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かつてビルだったもの。その残骸の、奥底。
シグナムは小さなうめきをあげながら、瓦礫の合間より身を起こす。
まだ、彼女の手はレヴァンティンを握っていた。
戦う力は、残されている。
全身の痛みは耐え難いほどのものだが、小さなうめき一つ漏らしただけでシグナムはそれを黙殺した。
見下ろす美由希に、動きはない。シグナムが立ち上がるのを待っているのだろうか。
「余裕か……舐められたものだ」
口にしたその言葉は、空しく響く。
シグナムの敗北はいまや決定的といっていい。舞い上がれば、そこでとどめを刺されてしまうだろう。美由希 いや、白銀としては、わざわざ、とどめをさしに来る必要がないだけのことだ。
( 逃げるか?)
一瞬、シグナムの脳裡をそんな思考が走った。
あり得ない選択肢だ。
捕縛結界内部では、どこにも逃げようがない。天に逃げようが、地を走ろうが、逃げ切ることなどできはしない。
何よりも、騎士としての誇りがそれを許さない。ここで逃げたならば、シグナムは二度と騎士の名を語れぬだろう。
なればこそ、シグナムはもう一度立ち上がった。倒れるならば、騎士として倒れよう。その思いだけで、再び飛翔する。
その姿を、美由希の姿をした白銀《》はじっと見つめていた。
「覚悟は、決まったか」
夜風が心地よいと、シグナムは思った。
「ああ、そのようだ」
嘘だ。
心は、揺れている。
諦めることなど、出来るわけはない。
主はやてと過ごす時間は、これからまだ長く続くはずだった。
闇の書の守護騎士として存在してきた長いときよりも、遙かに楽しく、充実していた日々。好敵手を得、友人と呼べそうな剣士とも知り合えた。
まだ、失いたくはない。
そんな思いを押し殺すために、シグナムはレヴァンティンの柄をひときわ強く握る。
「では 」
ゆくぞ、というセリフは続かなかった。
「プラズマスマッシャー、シュート!」
遮ったのは、対峙していた二人のどちらでもない。
雷光が、走った。
「ちいっ!」
美由希 白銀《》は小太刀をふるって、その雷光を斬り払う。
だが、その一撃は牽制でしかなかった。
雷光が残したオゾンの跡をたどるように、小さな影が翔ける。
「テスタロッサ !?」
特徴的なマントはなく、その代わりのように、四肢には光の翅《》が生えている。
あり得なかった。
脚部に受けた傷は完全に貫通していた。
止血のためなのだろう、その左腿に括り付けられた布は赤黒く染まり、滴を宙に散らしている。
致命傷ではなかったにしても、それは安静にしていればの話だ。無理に動けば、相応の代償を支払わなければならなくなる可能性があった。
だというのに。
ハーケンフォームに変形したバルディッシュ・アサルトを構えたフェイトは、かけらほどのためらいも見せず、美由希へと突撃する。その速度は、無傷であったときのそれとほとんど変わらない。
だが、優れた機動力を持つフェイトと言えども、長距離からの突撃ではそれを生かし切ることなど難しい。まして、美由希はフェイトを凌ぐ速度を見せる剣士だ。
当然のように、白銀《》の刃先はまっすぐフェイトの方へと突き出される。
火花が、散る。
バルディッシュの魔力刃は、美由希の握る白銀の刃にしっかりと受け止められていた。
いかに鋭く疾い攻撃といえども、届かねば意味はない。
「この 」
美由希の手に握られた、もう一つの白刃が唸る。
けれど、それはフェイトに向かって振るわれはしなかった。
「させるかああああっ!」
朱色の魔力光をまとったアルフが、ほとんど特攻といっていい体当たりを敢行していた。
美由希が振るおうとした刃からは完全に死角となる背後からの、不意打ち。
「ちっ!」
白銀色の魔法陣が展開され、アルフの突撃はそこで止まった。
小太刀を翳した美由希の腕が、突撃の圧力を受け止めきれずにたわんでいる。
「バリアー、ブレイクッ!」
止められることは充分に計算のうちだったのだろう。アルフの拳がベルカ式の魔法陣へとたたき込まれる。
強固なはずの魔力盾が、はっきりと目で見てわかるほどにたわんだ。
中央部から末端部に向けて、魔法陣を構築する紋章が見る間に書き換えられていく。それはまるでひびのようなパターンを描きながら、銀の魔法陣を一瞬で染め上げた。
障壁破壊魔法。アルフが得意とする支援魔法の一つだ。物理的な破壊能力はなく、ただ魔法で構築された障壁を撃破するためだけの魔法。
盾が耐えたのは本当に一瞬のことでしかなかった。
脆いガラスのように、障壁は細かく砕け散り、消滅する。
「 っ、やばっ!」
慌てたように、今度はアルフがシールドを展開した。
そのシールドに、鋭い切っ先が突き立つ。
「はあっ!」
気合と共に、アルフのシールドはあっけなく砕け散った。
反動で、アルフが激しく吹き飛ばされる いや、それはアルフが自らあえて反動を受けただけに過ぎなかった。
「今だよっ、フェイトっ!」
「なに ?」
美由希の表情が、驚愕に歪んだ。
その周辺を、いくつもの金色の魔法陣が囲んでいる。
「くっ……!?」
無造作に魔法陣の一つを切り裂こうとした美由希の動作が、そこで止まる。
はじけるようにして生まれた雷光が、その手首を縛り付けていた。その雷光は瞬く間に数を増やし、美由希の四肢から自由を奪う。
ライトニングバインド。フェイトの拘束魔法がそこには仕掛けられていたのか。だが、バインドのたぐいがほとんど美由希 いや、白銀《》に通用しないのは既に証明されている。数秒も拘束は続かないだろう。
「こんなもの 砕け 」
美由希の言葉が、止まる。
通常のものではあり得ない、巨大な魔法陣が空中に展開されていた。
アルフの攻撃に紛れて距離を取り直していたのだろう。フェイトがその中央に浮かんでいる。
周辺には、無数の魔力球《》が浮かんでいた。
魔法陣の規模から考えれば、いくらフェイトと言えどもほんのわずかな時間で用意出来る物ではない。おそらく、美由希に足を貫かれ、地上に墜落した直後から準備していたものに違いない。
「プラズマランサー、ファランクスシフト!」
かつて、フェイトがなのはとの決戦において切り札として用いた魔法。これはその改良版。バルディッシュの進化にあわせて強化された直射魔法を用いた、フェイトの新しい切り札だった。
バルディッシュがカートリッジシステムを連続で駆動する。その数、四発。
巨大な魔法陣がひときわ強く輝き、展開されたスフィアを囲むように帯状魔法陣が展開される。
「 打ち砕けっ!」
“Yes sir.”
バルディッシュの返答と共に、光の槍が射出された。
千を越える、魔力弾の嵐。
美由希のいた空間そのものが、光の球に包まれる。
× × ×
光弾の猛威は、正確に四秒で終了した。
「 あ」
全ての力を使い尽くしたのか、フェイトの身体がぐらりと傾く。
「フェイトっ!?」
アルフの悲鳴が響いた。
「テスタロッサ!」
シグナムは全速で降下し、その細い身体が地面へと突撃する寸前で、フェイトをようやくその腕に捉え、そのままビルの陰へと隠れる。
軽い体だった。
シグナムですら戦慄するほどの攻撃魔法を放つ魔導師だとは、信じられないほどに。
確かプラズマランサーのファランクスシフトは、初めての実戦使用だったはずだ。それを負傷した今の状態で完全に操ってみせた。年齢からは想像も付かない精神力だった。
その威力は、もちろん折り紙付きだ。まともに喰らってしまえば、耐えられるものはいるまい。
だが、それでも。
「やはり、無駄か……」
そっと空の様子をうかがったシグナムは、煙の向こうから現れたシルエットに、臍を咬んだ。
二刀の剣士は、肩で息をしている。疲労がひどいのか、それともシグナムたちを見失ったのか、動く様子はない。だが、それだけだ。白銀に染まった衣服には何の損傷も見受けられない。
「このまま、負けるしかないのか……」
シグナムの口から、思わず弱音が漏れていた。
「しん……じて」
それは、かすかな声だった。
「しん……じて……しぐなむ……」
腕の中のフェイトが、目を開けていた。
焦点を失った瞳で天を見上げながら、うわごとのようにただ繰り返す。
信じて、と。
「信じて ?」
何を信じれば、いい。
フェイトの言葉の意味が、わからない。
反対側から移動してきたアルフにフェイトの身体を預けながら、シグナムは自分に問う。
わからない。
何を信じろと言うのか。
〈そう 信じて〉
シグナムの意識に響いたそれは、間違いなく思念通話だった。
だが、それは。
〈美由希 !?〉
〈信じて、シグナム〉
弱々しい思念。
だが、それは間違いなく美由希本人の意志によるものだ。
「何を信じろと言うのだ!」
シグナムは、思わず大きな声で叫んでいた。
「もう、私は自分自身すら信じられん! 自負していた技も、魔力も、美由希には届かなかった!」
魂を削り取るような、悲痛きわまりない絶叫だった。
「守護騎士として、私は欠陥品だ! 主すら守れなかった! 仲間すら救えなかった! 友を犠牲にすることしかできなかった! ただ消滅の恐怖に怯えていただけだ!」
「 シグ、ナム……」
突然の大声に驚いてしまったのだろう。アルフが少し怯えたような表情をしていた。
だが、吐き出すべきものを吐き出してしまったシグナムには、もうそれを気にとめる気力すら残っていない。地面に膝を突き、うなだれる。
ほどなく美由希は彼女の居場所を見つけ出し、とどめの剣を振り下ろすだろう。だが、折れてしまったシグナムはもう立ち上がる事さえ出来ない。
(せめて、もう一度だけ主はやての声を聞きたかった……)
「信じとるよ 」
はやての、声。
聞こえるはずのない声だった。
「わたしは信じとるよ、シグナム」
顔を上げたシグナムの目に、見慣れた車いすを押す、シャマルの姿が映る。
むろん、その車いすにはその持ち主が腰掛けていた。
「なぜ、この場所に……主はやて!」
あり得ない事態に、シグナムは思わず声を上げていた。
はやての負った傷は重い。
意識を取り戻していたとはいえ、管理局の医師からはいまだ安静を命じられていたはず。連れ出すことなど、論外といっていい。
しかも、この場には彼女の命を最優先で狙う、最悪の敵がいる。
ここは、はやてが今一番いてはならない場所の筈だ。
なのに、彼女はここにいる。
「なぜ、主はやてをこんな場所に連れてきた、シャマル!」
「はやてちゃんが、望んだの」
シグナムの叱責に、しかしシャマルはまったく怯んだ様子も見せず、きぜんと答える。
「そうや。シャマルを怒ったらあかんよ、シグナム」
「しかし……軽率すぎます! 今の主ではあれに対抗出来ません。私が負ければ、奴はまっすぐあなたを狙うのですよ!?」
「そうやろね」
それは、シグナムが指摘するまでもなく厳然たる事実だった。
あっけらかんと、はやてもそれを肯定する。
付き従っているシャマルは、今もはやての治癒に全力を注いでいる。はやても現在は無力。そして残るヴォルケンリッターのヴィータとザフィーラも切り離されて今はこの場にいない。連絡はいまだに取れないが、おそらく恭也とまだ激闘を繰り広げているに違いない。
いま、この場ではやてを守れるのは、シグナム一人だった。
「では、なぜ 」
「けど、わたしは信じとるから」
シグナムの抗議を遮るように、はやては力強く、はっきりとその意志をシグナムに伝えてきた。
「わたしは信じとる。わたしの守護騎士。ヴォルケンリッター烈火の将。炎を纏いし剣の騎士、シグナムのことを。絶対負けるわけがないって、信じとるよ」
はやてが口にしているそれは、ただの言葉だ。呪文でも、暗示でもない。
なのに、その一言一言は、まるで魔力が込められていたかのようにシグナムの中へと染みこんでゆく。
今まで眠っていた細胞の全てが賦活《》したかのような、感覚。
そして、もういちど、はやては力強くその言葉を口にする。
「わたしは、シグナムのこと、信じとる」
見上げているはやての顔と同じ、暖かい声。
ああ、そうだとシグナムは思い起こす。
私はこのとても優しい主だからこそ、そのすべてを信じ、最後の剣を託す気になったのだ。
「だから、シグナムも信じて。自分も、みんなも」
はやての手が伸びて、シグナムの頬にそっと触れる。
ただそれだけの行為で、嘘のように全ての痛みが消えた。
「はい、主」
迷いは、嘘のように消えていた。
恐怖など、もう感じなかった。
「よし、それでええ。そしたら 」
そして、はやてはヴォルケンリッターを統べる魔導騎士の顔で、シグナムに命を下す。
「ヴォルケンリッターの主として命じる。白銀《》を倒して、美由希さんを助けるんや」
「はい!」
シグナムは、力強く立ち上がった。
膝を地面についていた弱き騎士は、もう居ない。
(続く)
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あ と が き
えーと、いろいろ語りたい部分はあるのですが、今回は多くを語らないでおきます。
そのへんは次回以降の後書きで。
もうあとちょっと、おつきあいください。
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