最終更新日:02/04/20
「パブロ・カザルス聖歌集」
BGMは、Salve Montserratina(中村至さんの提供)
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目 次
| O VOS OMNES おお 全ての人々よ |
TOTA PULCHRA なにもかも美しく(無原罪の聖母) | RECORDARE,VIRGO MATER きっと、とりなし給え 聖母マリアよ |
| NIGRA SUM わたしは黒い 「イェルサレムのおとめたちよ」 |
SALVE MONTSERRATINA めでたしモンセラートの(黒い)聖母 |
モンセラットの聖母 |
| O VOS OMNES おお 全ての人々よ |
道行く人よ、心して 目を留めよ、よく見よ これほどの痛みがあったろうか わたしを責めるこの痛みほどの |
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| (参 考) この歌は旧約聖書の『エレミヤ* の哀歌』(英訳聖書で"LAMENTATIONS OF JEREMIAH"日本語聖書では『哀歌』)に典拠しているようです。関係箇所(下線部分)を新共同訳聖書から引用しておきます。 哀歌(1.12)第一の歌(アルファベットによる詩)
(注)* 「四大預言者」の一人(他の三人はイザヤ、エゼキエル、ダニエル) ユダヤ人の魂の救済は弾圧と苦難を経ることによってのみ実現されると説いたが、このため迫害を受け、エジプトでの隠棲を余儀なくされました。同地で石打ちによって殺されたといわれています。後世の伝承によってカルデア人による紀元前586年のエルサレム破壊を悼んだ『哀歌』の作者とされています。「キリストの受難」の預言者ともいわれ、その場合は十字架を持物として絵画や彫刻に登場します。 (ジェームズ・ホール著高階秀爾監訳『西洋美術解読事典』に拠る) このカザルスの歌も、「キリストの受難」を連想させるのではないでしょうか。 |
| TOTA PULCHRA なにもかも美しく(無原罪の聖母) |
マリアよ あなたはなにもかも美しく 罪の汚れひとつなく 生まれたまう あなたはイェルサレムの栄光 あなたはイスラエルの歓喜 あなたはわれらが民の高き誉れ あなたは罪人の善きとりなし人 おお マリア! 慎み深き聖き処女 慈しみ深き聖母マリア われらのために祈りたまえ 主イエス・キリストにとりなしたまえ ハレルヤ |
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| (参 考) この歌は一部旧約聖書の『雅歌』に典拠しているようです。関係箇所を新共同訳聖書から引用しておきます。 雅歌(4.7)若者の歌 恋人よ、あなたはなにもかも美しく 傷はひとつもない。 尚、『NIGRA SUM』の参考記事も併せて御覧下さい。 |
| RECORDARE,VIRGO MATER きっと、とりなし給え 聖母マリアよ |
聖母マリアよ 神のみ前にお出のときは われらのために善きことをお告げになって 神の怒りがわれらの上に降り懸からぬように きっと、とりなしたまえ ハレルヤ |
| NIGRA SUM わたしは黒い 「イェルサレムのおとめたちよ」 |
イェルサレムのおとめたちよ わたしは黒いけれども愛らしい それ故、王はわたしをお選びになり みずから、お部屋にお連れくださる 王は言います 「愛する人よ さあ、出ておいで ごらん、冬は去り、雨の季節は終わった 花は地に咲きいで、この里にも 刈入れのときがやって来る」 ハレルヤ |
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| (参 考) この歌は旧約聖書の『ソロモンの歌』*1(英訳聖書で "THE SONG OF SOLOMON"日本語聖書では『雅歌』)に典拠しているようです。関係箇所(下線部分)を新共同訳聖書から引用しておきます。 雅歌(1.5)おとめの歌 エルサレムのおとめたちよ わたしは黒い*2けれども愛らしい。 ケダルの天幕、ソロモンの幕屋のように。 雅歌(1.4)おとめの歌 お誘いください、わたしを。 急ぎましょう、王様 わたしをお部屋に伴ってください。 雅歌(2.10)おとめの歌 恋しい人は言います。 恋人よ、美しいひとよ さあ、立って出ておいで。 雅歌(2.11)おとめの歌 ごらん、冬は去り、雨の季節は終った。 雅歌(2.12)おとめの歌 花は地に咲きいで、小鳥の歌うときが来た。 この里にも山鳩の声が聞こえる。 (注)*1 カザルスがこの歌を作るにあたっては、恐らく『モンセラットの黒い聖母』(別紙)をイメ ージして、詩はこの『ソロモンの歌』に典拠したのではないかと想像できますが、如何でしょうか? ここで、ヨーロッパのマリア信仰と『雅歌』の解釈について、触れておきたいと思います。(以下 ジェームズ・ホール著高階秀爾監訳『西洋美術解読事典』より引用) 12世紀から13世紀にかけては、「聖母礼拝」と呼ばれるまでの強力な信仰展開が西欧で見られました。これは十字軍に続いて起った宗教心高揚の時代でした。「われらが女主人」(仏Notre Dameノートルダム)に奉じられることの多い、フランス・ゴシックの大聖堂で、そのような高まりが頂点に達したと言われています。この運動の啓発者たちの中で、筆頭に挙げられるのがクレルヴォーの聖ベルナルドゥス(1090-1153)です。彼はこの『ソロモンの歌』(『雅歌』)を精巧な寓意詩と解し、その中に登場する歌人 の花嫁こそほかならぬマリアであると考えました。実際、そうした解釈はすでに中世の人々の知るところとなっていました。しかし、聖ベルナルドゥスにより広く敷衍され、聖母に関連した図像表現の多くの典拠になったのです。尚、今日では『雅歌』を、婚礼の宴で朗唱される恋歌を集めたものとするのが一般的です。 *2 この『黒い』は『黒人』を表現するものではなくて、『日焼けして黒い』ということです。『雅歌』にそう歌われています。 雅歌(1.6)おとめの歌 カザルスの方はどうでしょう。やはり『黒人』ではないでしょう。こちらは、むしろ『モンセラットの黒い聖母』が念頭にあった様に思われます。 |
| SALVE MONTSERRATINA めでたしモンセラートの(黒い)聖母 |
歌詞は、十字軍の最初の扇動者の一人であるアデマール・ド・モンテイユAdhemar de Monteil(?〜1098)が士気を高めるために書いたとされる、マリアに女王(レジーナ)と呼びかける有名なサルヴェ・レジーナ(SALVE REGINA)の祈りと全く同じ。(竹下節子『聖母マリア』参照) (訳例1) (訳例2) (訳例3) |
| モンセラットの聖母 | ||
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