきなりそんなに親しくなれだなんて言われても、困る。
 だけど、このままここにいたら母さんはもっと僕とフェイトを近づけようとするに違いない。
    クロノ?」
 だから、僕は背中を向けた。
 怒ったわけじゃない。嫌なわけでもない。
 ただ、もうちょっと時間が欲しかった。それだけのことなんだ。

 


 

「なるほど、ね」
 僕の横に座った女性は、納得したようにふむふむと頷いた。
 そして、彼女はズバリと今の僕が抱えている問題を指摘する。自分ではわかりにくい、けれど客観では明らかな問題を。
「だから、臭うんだ」
 本当に真正面から、ばっさりと。
「う、臭いますか?」
「うん。少しだけど、乾いた牛乳の臭いがする」
「一応、これでも顔は拭いて、着替えてきたんですけど」
「たぶん皮膚に付いちゃってるんだね。あとでシャワーかお風呂にでも入って、きっちり落としておいた方がいいよ」
「そうします」
 なんで、僕はこの人に相談なんかしているのだろう。返答しながら、僕はふとそんなことを考えてしまった。
 突然の登場に驚かされて、何か悩みがあるんだったら聞いてあげようか、と言われた所まではいい。けれど、素直に全部話してしまう必要なんて無かったはずだ。
 けれど、何となく答えがもらえそうな気がしていたのも確かだった。
 そんな僕の心境を読みとりでもしたのか、小さく笑った彼女は、指をついと伸ばして眼鏡の位置を直した。
 表情が、真剣な物になる。
「ええと、それで、つまり、クロノ君は恥ずかしくなって逃げ出しちゃった、と」
 あらためて、彼女は僕が抱えている深刻な問題の方を一言でまとめた。ものすごく乱暴に、それもかなり強引にまとめられてしまったような気がするのだが。
 大まじめな顔でひどいことを言うこの女性は、この世界では数少ない僕の知り合いであり、エイミィの親友でもある。
 なによりも、彼女はこの世界では希少な     そしてAAAという極めて高いランクを与えられた     魔導師の一人である高町なのはの、家族だ。
 奇妙な縁で知り合った女性だが、あの高町なのはの姉だけのことはあって、この人も並の人物じゃない。この平和な国にいまだ現存する、数少ない本物の実戦剣術を習得した、本物の剣士なのだという。
 僕が彼女の気配をまるで悟れなかったのも、仕方のない話だろう。彼女が学んでいる剣は暗殺剣に近い性質のもの。気配を殺すなんて彼女にとっては全く造作のない事なのだから。
「えーと、美由希さん……僕の話をちゃんと聞いてたんですか?」
「もちろん。クロノ君のことをからかってるわけじゃないよ。あくまで客観的な、結論」
 そうだろうか。
 僕には逃げ出したつもりなんて無かったんだが。
「でも、時間だけで解決できる事じゃないと思うんだよね。それは」
「けれど、時間を掛けないと解決できないことだって、あると思う」
「かもしれないけどね」
 美由希さんは腕を組んで、難しい顔をした。
「時間が解決してくれるかもしれないから、って問題を先送りにするのは、やっぱり逃げてるんだよ」
「う……っ」
 正論では、あった。
 いや、正しすぎて反論のしようすらない。
「けど    
 逃げた、と認めるのは少々しゃくだった。
 だからだろう。詭弁を吐いてしまったのは。
「どうすればいいか、あなたにわかるんですか? 赤の他人と家族になるって事がどんなことだか、わかるんですか?」
 我ながら、最低な物言いだったと思う。
 けれど、美由希さんは僕を責めなかった、
「わかるよ」
 とても深い微笑みを浮かべて、小さく頷いただけ。
「他人と家族になるっていうことがどんなことだか、私は知ってるもの」
「え……?」
「なのはから、聞いてないのかな。うちは、いろいろ複雑なんだよ。私は、とーさんの妹の娘だから直接は誰とも血がつながってないし、恭ちゃんを産んだ人は生まれたばかりの恭ちゃんをおいて行方不明だって聞いてる。だから、とーさんとかーさんの間に生まれた子供は、なのはだけなんだ」
 さらりと、美由希さんは言ってのけた。
「え……っと」
 混乱して、わかりにくい。一体、高町家にはどんな事情があるのだろうか。そんなこともまるで見えてこない。
「要するに、うちの兄妹はみんな母親が違うんだよ。私なんか、とーさんの子供でもない。けど、私たちはちゃんと家族でいられてると思う。クロノ君の視点からだと、うちはどう見えてる?」
 眼鏡越しに、じっと彼女の目が僕を見ていた。
 嘘を言っている目ではないし、こんな時に嘘を口にする人でもないはずだ。
「非の打ち所がない家族に、見えます」
 仲が良い、というだけではなく、ちゃんと家族として成り立っている。一体感すら感じるくらいだ。それがどこから来るものなのかは、今の僕にはぜんぜんわからないけれど。
「ありがと」
 にっこりと笑う彼女の表情に、曇りはない。
 かつてがどうあれ、今の高町家は間違いなく一つの家族として成り立ってるんだろう。
「けどね。私は、御神美沙斗     私を生んでくれた母さんの、娘でもあるんだ。これも、本当のことだよ」
「それは、当然のことだと思いますが」
「ううん……それは、私にとって当然の事じゃなかった。まだ物心が付くか付かないかの頃に、父さんが死んで、母さんは私の元を去っていった」
 訥々と語る彼女の顔には、わずかな寂寥感が漂っている。
「いろいろ、あったらしいし、母さんには母さんなりの思いがあった。けど、子供の私にはそれが全然わからなくって、自分は御神の娘じゃない。とーさんの娘だって、恭ちゃんの妹になんだって、ずっと思ってた。だから、母さんと再会したときも、親子のそれじゃなかったんだよ」
 何気ない動作で、彼女は眼鏡を外し、畳んでベンチの上に置いた。
 きっと厳しい目になった美由希さんは突然立ち上り、くるりと身を翻すと構えを取る。武器などなにも握っていないはずの両手に、それぞれ確かな殺気が見えてきそうな、実戦の構え。
 それは小太刀二刀という特殊な流派ならではの、独特なものだ。
「こんな、感じだったかな。いきなり、殺し合い     まあ、お互いに命までは奪わないつもりだったけど、真剣の勝負だからね」
 殺気は本当に一瞬だけ。
 すぐに構えを解いた彼女は、優しく微笑んでいた。
「けど、そのあとすぐに私と母さんは、もとの母と娘に戻ったんだよ。今でも母さんはめったに帰ってこないけど、それでも私は御神の娘なんだ。高町家の娘でもありながら、ね」
 ベンチに置いた眼鏡を手に取り、かけ直した彼女は、いつもの雰囲気に戻っている。
「そう言う意味で、私は何度も他人と家族になってきたんだよ」
「……じゃあ、どうやったら他人と家族になれるんですか?」
「わからないよ、そんなこと」
 即答だった。
 おもわず、もう一度ベンチからひっくり返って落っこちそうになりそうなほどの。
「……あ、あの……」
「えへへ、ごめんね。でも、私だってどうやって、なんてノウハウを持ってるわけじゃないんだ。けど、これだけは言える。家族になろうって思わないと、家族にはなれないんだって」
「それくらい、わかってます」
 僕は憮然とした。
 わからないのは、どうやってと言う部分なのに。
「本当かな」
 けれど、美由希さんは笑っていた。
「きっと、クロノ君はどうやったら家族になろうと思えるのか、それもわかってないんじゃないかなって思うんだけど」
「え     ?」
「そのヒントくらいは、教えてあげられると思うよ」

 


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先日のリリカルステージ01において発行した「PRE-LOAD!!」収録のSSを再録しました。
この話は「魔女の遺産」へと一応つながっている話ですが、独立した短編として楽しんでください。
近日中に後編もアップします。なお、後編においてはWeb版と同人誌版で微妙な表現の変更と、挿絵のオミットなどを行っております。ご了承下さい。

   
       
       

一部修正 2006/12/15
公開開始 2006/11/23