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「くそっ……! ねえ」
乾ききった砂が緋色の風にあおられ、煙のごとく舞い上がる。
だが、風はまるで意に介することもなく、ただひたすら地平を目指すかのように疾走を続けるだけ。
何処かの世界。
何処かの荒野。
荒れ果てた砂と岩の大地には、生ける者の気配など無い。ときおり、自然のものとは思えない造形物らしいものが各所に転がっているが、もはやそれらは朽ち果て、顧みる者すらいない。
この世界には、もう誰もいないのだから。
ただひとり、風のごとく駆け抜ける、小さな赤い人影を除いては。
「どこにもねえ――なんでだ? このあたりの筈なのに!」
空気を蹴り飛ばすようにして急制動をかけた小さな人影は、誰かを罵るような声を上げながら左右を見回した。
全身を紅の衣に包んだ、幼い少女。
それは、この人の気配無き世界にとって明らかに異質な存在だ。
灼熱の空気。水の気配すらない大地。
『人』の存在を拒絶する、死の土地。
けれど、少女は気にしない。気にする必要もない。もとより異邦人でしかない彼女だが、そもそも、厳密な意味ではヒトですらないのだから。
ヴォルケンリッター『鉄槌の騎士』ヴィータ。
魔導書を守るために製作され、魔導書と共に無限の時間を存在し続ける、人の形を模した守護騎士プログラム。それが彼女だ。
その魔導書も今はもう無いが、彼女はいまだにヴォルケンリッターの一人であり、その存在がヒトではないという事実も変わることはない。
けれど、必死な表情を浮かべ何かを捜している彼女の姿は、まさしく年齢相応の少女そのものだった。
「くっそー……このへんはもうあらかた探したってのによー!」
何かに当たるように、ヴィータは喚き散らす。
もっとも、その声を聞くものは居ない。なにしろ、朽ち果てた遺跡以外には文明の欠片もないこの地上には、誰も住んでいないのだから。
ヴィータ自身も、用がなければこんな世界にわざわざ来る必要など無かった。
焼け付くような熱気。水分などどこにも残っていない砂の大地。この惑星は遙かいにしえに人間を拒絶している。
彼女がこの大地を踏んだのは、ひとえに仕事のためだった。
放置された遺跡に残るロストギアの回収。今は時空管理局に所属しているヴィータにとって、それは日常にも等しい仕事の一環。
だが、すでにその仕事は片づいている。休眠状態のロストロギアにほとんど危険性は無く、危惧されたわずかな障害も、ヴィータにとってはそれほど厄介なものではなかったからだ。
すでにロストロギアは回収班に引き渡し済み。今頃は本局への移送中だろう。
だから、いま、ヴィータが探している物は、仕事とは何の関係もないものだ。
「そんなに風が吹いてるわけでもねーし、どっかに飛んでいくことはねーはずなんだけど……ってことは、やっぱこの下かよ……」
ひとしきり悪態を吐いたヴィータは、首を横に振りながらふわりと地上に降り立った。
その視線が、見下ろすものから見上げるものへと変わる。
いま、ヴィータの目の前には、ひときわ大きな建造物がそびえ立っていた。
半ばより上の部分が失われた、巨大な塔。
他の遺跡同様、数百年という時間の侵食を受けてはいるが、それでもかつての姿をいまだ残している数少ない建物だ。
だが、その塔にはいくつかの破壊跡が残されていた。
劣化による破損ではなく、明らかに外部からの力で破壊された痕跡。
それも当然の話で、ヴィータの手に握られた鉄槌、グラーフアイゼンこそが、この破壊を成し遂げたのだから。
「この辺で戦ったからな……ここで落とした可能性はたけーんだけど」
明らかにうんざりとした顔をしてみせたヴィータは、手近な場所に転がっていた瓦礫の影を探し始める。
「めんどくせー。なんでこれ、魔力をとおさねーんだ」
手にした小さな瓦礫を放り投げ、ヴィータは忌々しげな声を上げる。だが、その瞳にはむしろ焦りのような色が浮かんでいた。
ヴィータが無くしたのは、小さなポシェットだった。腰の帯に引っかけていた、お気に入りの小物。もっとも、それ自体は取り返しのつかないものではない。多少レアだが、探せば手に入るたぐいのものだ。
問題なのはその中身。それは、ヴィータにとってこの世にひとつしか存在しないモノだった。
今までは簡単に落とすようなことはなかったのだが、今回は運が悪かったらしい。今回の任務でただ一度犯したわずかな不覚は、最大限の被害を彼女に与えていたと言っていい。
「くっそー、ドジった――」
ヴィータはため息を吐くと、まぶしそうに天を見上げた。
ロストロギアを封印していた塔の残骸は、その目的故に魔力の干渉を阻害する。
そんなものが見渡す限り転がっているこのあたりでは、もともとそれほど高性能ではない探索魔法などまるで使い物にならず、頼れるのは己の視覚のみだ。
「ちくしょー、キリがねえ」
過酷きわまりない砂漠での不毛な捜し物は、ヴィータにとってもさすがに辛い行為なのだろう。明らかな疲労が、その表情に浮かんでいる。
疲労は注意力を散漫にさせ、本来の能力を少しずつ削り取っていく。
ヴィータ自身もその程度のことは十分に承知していたはずだ。なにしろ、見た目には幼くとも、中身は歴戦の騎士なのだから。けれど、捜し物という目的の前に、彼女はほんの僅かのあいま、そのことを忘れてしまっていた。
だから。
「しまっ――」
砂の大地がいきなり脈動したその瞬間まで、ヴィータは己に迫る危険に気づけなかった。
「――ちっ!」
慌てて地面を蹴ったヴィータを追うように、砂が盛り上がる。
飛翔して逃げるヴィータの速度を上回る勢いで、爆発とも見まがう砂の奔流は大地に屹立した。
身を捻ったヴィータの横を、砂の柱が掠めていく。
巨大な柱だ。朽ち果てた塔に匹敵する――いや、それ以上かもしれない。
「くそっ! てめー! また出やがったか!」
ヴィータの怒声に応えるようにして、耳障りな音が響いた。鼓膜を引き裂こうとするような、可聴域ギリギリの甲高い雄叫び。
まとった砂の柱が流れ落ち、地底から姿を現したモノの全容が明らかとなる。
砂とおなじ色をした、巨大なうねる筒。それは、そう表現するしかない代物だった。一瞬ヘビやミミズを連想しそうになる姿だが、先端部にぱっくりと開いた巨大な穴が、その印象を瞬時に打ち消す。むしろ、掃除機のホースのほうがイメージとしては近いだろう。
『砂龍には気を付けてな、ヴィータ』
出立時に掛けられたはやての言葉を、ヴィータは思い出していた。
地下に住まう、この世界唯一の主。
「さっき吹っ飛ばしてやったのに、まだこりねーのかよ!」
ヴィータは砂龍の雄叫びに負けじと、大声を上げる。
砂龍の表面にはあちこち傷が浮かんでいる。それはロストロギアを回収するためにここを訪れたヴィータと戦闘を繰り広げたときの痕跡。
明らかに砂龍は怒っていた。獲物だとしか思っていなかったものにひどく打ち据えられたことを屈辱と感じているのかもしれない。
砂龍はもう一度雄叫びを上げると、まっすぐヴィータに突撃を仕掛ける。砂龍の武器はただひとつその巨大な本体。そして、ぱっくりと開いたままの口。真っ暗なその空洞に飲み込まれたら、生きて帰ることは不可能だ。
だが。
「おせーってんだよ!」
ヴィータは怒鳴りつつ、飛翔してその攻撃をよける。砂龍は巨体に似合わずかなり素早く動くが、それでも飛翔する魔導師を捉えられるほどに速くはない。
回避しつつたたき込まれたグラーフアイゼンの一撃に、砂龍はもんどり打ちながら砂の上へと転がる。
「――やべっ!」
ヴィータが表情をゆがめた。この場で戦闘をすれば、無くしたものがどこかに埋まってしまうかもしれない。その可能性に今更気付いたのだ。
いや、すでに埋まってしまっているのかもしれない。ヴィータは怒りの表情もあらわに、塔の傍らに転がった砂龍へと吶喊する。
「一気にカタを付けるぞ! アイゼン!」
《Jawol.》
信頼するグラーフアイゼンの返答ににやりと笑ったヴィータは、更に速度を上げた。残ったカートリッジは二つ。全力のギガントでたたきつぶせば、このしぶとい砂龍ももう動くことは出来ないだろう。そう判断したのだ。
珍しく焦っていたヴィータは、選択を間違えたのかもしれない。決着を急がず、じっくりと砂龍の動きを観察して的確な打撃をたたき込めば、決して負けることなど無い相手なのだから。
それは、砂龍のしかけた罠だっのか、それとも、単に偶然の動きだったのか。
のたうった砂龍の尾が、塔の残骸を叩いた。
「――げっ!」
すでに朽ち果てていた塔はその一撃であっさりと砕け、破片は周囲に飛び散る。まるでその中に爆発物でも仕込まれていたかのような勢いで。
勢いよく降下していたヴィータは、避けることもできず破片の嵐の中へと飛び込んでしまう。
「くそっ! アイゼン!」
《Panzerschild!》
ヴィータの声に応え、ベルカ式の魔法陣が目前に浮かび上がり――
「――え?」
あっさりと、引き裂かれた。
人の頭ほどもある破片が、ヴィータの腹部に激しく食い込む。
「――――っあ!」
ヴィータの瞳が、驚愕に拡散する。
それが魔力の干渉を受け付けない素材で出来ていることを思い出したときには、すでに遅い。
最後にヴィータが見た光景は、彼女めがけて飛来してくる、無数の破片。
悲鳴を上げるわずかな時間すらもはや無く。
ヴィータの柔らかな体は瓦礫の嵐に翻弄され、その小さな姿はあっという間に見えなくなっていた。
(……いて……え)
暗闇の中で、ヴィータは目を覚ました。
声が出ない。身体が動かない。ただ感じるのは、ひどい苦痛だけだ。体が自由に動くならば悶絶していただろう。呼吸すらままならないほどの痛み。
(まだ、生きてんのか)
痛みを感じられるということは、死んでいない証拠。まだ身体はその機能を失っていないはずだ。
(……ってか、ここ、どこだ?)
目を開けてみたが、何も見えない。
(いてえ……それに、眠い……)
もうろうとした意識は、考えることを拒否しようとする。真っ暗な眠りに彼女を誘おうとする。
けれど。
(――くそっ!)
ヴィータの強靱な意志は、誘惑を一瞬で振りきった。
(いてえけど……助かったぜ。痛くなかったら、二度と目が覚めなかったかもしれねーもんな)
苦笑いしながら、ヴィータは呼吸だけでも取り戻そうと小さく喘ぐ。
わずかな空気を求め、痛みのためにままならない身体を必死に動かす。何度かの失敗の後、ほんの僅かな空気がヴィータの肺へと流れ込んだ。
「――――!?」
ひどいほこりっぽさに、ヴィータの呼吸器が拒絶反応を示した。
どれほどに強靱な意志でも耐えることの出来ない、生物としては至極当然の反応。それは、むせるような咳の発作という形でヴィータに襲いかかる。
どん、という衝撃がヴィータを襲ったのは、次の瞬間だった。
何も見えなかったはずの視界が急に回復する。
自分の上に覆い被さっていた瓦礫の山と共に空中に打ち上げられたのだと気付いたとき、ヴィータの目の前には砂龍の虚ろな口があった。
(――やべえ)
酸素不足で鈍った意識が、絶望に染められる。
呼吸すら困難な今の状態では、魔法の発動すらままならない。このまま為す術もなく落下するか、それとも砂龍に飲み込まれるか――どちらにしても、夜天の書なき今、ヴィータという存在はそこで『死』ぬに違いない。
(ちぇ。ここまでかよ。情けねー)
ヴィータはそれでも砂龍を睨み付けていた。最後まで諦めない。それはベルカの騎士として生まれたヴィータに残された最後の矜持。
その様子に不審を抱きでもしたのか、それとも死ぬはずの獲物がいまだみせる気迫に呑まれたのか、砂龍はなぜか動く様子を見せなかった。けれど、それもほんの僅かな合間だろう。ほんの数秒後にはどちらにしろ、ヴィータは動けなくなる。
(最後にもう一度、あいつと会っておきたかったかな――)
ヴィータの脳裡に浮かんだその顔は、なぜか大切なはやてのものではなかった。
「ヴィータちゃん!」
幻聴だと、ヴィータは思った。
あり得るはずのない、声だと。
けれど、ほとばしった桜色の光は確かな現実。
そして、ヴィータの身体は何かに受け止められた。細いけれど、力強さを中に秘めたその腕に。
「……なの……は?」
「大丈夫? 飛ぶよ! ――レイジングハート!」
ヴィータに応えず、白い魔導師は桜色の翅を羽ばたかせる。
《Flash Move.》
飛び散る瓦礫の合間を縫うように、高町なのはは天を駆けた。
「回収班からヴィータちゃんが戻っちゃったって聞いて、何となく気になったんだよね」
砂漠は遙かな眼下。飛翔することの出来ない砂龍にはもはや手の出せない高空だ。
「あたしのことが、信用できなかったのか?」
そっぽを向いてむくれてみせるヴィータに、なのはは困ったような表情を浮かべた。
「えと……そう、なるのかな。ごめんね、ヴィータちゃん」
謝るなのはに、ヴィータは少し罪悪感を覚えていた。
実際の所、なのはに救われていなければ、今頃ヴィータは砂龍の胃袋――あればだが――の中だっただろう。ヴィータに怒るべき正当性など無く、むしろ感謝するべきだ。
(ありがとう)
本当ならそれこそが口にするべき言葉。
けれど、ヴィータが実際に口にしたのは、真逆のセリフ。
「しかたねー。助けられたのは事実だし、許してやる」
「うん、ありがとう。ヴィータちゃん」
喜ぶなのはは、本気でそう思っているのだろう。不快だなんて、かけらも思っていないに違いない。
(大人だよな、あたしなんかより……魔導師として過ごしてきた時間はあたしの方が長いってのにさ)
はじめてヴィータと出会った頃のなのはは、ヴィータより少し背が高いだけの、幼い少女だった。けれど、今ヴィータの目の前にいる彼女は、立派な大人だ。
あれから8年。なのは達は時空管理局でも名の知れた、本物のエースになりつつある。
けれど、ヴィータの姿は、なのはと出会ったときのまま変わっていない。製作されたそのときからこの姿だったし、これからも永久に変わらないだろう。
なにかが胸にちくりと刺さって、反射的にヴィータは軽くそっぽを向いていた。
「大丈夫? ヴィータちゃん……ずいぶんひどくやられたみたいだけど」
ヴィータの仕草を痛みによるものと誤解したのか、なのはが心配そうな声を上げる。
「あ、いや、もうそんなに痛いわけじゃねーんだけど……」
それでもなのはに抱きかかえられている状態を嫌がる様子を見せないのは、まだ回復しきっていない証拠だろう。実際、本局に戻ってシャマルの治療を受けなければ飛ぶこともままならないに違いない。
「ちくしょー……もう、取り戻せないか」
「……なにか、落とし物?」
「ああ。あの様子じゃ、きっと砂の中に埋まっちゃっただろ。砂龍もいるし、魔法では探索できないし……諦めるしかねーよな」
気安く振る舞って、ヴィータは肩を竦めて見せた。
(諦めきれねーけどさ。しかたねーよな)
けれど、ヴィータを見つめるなのはの表情は、あまり芳しくなかった。ヴィータの見えすいた強がりに、どうすればいいのか判断しかねているのかもしれない。
「だから、気にするなって……」
「――あれ?」
ヴィータの声を、ふとなのはが遮る。
「なにか、背中に挟まってるよ?」
「背中ぁ?」
「うん、なにか、紙みたいなもの」
ヴィータを支えるために回した右手の先が、それに触れたのだろう。ヴィータを抱えなおしたなのはは、ヴィータの腰帯あたりに手をやりなにやらごそごそしている。
「紙みたいな、もの……?」
そう口にして、ヴィータは顔をこわばらせる。
なのはが手にした“それ”こそが、捜し物だった。落としたと思っていたのだが、戦闘のどさくさに帯の内側に巻き込んでしまっただけなのかもしれない。
けれど、ヴィータにとっては最悪な状況だった。まだ見つからない方がましだったかもしれない。なにしろ、それは、なのはだけには見られたくないものだったから。
なのはの手にあるのは、くしゃくしゃに折れ曲がってしまった一枚の写真。そこに写っているのは――
「わーっ! バカ! 見んなーっ!」
今更そんなことを口にしても遅かった。
「ご、ごめん、ヴィータちゃんっ!」
なのはも今更遅いのはわかっていたのだろうが、慌てて写真をひっくり返す。けれど、それはヴィータにとってもっと最悪な事態だった。
「――え?」
写真の裏にかき込まれた、ひとつのメッセージ。写真をひっくり返せば、当然それはなのはの目に入る。
「ヴィータちゃん、これって……」
ヴィータはそっぽを向いて、なのはの顔を見ない。見られるわけがない。
今はヴィータの方を向いている、写真の表側。そこにはヴィータとなのはが写っていた。ただし、写真の中にいるなのはは、目の前の彼女とちがってまだ幼い。
「これ、ヴィータちゃんが持ってたんだ」
「――ごめん」
そっぽを向いたまま、ヴィータは力無く呟いた。
「盗むつもりはなかったんだ……ただ、なんていうか」
「盗むだなんて、そんな……」
なのははもういちど、写真を表に返す。
写真の中では、パジャマ姿のなのはが、ヴィータを羽交い締めに近い状態で捉えている。ついでに、なぜかなのはの頭には包帯が巻かれている。
「これって、あのときの写真だよね……わたしが、怪我をしたときの」
ヴィータは小さく頷いた。
なのはが任務の最中に瀕死の重傷を負い、本局の医務室に担ぎ込まれたことがあった。もう何年も前のことだ。
写真は、その医務室での一枚。見舞いに来たヴィータになのはがふざけて抱きついたその一瞬を、おもしろがったはやてが写真に納めたもの。
そして、その裏には日付と、なのはの書き留めた一言が記されている。
『ともだちのヴィータちゃんと』
――それは、なのはが退院してから数ヶ月ほどたった、ある平和な一日の一コマ。
「あん? なんだ、これ」
はやての用事でブリーフィングルームを訪れたヴィータは、そこに誰かの残したらしい荷物を見つけていた。
何冊かの教本と、筆記用具。
それらにヴィータは見覚えがあった。
「なのはのやつ、忘れものかよー」
ヴィータは呆れながら、教本を手に取った。なのはの私室ははやての私室に近い。用事ついでに届けてやればいい。ヴィータの行動は、そんな大したことのない理由からだった。
「って、何だ?」
教本の合間に挟まれた写真に目を留めたのも、それほど深い理由によるものではない。なのはの持っている写真だから、仲の良いフェイトか、家族の物だろうと思ったに過ぎない。
が、それはヴィータの予想を遙かに裏切る一枚だった。
思わず写真を裏返してしまったヴィータは、更に動転する。
「なっ――な、な、なんでこんな物を――」
と、その瞬間、いきなりドアが開いた。
「あれ? ヴィータちゃん。こんなところで何してるの?」
現れたのは、忘れ物の持ち主。
「あ、ああ、ちょっとはやてにお願いされたからさ……その、忘れ物、しただろ?」
ヴィータの言葉に、なのははほっとした表情をしてみせた。
「うん、やっぱりここだったんだ。捜してたんだよね。ありがとう、ヴィータちゃん」
「お、おう。感謝しろ」
だが、差し出した荷物の中に、写真はもう無かった。
突然の入室者に驚いてしまったヴィータが、その写真だけを思わず懐に収めていたからだ。笑いながら荷物を受け取るなのはに罪悪感を覚えたまま、ヴィータは結局それを返すことが出来なかった。
「あれから、ずっと持ってたんだ。返そうって何度も思ったんだけどさ……」
俯きながら、ヴィータはぼそぼそと呟く。
「なんか、手放せなくて……あたしには、ともだちなんて居ないからさ……ごめん」
「……なんで、謝るの?」
驚いて見上げたヴィータに、なのはは最上の笑顔を向ける。嬉しくてたまらないという気持ちがあふれたその表情は、幼かったときのそれと全く変わることがない。
「いまだって、友達だよ」
「けど、なのははだんだん大人になってくし、あたしは子供のまんまだし、きっと、これからも成長しないし……」
写真の中ではヴィータと同様に成長しないなのはだが、現実のなのははすでに成長期を過ぎている。いまや、立派な女性だ。
けれど、そんなヴィータになのはは首を横に振る。
「そんなの、関係ないよ。私は今も高町なのはだし、これからもずっと高町なのは。ヴィータちゃんだって、そうでしょ?」
「けど、あたしは成長しないし……」
「そんなことない。もしヴィータちゃんが成長しないんなら、わたしは今頃ヴィータちゃんよりずっと強くなってるよ? それとも、そうなっちゃったのかな? 今度模擬戦で試してみる?」
なのはの悪戯っぽい言葉に、ヴィータの口元がひきっと動いた。
「……その言葉、後悔すんなよ?」
「あはは、お手柔らかに」
笑うなのはに、ヴィータは小さくため息を吐いた。
「ちくしょー、みてろよ。いつかぎゃふんと言わせてやるからな」
「そうだね。楽しみにしてるよ」
なのはの言葉は余裕から来るものではない。心から、そう思っているのだと、ヴィータにも理解できた。なのはにとって、自分の強さはあくまで目標を実現させるためのもの。誰かより強くありたいというのではなく、目的を果たしたいからこそ強くありたいというそれは、幼い頃から変わらない、なのはの信念。
(――そうか、変わってないんだ)
ヴィータは空を見上げた。
そして、認める。なのはという友人が居ることを。
(そして、成長してるのかもな。あたしも)
きっと、昔の彼女なら頑なに認めなかっただろうこと。けれど、いまなら認められる。なのはと友達でいたい。これからも、ずっと。
「うわあ! ありがとう、ヴィータちゃん!」
「ば、ばか、抱きしめんなって――いってえええええええええっ!」
ヴィータの悲鳴は、名も無き世界の空へと吸い込まれていった。
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