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銀光に舞えよ不死鳥

    第四章 / 夜天の魔戦  

       
 

  1/

  ・海鳴市上空   




 爆音は、始まりを告げる鐘の音。
 あるいは終末を告げる鐘か。
 腹の底に響く振動と共に、人気の全くないビルがその形を失っていく。
 廃墟になっていたとはいえ、朽ち果てたわけではない。外観をなすコンクリートも、構造を支える鉄筋も、いまだに充分な強度を保っていたはずだ。
 にもかかわらず、ビルはぐずぐずと崩れていく。
 長い年月がもたらす劣化にも耐え、激しい地震が来たとしても踏みこたえるように設計されてはいても、要塞として構築されたわけではない。四方からの砲撃を受けてしまえば、耐えきれるはずもなかった。しかも、それが本来この世界のものではない魔法によるものとなればなおさらだ。
「……うーん、本当に良かったのかなあ」
 その砲撃を放った一人であるなのはは、夜空に浮かんで不安そうな表情を浮かべていた。
I think it'll be all right大丈夫でしょう.  ……Maybeたぶん
 さすがに、答えるレイジングハートも珍しく自信なさげだ。
「おにーちゃんとおねーちゃんは大丈夫だって、クロノ君は言ってたけど……」
 ゆっくり崩壊してゆくビルを見つめる彼女の瞳は、揺れている。
 無理もない。
 その中には、彼女の兄と姉が居るはずなのだから。
「さすがに保証は出来ないが……」
 傍らに飛んできたクロノが、フォローを入れた。
「ユーノの報告通りなら、あのふたりはきちんと魔導師としての能力を保有してるはずだ。砲撃の直撃ならともかく、ビルの倒壊に巻き込まれたくらいなら傷一つ負わないと思う」
「う、うん……まあ、それはあまり心配してないんだけど」
 あはは、となのはは笑った。
 その表情が引きつっている。
「心配してない……? じゃあ、何を……」
 なのはが気にするのも仕方のないことだろう。
 いくら結界の内部とはいえ、ビル一つを魔力砲撃で吹き飛ばす、などという乱暴な行為はさすがのなのはもやった事がない。
 確かになのはは砲撃魔導師としてそれなりの経験を積んできている。その大火力魔法で、幾多の戦いをくぐり抜けても来た。一度決めたならば、砲火を放つことにためらいを覚えたりはしないのだけれど、単純な破壊活動のためにその火力を運用するのはやはり気が引けるのだろう。
「ああ   まあ、構わないだろう。通常時空に影響は出ないよう、気は配った。万が一の事があっても面倒は出ないよう根回し済みだ。まあ、何かあっても現実でこのビルが倒壊するだけなんだが。ここは廃ビルだし、あまり問題はない」
 トラブルが起きた際には、当然クロノに負担が掛かるのだが。
「それに、やっぱり建物一つを吹き飛ばすなら魔力砲撃でやるのが一番手っ取り早いからね。アースラには専門の工作要員もいないし」
〈……なんか、便利な土木機械扱いされてないか?〉
 話を聞いていたヴィータが、小さく思念通話で愚痴を漏らした。
〈仕方があるまい。これも魔法の有効活用だ〉
 レヴァンティンに新しいカートリッジを補給しながら、シグナムはヴィータをなだめる。その視線は微かな異常も見落とすまいと、崩れてゆくビルに向けられたまま動かない。
〈なんか納得いかねー〉
 緊張感を切らさないシグナムに対し、ヴィータはどちらかというと散漫な様子だ。気が乗っていないように見えなくもない。
 だが、周囲がそれを責めるようなことはない。
 ヴィータはシグナムと違い、瞬時にそのテンションを限界まで引き上げることが出来るタイプだ。むしろ、なにも起こっていない今から気合いを上げていては、戦闘が長引いてしまったときに息切れしかねない。
 シグナムはふと腰に手をやった。
 ベルトを利用して括り付けた小太刀に、指が触れる。
 美由希から預けられた、恭也の小太刀。多少の重量はあるが、彼女の動きを妨げるほどのものではない。
「なんだ、それ」
 シグナムの動作に気付いたヴィータが、不思議そうな顔をした。
 見慣れないその武器に、いささか興味を持ったのだろう。
「なに……返さなければならないものなのでな。一応持ってきただけだ」
「ふーん、なんか邪魔そうだけどな」
「大したことはないさ。お守りのようなものだ」
 小さく鼻を鳴らしたヴィータは、それっきり興味を失ったように視線を戻す。
   来るぞ!」
 それほど待つ必要はなかった。
 ほとんどが単なるがれきの山と化したビルの中から、二条の光が伸びる。
 銀色の魔力光。
「おっし、いくぞっ!」
 グラーフアイゼンを一振りしたヴィータが、突撃を開始する。
 シグナムも遅れず、夜の冷たい空気を切り裂いた。
 突撃する二人を追い抜くように、無数の魔力弾が飛ぶ。それぞれ薄紅色と蒼白色の軌道をえがいて飛ぶそれは、後方支援に入ったなのはとクロノの支援砲撃だ。
 二つの銀光は、それらをかわすために左右へと分かれる。
 だが、術者の意志によって操られる誘導弾は弾速が遅いかわりに、精密な誘導を可能とする。ましてや術者は共に優秀な誘導制御をこなす魔導師だ。細かい機動を繰り返して飛ぶ二つの銀光は、飛来する魔力弾をかわしきることが出来ない。
 空中に、爆発の花が咲いた。
 その一つ一つが、並の魔導師なら至近で余波を受けただけで昏倒しかねない威力を持っている。だが、シグナムもヴィータも、その突撃速度を緩めることはなかった。
 まだ残る煙を、二条の鋭い光が貫く。
 突撃するふたりを撃ち抜こうとするように走るそれは、先日クロノが直撃を受けた銀の弾丸に他ならなかった。
 だが、不意打ちであればともかく、迎撃があるとわかっているこの状態で直射型の砲撃を食らうほど、シグナムもヴィータもやわな騎士ではない。
「レヴァンティン!」
Stellungwindeシュテルングゥインデ.”
 レヴァンティンがカートリッジをロードした。その刃を包むように、紅蓮の炎が吹き上がる。シグナムの闘志を形にしたかのような、はげしい炎だ。
「おおっ!」
 シグナムは飛翔の速度を緩めもせず、炎に包まれたレヴァンティンを振り抜いた。
 炎は、疾風と化す。
 愚直なほどまっすぐに飛んできた二つの銀光が、空間を薙ぐ炎にその勢いを打ち消され、消滅する。
 いまだ宙を満たす爆煙の残滓は、その猛烈な熱気に押し返され、割れていく。
 だが、吹き飛んでゆく煙の中から現れた二つの人影は、はじかれたように大きく左右へと飛んでいた。
 シグナムとヴィータは、合図も無しに互いの標的を決定していた。思念通話で意思を疎通する必要すらない。幾度も肩を並べて戦ってきた二人には、そのような打ち合わせなど必要なかった。


   2/

 両の脚にまとった緋色の渦巻きが、ヴィータの小さな体躯を押し進ませる。
 ごうごうと鳴る風が耳をつんざくが、ヴィータはまるで気にしない。ただ、人影に追いつくためにだけ集中している彼女は、更にその速度を上げる。
 高速移動魔法までも行使した追撃は、まだ終了していない。
 相手の高い機動力が、小回りのききにくいヴィータを翻弄していた。
 だが、ヴィータとしても、延々とこの追いかけっこを続けていられはしない。
「にがさねえっ!」
 突撃の速度を緩めぬまま、ヴィータは己の進路にいくつかの鋼球を放った。
 ヴィータの足元に、紅い魔法陣が展開される。三角形の頂点に円形という、ベルカ式魔法独特の魔法陣。
Schwalbefliegenシュワルベフリーゲン.”
 グラーフアイゼンが、重い響きで魔法を宣言した。
「っだあっ!」
 宙を跳ぶ鋼球が、紅の光を帯びる。グラーフアイゼンをたたき込まれたそれは、唸りをあげてはじき出されていた。
 闇夜を切り裂く紅い魔力光は、いくつもの円弧を描きながら逃げる人影のひとつを追う。人影は素早い機動でそれをかわそうとするが、逃げ切れるものではない。
 逃げるのを諦めたのか、人影は唐突に空中で静止した。
「撃ち   抜けえっ!」
 ヴィータの意志に応え、加速した弾丸が螺旋を描くようにして人影へと襲いかかった。
 だが。
 生まれた四つの爆発は、いずれも人影にかすりすらしていない。
 いつの間にか、人影は刃を抜いていた。銀色の刃を。刃は、そのまま一瞬の停滞も無しに一つの弧を描く。
 ただの、一度だけ。
 にもかかわらず、紅い魔力弾はその全てが消滅していた。
 バラバラと力無く地上へ落ちていくのは、砕かれた鋼球の破片。剣士は、剣を振り抜いた姿勢のまま止まっていた。ただ一度の抜刀によって四つの弾丸をなぎ払った剣士は、だがそれを誇る様子もなかった。
 ただ、その鋭い目をわずかに細めただけ。
 ヴィータが、いない。その事実に気付いていたからだ。
 しかし、剣士はその居場所を探そうともせずに、ぐるりとその体躯を巡らせていた。それはまるで何かを回避するような動き。   いや、ような、ではない。事実それは回避機動だった。
 真下から打ち上げられたひときわ大きな紅い弾丸が、剣士をかすめて唸りを上げる。もし回避機動を取っていなかったならば、剣士は弾丸の直撃を受けていただろう。
 遙か天空に舞い上がった弾丸は、そこで人の形を取り戻す。
 闇夜を背にした、紅い少女。
「ラケーテン!」
 叫び声と共に、彼女の握った鉄槌から炎があふれた。。
 すでにカートリッジをロードしていたグラーフアイゼンは、ラケーテンフォルムへの変形を終了している。
   ハンマーっ!」
 爆発的な推進力に後押しされ、ヴィータは垂直に落下する。たった今撃ち落とし損ねた標的をもう一度撃ち落とさんと。
 剣士の左手に、もう一つ銀の光が生まれる。
 双刀の剣士。
 それこそ、今ヴィータが撃ち落とそうとしている相手の真なる姿だ。
 見上げてくる銀の瞳を睨み付けながら、ヴィータは小さく笑っていた。
(やっと抜きやがったな、このヤロウっ!)
 喜びにも似た、怒り。
 たとえそれがなのはの家族であろうとも、ヴィータに手加減するつもりはなかった。
 愚直なほど一直線に舞い降りるヴィータに対し、剣士は両の剣を立て、大きく身をひねっていた。
 見覚えのある構えだった。
 その威力も十全に承知している。
 それでも、ヴィータの突撃は微塵もにぶらない。グラーフアイゼンと己の推進力の全てを、ただ加速にのみ振り向ける。
 対する剣士も、逃げる気はないようだった。
 もとより、ラケーテンハンマーからはどのような相手も逃げることは出来ない。グラーフアイゼンのラケーテンフォルムによって猛烈な突撃力と旋回力を得たヴィータは、どこまでも敵を追いつめてみせるからだ。ましてここは空中。その機動を制限するもののない空間では、事実上逃げ場など無いといっていい。
 そして、ヴィータの小さな体躯が剣士をその射程に捉えようとするその瞬間、剣士の身体が跳ねるように回った。
 それはまさに斬撃の旋風。
 先の交戦でシグナムのレヴァンティンすら叩き折った、恐るべき技だ。

 ひとつめの刃が、グラーフアイゼンと正面からぶつかり合った。

互いの速度によって圧縮された空気がたわみの限界を超え、そして砕ける。
砕けた空気の層はそのまま衝撃波ソニックブームとなる。
荒れ狂う衝撃波は二人のまとう障壁を叩き、甲高い音を立てた。

 だが、それでもヴィータの勢いは止まりなどしない。

 ふたつめの刃が、グラーフアイゼンを側面から叩く。

叩きつけられた刃先は突進するグラーフアイゼンを逸らそうと唸りを上げる。
互いのデバイスは削りあい、耳障りな異音を立てる。
突進のエネルギーは熱へと変換され、二人の障壁を灼く。

 だが、それでもまだヴィータの勢いは止まらない。

 みっつめの刃が、グラーフアイゼンの柄を撃つ。

かつてそうしたように、グラーフアイゼンを叩き斬ろうというのだろう。
グラーフアイゼンはそれを正面から受け止める。
叩きつけられた刃はがりがりとその表面を削ってゆく。
だが、その刃が届いたのはわずかな表層だけ。
鋼の伯爵は、二度も砕かれない。

 そしてヴィータもまた、二度は止まらない。

 最後の刃は、正面からグラーフアイゼンを迎え撃った。

精密な斬撃は、グラーフアイゼンの先端を正確に狙い撃つ。
研ぎ澄まされた刃先と、鋭くとがった衝角ラムが正面からぶつかり合う。
互いの魔力が反発し、火花に似た余波を周囲にまき散らす。
それでも互いの威力を相殺しきれず、穂先と刃先はガタガタと揺れる。

 ヴィータの突撃は、ようやく止まっていた。

 それでも、ただ勢いを殺されただけの話だ。グラーフアイゼンはいまだに長い噴射炎をはき続け、ヴィータも押し込む力を弱めてはいない。
「……こないだの借り、返させてもらうぜっ!」
 火花の向こうに無表情な恭也を確認したヴィータは、口の端をゆがめていた。


 陣風シュテルングゥインデによって薙がれた爆煙を更に切り裂いて、シグナムは飛ぶ。
 煙の向こうに隠れていた目標も、今ははっきりとその姿が見えていた。
 二刀を下げた、剣士。
 ヴィータとシグナムを引き離すという目的を達したからか、もはや背は向けず。正面から彼女を待ち受けている。
「ふうっ!」
 シグナムもためらいはしない。
 風圧が、前につきだした肩を叩く。ポニーテールにまとめた頭髪は、まさしく駆ける悍馬のしっぽのように、まっすぐ真後ろへとたなびいている。
 レヴァンティンの刃を上にし、剣尖はまっすぐ標的に向ける。柄を右手のみで握りしめ、左の手は照準のごとく標的である剣士へと向けた刺突の構えで、シグナムは吸いこまれるように突撃した。
 追撃から突撃までの動作には、一瞬の遅滞もない。
「はあっ!」
 標的を射程内におさめたその瞬間、シグナムはため込んだ力の全てを瞬間的に解放した。カタパルトから打ち出されたかのように、レヴァンティンは猛然と加速する。
 剣士の正中線、首の付け根をまっすぐ貫くように伸びる刃は、必殺の一撃。
 だが、レヴァンティンの刃に穿たれたのは、何もない空間のみ。一瞬で全速に到達できる剣士を相手に、超長距離の刺突は意味を成さない。それは自明のことだった。
 自明であるが故に、シグナムは初撃の空振りを何ら悔やまない。
 刺突の動作は突撃の勢いを殺すためのフェイント。飛び出そうとするレヴァンティンの柄を左の手で捉え、そのまま振りかぶる。
 斬撃は、真後ろへ。
 正確な半円を描いた剣の軌跡は、交差された二つの刃に阻まれて止まる。
 瞬時に背後を取った剣士に向けて、瞬時の判断で斬り返したのだと、二人の機動を見ていた魔導師達にはわかっただろうか。
 レヴァンティンの白い刃と、交差した白銀の刃。そのはざまで干渉した魔力が火花を散らす。
 激しいつばぜり合いは、ほんの数秒ほどで終わった。
 微妙にシグナムの方が押していると見えた瞬間、わずかな、あるかどうかもわからないような隙をついて、剣士がほんのすこしだけ引く。むろん、ただ引いただけではない。それによってわずかに弱まった圧力を逆手に取り、剣士は片方の刃をつばぜり合いから引き戻し、ほとんどノーモーションの斬撃を放っていた。
 だが、シグナムも黙ってそれを受けはしない。
 振るわれた刃を飛び越え、身体ごと振り回すような蹴りを放つ。その一撃は肘で受けられていたが、シグナムはそのまま蹴り飛ばすようにして剣士との間合いを取り直す。
「やはり簡単に終わらせてはくれないか」
 初撃の刺突、そして返す斬撃。
 いずれも並の相手ではしのぎきることすら出来ないであろう、苛烈な連続攻撃だった。致命とまではいかなくとも、先制して優位は確保できたはずだ。
 けれど、シグナムの前にいるのは並の剣士ではない。そして、並の剣ではない。だからこそ、シグナムはやはりと口にした。
 互いにいくらかの距離を取って、構えを取り直す。
「来てくれると、思ってたよ。シグナムさん」
 眼鏡を掛けていないので、銀色の瞳がはっきりと確認できる。
 まとった服は、白と銀の礼装。おそらくは、それが彼女なりの騎士甲冑なのだろう。いつもより遙かに凛々しく見えるのは、その甲冑ゆえか、それともまとっている雰囲気によるものか。
 それでも、目の前の剣士を見まがうわけはなかった。
 高町美由希。
 微笑む御神流の若き剣士は、恭也同様に二振りの小太刀を握っていた。
 それは彼女が本来持っているべき小太刀ではない。柄から刃まで、白銀に包まれたアームドデバイスだ。その形状、刃渡りの長さ、色彩、そして峰のがわにある無骨なユニットまでが、たったひとりでヴォルケンリッターを一蹴した恭也のそれと全く一致している。
 白銀しろがね   ユーノの言葉によれば、かつては白銀の五鍵とも呼ばれていた、シグナムたちヴォルケンリッターと祖を同一にする、いにしえの遺産。闇の書と対立するという、敵。
 ふと、シグナムは違和感を覚えた。
 さきの戦いにおいて、白銀しろがねに取り込まれた恭也は、あからさまな殺意の感情をシグナム達に向けていた。憎悪とも思える、強い感情だった。だが、いま目の前にいる美由希にはそれがない。いつもの彼女とほとんど変わらないようにすら見えた。
「美由希……もしかして、自分の意志が?」
「あ、うん。一応今喋っているのは私   高町美由希だよ……たぶん」
 最後の一言は、微妙に自信なさげだった。
「でも、手加減は出来ないよ」
 ならば、なぜ   と言いかけたシグナムを制するように、美由希は言葉を続ける。
「私たちはシグナムさんを   ううん、ヴォルケンリッターのみんなと、それからはやてちゃんを、殺さなきゃいけない」
 その口調に、たわむれの気配はない。もとより冗談で口に出来るようなことでもない。
「変な感じなんだよね。この子と私が混ざり合ってるみたい。長持ちさせるために、私の人格を表に出す   ってこの子は言ってたけど」
 つまり、支配率が高いままの状態を維持した場合、加速度的に美由希が廃人化する危険性が高まるということなのだろう。さすがに、白銀しろがねも使用者が使い物にならなくなる事態は避けたいのだろうか。
 白銀の小太刀の片割れに視線をやる美由希の表情は、なぜか悲しげだ。
「私にはわかるんだ。流れ込んでくる。この子の意志が、気持ちが……それが、私を動かしてる。だから、たとえシグナムさんを殺すその瞬間が訪れたとしても、きっと刃は鈍らないよ」
「そうか……」
 おそらく、二人を完全に支配するのが難しいために、やり方を多少変えてきたのだろう。支配率を落として自我の存在を許すかわりに、目的を果たすための強制力を高めたという所だろうか。そうシグナムは判断した。
 よく観察してみれば、美由希の頭髪はきのうの恭也とちがい、色が抜けてはいない。向こうでヴィータと交戦している恭也の頭髪も、同様にもとの黒さを取り戻している。
「舐められたわけでは、ないようだな」
 レヴァンティンの刃を立て、美由希に対して半身の体勢を取る。八相の構えを取ったシグナムは、両手で握った柄をもう一度強く握り直した。
 刃は返さない。
 美由希の言葉を信じるならば、手加減はないだろう。ならばシグナム自身もいっさいの加減をする余裕はない。
 わずかに、スタンスを広く取る。
「そうだね……きっと、私に全力を出させる、そのためにこうしてるんだと思う」
 美由希は、シグナムの構えに対するようにして二刀を前後に配する。
 わずかに上半身をかがめたその姿勢は、圧縮されたバネのようだ。
 少しずつ、大きく回り込むように二人はその位置を変える。じりじりと、這うような動きで。
 互いに攻め込む隙がない。うかつに斬りかかれば、斬り返されるだけだ。
 仕切り直しの一撃は、ときに決定的な一撃となりうる。それをわかっているだけに、二人とも迂闊な動きができずにいた。
 だが、そんな膠着はほんの数秒で終わる。
 二人の身体が、同時に小さく沈んだ。それは、飛びかかるための予備動作。

「何してるんだ! どけーっ!」
 いつの間に回り込んできていたのか、恭也とヴィータがもつれ合いながら二人の間をかすめ飛んでいった。ヴィータが乱雑に振り回すグラーフアイゼンを、恭也は精密な剣捌きで全て凌いでいる。
 斬り結ぶ二人は、暴風のように通り過ぎていった。

「えっと……」
 二人が通り過ぎたそのあとには、苦笑を浮かべた美由希が残されていた。
 一瞬前の緊張感が失せてしまっている。絶妙なタイミングで邪魔が入ってしまったために、気が抜けてしまったのだろう。
「ひとつ、聞いて良いか?」
 シグナムも攻め込むタイミングを失ってしまい、苦笑いしながら浮かんだ疑問を目の前の美由希に投げかける。
「どちらが本物か、という質問は、愚問かな?」
 それはたった今抱いた疑問だった。
 一瞬きょとんとした美由希は、ああ、と頷いてその手の剣を差し出してみせる。
 恭也が手にしていた白銀の小太刀と、美由希が手にしているそれは明らかに同一のものだ。感じる威圧感もまったく同様。そもそも、本来は一本であった筈のデバイスが二刀の形態を取っていることも、考えればかなり特殊だといえる。
「うん。どっちも分身で、どっちも本物。白銀しろがねは一つにして多数のデバイスなんだ。あまり増やしすぎると劣化するけど、四つ五つくらいなら大丈夫みたい」
「とてつもない能力だな。マリーあたりが聞けば、古代魔法とはいえやりすぎだと憤慨するだろう」
 そう言うシグナムの声も、微妙に呆れていた。
 もっともヴォルケンリッター自身、今の魔法技術からすればとてつもなく非常識な存在ではあるのだが。
「まあ、何でもあ   
 言葉が、突然とぎれた。美由希はぱくぱくと口を動かしているが、音が出ない。
 異常に気付いた美由希はしまったという表情をした。
「ちょっと喋りすぎたみたいだね」
「……そのようだ」
 妖気とでもいうべきものが、白銀しろがねから立ちのぼりはじめていた。
 シグナムに直接叩きつけられるそれは、いらついているように感じられる。
「……じゃあ、いくよ、シグナムさん」
 美由希が、軽く宙を蹴った。
 同時に、そのかいなが大きく振られる。いまだ刃の届く間合いではないにもかかわらず。
 本来ならば防ぐ必要のある攻撃ではない。
 にもかかわらず、シグナムは迷わず刃を一閃させていた。
 軽い衝撃が二つ、その腕に響く。甲高い音を立ててはじかれた棒状の物体は、力を失ってそのまま地上へと舞い落ちてゆく。
投針とばり、だったか」
 それは今シグナムがはじき飛ばした暗器   隠し武器の名だ。
 御神流の剣士が使う、手裏剣の一種。中距離戦闘での牽制がおもな用途ではあるが、鋭い刃先を持つだけに、うかつに食らえば致命傷にもなりかねない。しかし。
「暗器は、何度も通用しない。相手が存在を知っていればなおさらだ。わかっているのだろう?」
 実際にはそれほどの射程もなく、一度に放てる数も多くはない。
 隠匿性、携帯性と引き替えの制限だ。暗器であるがゆえの宿命とも言えるだろう。存在が知られてしまえばその効力は限定されたものになる。
 アームドデバイスの支援を受け、その威力は大幅に増大しているようではあったが、武器そのものの特性はそれほど大きく変化しないだろう。
「そうか、知ってるんだ……」
「ああ   
 振りきったレヴァンティンを構え直しながら、シグナムは頷く。
   美沙斗と手合わせしたのでな」
 押しかけたシグナムに対して、美沙斗は手合わせを承諾してくれた。   承諾はしてくれたのだが、実のところ、それはほとんど実戦と言ってもいいほどに苛烈な手合わせだった。
『私は、もともと人に何かを教えるというのが得意ではない』
 木刀とはいえ、ほとんど殺す気だとしか思えない斬撃を放ちながら、美沙斗はなんでもないことのように言ったものだ。
 数時間ほどの手合わせで、美沙斗は容赦なく御神流の暗器を使ってきた。御神流は小太刀二刀のわざをその柱とするが、暗器の存在無くして御神流はやはり語れない。
 その全てがあって、初めて御神流は御神流たり得るのだから。
 多彩で、奥の深い戦闘術だ。たかが二時間や三時間の手合わせでその全てを引き出すことなど出来はしない。それでも、それは充分な経験となっていた。
「参ったな……手の内、けっこうばれてる?」
「だとしたら、どうする?」
「まあ、正面からやるしかないよね」
 気軽にはかれたその言葉と同時に、ぐん、と美由希の身体が大きくたわみ、そして跳ねる。それは閃光のごとき、突撃。
 同時に、シグナムも勢いよく飛び出していた。




 

(続く)


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一部修正 2006/8/8
公開開始 2006/8/7