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銀光に舞えよ不死鳥

    第五章 / 銀光に舞えよ不死鳥  

       
 

  1/

 白銀の光が二つ、それを追うように七色の光が海鳴市の夜空をける。
「もうすぐ、結界の端に届くよ?」
「わかってる。大丈夫だ」
 不安げななのはの警告に、クロノは安心させるよう頷いた。
 根拠のない発言では、もちろんない。
 あらかじめ立てておいた作戦は、それなりに柔軟性を持たせて組み立てたものだ。現状で予定通り、というには多少の語弊もあったが、おおむね想定の範囲内で事態は進行している。
「破錠!」
「砕け!」
 美由希と恭也の声は、追う魔導師たちの耳にも届いていた。
Zerツェア.”
 追うように、デバイスの冷徹な声が響く。
 それは、恭也がザフィーラが放った拘束魔法、鋼の軛を無いもののようにしてすり抜けたときに使った、あの魔法だった。
 そのまま、二人の剣士はひときわ強い光を放ちつつ、いっさいの減速無しに結界の外壁へと突入し、    
      派手な音が、響き渡った。
「……うえ……痛そう」
 そう漏らしたアルフの声には、さすがに同情の色が濃い。
 つぶされた蛙のような格好で、美由希の身体が結界の壁に張り付いていた。
 真正面から無防備に突っ込んでしまったのだろう。その手足はぴくぴくとけいれんを繰り返しているだけだ。
 恭也もはっきりと苦痛を浮かべた表情で、結界のそばをふらふらと漂っていた。
「そこまでだ!」
 デュランダルを二人に向けたクロノが、大きな声で宣言した。
 二人を包囲するように、七人の魔導師が位置取って滞空している。容易に逃がしはしない、包囲網だ。
「その結界はありったけの魔導師を動員して作った多層結界だ。君たちの魔法では抜けられない」
 それは、ユーノの報告を元に作り上げられた、“白銀しろがね”専用の捕縛結界だった。
 それぞれの層を異なる魔導師が主導して作り上げた、多層式の結界。それも単なる多層式ではなく、最内層が破られても短時間で修復し、最外層として再構築する構造になっている。フェイトたちの参戦が遅れたのは、この結界構築に協力していたからだった。
 白銀の五鍵と呼ばれるデバイスの報告の中でも、結界や拘束魔法、防御障壁を無いもののように抜ける、という能力が確かに確認されていた。だが、多数のそれを同時に抜けたという記録がない。これはそのことに気付いたクロノが発案した結界だ。

 通常、このようなやり方をしても結界そのものの強度はそれほど向上しない。いずれの結界もかえって強度が落ちてしまうために、力押しで破りにかかられれば却ってもろくなるはずだ。だが、ドアをの鍵を開けるようにしてそれらの結界を破る相手への対策として、これは間違いなく有効な結界だろう。
 しかし、とシグナムは少し考えにふける。
 第一層は武装局員たちによる強装結界。その次の層はたしか提督であるリンディ自らが構築した結界だ。それらの結界としての形態は術者の意志に任されることになるが、物理的な『壁』としてそれを構築するのはあまり一般的なやり方ではない。
 確たる物理的な壁は、直接的な打撃に弱くなる。
 そんな結界をわざわざ構築したのは、こうやって正面から激突することを期待していたからなのではないだろうか。そんな感想をシグナムは抱いていた。
    ちょっと、やりすぎではないだろうか」
 美由希は、まだぴくぴくしている。
「あれはたぶんいたずらのつもりなんだろうが……我が母ながら、ときどき恥ずかしくなる」
 シグナムのつぶやきが聞こえてしまったのだろう。クロノが小さく頭を振っていた。

   ×  ×  ×


    なんて、言ってますけど?」
 エイミィは恐る恐る、頭上の艦長席を見上げた。
 そこに座るリンディは満面の笑顔だったが、よく見るとこめかみがぴくぴくと動いていたりする。
「……ちょっと、しつけが足りなかったかしら?」
 ぼきぼきと指の鳴る音が、別の意味で静まりかえった艦橋に響く。
 母は、強し。
 執務官クロノ、大ピンチなのであった。


   ×  ×  ×


    デバイス、白銀しろがねに警告する。今すぐ高町兄妹を解放して、投降しろ。抵抗しなければ、破壊はしない」
 クロノは御神流の剣士にではなく、その手に握られたデバイスに対して降伏勧告を行っていた。
 デバイスの人格がどれだけ確固としたものであるか、また交渉が通じるかどうかさえ不明だが、支配されたがわである高町兄妹に対して行うよりはまだ意味のある交渉だろう。
 だが、恭也の顔に浮かんだのは明確な怒りのそれだった。
「断るっ!      だ、そうだ」
 不機嫌に荒々しく答えた恭也の口調が、途中でため息混じりのそれへと変わる。
 後半の口調は、明らかに恭也本人のそれだ。
「どうやら、人格が奇妙に混じり合ってるみたいだな……。交渉しにくいこと、この上ない」
 クロノは諦めたようにため息を突いた。
「……支配と言うより、同化だね。なんか、闇の書     じゃなかった、リィンフォースさんみたい」
「ユニゾンデバイスか……我らと制作者が同じというのであれば、そのようなことはあるかもしれないな」
 ふっと、シグナムは笑う。
 それは自嘲。
「我らの創造者は、それほどのものを作ってでも我らを破壊したかったらしい」
 だが、とシグナムはレヴァンティンの刃先を巡らす。
「今は、嘆いても意味のないことだな」
「シグナム……」
 そんなシグナムに、フェイトは揺れる瞳を向ける。
「交渉は無駄だろう。このまま押しつぶすしかない。恭也と美由希には多少痛い思いをしてもらうことになるが」
 クロノに視線を向けたシグナムには、もう迷いがないように見えた。
    仕方が、ないか」
 デュランダルを構え直し、クロノは決断する。
 一気に決着をつけてしまおう、と。
 だが、その決断に至るわずかな時間を、御神の剣士達は見逃さない。
 いつの間にか回復していた美由希が、両手にした小太刀を左右に大きく広げ、叫んでいた。
「砲撃!」
 呼応するように、恭也も叫ぶ。
「爆砕!」
Kanoneformカノーネフォルム.”
 二人の声に応え、白銀しろがねがカートリッジシステムを駆動させた。
 合計四つの空カートリッジが、空中に排出される。
 恭也と美由希、それぞれの小太刀がツヴァイハンダーフォルムの時と同じように連結していた。だが、いちど巨大な剣に変形したそれは更なる変形を遂げる。
 刀身が二つに割れ、その合間へ柄からせり出した軸が伸びる。鍔に相当する部分が前後にスライドし、それぞれがグリップの形状を取り直した。
 長大な砲撃形態は、大砲カノーネという名にふさわしいだろう。
「しまっ     !」
 慌てて、包囲したミッドチルダの魔導師達もデバイスを構え直す。
 だが、間に合わない。
 二つの砲口からあふれ出す光は、物理的な圧力を持って結界の中を荒れ狂っていた。


   ×  ×  ×



「エイミィ、状況を!」
 自分の席から立ち上がったリンディは、険しい顔で指示を飛ばす。
「結界     破損状況35%、修復、開始しています。まだ問題ありません!」
 予想外の事態だった。
 ユーノの報告には、砲火形態など一度も出てこなかった。
 まして、これほどの火力があるなどとは、予想すらしていなかったといっていい。
 油断と言えば油断だが、強力きわまりない砲撃魔法をもつなのはのそれすら上回るような砲撃など、ベルカの騎士が持つアームドデバイスは滅多に使うことが出来ない。まして火砲そのものに変形するなど、常識はずれもいい所だ。
「あれ……? ダメです、結界第一層、修復できません!」
 分析データを読み上げていたエイミィが、驚きの声を上げる。
    これ、ひょっとして書き換えられたの? うそっ!?」
 それでも、エイミィの指は止まることがない。
 今までに倍する速度でキーボードを叩き続ける指の動きに応じて、いくつものスクリーンが開き、すぐに閉じてゆく。その内容を読みとっていたリンディは、一つの結論に至っていた。
「砲撃は攻撃のためじゃなく、結界を書き換えるためのもの……? 結界を二つに分割して、戦力の分断を図ったのかしら」
「映像、戻ります!」
 再び、スクリーンに結界内部の映像が映し出される。ひどいノイズで状況がはっきりとはわからなかったが、内部の人員が二手に引き裂かれたのは間違いなかった。


   2/


「無事か、テスタロッサ」
「はい、なんとか。アルフ、いける?」
 うなずいて、フェイトは自分のそばへと寄ってきた使い魔の様子をうかがう。
「あたしも大丈夫だ。けが一つ無いよ」
 ガッツポーズを取ってみせるアルフには、確かに傷一つ無かった。バリアジャケットの端が多少焼けこげてはいるが、問題はない。
 恭也と美由希が放ったのは、無差別な砲撃だった。恐るべき弾幕ではあったが、かわせないほどのものではない。それがもし収束されたものであったのならば話は別だったかもしれないけれど、無差別に拡散されたそれでは誰の障壁も抜けはしない。
 だが、事態は深刻だった。
 美由希と恭也の姿を見失った。
 しかも、この場にいる三人以外の気配もない。
 ひとしきり周囲を見回したアルフが忌々しそうに頭を振った。
「だめだ。結界が、おかしくなってるよ」
「なのは達     いないね」
「分断されたか。最内層の結界を強制書き換えされたな。今の砲撃はそのためのものだろう」
 油断無く周囲を見回しながら、シグナムは状況を判断した。
 残る四人が一緒にいるのか、それとも更にバラバラになっているのか、それすらもわからない。試しに思念通話で連絡を取ってみようとしたが、返答はなかった。
「ダメだな。連絡も妨害されている」
「各個撃破ってやつか……はめられたね。結界、破ってみるかい?」
「無駄だろうな。結界そのものの特性は変わっていないはずだ。武装局員の強装結界、そうそう破れはしないだろう。それに、うかつに破れば全層が吹き飛ぶ。いま美由希達を逃すわけにはいかないだろう」
 シグナムの指摘に、アルフは小さく舌を打った。
「くっそー、面倒なことをしてくれたねえ……」
「とにかく、今はうかつに動かない方がいいね」
「そうだな……」
 シグナムはレヴァンティンを鞘に収める。
 戦闘態勢を解除したわけではない。逆にいつでも抜刀できるよう、備えるための用意だ。
 感覚を研ぎ澄ます。
 美由希か、恭也。こちらの結界内部にそのどちらか     もしくは両方が潜んでいる可能性は極めて高い。


 小さな物音が、シグナムの耳に届いた。
 がれきの破片が転がったのか。
 更に、もう一度。


 下の路地から、その音は響いていた。
    いる」
 間違いなく、たんなる偶然の物音ではない。
 何らかの意志を感じさせる、音だ。
 それでもシグナムは動かない。物音はあまりにあからさまに過ぎる。これは罠だ。シグナムの経験は、そう訴えている。
 しかし、シグナム以上に感覚の鋭いアルフが、飛び出してしまっていた。
「うおおおおおっ!」
 絶叫しながら、拳を構える。音のした方向へと、一直線に。
「いかん、やめろアルフ!」
「アルフっ!」
 慌てて、フェイトがそのあとを追ってしまう。
 シグナムも仕方なく、二人の後を追って降下に入った。
 そんな二人の目前で、アルフが通過しかけたビルの窓が、吹き飛んだ。飛び出した銀の影は、三つ編みをなびかせながらアルフの背後へと刃を突き立てる。
「アルフ     !」
 フェイトの声は、ほとんど悲鳴のようだった。
 だが。
「あたしを    
 アルフは、背中ではなく正面でその刃を受け止めていた。真剣白羽取りそのものの受けかたは、この世界のテレビにでも影響されたものだろうか。
 美由希が隠れていた場所を通り過ぎたその瞬間に、反転を果たしていたのだろう。
 アルフはその襲撃を予想していたとしか思えなかった。
    バカにすんなって!」
 剣を白羽取りにしたまま、アルフは鋭い蹴りを放った。
「においでバレバレだっての!」
 自慢げな声を上げるアルフは、鼻をひくひくと動かした。狼を素体とした使い魔のアルフなればこその、感覚だったのだろう。
「びっくり、した……」
 減速したフェイトが、一瞬ほっとした表情を見せる。
 その瞬間だった。
 吹き飛んだはずの美由希が、唐突に軌道を変えたのは。
「テスタロッサ!」
「フェイトっ!?」
 瞬速の長距離刺突。
 フェイトの胸元に襲いかかったその刃は、かろうじてバルディッシュが防ぎきっていた。
 だが。
「ごめんね、フェイトちゃん……」
 美由希が、呟く。
 フェイトの真っ白な脚が、朱に染まっている。
 細いふとももの裏側から突きだしているのは、肉を切り裂いた白銀の刃。
 美由希の左手に握られた白銀しろがねが、フェイトの脚を貫いていた。



「うあっ!」
 ずるりと刃が引き抜かれた瞬間、フェイトは苦悶の声を上げた。
 大量の鮮血がしぶく。浅い傷ではない。出血の量からすると、動脈が傷つけられた可能性すらある。
「フェイトぉっ!」
 そのまま力無く落下していくフェイトを、慌ててアルフが追いかけてゆく。
 美由希は、そんな二人には目もくれず、シグナムを見つめていた。
「これで、もういちど一対一だね     シグナムさん、ごめん」
 なぜか、美由希は謝罪の言葉を口にする。
 ぎり、という音が響いた。
 シグナムが奥歯を噛んだ音だ。
 やり直しどころの話ではなかった。全てが台無しになったと言ってもいい。
 一対一では不利だと、そう納得したからこそクロノの作戦にも従った。騎士としての誇りよりも、高町兄妹の救済を優先したのだ。
 にもかかわらず、気付けばこのざまだ。
 高速刺突を囮にして放たれた一撃で、フェイトはその戦闘力を奪われた。高速機動どころか、この戦闘ではもう刃を振るうことすらできまい。アルフも、今の状態では戦力として期待できない。
 どこで、誤った。なにを見落としたのか。自問するが、答えはない。
「終わりだ、シグナム」
 美由希の口調が、変わっていた。
「何度も終わらせてきた。ここでもまた終わる。いずれ、また終わらせねばならぬ時が来るだろうが    
「何を言っている    
 そう言いかけて、シグナムは背筋に走る悪寒に気付く。
 目の前の剣士は、もう美由希ではない。美由希の姿をし、美由希の技を振るおうとも、そこにはもう美由希の意志がない。
 銀の髪を揺らしながら、美由希の姿をしたそれは冷たい瞳でシグナムを見下ろす。
「白銀の五鍵     ズィルバー!?」
「その名で私を呼ぶな、シグナム。今の私には、白銀しろがねという名がある。紫の髪の少女に戴いた、我が名だ。覚えておけ     と言っても、記憶ごと破壊するゆえ、覚えることは出来ないか」


   ×  ×  ×


「フェイトちゃん、バイタル低下     まだ危険領域ではないですが、出血、止まってません!」
 エイミィの声は、悲痛なものとなっていた。
「フェイトさん……」
 画面を見つめるリンディの眉間には、しわが刻まれている。
 操作卓に置いたその手は強く握られ、震えていた。
「シグナムと高町美由希、交戦開始しました!」
 画面の中では、シグナムがちょうど紫電一閃を放った所だった。だが、美由希の姿はスクリーンの中から瞬時にかき消え、シグナムの剣は獲物を失って空振りに終わる。美由希の姿は、その後もスクリーンから頻繁に消える。あまりに高い機動速度のために、カメラが追いついていないのだ。
「まずいわね。シグナムは、何をためらっているのかしら……」
 ノイズだらけでも、戦況は充分にわかる。
 戦っているシグナムは、明らかに押されている。防戦一方といっていい。
白銀しろがねが決着をつける気になったんでしょうか……高町恭也、美由希両名の人格パーソナル、確認できません」
「長引けば、あの二人も危険ってことね……大丈夫かしら」
 内部の会話はほとんど拾えている。
 だが、連絡をしようにも先ほどの砲撃以降、ほとんど内部への通信が切り離されてしまっている現状では難しいものがあった。現時点において、内部の定点カメラから一方通行的にデータが送られていることさえ、奇跡的といっていい状態だ。
「……えっ!?」
 突然、エイミィが頓狂な声を上げた。
「えっと、どういうこと? ちょっと待って、そんなこと、私一人じゃ決められないよっ」
 ヘッドセットに耳を押しつけて、大きな声で彼女は叫んでいる。
「どうしたの、エイミィ」
 リンディの声に、エイミィは振り返った。
 ひどく困ったような表情が、そこには浮かんでいる。
「か、艦長、それが、シャマルさんが    
「シャマルさんが……どうしたの!?」
 詳細を聞こうと、リンディは艦長席から身を乗り出す。
 その瞬間だった。
 ひときわ大きな音が、艦橋に響いたのは。
 皆の視線が、ホワイトアウトしてしまったスクリーンへと引きつけられる。
 ゆっくりと回復してゆくカメラが映しだしたのは、強大な魔力に灼かれ、絶大な破壊力で縦に大きくえぐられた、高層ビルの姿だった。



 

(続く)


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あ と が き

ついにクライマックスへと突入しました。
ここまで長かったなあ、というのが感想です。
フェイトちゃんにはちょっと痛い思いをさせてしまいました……誰かに後ろから撃たれそうな気がして仕方がないのですが、もちろん致命傷などではありませんよ?
いや、ほら、美由希もきっと傷跡が残らないよう加減くらいはしてくれてるはずです。きっと。だからほら、そこのレイジングハートをですね、あの、聞いてますかなのはさ

ギャワー

 

 

さて。

最後にいきなりシグナムが吹き飛ばされていますが、これは序章の戦闘につながっています。どんなプロセスでシグナムがビルに叩きつけられたかは、そちらの方をご確認ください。
いやー、ぶっ壊しまくりですね。


あともうちょっとですが、おつきあいください。

 

   
       
       

公開開始 2006/9/16