2007年06月21日 クシシュトフ・ヤブウオンスキ リサイタル
日時:2007年06月20日(水) 東京・築地、浜離宮朝日ホール
曲目:
ショパン/スケルツォ全4曲
(休憩)
リスト/リゴレット・パラフレーズ
ラフマニノフ/前奏曲op.32-12
同/楽興の時第3番ロ短調
同/絵画的練習曲op.39-3
スクリャービン/op.2-1、op.8-12
リスト/スペイン狂詩曲
(アンコール)
ショパン/ワルツ嬰ハ短調
ショパン/バラード第1番
ブラームス/子守歌
ポーランド出身で、ショパンコンクール3位入賞の経歴を持つクシシュトフ・ヤブウォンスキのリサイタル。なお蛇足であるが、スウェーデン出身のペーテル・ヤブロンスキーというピアニストがおり、メジャーレーベルから多数の録音が発売されている。こちらのクシシュトフの方が年長(65年生まれだから僕より1歳下)。姓が似ているので、混同無きよう。
本当は、今週、僕は19日火曜日の、同じ浜離宮朝日ホールにおける藤原亜美さんのリサイタルが見たかった。日本の女性ピアニストの中では、突出した存在だと、録音から感じられるからだ。しかし都合で叶わず。特に「夜のガスパール」、見たかったなー。なお、同日の東京のピアノリサイタルでは、何と言ってもショパンコンクールの覇者ブレハッチがオペラシティに登場したはずで、普通はそちらを見に行くのだろうが。
んでもって僕が今回のヤブウォンスキに興味を持ったのは、プログラミングに気合が入っていたから。実は当初、リゴレット・パラフレーズではなく、「イスラメイ」が予定されていたのだ。このプログラムの中に「イスラメイ」があるとなると、どうも見に行きたくなってしまう。ところが会場に着くと、「リゴレット・パラフレーズに差し替え」とある。うー、カネ半分返せと、その段階では思った。
今宵、まず良かったことを書くと、立派な体格を持つヤブウォンスキは、ピアノの前の座り方が良い。上半身をあまり動かさない、腕と身体の美しい使い方を身につけた人だ。結果として、ピアノから出る音が極めて美しい。フォルテも混濁することがない。彼はショパンコンクールのアジア予選の審査員もやっているので、ピアノを学ぶ学生ならば注目すべきピアニストだが、まずはこの座り方、ピアノの弾き方こそ、真似されるべきだ。これがまた、日本人にはなかなか出来ない。身体をクネクネさせる人が多いでしょ。
現在もナショナル・エディションに基づいた録音に参加するなど、ショパン弾きとして有名なヤブウォンスキだが、今宵の前半のスケルツォ全4曲は、子守歌のようなショパンだった。この劇的な作品が子守歌とは何事?と思われるかもしれない。ヤブウォンスキは際立ったヴィルトゥオーゾなので、この難曲を楽々と弾いていく。ところが、全てが予定調和のような感じで、音楽表現に意外性なり輝きなりが感じられない。その上、「第1番」で、右手に登場する急速な上昇楽区の最高点の音を、たいていハズすのだ。また、弱音になると、鍵盤を押すけれども音が鳴らない場面も続出。どうしてそんな凡ミスを重ねるのか。これに前述の、表現の平凡さが加わり、僕は、うとうとモードに。第4番は殆ど眠っていた。
ところが後半、前述のように落胆の「リゴレット・パラフレーズ」が始まったが、眠気を吹き飛ばす快演だったのだ。ラフマニノフ、スクリャービン、そして最後のリストと、後半の演奏曲は、まあ来て良かったと思わせるものがあった。大したヴィルトゥオーゾだと認識。難曲続きの中でミスタッチなど極めて少ないのに、前半のショパンは何だったのだろう。
ところがところが、アンコールでショパン2曲、「ワルツ嬰ハ短調」と、アンコールとしては贅沢な「バラード第1番」を弾いたのだが、また前半の印象が蘇り、バラードでは睡魔が襲ってきた。うーん、どうして得意のショパンはこうなる?アンコールの最後は、ブラームスの「子守歌」をハ長調で弾き、ユーモラスなエンディングを付けた(恐らくピアニスト自身の編曲だろう)のは、帰り道を暖かい気持ちにさせるものだった。
ショパンを弾くって、本当に難しいんだと、当たり前のことを再認識。また、これほどの名演を目の当たりにしてなお、「ショパンって難しい」と思ってしまう僕自身の音楽の感じ方も、ヒネクレているといえば、そうかもしれない。でも、ホフマンや、ホロヴィッツ、チェルカスキー、ボレットら、往年の名ピアニストたちのショパンを録音で聴き馴れてしまうと、もうピアニストたちがショパンで出来ることは殆どないのではとも思う。
というわけで結論。クシシュトフ・ヤブウォンスキは、ショパンコンクール3位に恥じない、今日を代表する名ピアニストでした。でも、ショパンを弾くって難しんですね。今度は、イスラメイ、逃げないでくださいね。
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