INDEX   ABOUT   DOUJIN    NOVELS    DIARY   LINK 

 

     

       
 

legacy_title.jpg

#02 遺産の気配(A)


 







「まったく、期待はずれもいい所だ」
 ブリッジに男の声が響いた。いらついた感情を隠そうともしない、威圧的な声だ。
「いいかね、このヴリトラは我が社最大の財産だ。極小のプラント一つでも、あなた方の想像を絶する価値がある。外部の人間を踏み込ませただけでも、我々にとっては少なからぬ損失なのだ。それを承知で時空管理局を呼んだのは、破壊活動をしてもらうためではないのだよ」
 響き渡る声は、スーツをまとった男性の物だった。年の頃は五十をいくらか越えたあたりだろうか。黙っていれば中肉中背の紳士と言った所だが、整いすぎているスーツと落ち着きのない所作が、いささか神経質そうな印象を与える。そんな男のまくし立てる罵声に、ブリッジの面々は苦々しい表情を隠そうともしていなかった。だが、彼らはまだましだ。同じようなセリフを何度も繰り返し聞かされているとはいえ、その矢面に立たされているわけではないのだから。
 ゆえに、彼らはいつも以上に尊敬の念を強くする。
 男の相手をしながら、いやな表情などかけらも見せようとしない、彼らの指揮官に対して。
「あ、みんな……クロノ君、大丈夫なの」
 そんなブリッジに車いすで戻ってきたクロノと、それに付き従う一同を見つけて、オペレーターが慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫だ、エイミィ。僕は自分で歩けるって言ったんだが」
 憮然とした表情で、クロノはため息をつく。
「大丈夫なはず無いよ。デュランダルが大破しちゃうほどのダメージだったんだから」
 なのはは幾分大げさに両手を広げてみせた。
「そうや。治癒魔法で見た目の傷は治っても、深いダメージはなかなか抜けへんものや。ましてや頭と右手の傷は、まだ見た目も直ってへんやろ」
 はやても呆れたような声を上げている。
「まあ、それでも無理しちゃうのが、クロノ君なんだけどね。でも、縛りつけでもしないと車いすなんかには乗らないと思ってたけど――」
 首を捻りかけて、車いすを押しているのがフェイトだと気付いたエイミィは、なるほど、と頷いた。
「さすがに、かわいい妹に心配されちゃあ、クロノ君も無理は出来ませんかー」
「……まあ、そういう事だ」
 クロノはますますむっとした表情をする。
「ええい、あなたは事の重要性がわかっているのか!」
 ひときわ大きい声が、そんな彼らの会話を強引にさえぎった。
「P・T事件に闇の書事件、二つの事件をほとんど被害無しに解決した名提督という話を聞いていたが、どうやら噂はデマだったようだな! しょせん若い女魔導師など、その程度のものだ! 他人に迷惑を掛けることしかできん!」
 ブリッジの空気が動いた。
 声の主に周囲を見回す余裕があったならば、ブリッジのクルーが一人残らず彼を睨み付けている、そんな光景を目撃できただろう。
「エイミィ……なんだ、あれは」
 クロノもいささか憮然としていた。
 当然と言えば当然のことだ。上司であり、親である人間のことをそこまで罵倒されて気分が悪くならないわけがない。しかも罵倒の内容は時代遅れも甚だしい、ひどい差別と偏見に凝り固まった思いこみだけだ。
「えーとね、あの人がヴリトラの責任者なんだって。なんかさっき血相を変えて飛び込んできてね、それからずーっとあそこでわめいてるんだよね」
 エイミィはなるべく男に聞こえないよう、小さな声で事情を説明する。
 もっとも、声をひそめる必要はなかっただろう。何しろ男は相変わらずの大声で一方的にわめいている。ブリッジの片隅で交わされる会話など、耳に届きさえしないだろう。
「つまり、僕たちの不手際を責めに来たのか」
「うーん、まあ、有り体に言えば、そういう事になっちゃうのか」
「仕方がない。僕の責任だ」
 クロノはいきなり車いすから立ち上がろうとして、僅かにバランスを崩した。
「クロノ!?」
 慌てて手を伸ばしたエイミィとフェイトに支えられ、クロノは小さく呻く。
「くそっ……本当に情けない……」
「だからフェイトちゃんが何度も言ってたやろ。無理したらあかんって」
「けれど、今回の失態は僕の責任だ。艦長の指揮に問題はなかった。現場責任者である僕こそが、クレームを付けられるべきなんだ」
 唇を噛んだクロノの手を、誰かの手が握った。
「そんなこと、言うたらあかん」
 車いすを横に並べたはやてが、厳しい顔でクロノを見つめている。
「今回のことはクロノくんのせいじゃないよ。クロノくんは、わたしを守ってくれた。現場の責任は、もうちゃんと果たしてるはずだよ」
「どうしても誰かの責任だというのなら、それはみんなの責任だ」
 ぎゅっと握りしめてくる柔らかい手がフェイトのものだと気づき、クロノはやれやれと頭を振った。
「全く、君たちは……こういうときは、責任者に全部かぶせてしまうものだ」
 本人は苦笑いを浮かべたつもりなのだろう。
 けれど、頬を緩めた彼の表情は、誰が見てもひどく嬉しそうに見えた。
「けれど、ここは僕が行く。責任者としてのつとめくらい、果たさせてくれ。それに、相手は見ての通りの人物だ。君たちまで来てしまうと、話がややこしくなりそうだからな」
「クロノ君……いいの? なんかすごく怒られそうだよ?」
 なのはとはやては表情を曇らせた。
「気にするな。それに、艦長――いや、母さんを助けるのは、息子の役目だ」
「ずるいなあ。そんな言い方されてまうと、反論もできへん」
 はやては軽く首を振った。
「わかった。行ってき。けど、一人だけで責任背負い込まれたらこっちの方が困るんよ。それだけは忘れんといて」
「ああ、わかってる」
 頷いたクロノは、自ら車いすの車輪に手を伸ばそうとし、それからしまったという顔をした。左腕はともかく、ギブスに固められた右腕では車輪が回せない。はやてのような自走式の車いすに乗っているわけではないので、クロノには車いすを動かす手段がない。
「む――」
 振り向いてエイミィに手助けを頼もうとしたクロノの身体が、不意に前へと進む。
「フェイト――?」
「わたしも行くよ。クロノ」
「いや、しかし……」
 てっきりフェイトも納得していると思っていたのだろう。クロノは明らかに狼狽していた。
 そんなクロノに、フェイトは微笑む。
「お母さんを助けるのは、子供の役目、なんだよね?」
「まあ、そういう事や」
「よろしくね、フェイトちゃん」
 はやてとなのはの反応に、クロノは自分の失敗を悟る。
「うん、任せて」
 リンディの所に行けば、間違いなく不愉快な罵声を浴びせられる。それがわかっているのに、なぜかフェイトは嬉しそうな顔をしていた。
「――しまった」
 空いた左腕で、クロノは自分の顔を覆う。
 なのはとはやてがあっさり引いたのは、フェイトがそう言い出すとわかっていたからだろう。そして、今更前言を翻しても彼女たちは納得すまい。
 それでも強弁することは出来たはずだが、クロノは諦めたように背もたれに身を預けた。
「わかった。頼む」
「うん」
 満面の笑顔を浮かべ、フェイトはクロノの車いすをあらためて押しはじめる。
「……アレックス、何がおかしいんだ」
「あ、いや、なんでも」
 クロノの微妙に不機嫌そうな声に、クルーの数人は慌ててそっぽを向いた。だが、緩んでいたその表情はいまさら隠しようもない。相変わらず不愉快な男の罵声は続いているが、ブリッジにはほんの一瞬、和やかな空気が流れていた。


「――――? 何だ?」
 ようやく階下の小さな騒ぎに気付いたのだろう。男がふとその口を止めた。
「現地に赴いた執務官が来たようです。少しお待ちください」
 取りなすリンディに、男はしばし黙り込む。
 けれど、リンディの表情はあまり芳しくなかった。彼女としては怪我をしたクロノにこの男の相手をさせたくはなかったのかもしれない。だが、クロノの性格を考えれば、リンディ一人に責任を負わせることをよしとしないのは分かり切っていたことだ。
(――似ているのよね、あの子も、あの人に)
 リンディが思い出に浸ったほんの僅かな間に、クロノの車いすは艦長席のあるフロアへと移動してきていた。
「うっ、なっ――」
 男は二人の姿に驚いた顔を見せる。もっとも、執務官にしては幼く見える――実際、かなり若いのだが――クロノにとっては、それほど縁遠い対応ではない。
「どうしました?」
「あ……い、いや、なんでもない……いや、これは一体なんだね。わ、私をからかっているのか!?」
 どもりながらも、男はふたたび罵りはじめた。
「いえ、彼は本物の執務官です。それも、優秀な」
「――ああ、そうか、君があのクロノ執務官か」
 ぶしつけな目で、男は車いすに座ったクロノを見下ろす。その視線がギブスに固められた右手に留まると、その口から漏れたのはあからさまな嘲笑だった。
「ふん。親のコネで執務官になったという噂があるが――どうやら、本当らしいな」
「失礼ですが」
 挑発しているとしか思えない侮辱だったが、クロノは冷静だった。
「時空管理局はコネで役職を与えるほどいいかげんな組織ではありません」
「ふん、どうだかな」
 クロノを見下ろす男の口元が、いやらしい形につり上がった。
「事実、君は今回の問題を解決できなかったではないか。時空管理局屈指の魔導師の一人とは聞いているが、おおむね君の母親が体でも使ってでっち上げた成績ではないのかね?」
「…………」
 それは罵倒と言うよりも、もはや根拠もない中傷にすぎない。それでも、クロノは怒った様子すら見せなかった。似たようなことを言われたのはこれが初めてというわけでもない。
 むしろ、クロノはなぜこの男がこうも挑発じみた言葉を放つのか、そのことこそを奇妙に思っていた。
 男の意図が読めない。この男に恨みを買うようなことでもあっただろうか。クロノは男がわめき立てる戯れ言を半ば聞き流しながら、内心で首を捻る。
「それ以上――っ」
 そんなクロノの傍らで、フェイトが唸るような声を上げていた。
 彼女も精一杯の我慢はしたのだろう。けれど、母親になったひとに対する中傷はあまりにも度を超していた。
「うっ――な、なんだっ!」
 気色ばんだフェイトに、男はうろたえた。体重で言えば自分の半分ほどもないような子供相手に、まさか気圧されるなどとは思っていなかったのだろう。
「フェイト――」
 あわてて、クロノが制する。
 別に相手の地位を考えてのことではない。彼としてはもう少し男に喋らせて、その意図を計りたかったのだろう。
 フェイトも、クロノの顔をちらりと見て、自分が早まってしまったことを知った。
「は――」
 フェイトの気迫が弱まったからか、男は喘ぎ声とも嘲笑ともつかない、奇妙な声を上げてつかつかと二人に歩み寄る。
「はは、そうだ思い出した。この小娘、たしかプレシア・テスタロッサが作り出した人造生命ホムンクルスだとか――?」
 乱暴に。
 そしてひどく無造作に、男はフェイトの頭をいきなりわしづかみにした。
「――――っ!?」
 いきなりの乱暴な行為に、フェイトは一瞬あらがうことも忘れた。
「そんな物を引き取って家族ごっこか。ハラオウン提督、しつけがなってない――」
 男の声は、そこで止まる。
「それまでにしてください。我々にも我慢の限界という物はある」
 男の腕が、クロノの手によって掴まれていた。それほど太くも大きくもない手が軽く掴んでいるだけに見える光景だったが、その実男の腕はびくりとも動かなくなっている。
 男は、本当にクロノがコネだけで成り上がった子供だと、たかをくくっていたのかもしれない。だが、現実のクロノは正真正銘、たたき上げの執務官だ。両親譲りの魔力だけでなく、積み重ねてきた尋常でない修練、そして短期間でいくつもくぐり抜けてきた現場の経験が、今の彼を形成している。
 男もクロノの倍どころか三倍以上の時間を生きてきたはずだ。だが、その密度では比べ物になるわけもない。
「お、脅すつもりかね! 失礼だぞ、執務官!」
「いや、できれば礼節を守って欲しいと、そう願いたいだけです」
 クロノの指に込められた力が僅かに強まった。
 フェイトの頭を掴んでいた男の手が、外れる。よほどの力が込められていたのだろう。右腕を抱え込んだ男の手は幾分青ざめていた。
「ぼ、暴力を振るう気か!」
「僕はあくまで穏便にお願いしただけです」
 クロノはにこりともせずに白々しいせりふを口にしたが、男はただひたすら気圧されるだけだった。
「気にするな、フェイト。愚にも付かない中傷で君が傷つく必要なんて無い」
 男から視線を逸らさないまま、クロノは男の腕から離した手で、こんどはフェイトの手を握る。今度ははっきりと優しく。そっと握られた手のひらの中で、小さな手は僅かに震えていた。それを感じ取ったクロノは、はっきりとした怒りの表情を浮かべる。
「フェイトはホムンクルスじゃない。生まれの事情は特殊だが、あくまで人間だ。艦長や僕に対する暴言は見逃してもいいが、今の一言だけは訂正してもらう」
 はっきりとした怒気は、男を二、三歩ほど後じさらせた。
 だが、気圧されながらも男は唇の端をゆがめる。
「は、わ、笑わせる! どうせその人形とてプレシア・テスタロッサの『遺産』目当てに引き取ったのだろうが!」
「『遺産』――? 何のことだ」
「とぼけるか。魔導師や技師の間ではもっぱらその噂で持ちきりだ。なにしろあの魔女が抱え込んだ資産と来たら相当な物だったからな」
「馬鹿な。たとえそんな物があったとしても、移動庭園と共に虚数空間の底だ」
 クロノは首を横に振った。
 いくら邪推の果ての噂とはいえ、それを真に受けるような人種との会話はひどく精神的に疲労する。
「ふん、どうだかわかったものではないな。そもそも、遺産目的以外に人形を引き取る理由などあるものか」
「ダーレスさん。本艦においてそれ以上の暴言を口にされるようであれば、こちらも相応の対処を取らせて頂くことになりますが」
 それまで一度も声を荒げなかったリンディが、立ち上がっていた。
「アレックス。転送魔法陣の用意は出来てる?」
「あ――はい、必要なら強制転移も可能です。えーと、まあ、こちらの能力にご信用いただけてないようですし、ちゃんとご希望の所に出るかどうかはちょっと保証いたしかねますけどね」
 リンディの意を汲んだアレックスの返答には、はっきりと嫌味が含まれていた。
「ぬ――」
 慌てて周囲を見回した男は、初めて自分がブリッジのスタッフ皆から睨み付けられていることに気付いたようだった。
 慌てて艦長席のフロアに上がってきたなのはとはやても、男に厳しい視線を向けている。
 幼いながらも、死闘をくぐり抜けるという経験を経てきた少女達の瞳には、男を充分に威圧する力があった。
 さらにはやてに付き従うヴォルケンリッター達が明らかな殺気を漂わせている。シグナムなどは首から下がった待機状態のレヴァンティンをその手に握り込んでいた。もしここがアースラのブリッジでなかったならば、友の名誉を回復するために問答無用で抜いていたかもしれない。
 そして、フェイトにもっとも近しい存在であるアルフは、狼の姿に戻って低いうなり声を上げている。低く伏せるようなその体勢は、今にも飛びかかろうかといい姿勢だ。
「わ、私を脅すのか!」
 男は滑稽なほどに狼狽し、左右を必死に見回す。だが、ブリッジに男の味方は一人としていない。せめて部下の一人でも連れてくれば味方にはなったのだろうが、残念ながら単身乗り込んできてしまった彼を追ってくるようなスタッフはいなかったらしい。
 タイミング良く、呼び出しのシグナルが響いた。
「ひっ!」
 男は一瞬背筋をびくつかせたが、すぐにそれが自身の懐で鳴っているものだと気が付いたらしく、ごまかすようにことさら乱暴な仕草で懐の通話機を引っ張り出した。
「私だ! 何の用だ!」
 不機嫌な口調で通話機にわめき立ててはいるが、ばつの悪さを隠すためのものであるのは誰の目にも明らかだ。だが、その表情は見る間に本物の険しさに取って代わられた。
「――何をしていた! ええい、すぐ戻る! いいか、なんとしても食い止めておくんだ!」
「どうか、されましたか?」
 リンディの問いかけに、男はきっと彼女を睨み付けた。
「関係ない! いいか、用事が出来てしまったので私は戻るが、先ほどのことは管理局の方に直接抗議させてもらうからな!」
 捨てぜりふを残し、男は乱暴に床を蹴ると、あわただしくブリッジをあとにしていった。

   ☆  ☆  ☆


「艦長。ダーレス氏の退艦を確認しました」
「よろしい。ドッキングポートを分離。一度ヴリトラとの接舷を解除します。動力炉はアイドリングのまま待機。エイミィ、本局との回線を繋いで」
 矢継ぎ早に指示を出したリンディは、ちいさくふうと息を吐くと、そのまま艦長席に腰を下ろした。
 落ち着いたブリッジをぐるりと見回した彼女の瞳は、近くにいた少女に向けられて、止まる。
「ごめんなさい、フェイト……あんな事、言わせてしまって。私ったら、母親失格よね」
「いえ……そんなことは、ないです」
 フェイトは謝るリンディに微笑みを返してみせたが、その表情はどことなくぎこちなかった。悪意の塊と言っていい罵言を叩きつけられただけではなく、直接に乱暴な扱いまで受けたのだ。無理もないだろう。
「休んだ方がいいわ。私室の方にでも……」
「いえ、大丈夫です」
 気丈に首を振る娘に、リンディは仕方がないわね、と首を横に振った。
「けれど、困ったわね……戦力が消耗してて、再突入は不可能だわ」
「そうですね……武装隊も負傷者多数で、すぐに動ける人員は半数を切ってます」
「クロノ執務官の負傷も深刻ですよ。医務官の診断では、アースラの設備だけでは完治するのに時間がかかりそうだ、とのことです。できれば本局に戻ってきちんと治療を受けるてほしいと。ヴォルケンリッター各員もダメージは浅くないので、本局で一度見ておいたほうがいい、ということです」
 オペレーター席に着いたふたりの青年――ランディとアレックスが、それぞれの情報を読み上げる。
「さっきの人にすぐに何とかしろ、って言われたら困る所でしたね」
「そうね、お手上げだわ」
 エイミィの軽口に、リンディは苦笑いするしかなかった。
「それにしても、あの人、一体何しに来たんだろ」
 ふと、エイミィは首をかしげた。自分の口にした言葉が、その疑問を喚起したのだろう。
「何って、クレームを入れに来たんじゃないのか?」
 クロノは何を言っているんだというような顔をした。
「うん、それはそうなんだけど、事態の説明なんか全然聞こうともしなかったんだよね。ほら、いちおうあの人が責任者なんでしょ? いろいろ、聞いてくるもんだと思ったんだけど」
「そういえば……」
 クロノも首をかしげた。
 そもそも彼がわざわざ艦長席の所まで来たのは、現場責任者として事情を詳しく説明するためだったはずだ。同時にいくらかの情報も引き出せればいいという判断で、怪我を押して姿を見せたのだ。だが、ダーレスはそんな間など与えず、ただ一方的にクロノたちを罵倒しただけだ。話を聞こうという意志などまるでなかったと言っていい。それどころか、余計な事を口にせず去ってしまったため、クロノとしては聞きたいことも聞けなかったことになる。
「まあ、ああいう人の話を聞かない手合いはそう珍しくもないんだが……困ったな、あの魔導師のことも探りを入れてみるつもりだったのに」
「クロノを撃ち落とした魔導師のこと、だね」
 フェイトの言葉に、クロノはああとうなずいた。
「たぶんはやて達が遭遇したのも同一の魔導師だろう……エイミィ、こっちでは補足できなかったのか?」
「うーん……あの時点では通信が回復したっていっても音声だけだったし、持ち帰った分の映像記録も魔力干渉のせいか記録が吹き飛んでて、ほとんどダメになってるんだよ」
 エイミィがパネルを操作すると、ブリッジ前面のスクリーンに画像が展開される。
 意味のないノイズがほとんどを占める、見にくい映像。
 その向こう側に黒い影があるということがかろうじてわかるだけで、容貌も性別もはっきりとはしない。
「この映像は、デュランダルから回収された破損直前の記録ですね。デュランダルの破損状況から、行使された魔力の推定値も出ているんですが……ありえない数字が出ているんですよね。あまり信憑性はありません」
 エイミィをアシストするように、アレックスが解説を口にした。
「単純計算で、スターライトブレイカー三発分の魔力値が算出されてます。レイジングハートの自動防御ではあっさりと抜けられる数字ですね。実際、クロノ執務官が緊急発動させた多重障壁が間に合っていたから執務官一人の重傷で済みましたが、そうでなければ、なのはちゃんごと消し炭だったかもしれません。代償として、デュランダルには過多な負担がかかり、破損してしまう結果にはなりましたが」
「デュランダルは、わたしたちを守るかわりに壊れちゃったんだね。修理は、できそうなのかな」
 気遣うなのはに、アレックスは力強くうなずいた。
「それに関しては問題ありません。時空管理局が誇る最新デバイスですからね。そうそう簡単に再生不能になることはありませんし、サポート体制もしっかりしてます。ただ……」
「ただ……?」
 アレックスの沈黙に、安堵しかけたなのはの表情が少し曇った。
「ただ、フレームがほとんどのダメージを受け止める形になったんで、交換パーツが揃うには、少なく見積もっても一月以上かかります。金銭的損害は、ちょっと大きいですかね」
「そっか……」
 なのはは、少し沈んだ顔をした。
 魔導師の攻撃を受けたとき、デュランダルの破損を一番近くで目撃したのは彼女だ。高機能とはいえ明確な自我を持っていない単なるストレージデバイスでも、彼女にとっては友人が傷ついたように思えるのかもしれない。
「仕方がないわね。それに関しては本局に掛け合って予算を通してもらいましょう。クロノ執務官復帰後は、デュランダル修復完了まで代替のデバイスを用意します」
「了解です――ともかく、先の戦闘で武装隊はほぼ全員が大小の負傷を受けていますし、ヴォルケンリッター各員も全力での戦闘が出来る状態ではありません。現状で問題なく動ける戦力は、高町なのは、八神はやて、そしてフェイト・T・ハラオウン各候補生の三名と、フェイト候補生の使い魔であるアルフのみと言っていい状態ですね」
「いつもなら、それだけでも充分以上に頼もしい戦力なのだけど……」
 そう口にしたリンディの表情は厳しい。
「大丈夫です。まだ、行けます」
 フェイトはその言葉に異を唱える。残る二人も、フェイトに同意するように小さくうなずいていた。
 多くの強力な魔導師を擁する時空管理局でも、AAAクラス魔導師三人という戦力がひとところに集結する事態は、本来滅多にあることではない。まして、この三人はそのランク以上の実力を幼いながらも有している。三人が揃えばどんな敵にも臆することはない。
 それは、自信ではない。むろん、過信でもない。信念ともいうべき、強い意志だ。
 けれど、リンディは首を縦に振らない。
「はやてさんたち、それからクロノ執務官たちが続けて敗退した魔導師は、いまだ正体が不明です。この上であなた達を危険に晒すことは出来ません」
「けど、じゃあこの事態をこのまま見過ごすんですか?」
「いまは、そうです」
 返答は、にべもなかった。
「そんな――」
 食い下がろうとする少女達に、リンディは少し表情を崩す。
「わかって。時空管理局としては、まだ候補生でしかないあなた達だけを前線に送り込むわけにはいかないの。それに、不意打ちだったとはいえはやてさん達、そしてクロノとなのはさん――各個撃破という形には見えるけど、決して生半可な相手に後れを取るチームではなかったはずよ?」
「それは、確かにそうです。けど、正面からぶつかるのが全て、いうわけでも無いやないですか」
「そうね。けれど、それも相手の思惑がわからないとどうしようもないわ。あなた達を一蹴するほどの魔力を持った魔導師がなぜあそこにいるのか。何をしようとしているのか、そしてなによりヴリトラの責任者はなぜそのことに触れもしなかったのか……今はそれを知ることが先よ」
「はい……」
 三人の少女が引き下がったのを確認して、リンディは顔を上げた。
 むろん、彼女たちが心から納得したとは思っていない。けれど、短慮的に飛び出す事もないはずだと判断していた。現状に緊急性はないのだから。
「あれ……艦長、通信です。回線、開きます」
 コンソールに向かっていたエイミィがその言葉を告げたのは、ちょうどそのタイミングだった。
「本局から? 早いわね」
「いえ、それが……レティ提督からです」
「レティから?」
 オウム返しにその名をリンディが口にしたとき、彼女の前に半透明のスクリーンが展開された。映し出されたのは、眼鏡を掛けた女性だ。年の頃はリンディとおなじくらいだろうか。リンディとは全く違うタイプだが、やはり美女と言っていい。理知的な印象を受けるのは、眼鏡の有無だけではなく、比較的落ち着いた空気をまとっているからだろうか。
『良かった、元気そうね。落ち込んでるかなって思ったんだけど』
「――? まあ、作戦は失敗したけど、人員に大きな被害はなかったし、落ち込むほどのものじゃないわよ」
 リンディの返答に、レティは形の良い眉を軽くひそめた。
『失敗は仕方がないけど、謹慎になったんでしょう?』
「謹慎――?」
 今度はリンディが眉をひそめる番だった。
「聞いてないわよ。だいたい、作戦失敗だってほんの三時間ほど前で、詳細の報告すら終わってないのに」
『そうなの? こっちじゃ大騒ぎよ。アースラ作戦失敗、被害甚大ってね』
 口では驚いて見せているが、レティの顔には明らかに『やはり』という感情が浮かんでいた。どうやら予測済みの事態だったらしい。
『ちょっと早すぎる処分じゃない? しかもたった一度の失敗で謹慎処分なんて』
「まあ、失敗は失敗だもの。けれど、私たちが謹慎になるのは仕方がないとして、ヴリトラの方はどうなるのかしら」
 レティはちらりと手元の資料に視線を落とした。
『もう代わりの船が選定されてるわ。巡航艦ソレイユね。艦長はアレン準提督。現在赴任先から人員を回収して戻ってきているみたい』
「聞いたことのない名前ね」
『まあ、目立った功績のない艦だもの。仕方ないわ。けれど、だからこそ気を付けて』
「気を付ける……何を?」
 本気で不思議がるリンディに、レティは軽くため息を吐いた。
『本当に自覚がないのね。あなたは、嫉妬の対象なのよ。ソレイユのアレン艦長も、あまりあなたにいい感情を抱いてないって聞いてる。若いのに多くの功績を立て、高い地位に就いている。知名度も抜群――嫉妬されない方が、どうかしてるのよ』
「それは、わかっているけれど」
『本当に気を付けて。あまりよくない噂も流れてるようだし、今回の失敗を口実にあなたを引きずり下ろそうとする人だっている。あなたが居なくなったら、私だって困るんだから』
「――わかったわ、気を付ける」
 表情を引き締めたリンディの返答に、レティはようやく小さな笑いを浮かべた。






[戻る][目次へ][次へ] 

   
       
       

公開開始 2007/6/30