|
すこしだけ、むかしばなしをしましょう。
それは 遠い遠い、誰もが忘れ去ってしまったくらいに遠い昔のお話です。
都から遠く遠く離れた森の中に、古びたお屋敷がありました。
近くの村に住む人は、そこに住んでいるのが気むずかしい魔法使いなのだと噂して、近づくようなこともありませんでした。
けれど、そのお屋敷には魔法使いのほかに、もうひとり、女の子がいたのです。
「ねえ、とおさま」
舌っ足らずな声で、女の子は喋ります。
まだ幼い、分別も付かないような、子供です。
銀色の髪に、銀色の瞳。すきとおるのではないかと思えるくらいに白い肌に、ととのった目鼻立ち。
きっと大きくなったら都に行ってもいちばんの美女になるでしょう。
「ん……なんだね?」
振り向いたおじいさんは、とても疲れたような顔をしていました。
むかしはとっても大きな計画に関わった大魔法使いなのですけれど、威厳はちっともありません。気むずかしい、なんて村の人はかってに想像していますけれど、本当はとっても寂しがり屋のおじいさんなのです。
「わたしは、いつになったら旅にでられるのかな」
「うむ……そうだな」
おじいさんはちょっと泣きそうな顔になりましたが、女の子はそれがわからなかったようでした。
しかたがありません。
女の子はいずれ旅にでなければいけないことになっていたからです。
ながいながい、きっと終わりのないような旅に。
「こうしてるうちにも、ねえさまたちはずっと先にいってしまうよ? わたしも、はやく旅にでないと」
「うむ……だがな、おまえは未完成だ。もうちょっと、最後の仕上げをおわらせるまでは、がまんしなさい」
おじいさんの言葉は半分ほんとうで、半分うそでした。
さいごの仕上げは、女の子が自分自身でも終わらせることが出来るものだったからです。
けれど、きっとそのことを告げたら女の子はおじいさんの元を去ってしまうでしょう。
それがいやで、おじいさんは本当のことを言えませんでした。
「でも、ねえさまたちはどんどん先に行っちゃうよ?」
「そうだな。でも、おまえはあの子にすぐ追いつけるだろう。そのように作ったからな」
女の子の頭を撫でながら、おじいさんはあやすように言います。
すこしのあいだだけ、女の子はふくれていましたが、すぐにきげんをよくして、また遊びだします。
おじいさんは、目を細めてそんな女の子を見つめていました。
けれど、そんな日々は長く続きません。
ある日、突然倒れてしまったおじいさんは、目を覚ましたあともベッドから起きあがることができなくなっていました。
何十年も重ねてきたむりな魔法実験にむしばまれていた身体は、もうとっくの昔につかれきっていたのです。
不安そうな目で見つめている女の子に向かって、おじいさんは小さな声で告げました。
「おまえは、もう完成している。もう、夜天の魔導書を追う旅に出るときだ」
「でも、とおさまの“故障”をなおさないと」
女の子の言葉に、おじいさんは小さなため息をつきました。
「すまんな、ズィルバー……お前には、もっと教えなければ……ならんことが 」
けれど、おじいさんに残された時間は、もうありませんでした。意識を取り戻せただけでも、奇跡みたいなものだったのですから。
最後の力を振り絞って、おじいさんは言葉を続けようとします。
「夜天の……魔導書を……」
けれど、そこでおじいさんの時間は終りを告げてしまいまったのです。
女の子は、一生懸命おじいさんを修理しようとしました。
けれど、それは何の意味もない行為でした。
女の子とちがって、おじいさんはただの人間でしかありません。
どんなに偉大な魔法使いでも、寿命にはさからえないのです。
そして女の子に与えられた修理機能でも、やっぱり寿命で死んだ人間を治すことなんてできませんでした。
夜天の魔導書をつくったとても偉大な魔法使いは、こうして、亡くなったのです。
「とおさま……それでは、行ってきます」
おじいさんが亡くなってから、もう何年たったでしょうか。
女の子は、少しだけ大人になっていました。
それでもまだ女の子は子供のままです。
大人になるには、もっともっと長い時間がかかるでしょう。
村の人が作ってくれたお墓の前で、女の子は旅立ちのあいさつを告げました。
その姿は、瞬く間に銀色のおおきな鍵へと変わっていきます。剣十字の刻印を持つ、とても大きな鍵。
ユニゾンデバイス・白銀の五鍵。
女の子は、偉大なる魔導師たちによって作成された究極の記録媒体 夜天の魔導書のために作られた、バックアップシステムだったのです。
計画の一部として作られた彼女は、夜天の魔導書の完成に間に合いませんでした。
予算も無くなり、本当はいちど凍結された彼女でしたが、夜天の魔導書建造に関わった一番えらい魔法使いが おじいさんが、残った命を注ぎ込んでなんとか稼働状態にさせたのです。
その機能は、夜天の魔導書が壊れたときの修復、そして、悪い人が夜天の魔導書を書き換えたりしたとき、それを元に書き戻す。その二つでした。
ただ、彼女はまだ未完成でした。
おじいさんは、そのためにいくつかの機能を彼女に追加したのです。必要なときに、必要な機能を得られるようにと。
長い旅の間に彼女はそれらの機能を完成させながら、夜天の魔導書を追いかけました。
まだ見たことのない、愛しい家族に出会うため。
それから、ながいながい時間が過ぎました。
「なぜですか、ねえさま……」
彼女が見上げるその先には、赤い目の女性が浮かんでいました。
その姿は彼女によく似ていましたが、見下ろすその目には親しみなんて少しもありません。
そして、その周囲を囲むように四人の騎士。
武装した騎士達は、必死に訴える彼女に敵意の目を向けています。
優しいはずの夜天の魔導書は、もうかつての姿を残していませんでした。悪い魔法使いに捕まって、中身をいじられてしまったからです。
“闇の書”
そう呼ばれるようになってしまった彼女の姉は、かつてのそれとはまるで違うものになっていました。
それでも、彼女は諦めませんでした。
魔法使いに与えられた自己改変機能で、彼女はみずからを闇の書すら打ち倒せる強力なデバイスになるようにと、何度も改造を加えました。
闇の書を打ち倒し、加えられた改変を修理しようと。
それがもう叶わない願いだなんてことは、知らなかったのです。
泣きながら、彼女はヴォルケンリッターを打ち倒しました。
倒れても倒れても這い上がってくる愛しい騎士達を、泣きじゃくりながらめった切りです。
こころが壊れてしまいそうな思いをしながら、騎士達が動かなくなるまで彼女はがんばりました。闇の書を修復する作業はとても困難で、騎士達に少しでも邪魔をされたら失敗するのは間違いなかったからです。
けれど。
全ての抵抗を封じ込め、闇の書を開き、中の情報にアクセスしようとしたその瞬間、闇の書は光と共に消えました。
ヴォルケンリッターの残骸も、一緒に。
改変されようとすると発動する防衛機能が、闇の書には追加されていたのです。
それでも、あきらめずに彼女は闇の書を追いかけました。
それが、彼女の存在意義だったし、彼女にはそのための機能がいっぱい付いていたのです。
けれど、肝心の作業は一度も成功しませんでした。
管理者権限がないと、闇の書は書きかえられません。
けれど、彼女に与えられたはずの権限は、無効にされていたのです。
「なぜですか……なぜですか、ねえさまっ!」
遙か昔に口にした言葉を、彼女は何度も口にしました。
愛しい家族であるはずのヴォルケンリッターを何度も血の海に沈め、あこがれたはずの姉を何度もその手にしながら。
けれど、何をどうやっても、彼女の目的を果たすことはできませんでした。
それでも。
血を吐くような思いで。
彼女は何度も戦い続けました。
けれど、その戦いは、彼女から一番大切なものを少しずつ削り取っていたのです。
そして、いつからか。
「あはははははははははははは」
気が付くと、彼女は笑いながら闇の書を焼き捨てていました。
なんど焼いても、なんど粉々にしても、なんど書き換えようとしても。
どうやっても直らないものは、壊すしかありません。
そして、闇の書が完全に灰となったそのとき、彼女はやっと気付きました。
「とおさま
わたし、壊れてしまいました」
彼女が一生懸命壊してきたものは、闇の書ではなく、彼女自身の心。
直したくても、もう直せない。それを知った時、彼女の頬を小さな涙のしずくが伝いました。
それは、彼女が最後に流した涙だったのかもしれません。
そして、白銀の五鍵
父である魔法使いからはズィルバーという名前で呼ばれていたデバイスは、ついに自分の名前さえ忘れ去ってしまったのです。
× × ×
降り注ぐ光の破片が見せた、一瞬の白昼夢。
それは、白銀と呼ばれたデバイス自身すらも忘れかけていた、遙か昔の記憶だったのだろう。
はやてが差し出したてのひらに、銀のかけらが一つ、舞い降りる。
「ごめんな……長い間、ひとりで辛かったやろな……」
かけらが、小さく輝いた。
そして、その小さなかけらは空気に溶け、消えてゆく。
「主はやて……大丈夫ですか?」
シグナムがゆっくりと舞い降りてきた。
その腕には意識を失った美由希の身体が抱きかかえられている。
風にあおられて揺れるその三つ編みは、もとの黒さを取り戻していた。意識を取り戻せば瞳も元に戻っていることだろう。
「うん、大丈夫や。シグナムもご苦労さんやったな」
「いえ、主はやてが来てくれなければ、私はきっと……」
「ん、まあ今はその話は無しや……フェイトちゃん、だいじょうぶか?」
シグナムが振り返ると、フェイトを抱きかかえたアルフが立っていた。
「うん、大丈夫」
そう答えるフェイトの顔色はそれほど良くなかったが、出血はかろうじて止まっているようだった。すぐアースラに戻れば、数日ほどで傷も良くなるだろう。
「そういえば、ヴィータ達は?」
ふと周囲を見回したはやてが、不思議そうに首をかしげた、
「 ああ、結界で分断されてしまったので、こちらから連絡が取れないのですが……」
〈シグナム! フェイト! はやて! 聞こえるか!? 無事か!?〉
突然、二人の会話に念話が割り込んできた。
聞き覚えのあるそれは、クロノのものだ。
同時に、周囲を包む結界の気配が一瞬薄れる。改変されてしまった結界の解除が完了したのだろう。
皆が視線を空に向けると、いくつかの光球が天を舞っていた。
すぐにシグナム達を見つけたのだろう、それは地上へと舞い降りてくる。
先頭を飛ぶのはあちこちに擦り傷を作ったクロノ。その後ろに続くヴィータは騎士甲冑のあちこちが破損して、ザフィーラの肩を借りている。もっともザフィーラも無傷とはいいがたい状態だ。肩を貸しあっていると言った方が適切かもしれない。
そして、最後尾をよたよたと飛ぶなのはは、その背中に彼女の兄を乗せていた。
(to
Epilogue)
[前へ][目次へ][次へ]
|