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「……ふう」
 少しばかり熱めのお湯が、心地良い。
 自宅の、風呂。
 僕にとっては今まで仕事場の一部であり、身体を清潔に保つための空間でしかなかったはずの場所だった。ここが自分の家になるまでは。
 今は、湯船に使っているだけで妙に安らぐ。
 ただ、この場所を示す記号が変わっただけだって言うのに。
「そんなに、疲れていた覚えはないんだが……」
 毛穴の一つ一つから何かが抜けていくような感覚に、僕は小さくひとりごちた。
 まぶたが落ちてきそうになるほど、心地良い。
 老廃物が全部流れ去って、全てが新しいものに入れ替わる。そんな錯覚さえ覚える。
「臭い……落ちたかな」
 ふと立ち上がり、両腕の臭いを嗅いでみた。
 湯船につかる前に一応体は洗ったはずなんだが、まだ何となく臭っているような気もする。
「気のせいだとは思うんだけどな……染みつくなんて事はないだろうし」
 人に指摘されてしまったので、何となく神経質になっているのかもしれない。
 あとでもう一回体を洗おうと決めて、もう一度湯船に深く浸かりなおす。
「家族になる、か……」
 僕は小さく息を吸い、目を閉じてそのまま勢いよく頭までお湯の中に潜った。
 目を閉じていても、浴室の照明が僕の視界を僅かに照らしている。耳に届くのは、意味のない、ホワイトノイズのような水の音だけ。全てが曖昧になり、世界に僕一人しかいないような、そんな錯覚に浸る。
 それは奇妙に安心できる行為だった。
 頭にのぼっていた血が循環を再開し、ゆっくりと全身に戻っていく。
 ぐるぐると脳内を巡っていた雑念も、なんとなく血液と一緒に去っていくように思えた。肺の中にたまった空気を軽く吐き出すと、空気に混じって雑念も完全に抜け落ちていく。
「ぶはあっ」
 どれだけ、そうしていただろうか。
 息が続かなくなった僕は、勢いよく顔を上げた。
 髪をかき上げ、絡みついた液体をそぎ落とすようにして背後に流す。それでも流れ落ちてこようとするお湯を、両手で擦るようにして振り払い、小さく頭を振る。


 そして、目を開けた僕は、それを、見た。


 

fate-oni.png
(後編)

 


 ――しろい。
 最初に浮かんだのは、そんな言葉だった。
 僅かに紅潮しているけれど、それが白さを際だたせているんだろう     なんて分析が、なぜかぐるぐると渦巻いている。
 まだ幼いはずの裸身は、なぜかひどく蠱惑的で……
「クロノ……?」
 その声で、金縛りが、解けた。
「うわあああっ!?」
 両手で、僕は自分の顔を覆った。それこそ、自分の顔を張り飛ばすほどの勢いで。なにもかも吹き飛んでくれと、そう願った。
 けれど、消えるわけがない。焼き付いてしまった。もう忘れられない。
 なんで、なんでだ、何でここにフェイトがいるんだ。僕が入っている風呂に、なんでフェイトがいる。それも、一糸まとわない裸身で。僕の妄想が生み出した幻影なんだろうか。
「く、クロノ……どうしたの?」
 これが幻影だとしたら、幻聴もおまけに付いてきている。
「大丈夫……?」
 おずおずと肩に触れる柔らかい指も、幻覚だろうか。
 いや、そんなわけはない。
 混乱しまくった脳髄が、かろうじてその結論を導き出してくれた。これは現実だと。
「か、隠してくれっ」
 声は自分でも情けなく思えるくらい、うわずっていた。
「……隠す……?」
 不思議そうな声。
 なんで、わかってくれないんだ。
「前だ! 前っ! 裸のままでいるんじゃないっ!」
「でも、お風呂は裸で入る所だよ」
 僕が何を言っているのかわからない。彼女の口調にはそんなニュアンスが含まれていた。
「いいから、タオルでいいから前を隠してくれ!」
「なんか、変だよ。クロノ」
 ようやく、フェイトの気配が動いてくれた。
 タオルを取りに行ってくれたのか     そう、安心しかけて、それが甘い考えだったと気が付く。
 水を何かにかける音。
 そして、何かが湯船に入ってくる音。
「ふぇ、フェイトっ!? 何を……!?」
 僕の声はもう、うわずっているどころの騒ぎじゃない。自分でも完全に裏返っているのがわかるほどになっている。
 それほど広くない湯船のせいで、僕の肩に柔らかいものが当たった。今更確認するまでもない。それは、フェイトの肩だ。
「わたしも、お風呂に入りにきたんだ」
 なんでもないことのように、言う。
 おかしい。どう考えてもおかしすぎる。フェイトは、いままでこんな風に誰かが入っている風呂にあとから入ってくるなんてこと、してなかったはずだ。
 いったい、なんで。
 ちらりと、フェイトの方を見る。なるべく下の方を見ないよう意識して。
 視線が、合ってしまった。
 当たり前だ。この状況でフェイトが僕の方を見ていないわけがない。慌てて視線を逸らそうとした僕は、けれどそこで動けなくなってしまった。
「クロノ……もしかして、嫌だったのかな」
 フェイトの声が、震えてた。
 触れ合っている肩も、僅かに震えている。
 やっぱり恥ずかしくて震えてるんだろうか。恥ずかしくないように振る舞っていたのは、強がりだったのだろうか。
 ……いや、違う。
 フェイトの表情を見れば、それが恥ずかしいからって理由じゃないことくらい、すぐにわかる。
 拒絶されるのが、怖いんだ。
 あのとき     PT事件が終結する直前、母親であるプレシアに拒絶されたとき、彼女が見せたあの表情を忘れたのか、僕は。
 フェイトに二度とそんな表情をさせたくないから、母さんは彼女を引き取ったのに。
「いや……そのな」
 僕はちょっとだけ視線を逸らして、頬を掻いた。
「僕は嫌じゃない。けど、普通、君くらいの年齢になったら、あまり異性と一緒に入浴はしないものだ」
「え……そうなの?」
 僕が見る限り、フェイトは本気で驚いていた。
 困ったものだ。考えてみれば幼い頃からほとんど異性と接触したことのない彼女にとって、そのような常識など覚える機会はなかったに違いない。
「けど、なのははときどきユーノと一緒にお風呂に入ってるって」
      あの、ケダモノめ。
 こっちの世界にいるとき、ユーノは基本的にフェレット形態でいることが多い。人の形をしていないだけに、なのはもそれほど抵抗無く一緒に入浴してしまっているのだろうが。
「美由希さんもたまにユーノと一緒に入ってるって言ってたよ」
      由々しき事態だ。
 あとでご両親とお兄さんにきちんと全てを説明しておく必要があるだろう。
「あれは普通じゃない。例外にしておくんだ」
「でも、なのははお父さんとも一緒にお風呂に入ることがあるって」
「……それは、まあ、親子だしな」
 なのはくらいの年齢になると、そろそろ一緒に入ることも少なくなると思うけれど、それでも良くあることだろうと思う。
「うん。家族だから、だよね……家族だったら、男の人と一緒にお風呂に入っても、おかしくない     よね」
      しまった。
 家族だから、異性でも恥ずかしくない。たしかに、それはある程度までの年齢なら全く不思議でもなんでもないことだ。
 なら、動揺している僕の方が不自然と言うことになってしまう。
「家族ならね、一緒にお風呂に入ればいいんじゃないかって、言われたんだ。家族って、近くにいても、ふれあっていても嫌じゃない人だって言われたから」
 どきりと、心臓が鳴った。
 それは、聞き覚えのある言葉だったから。



『クロノ君。家族ってのは、きっととても近くにいられる人のことを言うんだと思うんだよ』
 美由希さんの、一言。
 そう言いながら、あの人は僕の手を握った。
『ほら、私がこうやってクロノ君の手を握る。今は全然平気かもしれないけど、たぶんすぐに居心地が悪くなるんじゃないかな』
 すぐに、どころか握られた瞬間から、僕の心臓は飛び跳ねそうになっていた。
 これが鍛錬のさなかで接触しただけなら気にもならないだろうけど、そうでもないときに女性に手を握られるなんてそう無いことだから。
『それは、別に変な事じゃない。家族じゃない、恋人でもない人にずっとさわられてて、居心地いいわけなんて無いんだよ』
 僕の手を離した美由希さんは、にっこり笑って僕の背中を叩いた。
『だから、まずは、フェイトちゃんとの距離を縮めてみたらどうかな。触るだけでもいい。私とはたぶん順番が違うけど、そうやって物理的な距離を詰めるだけでも、家族になるきっかけはつかめると思うんだ』

 フェイトが口にしたのは、それと同じような意味の言葉。
 きっと、彼女も誰かからそう言われたんだろう。そして、まっすぐぶつかることしか知らない彼女は、僕に対してもそのまままっすぐぶつかってきた。
      いや。
 最初に僕のことをお兄ちゃんと呼んだときから、彼女は一生懸命歩み寄ってたんだ。
 ただ僕が逃げていた。それだけのこと。
 美由希さんの言うとおりだ。最初から逃げ腰になってひたすら引いていたのは、僕の方だった。
 フェイトが僕を『お兄ちゃん』と呼んだとき、僕は逃げちゃいけなかったんだ。
 恥ずかしくても、受け入れなくちゃならなかった。
 物理的に近づかなくとも、精神的な距離がそれで埋まったはずなのに、僕はただ自分が恥ずかしいからという理由だけで逃げた。
 だから、か。
 精神的に逃げてしまったのなら、物理的に近づくしかない。フェイトはそう判断し、そのために行動した。きっと、それで拒否されたら自分が傷つくことも承知の上で。
 もう、逃げるわけにはいかなかった。
 ここで背中を向けたら、僕は絶対にフェイトの家族にはなることができないだろう。ただ同じ屋根の下で過ごしているだけの、他人になってしまう。時間が解決してくれる、なんて甘い考えは、絶対に通用しない。
 いま、ここで、僕がフェイトの『お兄ちゃん』にならなきゃならないんだ。
 僕は立ち上がると、手を伸ばした。
「ク、クロノ!?」
 フェイトがびっくりしたような声を上げる。
 構わず、僕はそれを力一杯掴んだ。そのまま、めいっぱい捻る。
    っ!」
 フェイトの悲鳴に構わず、僕は頭を乱暴に下げた。

 冷たい。凍えそうなほどに、冷たい。

 シャワーの口から降り注ぐ冷水を無心で受け止める。
 沸騰しそうだった体温が、一気に冷めていく。ぐるぐる巡っていた脳髄も、一気に冷却され、落ち着くべき所に落ち着く。
「つ、冷たいよ、クロノ……何してるの……?」
「お兄ちゃん、だ?」
 シャワーを浴びながら、僕はその言葉を口にした。
        え?」
 僕はその言葉をもう一度繰り返す。シャワーを浴びながら。
 こんなこと、頭を冷やしながらじゃないと口に出来るものか。
「僕のこと、お兄ちゃんって、呼ぶんだろ」
    うん」
 うなずく気配。
 そして、彼女はもう一度、僕をそう呼んだ。
「クロノお兄ちゃん」
「ああ」
 うなずいて、僕はシャワーを止めた。
「ごめん、ちょっとかかったか?」
「……うん。すこし、冷たかった……でも、クロノ     お兄ちゃんこそ、大丈夫?」
「だいじょう    
 そう答えかけた所で、小さくくしゃみが出た。
 ちょっと、寒い。
「……たぶん大丈夫だ」
 憮然と返答して、僕はふたたびお湯の中に身を沈めた。
 それほど広くない湯船に戻れば、ふたたび僕とフェイトの肩は触れ合うことになる。
 だけど、それはもう、たいした問題じゃない。
 もちろん、そのすべすべした肌触りも、壊れてしまいそうな柔らかさも、さっきとまるで変わっていない。
 それを感じて、僕の心臓も、すこし鼓動が早まっている。
 けど、心はさっきとは比べものにならないくらい凪いでいた。
「……ごめんね。無理、させちゃったかな」
「気にするな。僕が君を傷つけたのに比べれば、大したことじゃない」
 ため息をついて、それから僕はフェイトに笑いかけた。
「それに、君に困らされるのにはもう慣れてる。これからいろいろ困らされるのも、承知の上だ。兄としては、それくらい受け入れなきゃな」
    ありがとう」
 フェイトの頭が、僕の肩に寄りかかった。
      いかん、鎮まれ、僕。
 もう一度頭から冷水を浴びたくなる衝動を、必死に堪える。
「……それじゃ、もう一つだけ、お兄ちゃんを困らせても、いいかな」
「……あ、ああ」
 思わず、うなずいてしまう。
 本当はもういっぱいいっぱいだ。できれば、今日はこのあたりで勘弁してもらいたいくらいに。
 けど、うなずいてしまった以上、仕方がない。フェイトの『困らせる』ことが僕の許容範囲内であってほしいものだが。
「背中を、洗って」
 最悪だ。
 世界はこんなはずじゃなかった事ばかり。そんなことはわかってたつもりだったけど、これは極めつけだ。許容範囲、なんてものじゃない。
 この状況を仕組んだ誰かがいるんだとしたら、そいつはきっと腹を抱えて笑いころげてるんだろう。
「……お兄ちゃん」
 もう、逃げ道は、無かった。





「せっ、背中だけ流せばいいんだな」
 僕の目の前には、白い背中があった。いや、白というよりは薄紅色に近い。上気しているのは、お湯に浸かっていたからか、それともやっぱり恥ずかしいからなのか。
 その色が、目にまぶしい。
「う、うん……」
 肩越しに振り向いたフェイトの頬も、すこし赤くなっていた。
「大丈夫か? 無理しなくていいんだが」
 そんな言葉を口にしてしまってから、僕はおのれの卑怯さに自分の頭を殴りたくなった。
    いや、いい。気にするな」
 シャワーを手に取り、蛇口を捻る。
 さっき僕がかぶった分の冷水が完全に流れきり、きちんと適温のお湯が出始めたのを確認してから、僕はそれをフェイトの背中に向けた。
    んっ」
 一瞬フェイトの身体がぴくりと反応して、揺れる。
 僕はなるべく下の方を見ないように意識しながら、フェイトの背中を充分に濡らした。
 タオルにボディソープを取り、泡立てる。泡立てる。しっかりと、泡立て    
「クロ     お兄ちゃん?」
「あ、いや     ごめん」
 どうやら現実逃避しかかっていたようだ。フェイトが僕を呼ばなければ、いつまでも泡立てようとしていたに違いない。
 つばを、飲み込む。
 これは、家族の背中だ。なにも、やましい事なんて、無い。だから、その、落ち着け、僕。
 そう念じながら、僕はそっとタオルをフェイトの背中へと、沿わせた。
 やわらかい。
 タオル越しにも、肌の表面に抵抗がないのを感じられる。
 これが、僕と同じ人間の肌なんだろうか。性別が違うだけで、ここまで違うものなんだろうか。
 洗う必要なんか無いんじゃないか。
 ふと、そんなことさえ思ってしまう。
「えーと、痛くないか?」
「……くすぐったい」
 恐る恐る聞いた僕の言葉に、フェイトはくすりと笑いながらそう返した。
「もうちょっと強く、していいよ。お兄ちゃん」
「……あ、ああ」
 言われるまま、強めに擦ってみる。
 ほんの少しだけ強くしてみたつもりだったが、思った以上に力が入っていたらしい。
    っ!」
 フェイトの横顔が、小さく歪んだ。
「ご、ごめん、痛かったか?」
「うん……でも、ちょっとだけだよ。気にしないで」
 フェイトはそう言って、微笑んでみせる。
 でも、背中の表面が少し赤くなっていた。本当は相当痛かったのかもしれない。
 加減が、わからない。
 ほんの少し扱い方を間違えただけで、あっさりと壊れてしまいそうだ。
 これが本当にあの、強力な雷の魔法を使いこなし、戦場を飛び回って大斧のようなデバイスを振り回す、AAAクラスにランクされる魔導師なんだろうか。
 こんなに小さな、背中なのに    

 そうだ。
 とても華奢で、あっさりと壊れてしまいそうな、小さな背中。
 それは、一度本当に壊れかけた。

 信じ続けた母親に道具だと言われ、信じ続けてきた自分の存在を否定され。
 己の存在価値を見失い、粉々になりかけた心。
 それまでの戦いで疲れ切っていた身体は、砕けた心を支えきれなかった。一つ間違えば、そのまま帰ってこなくてもおかしくなかった。
 そのとき彼女を支えたのは、友達になりたいと言って手を伸ばした少女だ。その手を掴んだからこそ、フェイトは帰ってきた。
 柔らかくて、今にも壊れてしまいそうな背中。けれど、そこにはちゃんと強さがある。いずれそこには世界を自由に舞うための翼さえ宿るだろう。
 けど、まだその背中に力強い翼はない。
 少なくとも彼女が巣立つそのときまで、宿るための枝が必要となるだろう。

      それは、誰の役目だ?

 決まってる。
 もう、彼女の友達に頼る必要はない。友達は、共に手を取り合って進むためにいる。
 今の彼女を守るのは、支えるのは、家族。
 だから、母さんは彼女の家族になりたいと、そう願ったんだろう。とても優しい人だから。守れるならば皆を守りたい。そんな人だから。
 なら、僕も家族として、兄として、せめてこの小さな背中だけは守ってやりたい。

 そう、願った。

「クロノ……?」
「お兄ちゃん、だ」
 もう、加減を計る必要はなかった。
「おに……んっ    
 僕が手を動かすと、フェイトは小さく声を漏らす。くすぐったいのでもなければ、痛みによるものでもない。ただ、心地よさがもたらす、声。
 一歩間違えば誤解を招いてしまいそうな音色だったけれど、今の僕はそれが奇妙におかしかった。
 そのまま、リズミカルに手を動かす。
 隅々まで洗い残しがないように。真っ白な背中を真っ白に保てるように。
 ふと、目の前の小さな頭が僅かに揺れているのに気付く。
 まとめた髪の毛が重いのか、右に、左に、軽く揺れている。
    フェイト?」
 呼びかけに対する反応が、無い。
「おーい、フェイト」
 もう一度呼びながら、僕はそっとシャワーのノズルを手に取った。もう、背中は充分きれいになっている。これで充分だろう。
 予告は、しない。
「ひゃあっ!?」
 彼女らしくない、頓狂な悲鳴。慌てて振り向きかけたその顔にも、かるくシャワーを掛けてやる。
「いま、居眠りしてたな?」
 僕は笑みをかみ殺しながら、彼女の背中に残った泡を洗い流してゆく。
 小さな背中は、もう、壊れない。僕が壊させない。
 そんな誓いをかみしめながら。

☆   ☆   ☆

「さて、問題は君たちの処遇なんだが」
 フェイトを残して一足先に風呂から上がった僕の前に、二つの人影が転がっていた、
 二人は一生懸命もがいているが、四肢を拘束する魔力の鎖がそれを許さない。
「弁明のチャンスは与えてやろう。何か言いたいことはあるか?」
「えーと、まず、これは何でしょうか、執務官どの」
「ああ、超遅延発動型のバインドだ。術者の視界外でも発動するし、待機時間も長い。発動条件は設定外の人間が効果範囲内に踏み込むだけ。まあ、いわゆる泥棒よけなんだが」
 実際に運用したのは初めてだったけれど、案外うまく発動したものだ。
 まさかこんな使い方になるとは思いもしなかったんだが。
「ハラオウン家以外の人間に対して無条件に発動するよう、セットしてある。     で、言いたいことは、それだけか?」
「えーと、じゃあ何であたしも引っかかってるのかな」
「それは設定ミスだな。まだテスト中の魔法なんだ。あとでちゃんと改良しておく」
「納得いかないーっ! なんだその理由はっ!」
 なんだと言われても、本当に単なる設定ミスなんだから仕方がない。人間形態を登録しておくのをすっかり忘れてただけなんだが。
「で、そのほかには?」
 返答はない。
 では尋問といこう。
「フェイトをたきつけたのは君たちだな。エイミィ、アルフ」
 床に転がった二人の容疑者は、あからさまに視線を逸らした。私たちが犯人ですって言ってるようなものだ。
「もうひとつ、なんでここの罠に引っかかったのか、教えてもらいたいものだが」
 これは何カ所かに仕掛けた罠のうちの一つ、
 風呂場が覗かれないようにと、母さんに言われて仕掛けた裏口のトラップだ。ちょうど角部屋になっているこの住居は、ベランダの一角から風呂の中が丸見えになる構造になっている。まともな目的でそんな所に踏み込む奴はいないから、僕も遠慮無しに仕掛けたのだが。
「まさか、よりによって身内が引っかかるとはな」
「あはは、その、まあ、焚きつけたがわとしてはフェイトちゃんの身も心配になったわけでねぇ」
 口元を引きつらせて、エイミィは自白した。
「そうそう、クロノのことは信用してるけどさ、やっぱり男だけに何かがあったらって、そう思って」
 二人は顔を合わせて頷きあう。
「まあ、それは仕方がないな」
「さすが執務官、物わかりがいいねえ」
「結果としてはオーライだったでしょ? わかったらこれ、なんとかしてくれないかな?」
 二人は僕を持ち上げて、なんとか罪から逃れようとする気らしい。
 いや、実際、多少無茶だったとはいえ結果的にはいい結論が出た。それには、感謝しないでもない     ん、だ、が、
「なら、最後に聞こう。その手に隠してるものは何だ?」
「え、か、隠してるものって?」
「な、な、何の話かな」
 二人の表情が、あからさまに揺れ動いた。
「これに、君たちは見覚えがあるはずだが」
 後ろ手に隠していた機械を、取り出す。
 ミッドチルダでは珍しくない、監視用の遠隔操作用ビデオカメラ。
 小型のレンズから無線で画像を受け取り、録画が出来るタイプの防犯用途に使われるものだ。隠し撮り目的にも使えるので、一般に市販されてはいないけれど、手に入れるのは難しくない。
「げっ! な、なんでそれをクロノ君が持ってるの!?」
「ええっ、何で? エイミィのアパートに隠してるんじゃなかったのか? クロノには絶対見つからないって言ってたじゃん!」
「確かにそんなところにあったら見つけられないだろうな。だが、間抜けは見つかったようだ
 僕の言葉に、エイミィの表情が一瞬固まる。
 やれやれ……悪いことをするにはいささか正直すぎるな、こいつは。
「ちなみにこれはうちの防犯用に買ったものだ」
 たまたま同じ型番のビデオカメラの発注書をエイミィが処理してた記憶があったから、カマをかけてみたんだが。
「裁判長! これは誘導尋問です! 今の証言は効力を持ちませんっ!」
「却下。犯行理由はあとで聞こう」
「ずっりーぞ、クロノっ!」
 二人の罪人の上げた悲鳴が、海鳴市の空に吸い込まれていった。

 

(おわり)


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一部修正 2006/12/15
公開開始 2006/11
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