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#01 悪竜の胃袋(A)


 



「うわ、なんつーか、バカでかいなあ……」
 呆れたようなアルフの声は、アースラのブリッジに集ったスタッフの感想を代弁していた。
「まあね。最大幅がおおよそ三〇キロメートル。質量は測定不能。これで常時通常巡航が可能だって話なんだよね。設計した人はいったい何考えてたんだろ」
 答えるエイミィも、乾いた笑いを浮かべている。
 ブリッジ正面のスクリーンには巨大な構造物が映し出されていた。
 わかりやすく説明するならば、いびつに腹がふくれた蛇、という所だろうか。ただし、それにはガラクタやゴミを積み上げて構築されたようにしか見えない、という形容がおまけについてくる。
「長い運航の間に、増設と改装を繰り返してる。原形をとどめていないどころの話じゃないらしい。信用にたる図面さえ出てこない有様だ。実験施設らしいといえば、らしいんだが……」
 ある程度予備知識があったらしいクロノも、その姿にいささか呆れているような声を上げていた。
 彼らの目指すそれは要塞でも基地でもない。民間企業が所有する『実験船』だ。
 次元間航行型実験船ヴリトラ。
 どこの世界にも長期の停泊をすることなく、ただひたすら次元世界の合間を渡りながらサンプルや資材を収集し、各種の実験を繰り返す。それも魔導技術関連のものが多い。ミッドチルダにその本拠を置く巨大企業が所有するその船は、その企業がまだ今ほどの規模を誇っていなかった頃、全社の資産と引き替えにして出航させたのだという。実に就航して百数十年あまりとなり、現存する艦船の中でも最古の部類に入る巨大船は、就航して十年あまりで多くの実験を成功させ、その投資の全てを上回る利益をもたらし、その後も多くのものを企業へ供給し続けている。そして、船は更なる利益を求めるため、現在も巨大化を続けている。
 長い歴史と、そしてあまりにも規格外過ぎるそのサイズのために、その船の名前くらいなら多少事情に通じているものであれば聞いたことがあるはずだ。だが、その実態を詳しく知っている人間ともなると意外なほどに少ない。巨大な動く企業秘密そのものであるヴリトラは、その非常識なサイズ以外の情報を隠匿されているからだ。秘密主義があまりに強いため、まともな世界では周辺への影響が懸念されるような非合法スレスレの――もしくはそのものの――実験までやっているのではないかという噂まである。
「しかし、あれが僕たちに救援を要請するとは、よほどの事態だな」
「だね。普段は時空管理局からの調査協力要請にもほとんど応じてくれないくらいだし」
 クロノとエイミィの表情は共に硬い。
 アースラのスタッフに緊急の招集がかけられたのは、この船で起きたトラブルを解決するためだ。
 回収した物資に偶然回収指定レベルのロストロギアが混入しており、それが発動。連鎖するように別途研究中だった低レベルのロストロギアまでが反応してしまったため、企業の手に負えなくなった――というのが名目だったが、もちろんクロノはそんな建前など信じてはいない。
 実際、ほぼ間違いなくロストロギアを不法に入手したものの、扱いきれなくなったのだろうというのが、時空管理局側の見解だった。
 だが、実際にロストロギアによる被害が発生し、そして救援要請が出ている以上、時空管理局としては動かざるを得ない。
「でも、本当に何が起きたのかな」
 首を捻った少女は、アースラの常駐スタッフではなかった。それどころか、どう見ても場違いでしかない、十歳になろうかなるまいかという、かわいらしい少女だった。服装も荷物も、ちょっとともだちの家にお出かけと言った感じの格好だ。
「そやね。わたしたちにまで呼び出しがかかるなんて、本当におおごとなんやと思うんやけど」
 答えた車いすの少女もおなじくらいの年頃だろう。やはり、機械と緊張感に囲まれたこの場には似つかわしくない。
 だが、ブリッジのスタッフ達は奇異の目すら向けない。彼女たちがこの船にいるのは、ごく自然な光景だからだ。
 高町なのはと八神はやて。
 二人は共に、ロストロギアに関わる二度の大きな事件でアースラと深く関わった地球人だ。
 そして二人はいまやフェイト同様、幼いながらも時空管理局に所属する魔導師であり、その実力はやはりフェイト同様きわめて高い。ライバルであり、そして何物にも代え難い親友である三人は、このアースラという艦のシンボルのような存在にもなっている。
 だが、もちろん二人が今この場にいるのは、フェイトの友人だからというような理由によるものではない。
 はやての背後に完全武装のヴォルケンリッターが全員付き従っているという事実が、それを物語っている。
 ヴリトラ艦内で暴走を始めたロストロギアは間違いなく強力かつ危険なしろものだ。本来ヴリトラ艦内に常駐している警備部隊が壊滅したのが救援要請を出した理由であることからも、それは明らかだった。クロノとフェイトの能力は疑いようもないが、二人だけでは、手に余る可能性がある。
 運良く――と言うべきだろうか。ヴリトラが航行している時空は、きわめて地球のある世界に近接していた。そのため、アースラはすこしだけ遠回りして地球に向かい、なのはとはやてを回収してきている。ともに正式な局員となっている二人が普段着のままなのは、単に緊急な要請だったため制服が用意できなかっただけだ。
 人数としては、それでも大人数というほどではない。
 けれど、集った四人の魔導師、そしてフェイトの使い魔であるアルフと、はやてに付き従う四人の守護騎士の能力を考えれば、充分以上の戦力だと言えるだろう。
「にしても、でけえ……」
 あらためて、ヴィータが呆れた声を上げた。
 すでにスクリーンはヴリトラの全景を捉えられなくなっている。にもかかわらず、まだ細かいディテールは捉えられない。つまりまだ相応の距離があるということだ。
 ほとんど全員がぽかんと口を開け、画面を見上げている。艦長席のリンディは、そんな頼もしい魔導師達の背中を見つめながら、ほんの僅かにその表情を緩めた。これから彼女たちが立ち向かうのは間違いなく困難な任務だが、少女達には何の気負いもない。ただ、適度な緊張をしっかりと保っている。
 リンディが見せた表情は、艦長としてのものではなく母親としてのものだったのかもしれない。
 だが、彼女が優しい目を見せたのは本当に一瞬だけのことだった。
 リンディはアースラの艦長だ。全てのクルーに対して果たさなければいけない責任がある。
 すぐに厳しい表情を取り戻した彼女は、一瞬時計に目を落とした後、きびきびとした動作で艦長席から立ち上がった。
 ブリッジの緊張感が、ひときわ高まる。
「三十秒後に減速開始。ポートに接舷するまで、あと五分かかります。接舷後迅速に移乗できるよう、ドッキングブロックの担当者は機器を確認。オペレーター各員は情報の収集と監視を怠らないように。突入メンバーはそれぞれが進行するルートの確認を。回収予定のロストロギアに関するデータにももう一度目を通してください」
 矢継ぎ早に指令を飛ばすリンディに、艦橋にいた全ての人間が了解、と声をそろえた。



   ☆  ☆  ☆



「風が――」
 揺れる髪の毛を抑えて、フェイトが小さく驚いたような声を上げた。
「ああ、雲まで出ている……時空管理局本局の居住区でも、ここまで非常識じゃない」
 クロノは鋭い視線で周囲を見回しながら、小さくため息をつく。
 彼らの前には、広大な――広大すぎる空間が開けていた。
「すごいね……向こう側まで何キロくらいあるんだろ」
 なのはが驚くのも無理はない。
 眼下に広がる平野には無数の構造物が並び立ち、それらの構造物は左右の切り立った崖――つまり壁面にまで所狭しと並んでいる。遙か彼方まで伸びた壁面は緩いカーブを描き、その先は空気の層に薄くもやがかかっているためか、全く見通せない。
 上を見れば、巨大な球体が数本の柱に支えられ、雲の合間に浮かんでいる。
 それこそが、ヴリトラの中心部――主動力炉を囲む、この船の核といっていい場所だ。
 そして、その核がある場所で最初のロストロギアが暴走した。そのような説明を皆は受けていた。もちろん、予想される危険はどのロストロギアよりも高い。ゆえに、三つのルートで進入した全てのチームが、最終的にここを目指す。そのような予定になっていた。
「バカでかい船だけのことはあって、エンジンもバカでかいねえ」
 アルフは気に入らないと言うように、フンと鼻を鳴らした。
「いや、あれでも小型化と高出力化に成功しているらしい。この巨大な空間は、かつてこの船を駆動する動力炉で埋められていたそうだ」
「へえー、そりゃ、すごいねえ」
 口では感心してみせるアルフだが、その実うさんくさそうな表情はそのままだ。もっとも、クロノはそんなアルフの態度に気分を害した様子など無い。彼自身ばかげているとは思っているのだろう。
「……どうしたの、フェイトちゃん」
 アルフとクロノのやりとりを笑ってみていたなのはが、ふとフェイトの様子をうかがった。彼女だけがクロノとアルフの様子を気にせず、魔導炉が収まっている球体を厳しい表情で見上げている。
「うん……なんだか、いやな感じが」
「そう、かな?」
 フェイトに倣って球体を見上げたなのはは、小さく首をかしげた。
「確かに、なんだか重い感じはするよね」
「それは、魔導炉の余波だろう。これだけの船を駆動するための動力源だ。これだけ接近しているのに何もない方がおかしい。これから先、魔法の行使にも細心の注意が必要だな。うかつに大きな魔法を使って暴発させないよう、各員気を付けてくれ」
 クロノの表情が、ふたたび厳しいものへと戻っていた。
 つかの間の休息は、もう終わりだ。
「でも、あそこが、最後の目的地なんだよね。レイジングハート、まだいける?」
《No Problem.》
「バルディッシュ、あなたも大丈夫?」
《Yes sir.》
 すでになのはもフェイトも数多くのロストロギアを封印している。
 連続封印はデバイスにもかなりの負担をかける行為だが、共に優秀ななのはとフェイトのデバイスはまだかなり余裕があるようだ。
 それを確認したクロノは小さく頷いた。
「ここからならそれほど遠くない。この面倒な任務もあと少しだ。だが、みんな気を抜かないように」
 一同は、クロノの言葉に厳しい顔で頷く。
「予定通りなら、別ルートのはやてちゃんたちもこの近くに来てる頃だね」
「ああ。先行した武装隊もそろそろなんだが――?」
 クロノの顔が、訝しむようなものになった。
「どうしたの、クロノ」
 ただならない様子に気が付いたフェイトが、形の良い眉根を寄せた。その瞳はすでに戦いを予感しているのだろうか、強い光をたたえている。
「……変だ。アースラに連絡が取れない。念話で呼び出しても反応すらないんだが」
「え……」
 驚いたフェイトが、慌てて目を閉じる。その表情はすぐに曇り、細い首はほどなく横に振られた。
「――だめ。はやてとも連絡が取れない」
「武装隊とも念話はつながらないよ……妨害、かな……?」
「だねえ……やな雰囲気がぷんぷんしてるよ」
 ひくひくとアルフが耳を動かしたが、彼女の鋭い感覚をもってしても雰囲気以上の異常は察知できていないのか、それ以上の行動は見せていない。
「ここまでが楽すぎたくらいなんだ。ロストロギアがらみの事件で、楽が出来るとは思わない方がいいな」
 クロノの言葉に皆が頷きかけたとき、突然全員の意識に強いノイズが割り込んだ。
 音という伝達手段を伴わない、思念による通話。
 それは、ひどいノイズ混じりながらも、彼女たちがよく知る魔導師の声で叫んでいた。
〈気をつけて――これ、予想以上に危険な――〉
〈はやてちゃん――? どうしたの、はやてちゃん!〉
 だが、慌てて放たれたなのはの呼びかけに、もうはやての思念は答えない。
「――何かに襲撃された、のかな?」
 懸念を口にするフェイトだが、不安な様子はない。八神はやても、付き従う騎士達もその実力は折り紙付きだ。よほどのことがない限り心配する必要はないし、そのよほどな事があったのであれば、そもそも心配などしている余裕がないからだ。
「どうする……? 何が起こったのかはわからないし、予定を変更して早めにはやて達と合流した方がいいかな?」
「いや、まずは集結地点へ向かおう。何かがあったとしても、行動を起こすのはそこからにすべきだ」
 クロノの言葉に、残る三人は緊張した面持ちで頷いた。
 まだ目的地まで距離はある。どんな問題が起きるか、ロストロギアの詳細すら不明な今の状況では、一瞬の油断すら許されないだろう。
 そのまま、壁の通路より四人は身を躍らせた。
 数秒の落下の後、彼らは雑多な『街』へと降り立つ。そこは幾何学的な建造物が乱立する、異界の都にも見える混沌とした空間だった。
 人の気配は、全くといっていいほどに、無い。
 それどころか、この船に乗船してから彼ら以外の人間に出会ったのは、アースラを受け入れたドッキングポートで出迎えをした数人だけだ。
 今回のトラブルでかなりの人数が一時的に待避しているという説明だったが、それにしても、クロノ達が駆け抜けてきた船内には人が生活していたらしい痕跡すらほとんど見かけられなかった。
 もともと、ヴリトラはその巨大さにもかかわらず、常駐している乗組員がきわめて少ない。最大三千人弱という数は多いようにも思えるが、それが全長三〇キロメートルもある巨大船の各部に散らばっていれば、人の気配も薄れようというものだろう。
 ただ、人がいないとはいっても、廃墟のような活気のなさとは全くの無縁だ。
 乗組員のかわりに、多数の自動機械が右往左往している。人間型をした多種の作業をこなす自動人形オートマトンから、地球でもよく見られるような無骨きわまりない産業機械まで、その種類は多岐に及ぶ。
 それらが右往左往する艦内はひどく騒がしい。非常事態が発生しているとは思えないほどの活気が、それらには満ちていた。単なる実験船ではなく、多くの生産プラントを持つ巨大船だからこその光景だ。
 それは、そんな自動機械の中に紛れて姿を現した。
「――クロノっ!」
 自動機械の群れから突然飛び出したそれは、白い人影。それは他の機械とは明らかに段違いの速度で、先頭に立つクロノへと襲いかかっていた。
 だが、警告を受けていた彼らにとってそれは奇襲となり得ない。クロノの小さな体躯が逆に突撃をかける。一瞬の交錯の後、激しい音を立てて床面に激突したのは白い人影の方だった。
「なに――これ……」
 なのはがとまどった声を上げるのも、無理はない。
 それは人によく似た形をしていた。だが、起伏がありながらもあるべき器官を持たないその顔も、白い球体で繋がれたその手足も、人の物ではあり得ない。
「魔導兵……?」
 フェイトも眉をひそめながらそれを観察する。
 だが、それは彼女の知る魔導兵とは異質な存在だった。かつてプレシアが自らの空中庭園を守護するために配備していた魔導兵は、強固な鎧に守られた巨人という形をしていた。一般的な魔導兵は能力の差こそあれ、ほぼ全てがそのような形状を取っている。
 目の前に転がったそれは、どうみても等身大の人形にすぎない。鎧どころか服すら身につけていないそのボディはきわめて精巧に出来ていたが、戦闘用と判断するには華奢すぎるように見える。しかし、たった今クロノに襲いかかったときの機動は、非戦闘用の自動人形オートマトンに出来るものではない。
「動く――!?」
 ぴくりと、それが身じろぎをした。
 次の瞬間、何かに引きずり上げられたかのような動きで、それはいきなり直立する。その動きは操り人形そのものにしかみえない外見にふさわしい。
 だが。
Break Impulseブレイクインパルス.》
 起きあがった人形が次の行動を起こそうとしたそのとき、無機質な男性の声が響いた。人形はその声に一瞬震え、そしてあっさりと瓦解する。かつて人形だった破片が砕け散った向こうに、デュランダルを構えたクロノが立っていた。人形を破壊したのは彼が得意とする接触破壊魔法だ。
「クロノ、大丈夫?」
「ああ、問題ない……はやてからあった警告は、これのことだな。あれがなかったら不意をつかれたかもしれない」
 デュランダルを下ろし、クロノは破片となった人形を見下ろした。
「けど、なんだろう、これ。防衛用の魔導兵にしては、変だよ」
 戦技教導隊を目指すなのはは、現在魔法に関する多くの情報を学習している最中だが、そのまだ満足とはいえない知識でも、この人形が尋常なものではないと理解することはできる。
「うん、この船のガーディアンじゃ、ないよね」
 フェイトも頷いて、破片の山を観察する。
 ヴリトラ自身に設置されている自動防御システムに迎撃される可能性は確かにあった。出迎えたヴリトラの乗組員は機能停止命令を発行したと言ってはいたが、それが完全に実行されている保証はなかったし、なにより発動したロストロギアに中枢部を占拠されているという事情で、その命令が正常に動作していない可能性は高い。
 だが、いくらなんでも民間企業の持つ自衛システムが何の警告も無しに攻撃をしてくることなどあり得ないことだ。
 それに、なにより、
「うあ、なんだこれ……動かす機構も、コアみたいなものも、なにも見あたらないよ?」
 破片の山を蹴り飛ばしたアルフが、その目を細めた。ふんふんと鼻をならすが、やはりなにも感じ取れないのか、その表情は険しい。
「おかしいよね……確かに魔力はこもってるけど、これじゃあただの人形だよ」
「あり得ない話だが……質量的にはここにあるものが間違いなく全てのはずだ」
 頭を横に振りながら、クロノは己が握ったデュランダルを見下ろす。
 ブレイクインパルスは接触した相手の固有振動数を解析し、その周波数で衝撃を撃ち込んで破壊する魔法だ。つまり、その魔法で破壊したということは、クロノが相手の質量や構造をある程度把握できていると言っていい。
「じゃあ、やっぱりこれはこれだけの仕組みで動いてるの?」
「たぶん、そうだ。独立行動型の魔導兵か。こんな形態のものは初めて見るが……」
 呟いたクロノが、はっと顔を上げた。
 すでになのはやフェイトも構えを取っている。
「――囲まれたか」
 クロノが呻くように呟いた。
「多いね……十や二十って数じゃないかな」
 バルディッシュを握り直しながら、フェイトも油断無く周辺を見回す。
 いつの間にか、動き回る自動機械の合間から、白い影がいくつも姿を現していた。男のものでも女のものでもない、だが人によく似たかたちをもつ、象牙色のヒトガタたちが。
「厄介な話だねえ。念話も通信も使えない上に、襲撃かい。とっとと始末して先に行きたい所だけど」
 アルフは毒づきながら、握った拳を肩の高さにゆっくりと構えた。
「少なくとも、簡単に先に行かせてくれそうには、ないね」
「それどころか、戻らせてくれそうにもないよ」
 フェイトとなのはは背中あわせになりながら、それぞれのデバイスを強く握りしめる。
 無数の人形は、完全に四人を包囲していた。




「でええええええっ!」
 振り下ろされた鉄槌の一撃が、陶器のような肌へと容赦なく振り下ろされた。
 まともな方法ではいくら打撃を与えてもびくともしなかったのだろう素材が、一瞬で数え切れないほどの破片と化す。
 彼女に握られたグラーフアイゼンは、圧倒的な破壊力で自動人形をガラクタのごとく撃ち抜く。多少の魔力によって硬化しようと、ヴィータの前ではたいした差はない。
 だが、鉄槌を振り下ろしたヴィータは、快哉を叫ぶどころか、小さな舌打ちを漏らしていた。
「ヴィータちゃん、後ろ!」
 シャマルの警告を聞かずとも、背後に人形が回り込んだのはヴィータも察していた。だが、わかっていてもそれに対処することが出来ない。
「くっそおっ!」
 ヴィータの全身に絡みついた魔力の糸が、彼女の自由を奪っていた。
 それはたったいま彼女が粉砕した人形の残骸から放たれたものだ。むろんヴィータも力任せにそれを引き千切ろうとするが、間に合わない。
 悪態をつきながら地面に身を投げたヴィータを、人形の放った一撃が掠める。素手を振り下ろしただけの攻撃だが、まともに喰らって無傷でいられるという保証はない。それをかわすのは当然の判断だったはずだ。だが。
「げっ!」
 転がるようにして間合いを取ったヴィータの表情がこわばった。
 感情を表現する器官をまったく持たないはずの人形が、笑っている。――いや、違う。口に相当する部分がぱくりと開いたために、笑ったような錯覚を覚えただけだ。
 だが、その口から漏れたのは哄笑の声ではないし、開いた口から覗くものは口腔でもなかった。
 黒い空洞からあふれ出そうというそれは、魔力で構築された光の塊。
「魔力砲撃――っ!? やべえ!」
 転がって間合いを取ってしまったヴィータには、その砲撃をかわす余裕がない。拘束を引き千切らなければ防御さえ出来ないが、いまさらそうしたとしても砲撃には間に合わないだろう。
 完全な判断ミスだ。
 ヴィータがただ一人で戦っていたならば、それは取り返しのつかないミスになっていただろう。
 けれど、彼女は一人ではない。
 口を開いた姿勢のまま、人形は突然胴の半ばより二つに分離した。
 崩れ落ちようとした人形の頭を、さらに白い刃が切り裂く。行き場を失った魔力は、その場で小さな爆発を起こした。
「すまん、ヴィータ。手間取った――大丈夫か?」
 爆発の炎を切り裂いて、シグナムが現れる。
 そのまま、彼女は飛翔するように地面を蹴った。
 拘束されたままのヴィータに襲いかかろうとしていた別の人形が、片刃の長剣の形をしたアームドデバイス――レヴァンティンの一閃ごとに、あっさりとバラバラになって床に転がっていく。
「おせえよっ!」
 悪態をつきながらも、ヴィータは拘束する魔力の糸を引き千切り、やっとの事で体勢を立て直した。
 傍らに立ったシグナムはわらわらと押し寄せてくる人形を片端から斬り捨てているが、数があまりにも多すぎる。ジリ貧という状況でもないが、いささかはやてとの距離が引き離されてしまっているのも事実だった。このままでは戦力分散という最悪の事態にもなりかねない。
「くっそー、油断した……アイゼン、いけっか?」
《Ja. Explosion.》
 返答したグラーフアイゼンが、爆音と共にカートリッジをロードする。
《Raketenform.》
 鉄槌の先端が、金槌から小さなロケットのごとき形状へと瞬時に組み変わった。カートリッジの圧縮魔力を用いたラケーテンフォルムは、強行突撃のための攻撃形態。
「でやあああああっ!」
 ヴィータはグラーフアイゼンの推進力を全開にし、己を軸にして力任せに旋回する。
 それでも、恐怖を知らない人形達は何の躊躇も見せず、ただ押し寄せるのみ。たちまち、ヴィータを中心にして破片の竜巻が発生する。
「シグナム! 切り開くっ!」
「ああ、任せる」
 シグナムの声に押されるようにして、ヴィータは旋回のエネルギーを瞬時に直線へと切り替えた。グラーフアイゼンの爆発的な推進力を用いた、破壊の突撃。人形ごときに止められるものではない。
 瞬く間に、ヴィータとはやてたちとの距離がつまる。全ての妨害は、紅い弾丸をわずかに止めることすらかなわない。背後からたたき落とそうという意志を持った人形は、その背後を守るシグナムによってその行為を全て阻まれていた。
 だが、はやてまであと一歩と言う所で、さらに一体の人形が立ちはだかる。両手を前に突き出したその姿勢は、攻撃の意志を示すものではない。
「――なにっ!?」
 グラーフアイゼンの先端が、見えない壁に激突して激しく火花を散らしていた。
 それまで止まることの無かったヴィータの突進が、初めてその勢いを鈍らせる。
 いままでろくな魔法を見せなかった人形が、明らかな意志をもって高度な魔法を行使しているのだ。予兆はあった。シャマルをもってしても突破すら容易ではない通信妨害も、間違いなくこの人形たちがやっていることだ。魔法が使えないなどと侮れる相手ではない。
 だが。
「ちゃれえんだよっ!」
 ヴィータの怒号が響いたその瞬間、彼女を食い止めようとしていた魔力の盾は、あっさりと砕け散っていた。



「はやてっ! 大丈夫かっ?」
「おー、こっちは問題なしや。ヴィータの方も心配はいらんみたいやなー」
 魔力の弾丸で人形を一体粉砕しながら、はやては愛しい騎士に笑いかけた。白と黒を基調とした騎士甲冑に身を包み、背中から六枚のハネを伸ばした今の彼女は、車いすを必要とせず自らの足で立っている。
「けど、油断はあかん。この人形、数だけやのうて仕掛けもけっこう面倒や」
「そうですね。能力は基本的に均一なようですけど……ときどき仕掛けのある個体が――きゃあっ!」
 唐突にシャマルの声が悲鳴へと変わる。一体どのようにして忍び寄ったのか、ザフィーラとはやてに守られた形になっている彼女の目前に、一体の人形が立っていた。
「あかん――!?」
 悲鳴に振り向いたはやてが、一瞬狼狽した表情を見せる。
 人形ははやてとシャマルの間に立ちふさがるようにしていた。これでははやての魔法で撃破することもできない。
 シグナムやヴィータと同じベルカの騎士とはいっても、シャマルは基本的に戦闘が得意ではない。その主な役目は補助と回復。直接的な戦闘能力はほぼ無いといっていい。人形の奇襲は明らかに弱点とも言える彼女を狙ったものだった。
 だが、それでも彼女はベルカの騎士だ。
 人形をきっと睨み付け、シャマルはその両手を差し出すようにして振り上げる。
 ペンダルフォルムを取ったクラールヴィントが、人形に突き刺さろうかという勢いでまっすぐ伸びた。
 四つの錘は、人形を掠めて更に飛ぶ。攻撃がはずれたわけではない。そもそも、小さな錘の外観しか持たないクラールヴィントを直接叩きつけた所で、ダメージなど微々たるものだろう。
 人形を通り過ぎたクラールヴィントの軌道が、突然変わった。直線から円弧へと。それを無視してシャマルに一撃を加えようとした人形が、がくんとその体勢を崩す。
 人形の足元に、緑色の穴が空いていた。
 強制転移魔法の応用によって足場を奪われたのだと、人形に理解する事は出来なかっただろう。有り体に言えば即席の落とし穴だが、瞬間的に相手の動きを止めることは出来る。
 そして、シャマルにはその一瞬があれば充分だった。
「おおおおっ!」
 彼女の脇を駆け抜けた鋼のごとき肉体が、拳の一撃だけで人形の胴を砕く。
「ザフィーラ! 残りの部品も全て破壊して!」
 シャマルの言葉に返事もせず、ザフィーラは更に蹴りを放った。
 丸太のような脚がぶんと宙を薙ぎ払い、バラバラに吹き飛ぼうとしていた人形の腕が砕ける。更に振り下ろしたかかとが、転がり落ちた人形の頭部を粉々にしていた。
 そう。シャマルには彼女を守ってくれる仲間がいる。物理的な戦闘は彼らに任せればいい。彼女には、彼女にしかできない戦闘があるのだから。
 取り残された人形の下半身がぴくりと動いたのを確認し、シャマルは更に両腕を素早く交差させた。
 どこから見ても完全に破壊されたはずの人形が、もがく。だが、抵抗もあえなくそれはずぶずぶと緑色の穴に飲み込まれ、そのまま消滅した。とはいえ、シャマルが行使したのは単なる転移魔法だ。さほど遠くない場所に転移しただけで実際にその存在が無くなったわけではない。
「これは壊れた人形の寄せ集めというわけか、シャマル」
 シャマルの言葉を正確に理解したザフィーラが、残された破片を踏みつぶし、細かいかけらへと変える。
「ええ……パーツ単位で組み替えが効くみたい。一ヶ所を破壊しただけだと、他の人形の部品を利用して再生してくるわ。注意して」
「なるほど……先ほどから斬っても斬っても数が減らないとは思っていたが、そのようなからくりがあったか」
 険しい顔で、シグナムは押し寄せてこようとする人形を睨み付ける。
「ちい、弱っちいくせにめんどくせえ……はやての魔法で一気に吹き飛ばしたり出来ないのかよ」
「それはあかん」
 はやては首を横に振ってみせる。
 ヴィータをたしなめながらも、その手はしっかりと彼女の杖シュベルトクロイツを握りしめ、魔法の発動をこなしていた。無数に浮かび上がった赤黒い魔力弾は、瞬時に複雑な軌道を描きつつ複数の人形を迎撃し、爆砕してみせる。
 ブラッディダガー――はやてが持つ魔法の中でも攻撃速度、誘導能力、破壊力共にかなり高い、優秀な攻撃魔法だ。それだけにコントロールは難しいが、はやてはそれを余裕でこなす。しかし、本来であれば十数体の人形を一気に屠れるはずのその魔法でも、四肢を完全破壊しなければならないという制限の元では、せいぜい三体を粉砕するのが精一杯だ。
「ここは魔導力を研究するラボがあるし、魔力炉もすぐ近くや。非破壊型の魔力砲撃でも炉心の暴走を引き起こす危険性があるから、このへんでは大きな魔法を使ったらあかんって、念を押されたやろ?」
「それは――わかってっけどさ」
 ヴィータがいらついた様子を見せるのも、無理のない話ではあった。
 人形はそれほど高い戦闘能力を持っているわけではないが、何しろ数が多い。しかも感情など無く、四肢を破壊せねば再生するしぶとさも持っている。だが、はやてが得意とする広域攻撃魔法ならば、防御力に関してはほとんど皆無に近いこれらの人形など、文字通り一瞬で灰燼に帰すことが出来るはずだ。
 けれど、その簡単なことが許されない。それがはやて自身の事情であったならばヴィータもいらつきはしないだろうが、そうではない。あくまでもこれは、ヴリトラ側の事情でしかない。
「困るのはアタシ達じゃないだろ。ばっとやっちまってもいーじゃん」
「それはそうかもしれんけど、きっとレティ提督に苦情が行くやろうね。そしたら最終的に困るのはこっちやからなー。ヴィータは、レティ提督にお仕置きされたいんか?」
「――っげ」
 それまで紅潮してたヴィータの顔が、一瞬蒼白に変わる。
 ぶるぶると激しい勢いで首を横に振ったのは、なにかよほどいやな思い出でもあったからだろうか。
「そういうことだヴィータ。あまり無茶は言うな」
「うっせ! わかってる!」
 吐き捨てながら、ヴィータははけ口を求めるように力任せな一撃を放つ。
 一撃で脳天を砕かれ、その瞬間人形は力を失いかけるが、人の形を失ったその状態でなおもまだ人形はその手を伸ばそうとした。
 それも一瞬。
 嵐のような乱打で、ヴィータは人形を瞬く間に破片の山へと変える。
 シグナムもレヴァンティンを旋風のように幾度も振り回し、なるべく人形が細かい破片に帰すよう、念入りに斬りつけている。
「けど、このままではジリ貧なのは確かや」
 はやての表情は厳しかった。
 人形を念入りに破壊するようになった分、消耗が激しくなっている。敵の数が確実に減るようになったのは喜ばしいことだが、このままでは体力切れの危険もあった。
「シャマル、ごめんやけどなるべく急いでな」
「ええ、わかってます、はやてちゃん」
 返答したシャマルは、目を閉じてふたたび己の戦いへと戻った。


 クラールヴィントの本体である四つの錘がシャマルを中心に展開し、斜め上に伸びながらゆっくり旋回する。
 襲いかかってくる人形そのものを監視しながら、周辺探査を行って新たな敵が接近していないかどうかも探る。そして同時に通信妨害の解除までも全力でこなしている。並の魔導師であればどれか一つだけでも目を回してしまいそうな情報量だが、シャマルは眉毛一つ動かさずに並列で処理してゆく。
 そこははやてですら協力することができない、シャマル一人の戦場だ。
 だからこそ、彼女の情報処理能力は飛び抜けて高い。
 そのシャマルが、苦戦している。
 人形の出現とほぼ同時に仕掛けられた通信遮断がいまだに解除できていないだけではない。人形の機能に対する解析も、おそらくはそれを操っているのであろう本体も、クラールヴィントの極めて高い感知能力を総動員しているのにもかかわらずまるでつかめていない。
(――なんで、こんなに)
 額を汗が伝う。
 通信妨害を受けたその瞬間から、この近辺には濃密な魔力が充満していた。おそらくはそれこそが全ての通信を遮断している元凶なのだろう。そして、それがシャマルの感覚を狂わせている。
 人形そのものには確かに高い魔力が感じられる。それがロストロギアに関わる存在であることは間違いないが、肝心のロストロギアがどこにあるのか、この状況では察知のしようがなかった。
(――冗談じゃないわ。これはただロストロギアが暴走した、なんて単純な事件じゃない。強力すぎる魔力が充満してるのも、ここが魔導炉に近いから、なんて理由じゃない)
 ちりちりと背中を灼くような違和感が、彼女を焦らせる。
 それは彼女にとってずいぶんと懐かしい感覚だ。駆け抜けてきたあまたの戦場においても、それを感じたことは数えるほどしかないはず。
(やっぱり、罠? けれど、なぜ? 何のために? そして、誰がこんなことを)
 そう。シャマルの感覚は、この人形達を動かすなにかの存在を感じ取っていた。
 なにか明確な目的を感じさせる意志。
 それはカンに近い、あやふやな感覚でしかない。けれど、シャマルはその感覚が正しいと確信すらしていた。
 疑念を覚えながらも、彼女は次々と新しい魔法の式を組み立て、それらを片っ端から実行してゆく。
 付近に滞留する魔力は、まさしく濃霧のようにシャマルの感覚に絡みついてくる。
 濃すぎる霧の中では前に伸ばした手の先端が見えなくなるように、先へと伸ばした探知魔法そのものが、魔力に侵食されてあやふやなものになっていく。
 失った連絡手段を取り戻すために穿った魔力のトンネルも、すぐにその混沌とした魔力に飲み込まれ、半ばにして崩れてしまう。
 それでも、シャマルは諦めない。
 かき分けるようにして確保した領域は、すでに相当なものになっているはずだ。地味な作業をひたすら地道に積み上げたその結果は、それほど待たずともその結果を見ることが出来るだろう。
 アースラとの通信が回復すれば、艦からのバックアップを受けることも出来る。クロノ達との連携で状況を打開できる可能性も高くなるはずだ。
(――あと、もう少し――っ!)
 周辺探査――索敵も、シャマルにとっては重要な役目だったし、むろん彼女もそれを怠ってはいなかった――はずだ。
 だが、もう少しでアースラに通信が届く。その手応えを感じたその瞬間、もしかしたら意識が僅かにそれていたのかもしれない。
 視線を感じたときには、もうそれがそこにいた。
 シャマルの背筋を灼いていた違和感が、瞬時に凍り付く。
 まだ数多く残っている人形たちの向こう側に、人の形をした闇がわだかまっている。
 感じた視線は、それが放ったもの。
 三人の騎士と、一匹の守護獣と、そしてその主たる一人の魔導騎士。その全てをねめつけたそれは、小さく頭を振る。


  ――違った。


 それが放つ圧倒的な魔力の前に、シャマルは警告の声を上げることすらかなわないまま、ただ凍り付いていた。
「あん? なんだ、あいつ」
「新手か?」
 わずかに遅れて、先頭で人形達を叩き伏せていたヴィータとシグナムの二人が、それに気付く。
「シャマル、奴は一体なんだ? 敵か?」
 警告すら上げなかったシャマルをいぶかしむように、シグナムが振り向いた。
 それが、やっとシャマルの意識を正常に戻す。
 けれど、彼女が自失していた間に、全ては手遅れと化していたのかもしれない。
「うぜえっ! まとめてやってやる!」
「ヴィータちゃん――!? だめっ!」
 叫ぶ声は、爆音にかき消され、押し流された。




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公開開始 2007/1/7