萩原英彦(はぎわら ひでひこ、1933-2001)

 僕のようにピアノ演奏に興味がある向きには、絶対にその名を欠かすことの出来ない作
曲家。ある時から無伴奏の合唱曲も増えてきたが、やはり彼の書くピアノ・パートは邦人
合唱曲の楽しみ方の一つを与えてくれる。フランス印象派風な音のあり方も、この方面の
愛好者には嬉しいものだ。その画期的な作品は何と言っても「光る砂漠」と「白い木馬」
の2曲。詩の内容もあると思われるが、合唱人の人気としては前者の方が遥かに高い。組
曲に9曲も含まれるのに、1曲たりとも出来の悪い楽章が無いことは特筆すべきだろう。
ピアノ・パートだけをとれば、「白い木馬」のポエジーも忘れ難い。僕はよく、このピア
ノだけを弾いて悦に入るのだが(暗い趣味・・・)、それに堪えうる内容がある。かなり
以前に、管弦楽伴奏版をFM放送で聴いたのだが、ここぞという場面はピアノだけで表現
していた。多くの人の意見を聴くと、同様にピアノが活躍する作品で「深き淵より」も人
気が高い。特に第1曲冒頭の前奏を、ピアノにそれほど関心が無い人でも「ほぉ」と思う
ようなのだが、僕はこの組曲は全く好まない。音楽の緊張感、持続感において、「光る砂
漠」などと比較するとかなり差があるように感じるのだが。更に組曲「花さまざま」も、
ショパンっぽいピアノが華やかだが、それだけという気がするし、「深き〜」もそうだが
終曲の反復はよく理解できない。ただしこの組曲の中の「グラジオラス」は、妙に大人っ
ぽくて、陳腐ともいえる中間部が面白い。
 前置きが長くなってしまったが、一般発売音源を聴いてみる。
○秋山和慶指揮東混、ピアノ:ピュイグ=ロジェ(VICTOR,VICG-40201)82,88年
 「光る砂漠」と「白い木馬」。当盤では何と言っても、合唱現場に滅多に登場しない指
 揮者とピアニストに注目。僕はこの録音を聴くたび、秋山氏の美し過ぎるフォルムの指
 揮を思う。オケ指揮者も星の数ほどいるけれど、氏の端整さは図抜けている。ピアニス
 トは、楽譜を素直に読めば不思議な解釈が頻出するのだが、その個性的で詩的な表現は
 耳をそばだてさせる。合唱CDでは、もっともっとこういうピアノ・パートを聴きたい
 し、僕も自分で伴奏する時には、こういう表現がしたいなといつも願っているのだが、
 凡人ではなかなか上手くいかない。この2曲はアマチュアも好んで演奏するが、実は声
 楽的に非常に困難なので、東混の歌唱は良い参考になる。本当のところは、プロなのだ
 から、もっとアンサンブルの精度を求めたい箇所が多数あるし、声が破綻していること
 さえあるのだが、そうは言ってもなかなかここまでの歌唱はできないものだ。「砂漠」
 の方をヘッドフォンで聴くと、ごくわずかに唸り声が聞こえるのだが、指揮者かピアニ
 ストかは不明。なおビクターの旧シリーズの番号VDR-5087盤は、「光る〜」の替わりに
 「花さまざま」が入っていた。先ほどは曲に対する不満を述べたけれど、これはこれで
 聴きごたえがある音源だ。こちらはピアノを田中瑤子氏が担当している。
○福永陽一郎指揮京都エコー、ピアノ:三浦洋一(砂漠)、久邇之宜(東芝,CZ28-9077)
 「光る砂漠」と「白い木馬」。合唱団のアマチュア離れした豊かな声、そして歌ごころ
 は素晴らしい。三浦氏のピアノは例によって気合たっぷりだが音が濁り過ぎ。久邇氏に
 は、さしたる特徴無し(録音状態が良くないことには同情)。
○福永陽一郎指揮合唱団京都エコー、ピアノ:久邇之宜(東芝,CZ28-9075)
 「深き淵より」。これはこれでそれほど悪い演奏ではないのだが、時にこの合唱団らし
 くないアンサンブルの乱れも見られる。また、僕の苦手意識のせいもあるとは思うが、
 作品を表現しきれていないように感じられる。三善「嫁ぐ娘に」「小さな目」などの余
 白に収録。なおこの組曲では、山田一雄指揮日本合唱協会という音源が発売されている
 ことがあったのだが、僕は未聴。これが素晴らしいのだそうだ。
○宍戸悟郎指揮札幌大谷短期大学輪声会、ピアノ:海江田尚子(VICTOR,VDR-5220)75年
 「四つの小品」「十五の小品集」それに「抒情三章」の、女声合唱作品集。これらの作
 品は、お母さんコーラスのレパとしては重宝されそうだ。「抒情三章」は特に人気があ
 るようで、よく演奏されている。ピアニストとしては、ピアノで色々な表現が可能なの
 で、気になる作品だ。特に「四つの小品」は、何でもないようでいてピアノは重要。演
 奏は悪くないが「四つの小品」が劣る気がする、一気の録音だが。
○辻正行指揮クロスロード・レディース・アンサンブル、ピアノ:吉田慶子
 (東芝,CZ28-9086)87年
 「12のこどものうた」と「新 抒情三章」。こどものうた、といいながら、歌詞は北原
 白秋や関根栄一作品が混じったりして、単純な子供の歌ではない。第1曲など高田三郎
 「ヨハネによる福音」冒頭を想起させる。「新 抒情三章」は、個人的には「新」が無
 い曲集の方に惹かれる。演奏はとても上手いが、この合唱団は、もっと技術的に難しい
 作品の方が独自性を発揮できる。小倉、小林秀雄、新実作品を併録。なおこれらの作品
 では、岸信介指揮日本女声合唱団、ピアノはピュイグ=ロジェという音源がかつては発
 売されていたが未聴。

 セット物音源の存在を指摘しておく。
○女声合唱とピアノのための組曲「小さな虹」/古橋富士雄指揮東京放送児童合唱団、
 ピアノ:岩波佳代子
 「セット講座」第13巻に収録。

 無伴奏合唱曲では、混声の「動物たちのコラール」第1集が特に人気があるように思わ
れる。何故か一般発売音源が無く、僕も実演などで聴くのみだが、FM放送で接した徳島
合唱団の、同じく無伴奏の「優しき歌・序の歌」と共に歌った演奏が、温かみがあってと
ても良かったという記憶がある。第2集はずっと難しい。湘南市民コールの演奏会記録を
聴いたことがあるが、これくらい力がある合唱団でないと歌い切れないだろう。この曲集
は更に続編があるが、未出版なので演奏機会も見ない。最近は無伴奏作品の出版が増えて
きて、男声の「雨のやみかた」、混声の「星の生れる夜」「白秋の詩による三つの楽想」
などは注目されるが、音源が出るには至っていない。また、フローラン・シュミットの壮
麗な「詩篇第47番」に影響を受けて少しずつ書かれている「詩篇」シリーズも、音源が発
売されるほどの人気は、目下のところ得ていないように思える。

 その他の萩原氏の業績としては、カワイ出版から外国曲の校訂楽譜を出しており、特に
フォーレ作品集は注目される。フランス語の歌詞を、音譯という技法によって雅な日本語
に置き換えているのが面白い。

 僕にとっての萩原ベスト・ピースは、「白い木馬」の第2曲「ゆきんこが遠い国から」
ということになるだろうか。こんな夢のように美しい音楽の存在のおかげで、僕は合唱ピ
アニストという役回りに無限の魅力を感じるのだ。



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