夢の中にいる。
夢の中で、わたしはひたすら歩いている、
夢というモノはただの無意味でデタラメな情報ではない。わたしたち魔術師にとっては、覚醒時の意識では導く事が出来ない記憶の断片をもう一つの意識が繋ぎ合わせているものとされ、予兆と取ったり新たな閃きと取るなど有意の理由を常に見いだせる情報なのだから。
そういえば現代の学問(確か脳科学とかいうやつだ)においても『夢とは、睡眠時の脳が得た情報を分解し整理して再構築を行う、その際に漏れだした断片的な記憶を繋ぎ合わせたものだ』とする説をどこかの雑誌で見た覚えがある。
そのほかにもいくつかの説はあるようだけれど、ともかく、夢というものがただのデタラメな映像でない事は、おおよそどの世界でも認められているわけだ。
ならば、わたしが夢見る光景にはどこかしらわたしの知る情報に合致する部分があるはず。だというのに、この光景にはそれがない。つまりわたしは、わたしが知らないはず、想像すら及ばない筈の光景を夢見ているわけだ。
いや……それには少し間違いがあったかもしれない。
『夢でみたことがある』ということを『知っている』と定義できるならば、わたしはこの光景を知っていると言えるからだ。そう。わたしはここのところ数日、毎夜の如くこの酷い夢を見ている。いや、見せられていると言う方が正しいか。
わたしとしては見たくもない。こんなただひたすらに乾いた夢など。
見渡す限りの荒野に、主無く無造作に突き立ったままとなっている剣の群。
それが、その夢を認識したわたしの抱いた、最初の言葉だった。
それは、ただひたすらに乾いている。吹き付ける風はからからで、足元の大地は一面赤い砂に覆われて水気などひとかけらもない。いくら前に進んでもその光景は変わらず、赤砂で埋め尽くされた大地は踏むごとに体力を奪い取っていく。ありもしない大陽に炙られた風は、吹き付けるだけで肌どころか肺腑の奥まで傷つける。
そうだ。夢だというのにわたしは熱も痛みも感じている。乱立している剣を適当に引き抜いて傷を作れば、きっと本物の血が流れるだろう。
極寒の如き灼熱。うるさいほどの沈黙。無限に展開する閉鎖した世界。
それが、わたしが今夢に見ているこの光景だ。
絶対的な孤独に、ここは支配されている。こんな世界がわたしの識域下にあるとは考えたくない。いくらわたしでも精神がここまで荒んではいないはずだし、そもそもこんな世界を夢見る者がいるとするなら、それはまともな人間ではあり得ないだろう。
目印となるべきモノも、行き着くべき場所もここにはない。いくら歩いても、いくら歩いても、この光景に終わりが訪れることもない。
ならば、この世界に意味などあるのだろうか。
わからない、わからないけれど、その世界でわたしは一人あてど無く歩み続けている。
一歩踏み出すたびに足が赤砂に踝まで埋まろうと、空気を肺に吸い込むたびに灼けた空気が気道をじりじりと焦がそうとも、挫けてやる気なんか無い。
もう、コレは意地だ。諦めてなんてやるものか。絶対見つけ出して、ざまあみろと言ってやる。
なにを見つけ出そうとしてるのかは自分でも解らない。でも、ざまあみろと言ってやる相手ははっきりしている。
はるか彼方に背中だけが見えている、アイツだ。力無くうなだれていても目立つその長身に、剣山の如く無数の剣が突き立ったままになっていても、純白だった筈の短い頭髪が、今は血と泥で汚れきり、まだらにしか見えなくなっていたとしても、わたしがその姿を見まごうことはない。
けれど、かつて鷹の如き輝きを湛えていたはずの目は絶望の色に染められ、焦点を失ってもはや微かな光さえ映す事はないだろう。
風の声さえ聴き取っていたその耳はどす黒く固まった血液に塞がれ、もはや如何なる音も捉えないだろう。
後頭部から貫いている槍の如き剣に縫い止められて、わたしに皮肉ばかり投げかけていた舌はもはや動かす事も出来ず、流れる血液はもはや失われて久しいのか、躍動感溢れていたその肉体は今や完全に枯れ果てている。それでも、生きているはずもないその体で、俯いたままのろのろと、どこまで続くかわからない丘の頂を目指す。
けれど、一歩踏み出すごとに赤砂で出来た丘は崩れていく。
それでも無理に歩を進めれば、崩れたぶんだけ丘の頂は遠くなっていく。その後退速度は、アイツの歩みよりよほど速く、そして流れる赤砂は彼を押し戻す。
それでも、アイツはただ遠くなっていくその頂を目指している。きっとどんなモノでもその脚を止める事は出来ないだろう。そう、だんだんと浸食するように彼の身体を埋めていくその赤砂が、たとえ彼の全身を砂の海に沈めてしまったとしても。
遠くにいる筈なのに、そんな事だけはわたしにもよくわかった。それはそうだ。この世界は夢で、かつアイツそのものなのだから。
イライラしてきた。
いくら距離を詰めても近くならないその背中へ向けて走り出す。
無駄だとはわかっていても、一度怒鳴ってやらないと気がすまない。
なんで、こいつは――
1/Break Out Tempest
跳ねるように身を起こした。
朝の澄んだ空気が、窓の隙間から流れ込んでくる。微かに聞こえてくるのは雀の鳴き声だろうか。衛宮家の離れで迎える朝は、寝起きのひどく悪いわたしですらさわやかな気分に浸れそうなほどに心地良い。
あんな夢さえ見ていなかったら、だけれど。
わたしと契約したアーチャーの記憶なのだろうか。わたしはここ数日、毎夜のようにあの荒涼とした剣の大地を夢見させられている。マスターとしてはサーヴァントから逆流してくる情報をきちんと遮断してしまうべきだろうし、実際そうしてはいるつもりなんだけれど、うまく行ってない。
「むー、やっぱりコレのせいか……」
枕元のペンダントを拾い上げる。
深い赤に彩られた、吸い込まれそうなほどに深い輝きをみせるそれには、信じられないほどの魔力が籠められていた。この宝石の力をもってすれば出来ない事はないだろうと、そう思えるくらいに。
百年以上の時をその中に蓄積し続けた、遠坂家に伝わっていた家宝と言っていい一品。
けれど、今このペンダントにたいした魔力はない。
その魔力を使ってしまったから。聖杯戦争が始まったあの日、ランサーの槍に胸を貫かれた知り合いを救うにはこのペンダントの力を使うしかなかったし、今でもあの判断を後悔なんてしていない。
まあ、まさかその彼が聖杯戦争に参加する最後のマスターになるだなんて、想像もしていなかったのだけれど。
あのあと、アーチャーから返されたペンダントをわたしはただ持っているだけだった。
しかし、数日前から、わたしは何となくこのペンダントへと魔力の蓄積を開始している。
何かの役に立つかもしれないと思って始めたのだけれど、なまじ強大な魔力が溜め込まれていすぎただけに、これがもうわたしの魔力をぐいぐいとまるで吸い込むような勢いで吸収していく。
どうしてもあの夢を見てしまうというのは、多分その影響で閉じるべき回路がバカになっているんだろう。ならこの宝石への魔力貯蔵をやめればいい話なんだけれど、それももったいない。
実際イヤな夢を見るだけで致命的な障害はないし。
イヤな、夢。
酷い言いざまだと思う。本当ならば見てはいけないモノを見てしまっているのに。
けれど、見てしまうとひどくいらつくのは本当のコトだし、目を覚ましても相変わらずあの夢はわたしを苛んでいる。
なんでアイツはあんなモノを心の中に抱えていて、それで平気な顔をしていられるんだろう。
あれはマトモな人間ならそれに触れただけで生きる気力なんか無くしてしまう、そんな絶望に充ちた心象風景だ。
だっていうのに、アイツはなんでそれでも立っていられるのだろう。
求めたものに手は届かず、自分自身は壊れきって、それでもただそれへと向かう事しか出来ない。
助けてくれる人も労ってくれる人もいないあの世界で、ただ傷つきながら歩を進めて何の意味があるというのだろう。
いや、問いかけるまでもなくその答えはわかりきっている。
アイツにとって、進む事そのものが目的なんだって事くらい。
たとえそれが先に続く道じゃなくても構わない。進む事で目指すものが壊れていっても気にしない。自分が傷ついても他人が傷つかなければいい。
そうやって、自分の信じた道をただ歩いてきたし、これからも歩いていく。そこには感情も意志ももう必要ない。むしろ、そんな物はある方が邪魔。そう割り切って、捨ててきた。
そういう奴なんだろう、あいつは。
わかっても、それでささくれだった気分が元に戻るワケじゃない。
「あーもう、ムカツクわねっ!」
喚いて、枕をぶんと投げた。
乱暴に投げられた枕は、壁に叩きつけられて小さく抗議の悲鳴を上げる。それで、ほんの少しだけ気分が晴れた。
とりあえず、モノに当たるのはやめ。
そもそも、この枕はうちのじゃない。そんな物まで他人の家に持ち込むほどわたしだって図々しくはない。衛宮家のモノを気分で破壊なんかしたら、アーチャーからも士郎からも何を言われるかわかったものじゃない。
とりあえず、起きよう。気分は進まないけれど、優れない気分のままのそのそと起きあがる。出来ればもっと惰眠を貪っていたいところだけれど、聖杯戦争まっただ中の今ではそんな事も言っていられない。
「おはよう、凛……今日はまた、ずいぶんとひどい寝起きだな」
ドアを開けると、そこにイライラの原因が立っていた。
その長身は夢と違ってピンと伸ばされ、頭髪は汚れの無い白。猛禽のような鋭い目にはいつものように自信に満ちた光が宿っているし、その肉体だって躍動感に溢れた、引き締まった筋肉によろわれている。セイバーに斬られた傷も全快し、もう絶好調といった風情。何よりその舌は、相変わらずわたしに無遠慮な言葉を吐き出している。
夢で見せたあの削れて枯れきって何もかも忘れてしまったみたいな無表情なんてそこにはない。なのに、いや、だからこそその態度はわたしを余計にいらつかせる。
「――まあ、女の子にはね、いろいろあるのよ」
まさかあんたのせいだと喚くわけにも行かず、とりあえず適当な言葉で誤魔化す。だってのに、
「ふむ……」
アーチャーの奴は顎に手をやりながらまじまじとわたしを上から下まで見回して、そして小さく肩なんか竦めてみせてくれた。
「まあ、生理現象だから仕方がないだろうが、私のマスターとして体調管理はきちんとしておいてもらいたいものだな」
……あったまきた。
誰のせいで朝っぱらから気分を悪くしてると思っているのだろう、コイツは。しかも勘違いでまたムカツク事を言ってくるんだから始末が悪い。
もちろん、コイツに責任なんて本当は無い事くらいわかってる。けど、もうダメだ。我慢ならない。きちんとオトシマエってモノをつけてもらわないと。
「………………わよ」
「む、何か言ったか? 凛。指示ならばもうちょっとはっきりと言ってもらわないと」
肩を竦めるアーチャーをくいくいと手招きする。
怪訝そうな顔をして、それでもアーチャーは素直に軽く身をかがめてきた。その耳元に、わたしは唇を寄せる。吐息がかかりそうなくらいの距離にまで。
「デートに行くわよっていったのよ! このおおバカアーチャー!」
言ってやった。
もう目一杯。不意打ちならこれ以上のボリュームは絞り出せないってくらいの大声で。耳の間近で力一杯怒鳴られたアーチャーは、明らかにダメージをうけた様子でふらふらとしている。
よし――勝った。
少しだけすっとする。
コイツ相手にこれだけ爽快な思いをしたのは、多分召喚したあのときに令呪で絶対服従を指示したとき以来だ。
「い、いきなり何をする、凛」
「言ったでしょう、今日はデート。もう決めたんだから変更はなし。わかった?」
アーチャーは合点がいかないといった表情で腕を組んだ。
「……デート? デートに行くだと? いまいち稟の言ってることが理解できないのだが」
「だから、今日これからデートに行くのよ。アンタもさっさと準備しなさい」
「……デート……士郎がデートにでも行くのか? セイバーと?」
とぼけた事を言っている。これでもかってくらいわかりやすく言ってやったつもりなのに、まだ納得がいってないらしい。
「わたしに決まってるでしょう」
胸を張って言ってやる。
「ああそうか、凛は士郎とデートに行きたいのだな。まあ、たまには息抜きだって必要なのはわかるが、今はそう言うときではないと……」
「……バカ」
「馬鹿とはひどい言いようだが、私が馬鹿ならその馬鹿な私を召喚した凛も馬鹿という事になるな」
「ええ、いい加減自分の馬鹿さ加減には呆れてるわ」
「……ほう、ずいぶんと今日は素直なのだな。では、考えを――」
「アンタとデートに行くって言ってるのよーーーーーーーっ」
もう一回。
今度は耳を掴んで引き寄せて、ついでにたっぷり深呼吸してから。
もう一度、今度こそボリューム最大の音量を絞り出してわたしは叫んでやった。
☆
「なんで父さん、こんな服持ってたんだろう」
「……凛、そのような疑問は私に着させる前に持ってくれないだろうか。だいたい、この格好では戦闘があった場合対処できない」
いつもと違う格好をさせられたアーチャーは、実に情けなさそうな表情でわたしに向き直った。
「当たり前じゃない。デートのための格好だもの。戦闘しに出掛けるんじゃないんだから、動きやすさなんて知ったこっちゃ無いわ――けど、さすがにこれはないわね。脱いでいいわよ」
スパンコールで馬鹿みたいに飾り立てられた、芸人が着ていそうな服を着たアーチャーなんてデートに連れて行けるわけがない。っていうか、これなら普段の格好のほうがまだまし。この格好で堂々と街を歩けるなら、それは売れない芸人か、さもなくばどこかのおかしい人だ。
背中を向けて服を選び始めたわたしに向けて、アーチャーはわざとらしく溜息なんか吐いてみせた。
「本気でただのデートに行くというのか。やれやれ、理解できん」
呆れたようなその言葉はむかつくけど、めいっぱい無視してやる。
数日ぶりに戻った自分の家で、わたしはアーチャーのために埃をかぶり掛けていた服や靴を引っ張り出している。アーチャーは見た目にもいい男だけれど、その服装はとてもじゃないが町中を堂々と歩けるようなモノとは言えない。亡くなって以来滅多に立ち入らなかった父の部屋から数着の服を選んでアーチャーに着させてみると、幾分小さめだが着られないことはないようだ。
そうやって何度か着替えさせているうち、記憶の中にある父の姿が、少しだけ彼にだぶって見えた。
もちろん、アーチャーは父になんて似ていない。アーチャーは上背があるし、父はアーチャーほど立派な体格はしていなかった。ただ、鏡の前に立たせてみたとき、大きな背中が見覚えのあるそれにほんの少しだけ似ているように思えただけだ。それはきっと、その形がどうとかいう物ではないのだろう。
けれど、そんな事で思わず懐かしさに浸ってしまい、父が生前好んでいた服装もいろいろあつらえてみる。
「どうかな、これは」
渋々それを着たアーチャーは、鏡を見てひどく複雑そうな表情をした。
「……これは、先程の奇天烈な服よりは確かにマシだろうが、少なくとも普通の目的で外出する格好ではないと思うのだが」
「うん、わたしもそう思う……」
これはちょっと真面目に着せてみたのだけれど、やっぱり失敗だった。いくらなんでもタキシードでデートに出るわけにも行くまい。でも、こういう服が似合う行事なら意外としっくり来るかもしれない、などとその姿を少し夢想してみる。
きちんと髪の毛を整え、彼のために仕立て直したタキシードで着飾ったアーチャーは、きっとヨーロッパの貴族たちが嗜む舞踏会に紛れ込んだとしても、良い意味で目立つに違いない。
そんなアーチャーにエスコートされる自分を想像してみる。
う、自分の容姿に自信がないワケじゃないけれど、なんだか不釣り合いのような気がする。少なくとも今のわたしじゃあ無理だ。だいたい、わたしはそんな場に参加できるようなドレスを持っていない。けれど、そう。あと2年もすればわたしだって。
「楽しそうだな、凛」
アーチャーの漏らした皮肉げな声に、ようやくわたしは自分がこの行為を楽しんでいるのだと知った。
「まあ、ね。ここのところ息を抜くヒマもなかったし」
「そうか? 私の目から見れば、君はここのところずっとゆるみっぱなしだったが」
その言葉には棘があった。それも、特大のとても痛い奴が。
「だとしたら、きっとあなたがいきなりセイバーにやられてヘタっちゃったからね。何が『最強に決まっている』なのかしら。あっさり一撃でぶちのめされちゃって、士郎が止めてなかったらあなたあそこで終わってたじゃない」
反撃は迅速に、かつ最大の効率をあげなければならない。というわけでわたしも容赦はしなかった。
ぐっ、とアーチャーは言葉に詰まる。ざまあみろ。
「む……いや、あれは……」
アーチャーの反論を封じ込めておいて、わたしはまた服を選び始める。正直な話、こういうやりとりは確かに楽しかった。
常に己を厳しく律しているのであろうアーチャーにすれば、わたしは確かに緩んでいるように見えるかもしれない。けれど、わたしにとって聖杯戦争に勝利する事は紛れもなく最優先事項。それについてはこの身を賭けても良い。
魔術師としてのわたしはそれで正しかったのだろうけど、しかしこのようにアーチャーを困らせて鬱憤を晴らしているあたり、年頃のオンナノコとしてのわたしは少々鬱屈していたのかもしれない。
「いい加減にしてくれ、凛。なんでそんなにおかしな服ばかりを選んでくるのだ――さては、私で遊んでいるな」
おかしな服ばかり選ぶと文句を言うワリにとりあえずわたしが選んだものを着てくれるあたり、アーチャーもつきあいがいい。
「な、なんの事かしら」
さすがに腹に据えかねたのか、じろりと睨まれてしまった。わたしは視線を逸らしてわざとらしく笑って誤魔化す。おほほ、なんて滅多にしない笑い方までして。
「……やれやれ、ならばせめて私に選ばせてくれ」
もうちょっと遊んでみたい気もしたのだけれど、これ以上やっていると時間も遅くなってしまうかもしれないし、アーチャーの機嫌をあまり損ねるのもまずいだろう。
「わかったわ。じゃあその中から適当に選んで」
クローゼットをアーチャーの自由にさせて、わたしは後ろを向いた。
ごそごそという衣擦れの音を後ろに聞くというのはあまり慣れない事なので、さっきから実はちょっと落ち着かない。まあ、じっくり着替えを見てても多分アーチャーは文句一つ言わないとは思うのだけれど、それも気恥ずかしいのでやらない。
「ふむ、まあこんなものか」
諦めたように呟いたアーチャーは、本当に無難な格好をしていた。オリーブグリーンのポロシャツにグレーのチノパン。上下とも少々丈が足りない様子でやや苦しいが、それでもギリギリ許容範囲と言っていいくらいには着こなしている。
おもしろみはないけれど、これなら街に連れて行っても問題はないだろう。まあ、デートっていう格好ではないと思うけれど。服は街に出たら一番に買ってやればいい。
「……へえ……」
こうやって改めてまじまじと見つめてみると、普段の鎧に赤い外套をまとっている彼しか知らないわたしにとって、今のアーチャーはちょっとした新発見に近かった。それなりにいい男だとは思っていたけれど、こうしてみるとどこに出しても恥ずかしくない。いや、むしろ一緒に連れていれば誰にでも自慢できそうだ。
一瞬だけ、綾子にこいつをわたしの彼氏だと紹介してみたくなる。うん、これなら多分綾子だって本気で悔しがるに違いない。そして以前の約束を――
おっと、さすがにそれはいくら何でも脱線しすぎ、それに、綾子は今病院の筈。
「まあ、昼間ならよほど馬鹿なマスター以外攻撃もしてきやしないでしょ。それが聖杯戦争のルールなんだから」
「凛、君は本当にそう信じているのか?」
「……あ、当たり前じゃない」
嘘だ。もう、これ以上はないってくらい真っ赤な嘘。もう、なんでこんな事を言い出したのか、自分で自分の事をひっぱたいてやりたくなる。街に出れば他のマスターと鉢合わせする可能性は少なからずある。そのとき、そいつが人目を気にして何もしないなんて事があり得るだろうか。慎二のように見境無しに手を出す可能性だってあるというのに。
そんなわたしの内心を知ってか知らずか、アーチャーの奴はやれやれと言わんばかりにまた深い溜息を吐いてみせる。その行為がわたしをあからさまに馬鹿にしているようで、ますますカチンと来た。
――くっそー、絶対撤回してやるもんか。
我ながらどうしようもないところで意地を張っているとは思ったけど、アーチャーのその態度でもう決断した。そのときはそのときだ。どうにとでもなる。